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第八章 世界の害悪
開戦危機 14
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負傷者の治療を終えて、少しの間青年から情報を聞くために会話をしていると、倒れていた人達が起き出してきた。みんな自分の怪我が塞がり、痛みがなくなっている事に驚いているようで、自分の身体をあちこち確認するようにしていた。
すると、僕と会話していた青年が彼らに歩み寄り、何があったかの事情を説明していた。その様子をぼんやりと見つめながら僕はこれからの行動について考える。
(ここには女性が4人、男性9人の、合わせて13人の人が居る。その内の3人は足を欠損していて移動は困難かもしれないが、皆で協力すれば近場の村や町までは行けるだろう。彼らをこのまま置いて行くには心苦しいけど、僕にはやることがあるからな・・・)
そう考えていると、青年からある程度の事情を聞き終わったのだろう、足を欠損している者以外の人達が、僕の方へと近づいてきた。
「お話は聞かせていただきました。我々を治療してくださり、本当に感謝してもしきれません!ありがとうございます!」
「「「ありがとうございます!!」」」
この中では一番年嵩の男性が代表して感謝を告げてくると、みんなはそれに倣って深々と頭を下げながら感謝の言葉を述べてきた。
「いえ、僕も目的あってのことですので、お気になさらないで下さい」
僕がそう返答すると、彼らは涙を浮かべながら僕のことを見ていた。その表情はどこかで見たことがあるもので、ミレアが洗脳し、僕のことを崇拝してきていた人々の表情と瓜二つだった。
「なんと出来たお方だ!情報が欲しいなど、ただの建前でしょう?無償で聖魔術を行使するなど・・・本当に貴女こそ、真の聖女様に他なりません!」
彼らには僕の真意が全く伝わっていないようで、「ありがたや、ありがたや」と拝まれてしまった。確かに聖魔術の適正を持つものは少ないらしく、その内の結構な人数は教会に所属しているらしい。
そして、教会でポーションを購入したり聖魔術を使ってもらうには、適正価格の不明瞭なお布施を渡すしかない。だからこそ貧民の間では、教会を金の亡者と揶揄する者も少なくないのだとか・・・。
「と、ところで皆さん、僕は目的があってここに留まるわけにはいきません。この場所から最寄りの村までは徒歩だと半日程度の距離になりますが、大丈夫でしょうか?」
僕への称賛が一段落着いたところで、彼らの容態を確認することにした。本当であればすぐにでも移動を開始したいのだが、さすがにそれでは無責任だろうと考えたのだ。
「これ以上聖女様にご迷惑をお掛けすることは出来ません。きっと、崇高な目的があるのでしょう。半日程度の距離でしたら我々だけで大丈夫でしょうが、なにせ村を飛び出してきたものですから大した準備もしておらず、水が心許ないのです。もし聖女様が水魔術を使えるなら、お恵み頂けませんでしょうか?」
「水か・・・」
そう言われて彼らをよく見ると、おそらく全員が闘氣を扱える者だということが分かった。何故なら彼らからは魔力が全く感じられないからだ。それはつまり、闘氣を扱える者だけが生き残れたということなのかもしれない。
(母さんみたいに、魔力の精密な制御が出来れば、空を飛んで逃げることもできるけど、ただの村人には無理か・・・そうなると、身体強化して素早く逃げられる闘氣を扱える者が生き残るのは必然か・・・)
悪い言い方をすれば、魔力を扱える者を見殺しにしたと言えなくもないが、事は自分の生死に関わることだ。彼らには他人を気遣う余裕なんてなかったのだろう。それは人として当たり前で、力無き者達にとっては当然の選択だったのだろう。
「分かりました。水魔術なら使えますので、何か入れ物はありますか?」
本来僕には水魔術の適正は無いが、母さん特性の魔術杖を使えば飲み水を出す程度は容易なことだ。そこで、彼らには水を保存しておける入れ物の有無を確認した。
「おぉ!ありがとうございます!」
僕が水魔術が使えることを確認すると、彼らは結構な量が入りそうな3つの革袋を持ってきた。僕が空っぽだったそれに、水魔術で生み出した水を満たしていくと、その様子に彼らは、「ありがとうございます!ありがとうございます!」とひたすら感謝の言葉を言っていた。
それから怪我を負っていた人達に改めて貧血などの危険性を伝え、行動を起こす前によく体調を確認するように言い含めておいた。そんな僕に、みんな感謝や崇拝といった表情を浮かべており、中には僕の事を女性と信じているのだろう、別の感情を伴った視線を数人の男性から感じたが、反射的に鳥肌が立ち、瞬時に彼らの視界から外れるようにした。
そうして別れを惜しむ彼らから離れた僕は、異常な魔獣に襲撃されたという彼らの村に向かって足を早めた。その村に向かう道すがら、細い森を進む道の脇には、そこで息絶えてしまったのだろう、何人もの人の亡骸が無惨に横たわっていた。身体は所々獣に噛られたような痛々しい傷跡があり、横たわっている地面には大量の血が染み込んでしまっているようで、赤黒い色へと変色してしまっていた。
そんな凄惨な様子に、苦虫を噛み潰すような心情で側を横切り、目的の村付近まで近付いた時だった。
「っ!あれは!?」
それは、何かの肉の塊のような物だった。人2人分ほどの大きさの肉塊は、未だ生きているように脈動しているが、その色は茶色と緑の斑模様になっており、辺りには腐ったような臭気が満ちていた。そんな塊がこの辺りにチラホラとあり、何よりそれらにはうっすらと暗い深緑色のオーラが纏っていた。
「・・・どうなっているんだ?」
情報では、この先にある村を襲った異常な魔獣の外見はヘルハウンドだと言っていたはずだが、ここにあるのは毛皮が少しだけへばり着いている奇妙な肉塊だけだった。
「確か村が襲われたのは、2日前だって言ってたよな・・・この肉塊がその時村を襲った”害悪の欠片”を取り込んだ魔獣だったとしたら、誰かが討伐してこうなった?いや、そのわりに、この辺りに戦闘痕は無いし、そもそもほとんどの攻撃を阻む禍々しいオーラは消えていない・・・う~ん、訳が分からない」
しばらく観察しても答えが出なかった僕は、何かしかの重要な情報になるかもしれないと考え、この肉塊についてミレアに知らせておくため、通信魔道具を使って連絡しておいた。返信には、更に詳細な情報を求めるということと、エレインの行方については未だ居場所を絞り込めず、カリンについてももう少し調査に時間が必要とのことだった。
「はぁ・・・相手は世界の裏で暗躍している巨大組織だ。そう簡単に尻尾は掴めないか・・・」
僕はため息混じりに、エレインの行方が分からない現状に苛立ちを感じながらも、彼女に対して恥ずかしくない行動を示そうと、その場所から動くことのない肉の塊を背に、村へと足を早めた。
「・・・これは」
やがて襲撃を受けたという村に辿り着くと、そこは破壊の限りを尽くされたように家屋は倒壊し、人であったであろう肉片が飛び散っているようで、目を覆いたくなるような状況だった。
しばらく村中を歩き回っても生存者は発見できず、この村を襲ったであろう魔獣も発見できなかった。落胆にため息を吐きながらも、とりあえず村の現状をミレアに報告し、もしかしたら何か情報があるかもしれないと、僕はここから離れた場所にある、大きめの町を目指して移動することにした。
ただ、どこで【救済の光】の構成員が見張っているか分からない現状だったので、僕は闘氣を使った移動術ではなく、母さんがやっていたように、風魔術を応用して空を飛んでいこうと考えた。さすがに闘氣を使わずに走っていくのは時間がかかるし、それは客観的に魔術師っぽくないだろうとも思えるからだ。
「確か母さんは、自分を上昇させる風と移動する風を同時に発動していたな。それには、第四楷梯の複製まで出来ないといけないが、僕には無理だ。となると、瞬間的に連続して風魔術を発動して調整するしかないな」
そう思い立った僕は、早速風魔術を発動し、空を飛んでいくという移動手段を試してみるのだが・・・
「うわっ!!」
元々風魔術の適性はなく、母さん特性の魔術杖で裏技的に発動しているからか、上手いこと威力の調整が出来ず、強力すぎる突風は僕を遥か上空まで吹き飛ばしてしまった。変な体勢で上空に射ち上がってしまい、ジタバタと体勢を整えようと暴れつつ、続けて風魔術を発動して横移動を試みる。
「うわわわわ!」
今度は進行方向に背を向けるような格好で吹き飛んでしまい、体勢を整えることがまるで出来なかった。とはいえ、ここで諦めれば地上まで真っ逆さまに墜落してしまうので、とにかく連続で風魔術を発動して、なるべくゆっくり高度を下げつつ着地するように心掛ける。
「くっ!風の威力が『強』か『弱』しかできない!しかも、『弱』だとそよ風くらいで意味が無い!あと、上空寒っ!!」
今まで地上と上空に温度差があるなんてこと知りもしなかったが、今後空を飛ぼうとするなら防寒の用意もしないといけないなと考えつつ、不格好ではあるが近くの町に最短距離で移動すべく、風魔術を発動し続けた。
そして、10分ほど掛けて空を移動すると、なんとか視界の端に町の外壁を捉えたところで着地した。ただ、結構な衝撃と共に、尻餅を着きながらのものになってしまった。地面との接触の寸前に上昇させる風を発動して衝撃を和らげるつもりが、加減が出来ずに体勢を崩してしまった結果だ。
「あ痛ててて・・・」
お尻を擦りながら聖魔術を掛けて打撲部分を癒したが、飛行の弊害はそれだけではなかった。
「うぅ・・・気持ち悪い」
僕の飛行方法は鳥のように自由自在ではなく、自分を吹き飛ばす方法だったので、姿勢がクルクルと変化してしまい、目が回ってしまうのだ。残念なことに、この気持ち悪さは聖魔術では治らず、少しの間この気持ち悪さと格闘しながら、町の方へフラフラと歩いて行った。
風に吹かれながら少し歩くと、気分もだいぶ良くなったところで町の正門が見えてきた。上空から見た限りでは、それほど大きな町ではなく、学院がある都市の4分の1程の広さだった。ただ、正門前に居る警備の騎士は10人程も待機しており、町の大きさから考えると不釣合いな人数だし、何となく殺気だっているような雰囲気が感じられた。
(もしかして、この町にも何か事件が起こったのか?それとも、襲撃された村の生き残りの人の情報で警戒しているのか、はたまた戦争が起きようとしているからか・・・)
どちらにせよ、何か目新しい情報が聞けるかもしれないと考えた僕は、まずは警戒心を隠すことなく僕の方に視線を向けてきている騎士から話を聞こうと彼らに近づいていった。
「止まれ!仮面などして怪しい奴め!貴様、何者だ!?」
正門まで来ると、門番の騎士は手に持っていた槍をこちらに向けながら警戒した声をあげてきた。それは他の騎士も同様で、みんな既に闘氣も纏い、武器を構えながら僕のことを警戒していた。
(あぁ、そりゃこんな仮面着けてたら怪しまれるか・・・でも、僕の顔を知っている人がいないとも限らないから、外すわけには行かないんだよな・・・)
この仮面が相手の警戒心を誘ってしまうのは理解しているが、正体を隠して行動しているのでどうにもできない。僕は懐から、ミレアに渡されていた偽造個人証を取り出しながら説明した。
「私は旅の魔術師で、ファルと言います。この仮面が怪しく見えるのは重々承知ですが、幼い頃、顔に酷い怪我を負って醜くなってしまったものですから、人前で素顔を晒したくないのです」
僕はこちらに武器を向けている騎士に個人証を渡しながらこの姿の設定を伝えると、彼は訝しげに僕と個人証を見比べていた。
「う~ん、個人証は問題ないか・・・それにしても、女性にしては背が高いな。それに肩幅も広い・・・」
声は魔道具を使って完璧に女性のものになっているが、彼はそれ以外の部分を指摘してきた。身長はどうしようもないが、体格については外見的に分かり難くするため、身体のラインが出ないローブを着ていたので油断していた。
「私の母上も同じくらいの身長ですし、こうして旅をしているのですから、身体は鍛えているんですよ?」
「なるほど・・・まぁ、個人証には犯罪歴も表示されていないし問題無いだろう。ただ・・・」
「ただ?」
何を聞かれるのだろうと若干焦りを感じたが、騎士の口からは予想外の言葉が発せられた。
「もし将来の伴侶がまだ居ないなら、俺のことを知ってはくれないか!?俺は背の高い女性が好みで、顔とかまるで気にしないから!!」
「えっ・・・?」
ズイっと顔を近づけながら言い募ってくる騎士の彼に、僕は乾いた笑いしか出てこなかった。
すると、僕と会話していた青年が彼らに歩み寄り、何があったかの事情を説明していた。その様子をぼんやりと見つめながら僕はこれからの行動について考える。
(ここには女性が4人、男性9人の、合わせて13人の人が居る。その内の3人は足を欠損していて移動は困難かもしれないが、皆で協力すれば近場の村や町までは行けるだろう。彼らをこのまま置いて行くには心苦しいけど、僕にはやることがあるからな・・・)
そう考えていると、青年からある程度の事情を聞き終わったのだろう、足を欠損している者以外の人達が、僕の方へと近づいてきた。
「お話は聞かせていただきました。我々を治療してくださり、本当に感謝してもしきれません!ありがとうございます!」
「「「ありがとうございます!!」」」
この中では一番年嵩の男性が代表して感謝を告げてくると、みんなはそれに倣って深々と頭を下げながら感謝の言葉を述べてきた。
「いえ、僕も目的あってのことですので、お気になさらないで下さい」
僕がそう返答すると、彼らは涙を浮かべながら僕のことを見ていた。その表情はどこかで見たことがあるもので、ミレアが洗脳し、僕のことを崇拝してきていた人々の表情と瓜二つだった。
「なんと出来たお方だ!情報が欲しいなど、ただの建前でしょう?無償で聖魔術を行使するなど・・・本当に貴女こそ、真の聖女様に他なりません!」
彼らには僕の真意が全く伝わっていないようで、「ありがたや、ありがたや」と拝まれてしまった。確かに聖魔術の適正を持つものは少ないらしく、その内の結構な人数は教会に所属しているらしい。
そして、教会でポーションを購入したり聖魔術を使ってもらうには、適正価格の不明瞭なお布施を渡すしかない。だからこそ貧民の間では、教会を金の亡者と揶揄する者も少なくないのだとか・・・。
「と、ところで皆さん、僕は目的があってここに留まるわけにはいきません。この場所から最寄りの村までは徒歩だと半日程度の距離になりますが、大丈夫でしょうか?」
僕への称賛が一段落着いたところで、彼らの容態を確認することにした。本当であればすぐにでも移動を開始したいのだが、さすがにそれでは無責任だろうと考えたのだ。
「これ以上聖女様にご迷惑をお掛けすることは出来ません。きっと、崇高な目的があるのでしょう。半日程度の距離でしたら我々だけで大丈夫でしょうが、なにせ村を飛び出してきたものですから大した準備もしておらず、水が心許ないのです。もし聖女様が水魔術を使えるなら、お恵み頂けませんでしょうか?」
「水か・・・」
そう言われて彼らをよく見ると、おそらく全員が闘氣を扱える者だということが分かった。何故なら彼らからは魔力が全く感じられないからだ。それはつまり、闘氣を扱える者だけが生き残れたということなのかもしれない。
(母さんみたいに、魔力の精密な制御が出来れば、空を飛んで逃げることもできるけど、ただの村人には無理か・・・そうなると、身体強化して素早く逃げられる闘氣を扱える者が生き残るのは必然か・・・)
悪い言い方をすれば、魔力を扱える者を見殺しにしたと言えなくもないが、事は自分の生死に関わることだ。彼らには他人を気遣う余裕なんてなかったのだろう。それは人として当たり前で、力無き者達にとっては当然の選択だったのだろう。
「分かりました。水魔術なら使えますので、何か入れ物はありますか?」
本来僕には水魔術の適正は無いが、母さん特性の魔術杖を使えば飲み水を出す程度は容易なことだ。そこで、彼らには水を保存しておける入れ物の有無を確認した。
「おぉ!ありがとうございます!」
僕が水魔術が使えることを確認すると、彼らは結構な量が入りそうな3つの革袋を持ってきた。僕が空っぽだったそれに、水魔術で生み出した水を満たしていくと、その様子に彼らは、「ありがとうございます!ありがとうございます!」とひたすら感謝の言葉を言っていた。
それから怪我を負っていた人達に改めて貧血などの危険性を伝え、行動を起こす前によく体調を確認するように言い含めておいた。そんな僕に、みんな感謝や崇拝といった表情を浮かべており、中には僕の事を女性と信じているのだろう、別の感情を伴った視線を数人の男性から感じたが、反射的に鳥肌が立ち、瞬時に彼らの視界から外れるようにした。
そうして別れを惜しむ彼らから離れた僕は、異常な魔獣に襲撃されたという彼らの村に向かって足を早めた。その村に向かう道すがら、細い森を進む道の脇には、そこで息絶えてしまったのだろう、何人もの人の亡骸が無惨に横たわっていた。身体は所々獣に噛られたような痛々しい傷跡があり、横たわっている地面には大量の血が染み込んでしまっているようで、赤黒い色へと変色してしまっていた。
そんな凄惨な様子に、苦虫を噛み潰すような心情で側を横切り、目的の村付近まで近付いた時だった。
「っ!あれは!?」
それは、何かの肉の塊のような物だった。人2人分ほどの大きさの肉塊は、未だ生きているように脈動しているが、その色は茶色と緑の斑模様になっており、辺りには腐ったような臭気が満ちていた。そんな塊がこの辺りにチラホラとあり、何よりそれらにはうっすらと暗い深緑色のオーラが纏っていた。
「・・・どうなっているんだ?」
情報では、この先にある村を襲った異常な魔獣の外見はヘルハウンドだと言っていたはずだが、ここにあるのは毛皮が少しだけへばり着いている奇妙な肉塊だけだった。
「確か村が襲われたのは、2日前だって言ってたよな・・・この肉塊がその時村を襲った”害悪の欠片”を取り込んだ魔獣だったとしたら、誰かが討伐してこうなった?いや、そのわりに、この辺りに戦闘痕は無いし、そもそもほとんどの攻撃を阻む禍々しいオーラは消えていない・・・う~ん、訳が分からない」
しばらく観察しても答えが出なかった僕は、何かしかの重要な情報になるかもしれないと考え、この肉塊についてミレアに知らせておくため、通信魔道具を使って連絡しておいた。返信には、更に詳細な情報を求めるということと、エレインの行方については未だ居場所を絞り込めず、カリンについてももう少し調査に時間が必要とのことだった。
「はぁ・・・相手は世界の裏で暗躍している巨大組織だ。そう簡単に尻尾は掴めないか・・・」
僕はため息混じりに、エレインの行方が分からない現状に苛立ちを感じながらも、彼女に対して恥ずかしくない行動を示そうと、その場所から動くことのない肉の塊を背に、村へと足を早めた。
「・・・これは」
やがて襲撃を受けたという村に辿り着くと、そこは破壊の限りを尽くされたように家屋は倒壊し、人であったであろう肉片が飛び散っているようで、目を覆いたくなるような状況だった。
しばらく村中を歩き回っても生存者は発見できず、この村を襲ったであろう魔獣も発見できなかった。落胆にため息を吐きながらも、とりあえず村の現状をミレアに報告し、もしかしたら何か情報があるかもしれないと、僕はここから離れた場所にある、大きめの町を目指して移動することにした。
ただ、どこで【救済の光】の構成員が見張っているか分からない現状だったので、僕は闘氣を使った移動術ではなく、母さんがやっていたように、風魔術を応用して空を飛んでいこうと考えた。さすがに闘氣を使わずに走っていくのは時間がかかるし、それは客観的に魔術師っぽくないだろうとも思えるからだ。
「確か母さんは、自分を上昇させる風と移動する風を同時に発動していたな。それには、第四楷梯の複製まで出来ないといけないが、僕には無理だ。となると、瞬間的に連続して風魔術を発動して調整するしかないな」
そう思い立った僕は、早速風魔術を発動し、空を飛んでいくという移動手段を試してみるのだが・・・
「うわっ!!」
元々風魔術の適性はなく、母さん特性の魔術杖で裏技的に発動しているからか、上手いこと威力の調整が出来ず、強力すぎる突風は僕を遥か上空まで吹き飛ばしてしまった。変な体勢で上空に射ち上がってしまい、ジタバタと体勢を整えようと暴れつつ、続けて風魔術を発動して横移動を試みる。
「うわわわわ!」
今度は進行方向に背を向けるような格好で吹き飛んでしまい、体勢を整えることがまるで出来なかった。とはいえ、ここで諦めれば地上まで真っ逆さまに墜落してしまうので、とにかく連続で風魔術を発動して、なるべくゆっくり高度を下げつつ着地するように心掛ける。
「くっ!風の威力が『強』か『弱』しかできない!しかも、『弱』だとそよ風くらいで意味が無い!あと、上空寒っ!!」
今まで地上と上空に温度差があるなんてこと知りもしなかったが、今後空を飛ぼうとするなら防寒の用意もしないといけないなと考えつつ、不格好ではあるが近くの町に最短距離で移動すべく、風魔術を発動し続けた。
そして、10分ほど掛けて空を移動すると、なんとか視界の端に町の外壁を捉えたところで着地した。ただ、結構な衝撃と共に、尻餅を着きながらのものになってしまった。地面との接触の寸前に上昇させる風を発動して衝撃を和らげるつもりが、加減が出来ずに体勢を崩してしまった結果だ。
「あ痛ててて・・・」
お尻を擦りながら聖魔術を掛けて打撲部分を癒したが、飛行の弊害はそれだけではなかった。
「うぅ・・・気持ち悪い」
僕の飛行方法は鳥のように自由自在ではなく、自分を吹き飛ばす方法だったので、姿勢がクルクルと変化してしまい、目が回ってしまうのだ。残念なことに、この気持ち悪さは聖魔術では治らず、少しの間この気持ち悪さと格闘しながら、町の方へフラフラと歩いて行った。
風に吹かれながら少し歩くと、気分もだいぶ良くなったところで町の正門が見えてきた。上空から見た限りでは、それほど大きな町ではなく、学院がある都市の4分の1程の広さだった。ただ、正門前に居る警備の騎士は10人程も待機しており、町の大きさから考えると不釣合いな人数だし、何となく殺気だっているような雰囲気が感じられた。
(もしかして、この町にも何か事件が起こったのか?それとも、襲撃された村の生き残りの人の情報で警戒しているのか、はたまた戦争が起きようとしているからか・・・)
どちらにせよ、何か目新しい情報が聞けるかもしれないと考えた僕は、まずは警戒心を隠すことなく僕の方に視線を向けてきている騎士から話を聞こうと彼らに近づいていった。
「止まれ!仮面などして怪しい奴め!貴様、何者だ!?」
正門まで来ると、門番の騎士は手に持っていた槍をこちらに向けながら警戒した声をあげてきた。それは他の騎士も同様で、みんな既に闘氣も纏い、武器を構えながら僕のことを警戒していた。
(あぁ、そりゃこんな仮面着けてたら怪しまれるか・・・でも、僕の顔を知っている人がいないとも限らないから、外すわけには行かないんだよな・・・)
この仮面が相手の警戒心を誘ってしまうのは理解しているが、正体を隠して行動しているのでどうにもできない。僕は懐から、ミレアに渡されていた偽造個人証を取り出しながら説明した。
「私は旅の魔術師で、ファルと言います。この仮面が怪しく見えるのは重々承知ですが、幼い頃、顔に酷い怪我を負って醜くなってしまったものですから、人前で素顔を晒したくないのです」
僕はこちらに武器を向けている騎士に個人証を渡しながらこの姿の設定を伝えると、彼は訝しげに僕と個人証を見比べていた。
「う~ん、個人証は問題ないか・・・それにしても、女性にしては背が高いな。それに肩幅も広い・・・」
声は魔道具を使って完璧に女性のものになっているが、彼はそれ以外の部分を指摘してきた。身長はどうしようもないが、体格については外見的に分かり難くするため、身体のラインが出ないローブを着ていたので油断していた。
「私の母上も同じくらいの身長ですし、こうして旅をしているのですから、身体は鍛えているんですよ?」
「なるほど・・・まぁ、個人証には犯罪歴も表示されていないし問題無いだろう。ただ・・・」
「ただ?」
何を聞かれるのだろうと若干焦りを感じたが、騎士の口からは予想外の言葉が発せられた。
「もし将来の伴侶がまだ居ないなら、俺のことを知ってはくれないか!?俺は背の高い女性が好みで、顔とかまるで気にしないから!!」
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