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第八章 世界の害悪
復活 19
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エレイン発案の元、僕らは共和国の本陣近くまで馬車を進めていた。マルコさんの言葉もあり、実際にエイミーさん達の様子を確認するのは僕で、みんなには少し離れたところで馬車に残っていてもらうことにした。
当初はエレインが様子を見に行ってくるという話だったのだが、何となく危険な感じがするというか、もしものことがあるかもしれないからと、僕が強硬に反対したのだ。彼女には「過保護だよ」と苦笑いを浮かべられてしまったが、それでも引くことはなかった。
そうして単独で、極力気配を消しながら慎重に本陣へと近づいて行くと、マルコさん達から聞いていた通り、エイミーさん達の気配を感知した。正確な場所を確認して、ゆっくりと本陣へ歩みを進めようとしたところで、僕は本陣の外側付近に人の気配を察知した。
(ん?この気配・・・本陣の手前くらいで留まっているような感じだな。何をしているんだろう?)
感知している気配は、本陣内だろう、人々が多くひしめいている場所から少し離れたところに単独で居るようだ。本陣を警備する騎士にしては単独であるということに疑問を抱くが、もしかすると公国か王国の偵察兵なのかもしれない。
(それにしたって、単独でこれほど共和国の内部にまで侵入しているとは、よほどの実力者なのだろうか?)
疑問を覚えつつも、その正体を確認する必要があるだろうと考え、一先ずはその存在を確認しようと動き出した。
静かにその存在に接近していくと、遠目にその姿を捉えることができた。そいつは灰色の外套を頭からすっぽりと覆うように着込んでおり、遠目からではどのような人物なのかを特定することができなかった。
(明らかに怪しいな・・・間違いなく共和国の騎士ではないだろうな。となると、王国か公国の間者か?)
僕は何か情報を知っていかもしれないその人物を捕らえてみようと考え、息を殺しながら背後から忍び寄っていった。
「シッ!」
「っ!!!?」
相手に気づかれないように自分の間合いの距離まで近づくと、僕は一足飛びに距離を詰め、その人物を地面に組伏せた。相手は突然の事に驚きで声も出せないようで、大きな抵抗を見せることもなく、おとなしくしていた。
「正直に話せ?お前は何者だ?何故この場を探るように単独でいた?」
「・・・・・・」
目の前には共和国の本陣があるので、僕は相手の耳に囁き掛けるように質問を投げ掛けた。しかし、その人物は僕の質問に答えようとすることはなかった。もし訓練を受けている間者が相手だとすれば、僕なんかの尋問では口を割らないかもしれないので、身に付けている装備などから所属が確認できないかと、その人物の外套の下に手を突っ込み、身体検査を行った。
「きゃっ!」
「えっ?」
その人物の身体を探ると、柔らかい感触と共に可愛らしい小さな悲鳴が聞こえた。その声と感触に、僕は思わず相手から手を離して距離を取ってしまった。
僕が離れたことで相手は身体を起こし、外套の端を掴みながら自分自身を守るように抱き締めていた。その結果、相手の身体のラインが良く見えるようになり、女性の象徴である豊満な胸の形が、彼女の腕で柔らかく変形している様子が見てとれてしまった。
(じょ、女性だったのか?)
驚きのあまり目を見開いて彼女を凝視していると、俯き加減だった彼女の顔がゆっくりと持ち上げられ、少し顔を赤くしながら僕を見つめてきた。
「っ!!あなたはもしや、エイダ・ファンネル様でいらっしゃいますか?」
「えっ?そ、そうですが、あなたは?」
僕の顔を見るなりその女性は目を見開き、僕の名前を口にしてきた。彼女の胸を無理やり触ってしまった罪悪感もあり、僕は咄嗟にそうだと敬語で返答してしまったが、今の自分が置かれている状況を思い出し、その失態に臍を噛みながら相手の出方を伺った。
「私はイドラと申します」
「・・・・・・?」
彼女は僕が誰か分かると姿勢を正して跪くような体勢をとると、顔を隠している外套のフードを外し、顔が見えるようにしながら名乗ってきた。濃い藍色のセミロングで、そばかすの残る顔は幼さを感じさせるが、彼女の全体的な雰囲気から結構な年齢であることを伺わせた。そんな人物が僕に敬意を表してきたことで、益々わけがわからなくなってしまう。
「私はキャンベル公爵家小飼の諜報員として、ミレア様に仕えている者です」
「っ!ミレアに?彼女は大丈夫なんですか?軟禁されていると聞きましたが」
「ご心配には及びません。我が主は行動こそ制限されているものの、身体を脅かされてはおりません。私はミレア様からエイダ様へある情報を伝えるようにと命令され、様々な情報を頼りにあなたの行方を捜索しておりました。途中、認識阻害の魔道具の効果が切れてしまったときはもうダメかと思いましたが、こうして見つけることができ、安堵しております」
そう言うと彼女は、安心した表情を浮かべて外套のボタンを外した。前が広がった外套の中には、何故かメイド服を着込んでいた。
「・・・メイドさん?」
疑問がそのまま口から出てしまった僕に、彼女は微笑みを浮かべながら口を開いた。
「普段は王城でメイドとして働いております。この格好が私の戦闘服ですから」
「は、はぁ・・・?」
さも当然のように言うイドラさんに呆気に取られていると、彼女は豊満な胸の谷間に手を突っ込んだ。突然の事に意味が分からなかったが、いけないと思いつつも、ついつい視線は柔らかそうな肌色の谷間に吸い込まれてしまう。
(・・・そういえば、かなり柔らかかったな)
一瞬、彼女を組伏せていた時に触れてしまったあの柔らかい感触を思い出してしまい、僕は少し顔が熱くなってしまった。そんな僕の様子を知ってか知らずか、彼女は何とも無いような表情で突っ込んでいた手を引き抜くと、そこには一枚の封書があった。
「エイダ様。こちらがミレア様からお預かりした手紙でございます。どうぞお確かめください」
何もそんなところに隠しておかなくても良いのにと思いながら、恭しく差し出してくるその手紙を受け取った。ほんのり人肌に温かいそれにどぎまぎしながらも、封をされた蝋印を確認して手紙を開いた。
「・・・この字は確かにミレアのものだね」
その筆跡は通信魔道具でやり取りしていたものと同じものだった為、ミレアが書いたものだとすぐに分かった。となれば、このイドラさんの言っている事は信じて良さそうだと感じた。
「ミレア様からは、至急エイダ様にお伝えするように仰せつかっておりますので、どうぞ内容をご確認下さい」
「至急・・・分かった」
彼女から急かされるように手紙の内容に目を通す。すると、書かれている内容に僕は目を見開いた。
「・・・王子派閥が裏切りの可能性?」
衝撃的な文章に驚き、思わず口にしてしまったが、手紙の内容は以下のようなものだった。
曰く、王子殿下は以前から【救済の光】の構成員と接触していた可能性が高いということ。また、アッシュ・ロイドがエレインを攫った際に用いられた逃走路において、一部の王族にしか知り得ない場所が使われていたということ。更に、王笏を保管している宝物殿の鍵は国王と王妃、王子と王女、そして宰相など主要な大臣クラスが所持しているが、そのうちの2つの鍵を同時に使用しないと開かないようになっており、秘密裏に確認した限りでは、宝物殿が破壊された様子はなく、明らかに内部による犯行が疑われること。今回の戦争に関して、王女派閥の人間を一切動員しなかったこと等の根拠が列挙されていた。
更に眉を潜めたのが、宰相が新たに開発した魔道具が、魔力や闘氣などのエネルギーを吸収・放出することを可能としたものらしく、使用する魔石が大きなものほど大量にエネルギーを吸収でき、より複雑な操作も可能になるという。その性能の特徴から、先に遭遇したジョシュ・ロイドとの一件を思い起こさせた。これが本当だとするならば、宰相も王子同様に【救済の光】と協力関係にあると思われた。
「嘘だろ・・・じゃあ、組織の目的は何なんだ?王子も何を考えているんだ?」
僕の理解が追い付かない情報に頭を抱え、それぞれの思惑を考えてみるも、まったく意味が分からず、頭が真っ白になってしまった。
「いや、待てよ。そうすると、本陣に行ったエイミーさんとセグリットさんは大丈夫なのか?」
ここに来た目的を思い出し、多くの天幕が設置されている本陣の方へ視線を向けると、イドラさんが口を開いた。
「ご安心を。お二方は命に別状は無さそうです。ここから監視していた限り、ある天幕の中に牢が設置されており、そこに横たわるお二人を確認しました。昨日の事ですが、それから食事が運ばれている様子もありませんでしたので、かなり衰弱しているとは思います」
彼女の話に胸を撫で下ろすが、同時にある疑問も浮かんでくる。
「そもそもイドラさんは僕を探していたんですよね?何故ここに昨日から?」
「エイダ様はこの平原近辺に居ると分かりましたが、そうは言っても広大な平原です。無闇に動いて行き違いになることも想定できます。そこでこの本陣を起点として周辺を捜索しようと考えたときに、王女殿下直属の近衛騎士のお二人を見つけ、その状況からエイダ様がお二人を助けに来るかもしれないと踏んだのです。結果的に私の読みは当たりました」
彼女はにこやかな笑顔を浮かべ、自分の判断を誇らしげに語っていた。偶然ではあるだろうが、それでも彼女からもたらされた情報はありがたかった。
「なるほど。それじゃあ2人を助け出さないとね。王子が、いや、王子派閥全てが向こう側だというなら、遠慮なく潰させてもらおう」
僕がそう意気込んでいると、イドラさんが焦った表情で言い募ってきた。
「お、お待ちくださいエイダ様。今この本陣を落とし、王子殿下を亡き者にしてしまうと、戦場で混乱が生じ、我が共和国は王国と公国に呑み込まれて消えてしまいます」
彼女の必死な形相での懇願に、僕も少し考える。確かにここで王子達を亡き者にするということは、戦争に負けることに直結してしまうだろう。僕自身が戦争に介入しないと約束した以上、王子達を殺すことで起きるであろう混乱を処理することが難しい。さすがにエレインやエイミーさん達に全て任せることも出来ない為、どうすればいいかの考えが思い付かない。
「くそ・・・どうすれば・・・」
「この情報は既に王女殿下の耳にも入っております。王子殿下に対抗するために動いているはずですので、もう少々お待ちくださいませんか?」
「ですが、既にエイミーさん達は囚われて3日目になります。その間食事も与えられていないとなると、もう限界のはずです。一刻も早く救出しないと」
「お気持ちは分かりますが、準備不足で事を起こせば余計混乱が大きくなるかもしれません。ここは耐えて、策を練られてから行動してはいただけないでしょうか?」
「・・・・・・」
彼女の言い分も理解できるが、2人が丸2日以上食事をしていないとすれば、かなり衰弱しているはずだ。特に水分が摂れていない場合はかなり危ない。たしか人の身体は7割方が水分で出来ていて、その内の1割の水分が失われると命の危険があるはずだ。丸2日以上水を飲んでいなければ、今正に命の危機に瀕している可能性もある。
ただ、ここで感情に任せて乗り込み、そのまま王子達と戦闘を始めてしまうと、下手をすれば共和国はそのまま消える可能性すらある。僕の行動一つでこの国が消えてしまうかもしれないと言われると、さがにそれだけの責任を負う覚悟ができない。
どうすべきか悩んでいると、事態は思わぬ方へ動き出した。
『ドゴンッ!!』
「「「ぐあぁぁ!!」」」
突如、天幕並ぶ本陣の方から轟音と共に悲鳴が聞こえてきたのだ。
「っ!!?何だ?」
「これはいったい?」
突然のできごとに、僕とイドラさんは驚いて本陣の様子を伺うと、遠目にエイミーさんとセグリットさんの姿が目に映った。
「2人とも無事だったんだ!って、あれはまずいな」
距離があるため2人の表情は分からないが、数十人の騎士達に包囲されてしまっており、とてもではないがこのまま無事に逃げられる状況ではなかった。とはいえ、ここで僕が介入してしまえば、そのまま王子達との戦闘は避けられないだろう。とすれば、遠距離からの援護に徹して、僕の姿を見られないように手助けするしかない。
「どうするおつもりですか?」
魔術杖を構えた僕を心配そうな表情で見つめてくるイドラさんに、僕は笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫です。ちょっと援護するだけですよ」
そう言うと僕は白銀のオーラを身に纏い、エイミーさん達を助けるべく、行動を開始するのだった。
当初はエレインが様子を見に行ってくるという話だったのだが、何となく危険な感じがするというか、もしものことがあるかもしれないからと、僕が強硬に反対したのだ。彼女には「過保護だよ」と苦笑いを浮かべられてしまったが、それでも引くことはなかった。
そうして単独で、極力気配を消しながら慎重に本陣へと近づいて行くと、マルコさん達から聞いていた通り、エイミーさん達の気配を感知した。正確な場所を確認して、ゆっくりと本陣へ歩みを進めようとしたところで、僕は本陣の外側付近に人の気配を察知した。
(ん?この気配・・・本陣の手前くらいで留まっているような感じだな。何をしているんだろう?)
感知している気配は、本陣内だろう、人々が多くひしめいている場所から少し離れたところに単独で居るようだ。本陣を警備する騎士にしては単独であるということに疑問を抱くが、もしかすると公国か王国の偵察兵なのかもしれない。
(それにしたって、単独でこれほど共和国の内部にまで侵入しているとは、よほどの実力者なのだろうか?)
疑問を覚えつつも、その正体を確認する必要があるだろうと考え、一先ずはその存在を確認しようと動き出した。
静かにその存在に接近していくと、遠目にその姿を捉えることができた。そいつは灰色の外套を頭からすっぽりと覆うように着込んでおり、遠目からではどのような人物なのかを特定することができなかった。
(明らかに怪しいな・・・間違いなく共和国の騎士ではないだろうな。となると、王国か公国の間者か?)
僕は何か情報を知っていかもしれないその人物を捕らえてみようと考え、息を殺しながら背後から忍び寄っていった。
「シッ!」
「っ!!!?」
相手に気づかれないように自分の間合いの距離まで近づくと、僕は一足飛びに距離を詰め、その人物を地面に組伏せた。相手は突然の事に驚きで声も出せないようで、大きな抵抗を見せることもなく、おとなしくしていた。
「正直に話せ?お前は何者だ?何故この場を探るように単独でいた?」
「・・・・・・」
目の前には共和国の本陣があるので、僕は相手の耳に囁き掛けるように質問を投げ掛けた。しかし、その人物は僕の質問に答えようとすることはなかった。もし訓練を受けている間者が相手だとすれば、僕なんかの尋問では口を割らないかもしれないので、身に付けている装備などから所属が確認できないかと、その人物の外套の下に手を突っ込み、身体検査を行った。
「きゃっ!」
「えっ?」
その人物の身体を探ると、柔らかい感触と共に可愛らしい小さな悲鳴が聞こえた。その声と感触に、僕は思わず相手から手を離して距離を取ってしまった。
僕が離れたことで相手は身体を起こし、外套の端を掴みながら自分自身を守るように抱き締めていた。その結果、相手の身体のラインが良く見えるようになり、女性の象徴である豊満な胸の形が、彼女の腕で柔らかく変形している様子が見てとれてしまった。
(じょ、女性だったのか?)
驚きのあまり目を見開いて彼女を凝視していると、俯き加減だった彼女の顔がゆっくりと持ち上げられ、少し顔を赤くしながら僕を見つめてきた。
「っ!!あなたはもしや、エイダ・ファンネル様でいらっしゃいますか?」
「えっ?そ、そうですが、あなたは?」
僕の顔を見るなりその女性は目を見開き、僕の名前を口にしてきた。彼女の胸を無理やり触ってしまった罪悪感もあり、僕は咄嗟にそうだと敬語で返答してしまったが、今の自分が置かれている状況を思い出し、その失態に臍を噛みながら相手の出方を伺った。
「私はイドラと申します」
「・・・・・・?」
彼女は僕が誰か分かると姿勢を正して跪くような体勢をとると、顔を隠している外套のフードを外し、顔が見えるようにしながら名乗ってきた。濃い藍色のセミロングで、そばかすの残る顔は幼さを感じさせるが、彼女の全体的な雰囲気から結構な年齢であることを伺わせた。そんな人物が僕に敬意を表してきたことで、益々わけがわからなくなってしまう。
「私はキャンベル公爵家小飼の諜報員として、ミレア様に仕えている者です」
「っ!ミレアに?彼女は大丈夫なんですか?軟禁されていると聞きましたが」
「ご心配には及びません。我が主は行動こそ制限されているものの、身体を脅かされてはおりません。私はミレア様からエイダ様へある情報を伝えるようにと命令され、様々な情報を頼りにあなたの行方を捜索しておりました。途中、認識阻害の魔道具の効果が切れてしまったときはもうダメかと思いましたが、こうして見つけることができ、安堵しております」
そう言うと彼女は、安心した表情を浮かべて外套のボタンを外した。前が広がった外套の中には、何故かメイド服を着込んでいた。
「・・・メイドさん?」
疑問がそのまま口から出てしまった僕に、彼女は微笑みを浮かべながら口を開いた。
「普段は王城でメイドとして働いております。この格好が私の戦闘服ですから」
「は、はぁ・・・?」
さも当然のように言うイドラさんに呆気に取られていると、彼女は豊満な胸の谷間に手を突っ込んだ。突然の事に意味が分からなかったが、いけないと思いつつも、ついつい視線は柔らかそうな肌色の谷間に吸い込まれてしまう。
(・・・そういえば、かなり柔らかかったな)
一瞬、彼女を組伏せていた時に触れてしまったあの柔らかい感触を思い出してしまい、僕は少し顔が熱くなってしまった。そんな僕の様子を知ってか知らずか、彼女は何とも無いような表情で突っ込んでいた手を引き抜くと、そこには一枚の封書があった。
「エイダ様。こちらがミレア様からお預かりした手紙でございます。どうぞお確かめください」
何もそんなところに隠しておかなくても良いのにと思いながら、恭しく差し出してくるその手紙を受け取った。ほんのり人肌に温かいそれにどぎまぎしながらも、封をされた蝋印を確認して手紙を開いた。
「・・・この字は確かにミレアのものだね」
その筆跡は通信魔道具でやり取りしていたものと同じものだった為、ミレアが書いたものだとすぐに分かった。となれば、このイドラさんの言っている事は信じて良さそうだと感じた。
「ミレア様からは、至急エイダ様にお伝えするように仰せつかっておりますので、どうぞ内容をご確認下さい」
「至急・・・分かった」
彼女から急かされるように手紙の内容に目を通す。すると、書かれている内容に僕は目を見開いた。
「・・・王子派閥が裏切りの可能性?」
衝撃的な文章に驚き、思わず口にしてしまったが、手紙の内容は以下のようなものだった。
曰く、王子殿下は以前から【救済の光】の構成員と接触していた可能性が高いということ。また、アッシュ・ロイドがエレインを攫った際に用いられた逃走路において、一部の王族にしか知り得ない場所が使われていたということ。更に、王笏を保管している宝物殿の鍵は国王と王妃、王子と王女、そして宰相など主要な大臣クラスが所持しているが、そのうちの2つの鍵を同時に使用しないと開かないようになっており、秘密裏に確認した限りでは、宝物殿が破壊された様子はなく、明らかに内部による犯行が疑われること。今回の戦争に関して、王女派閥の人間を一切動員しなかったこと等の根拠が列挙されていた。
更に眉を潜めたのが、宰相が新たに開発した魔道具が、魔力や闘氣などのエネルギーを吸収・放出することを可能としたものらしく、使用する魔石が大きなものほど大量にエネルギーを吸収でき、より複雑な操作も可能になるという。その性能の特徴から、先に遭遇したジョシュ・ロイドとの一件を思い起こさせた。これが本当だとするならば、宰相も王子同様に【救済の光】と協力関係にあると思われた。
「嘘だろ・・・じゃあ、組織の目的は何なんだ?王子も何を考えているんだ?」
僕の理解が追い付かない情報に頭を抱え、それぞれの思惑を考えてみるも、まったく意味が分からず、頭が真っ白になってしまった。
「いや、待てよ。そうすると、本陣に行ったエイミーさんとセグリットさんは大丈夫なのか?」
ここに来た目的を思い出し、多くの天幕が設置されている本陣の方へ視線を向けると、イドラさんが口を開いた。
「ご安心を。お二方は命に別状は無さそうです。ここから監視していた限り、ある天幕の中に牢が設置されており、そこに横たわるお二人を確認しました。昨日の事ですが、それから食事が運ばれている様子もありませんでしたので、かなり衰弱しているとは思います」
彼女の話に胸を撫で下ろすが、同時にある疑問も浮かんでくる。
「そもそもイドラさんは僕を探していたんですよね?何故ここに昨日から?」
「エイダ様はこの平原近辺に居ると分かりましたが、そうは言っても広大な平原です。無闇に動いて行き違いになることも想定できます。そこでこの本陣を起点として周辺を捜索しようと考えたときに、王女殿下直属の近衛騎士のお二人を見つけ、その状況からエイダ様がお二人を助けに来るかもしれないと踏んだのです。結果的に私の読みは当たりました」
彼女はにこやかな笑顔を浮かべ、自分の判断を誇らしげに語っていた。偶然ではあるだろうが、それでも彼女からもたらされた情報はありがたかった。
「なるほど。それじゃあ2人を助け出さないとね。王子が、いや、王子派閥全てが向こう側だというなら、遠慮なく潰させてもらおう」
僕がそう意気込んでいると、イドラさんが焦った表情で言い募ってきた。
「お、お待ちくださいエイダ様。今この本陣を落とし、王子殿下を亡き者にしてしまうと、戦場で混乱が生じ、我が共和国は王国と公国に呑み込まれて消えてしまいます」
彼女の必死な形相での懇願に、僕も少し考える。確かにここで王子達を亡き者にするということは、戦争に負けることに直結してしまうだろう。僕自身が戦争に介入しないと約束した以上、王子達を殺すことで起きるであろう混乱を処理することが難しい。さすがにエレインやエイミーさん達に全て任せることも出来ない為、どうすればいいかの考えが思い付かない。
「くそ・・・どうすれば・・・」
「この情報は既に王女殿下の耳にも入っております。王子殿下に対抗するために動いているはずですので、もう少々お待ちくださいませんか?」
「ですが、既にエイミーさん達は囚われて3日目になります。その間食事も与えられていないとなると、もう限界のはずです。一刻も早く救出しないと」
「お気持ちは分かりますが、準備不足で事を起こせば余計混乱が大きくなるかもしれません。ここは耐えて、策を練られてから行動してはいただけないでしょうか?」
「・・・・・・」
彼女の言い分も理解できるが、2人が丸2日以上食事をしていないとすれば、かなり衰弱しているはずだ。特に水分が摂れていない場合はかなり危ない。たしか人の身体は7割方が水分で出来ていて、その内の1割の水分が失われると命の危険があるはずだ。丸2日以上水を飲んでいなければ、今正に命の危機に瀕している可能性もある。
ただ、ここで感情に任せて乗り込み、そのまま王子達と戦闘を始めてしまうと、下手をすれば共和国はそのまま消える可能性すらある。僕の行動一つでこの国が消えてしまうかもしれないと言われると、さがにそれだけの責任を負う覚悟ができない。
どうすべきか悩んでいると、事態は思わぬ方へ動き出した。
『ドゴンッ!!』
「「「ぐあぁぁ!!」」」
突如、天幕並ぶ本陣の方から轟音と共に悲鳴が聞こえてきたのだ。
「っ!!?何だ?」
「これはいったい?」
突然のできごとに、僕とイドラさんは驚いて本陣の様子を伺うと、遠目にエイミーさんとセグリットさんの姿が目に映った。
「2人とも無事だったんだ!って、あれはまずいな」
距離があるため2人の表情は分からないが、数十人の騎士達に包囲されてしまっており、とてもではないがこのまま無事に逃げられる状況ではなかった。とはいえ、ここで僕が介入してしまえば、そのまま王子達との戦闘は避けられないだろう。とすれば、遠距離からの援護に徹して、僕の姿を見られないように手助けするしかない。
「どうするおつもりですか?」
魔術杖を構えた僕を心配そうな表情で見つめてくるイドラさんに、僕は笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫です。ちょっと援護するだけですよ」
そう言うと僕は白銀のオーラを身に纏い、エイミーさん達を助けるべく、行動を開始するのだった。
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