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第3章:離婚の提案と溺愛の証明
3-4. 招かれざる客として――ランドルフ公爵家の屋敷
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3. 招かれざる客として――ランドルフ公爵家の屋敷
ランドルフ公爵家の屋敷は、都の中心部にも近い高台に位置していた。王城から馬車でそれほど遠くない場所で、門の外には複数の衛兵が警備を固めている。父の話に違わず、まるで小さな城のような佇まいだ。
私は緊張に耐えきれず、シートを握りしめながら窓の外を見つめる。あれほど抵抗したのに、結局こうしてランドルフ家へやってくる羽目になった。今や自分がどれほど無力かを痛感する。エドワードとの連絡手段も断たれ、父はどんな顔をして帰りを待っているのか――考えると頭が混乱するばかりだ。
「ご到着です、ローウェルお嬢様」
御者の声がして、扉が開かれる。出迎えに降り立ったのは、この家の執事らしき男性。私が馬車から足を降ろすと、彼はふかぶかと頭を下げて言った。
「本日はようこそお越しくださいました。ご案内させていただきます」
――ようこそ? 私としては来たくて来たわけではないのだが……。そんな言葉を飲み込み、私は渋々屋敷の中へと足を踏み入れた。
中はクラレンス侯爵家にも劣らぬ壮麗な内装だった。ただ、その豪華さはどこか強烈な“権威”を感じさせる。調度品もきらびやかな金銀が目立ち、シャンデリアや柱に惜しげもなく宝石があしらわれている。あれほど整然としていたクラレンス家とは異なる、いわば“圧倒的な力”を誇示するような空気――それが私には少し息苦しかった。
「お嬢様は、ご当主様と嫡男様がお待ちの応接室へどうぞ」
執事に案内され、私は長い廊下を歩いていく。緊張で足がすくみそうになるが、なんとか礼儀を崩さずに済んだ。大きな扉の前に立つと、「失礼します」という声が聞こえ、執事が扉を開く。
「――これはこれは、お待ちしておりましたよ、ローウェル公爵家の令嬢。お噂はかねがね伺っております」
部屋に入るなり響いたのは、低く落ち着いた男性の声。豪華な椅子にどっしりと腰を据えている壮年の男――彼こそがランドルフ公爵当主、すなわちアルバート・ランドルフの父親であるヘンリー・ランドルフ公だろう。その隣には、私より少し年上に見える青年が立っていた。きっと彼が嫡男――アルバート・ランドルフだ。
アルバートは金髪で、どこか整った顔立ちをしていたが、薄い唇と鋭い目つきが醸し出す雰囲気には冷たいものを感じる。彼が私に向かって笑みを浮かべたものの、それはまるで獲物を見つけた猛禽類のような表情で、私は背筋に寒気が走った。
「父上、この方がローウェル家のご令嬢ですか。なるほど、確かに噂どおり端麗な容姿ですね。……よろしく、アマンダ・ローウェル嬢」
差し出された右手に、私は戸惑いながらも礼を返す。握手でも求めているのかと思ってそっと手を重ねると、彼はその手を強く握りしめた。痛いと感じるほどの圧力で、私は思わず眉をひそめる。
「……あの、ランドルフ公爵家の嫡男、アルバート様でしょうか。ごきげんよう」
「ええ、あなたと今後、深い仲になるかもしれない者ですよ。こうして会えて光栄です。……ずいぶん緊張していますね。そんなに怖がらずともいい」
アルバートはそう言って手を離すが、彼の口調にはどこか嘲りが混じっているようにも聞こえる。
ヘンリー公はそんな私の様子を面白がるかのように見つめ、悠々と上質な椅子に身体をあずけた。
「ローウェル家の事情は大方承知しております。なるほど、クラレンス侯爵と結婚する予定だったのですよね? けれど、あなたのお父上は賢明だ。私どもに話を持ってきてくれました。――王家も認める我々の力があれば、ローウェル家は安泰でしょうし、あなたにも不足はないでしょう。何しろ、アルバートは跡取りとしてこの先、さらに大きく地位を築く男ですから」
「……はあ」
何とも返事しがたい言葉で、私はただ曖昧に相槌を打つしかない。彼らにとっては、私はただの政略の駒なのだろう。何の悪びれもなく、“クラレンス侯爵がどうこう”と踏み台にするような発言を繰り返す。
そしてアルバートが私をじろじろと眺め回しながら呟く。
「聞けば、あなたはけっこう頭の回るお嬢様だとか。……まあ、顔も悪くないし、誰かと結婚するくらいなら、俺を選ぶ方がはるかにお得ですよ? 金にも領地にも不自由しませんからね。実際、ローウェル家の莫大な借金を肩代わりしてあげるんですし、感謝してほしいくらいだ」
そのあまりの傲慢な言いぶりに、私は唇を噛む。エドワードなら、絶対にこんな物言いはしない。彼は確かに冷徹な一面を持ちつつも、相手を見下すような態度を取ることはなかった。
私がクラレンス侯爵を思い出していると、ヘンリー公が急に声を張り上げた。
「ところで、あなたがクラレンス侯爵とどういう約束をしていようと、この先は我々の側に来てもらう。結婚式も早々に挙げるつもりだ。――別れの手続き? それはローウェル公爵が全てやってくれるはずだ。あなたには心配無用ですな」
「……」
何も言えない。下手に抵抗して父を窮地に追い込むわけにもいかない。でも、本当にそれでいいのか。背筋に嫌な汗が伝う。エドワードとの未来を、自分から手放してしまうのか――。
「まあ、今日はお試しというか、顔合わせ程度のつもりでした。いずれ改めて“正式な婚約”の式典を催しましょう。その時は盛大に祝いますよ。なにしろ、アルバートの花嫁になるのだからな」
ヘンリー公の傲岸不遜な言葉に、アルバートは冷笑を浮かべて相槌を打つ。私には彼らが話している内容が、どこか他人事のように聞こえてしまう。それほどまでに、強引かつ一方的だ。これでは私の意思などどこにも存在しないかのようだ。
もう、どうにでもなってしまえ――そう思いかけたとき、私の頭に一つの疑問が生じる。
(……どうしてランドルフ家は、ここまでして私を迎えようとするのだろう?)
ローウェル家の借金を肩代わりするほどの価値が、私との結婚にあるのだろうか。貴族社会での政略結婚とはいえ、何かしらの“見返り”がなければ、ここまで出血大サービスのような条件を提示するのは普通ありえない。
私は意を決して口を開く。
「あの……お聞きしてよろしいでしょうか。ランドルフ公爵家が私を迎える理由は何なのでしょう。ローウェル家はそこまで大きな領地を持っているわけでもなく、政治力も貴家に比べれば弱い。そのうえ莫大な借金まであるのですから……」
ヘンリー公は少し驚いたように目を細めたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「おや、確かにそこまで活気ある家ではないでしょうな。ローウェル家は。しかし、地図をよく見てみなさい。あなたが持参する形になる一部の領地――あれは貿易路の要衝に当たる場所だ。そして、そこには我々がかねてより狙っていた“特別な鉱山”の開発権が含まれている」
「特別な鉱山……?」
まるで悪役の告白のように、ヘンリー公は情報を明かし始めた。確かにローウェル家が所有する領地には小規模の山岳地帯があり、昔から鉄や銅が取れるという話は聞いていた。だが、それがさほど重要視されてこなかったのは、埋蔵量が不確かだったからだ。
ところが最近になって、新たな鉱脈が発見され、そこから相当量の希少金属が見つかったという噂が流れている。ヘンリー公はどうやらその“確度”を掴んでいるらしく、いち早く権利を押さえようとしているのだ。公爵家の財力があれば、大規模な採掘や流通が可能になり、更なる富と権力を得る――。
「なるほど、そういうことだったんですね。私を嫁がせることで、その鉱山を実質的に手に入れようと……」
「ふふ、頭の回転が早いようで何よりだ。要は“土地と借金の交換”というわけだよ。あなたが私たちの家に入れば、名実ともにその領地は私たちの管理下に置かれる。おまけにローウェル家の負債はチャラ。大団円ではありませんか」
私はゾッとした。クラレンス侯爵との縁組よりも“もっと有利な”話だという父の説明にも合点がいく。父は私をランドルフ家に嫁がせることで、莫大な借金をリセットすると同時に、ローウェル家がいずれ受け取るはずだった鉱山の収益の一部を恩恵として得ようとしているのだ。
すべては金と権力。私の気持ちなど、はじめから眼中にない。アルバートも“綺麗な顔”というだけで私を所有物にしたいだけであり、心から愛しているわけではないだろう。
(これが貴族社会の現実……。でも、こんなの嫌。私は――私はもう、ただの駒として使われるのは嫌だ!)
そう思うものの、ここで声を荒らげても意味がない。父が裏で交渉をすでにまとめつつある以上、私が一人で反対しても覆る可能性は低い。それを考えると、胸が押しつぶされそうになる。
そしてアルバートが私の顔を覗き込み、軽く笑う。
「どうしました、沈んでいるようですね。あなたには何不自由ない暮らしを保証しますよ。それとも、あの冷酷なクラレンス侯爵がお忘れになれない? あんな男、あなたに何をしてくれるというのか。所詮、“冷酷”な貴族にすぎない。領地の住民には人気だというが、私に言わせれば、それもただの見せかけだ。甘い顔をして、裏では何を企んでいるか分かったものではない」
「……エドワード様は、そんな人ではありません」
気づけば、言葉が口をついて出ていた。アルバートの言い分が許せなかったのだ。私が何を言っても無駄と分かっていながらも、あの方を侮辱されるのがたまらなく悔しい。
しかし、アルバートはそれに対して鼻で笑い、まるで子供をあやすように続ける。
「へえ、あなたがそう思いたいなら勝手だがね。いずれ分かるさ。どのみち、あなたはここへ嫁ぐことになる。……だから、他の男の話なんかしないでおくれ」
ゾッとするような笑い声が、私の耳をかすめた。私はどうにも耐えきれず、視線を落として唇を噛む。――もう限界だ。このままでは自分の意思が押しつぶされる。何とかしてここから逃げ出せないものか。だが、公爵家の衛兵が見張るこの屋敷から勝手に飛び出すなど、現実的ではない。
そんな私を見下ろすアルバートは、次の瞬間、私の手を再び握りしめ、少し強引に引き寄せてきた。
「痛っ……」
「おやおや、こんなに華奢な手をしているのか。――ねえ、あなたはきっと俺に従順でいてくれるよな? この結婚は、ローウェル家とランドルフ家の未来を左右する。あなた一人が駄々をこねたところで、変えられるわけがないんだから」
彼の口調は囁くようでありながら、凍てつくように冷ややか。私は腕を振りほどこうとしたが、かなわない。すると、そのとき――。
突然、応接室のドアが大きな音を立てて開いた。
ランドルフ公爵家の屋敷は、都の中心部にも近い高台に位置していた。王城から馬車でそれほど遠くない場所で、門の外には複数の衛兵が警備を固めている。父の話に違わず、まるで小さな城のような佇まいだ。
私は緊張に耐えきれず、シートを握りしめながら窓の外を見つめる。あれほど抵抗したのに、結局こうしてランドルフ家へやってくる羽目になった。今や自分がどれほど無力かを痛感する。エドワードとの連絡手段も断たれ、父はどんな顔をして帰りを待っているのか――考えると頭が混乱するばかりだ。
「ご到着です、ローウェルお嬢様」
御者の声がして、扉が開かれる。出迎えに降り立ったのは、この家の執事らしき男性。私が馬車から足を降ろすと、彼はふかぶかと頭を下げて言った。
「本日はようこそお越しくださいました。ご案内させていただきます」
――ようこそ? 私としては来たくて来たわけではないのだが……。そんな言葉を飲み込み、私は渋々屋敷の中へと足を踏み入れた。
中はクラレンス侯爵家にも劣らぬ壮麗な内装だった。ただ、その豪華さはどこか強烈な“権威”を感じさせる。調度品もきらびやかな金銀が目立ち、シャンデリアや柱に惜しげもなく宝石があしらわれている。あれほど整然としていたクラレンス家とは異なる、いわば“圧倒的な力”を誇示するような空気――それが私には少し息苦しかった。
「お嬢様は、ご当主様と嫡男様がお待ちの応接室へどうぞ」
執事に案内され、私は長い廊下を歩いていく。緊張で足がすくみそうになるが、なんとか礼儀を崩さずに済んだ。大きな扉の前に立つと、「失礼します」という声が聞こえ、執事が扉を開く。
「――これはこれは、お待ちしておりましたよ、ローウェル公爵家の令嬢。お噂はかねがね伺っております」
部屋に入るなり響いたのは、低く落ち着いた男性の声。豪華な椅子にどっしりと腰を据えている壮年の男――彼こそがランドルフ公爵当主、すなわちアルバート・ランドルフの父親であるヘンリー・ランドルフ公だろう。その隣には、私より少し年上に見える青年が立っていた。きっと彼が嫡男――アルバート・ランドルフだ。
アルバートは金髪で、どこか整った顔立ちをしていたが、薄い唇と鋭い目つきが醸し出す雰囲気には冷たいものを感じる。彼が私に向かって笑みを浮かべたものの、それはまるで獲物を見つけた猛禽類のような表情で、私は背筋に寒気が走った。
「父上、この方がローウェル家のご令嬢ですか。なるほど、確かに噂どおり端麗な容姿ですね。……よろしく、アマンダ・ローウェル嬢」
差し出された右手に、私は戸惑いながらも礼を返す。握手でも求めているのかと思ってそっと手を重ねると、彼はその手を強く握りしめた。痛いと感じるほどの圧力で、私は思わず眉をひそめる。
「……あの、ランドルフ公爵家の嫡男、アルバート様でしょうか。ごきげんよう」
「ええ、あなたと今後、深い仲になるかもしれない者ですよ。こうして会えて光栄です。……ずいぶん緊張していますね。そんなに怖がらずともいい」
アルバートはそう言って手を離すが、彼の口調にはどこか嘲りが混じっているようにも聞こえる。
ヘンリー公はそんな私の様子を面白がるかのように見つめ、悠々と上質な椅子に身体をあずけた。
「ローウェル家の事情は大方承知しております。なるほど、クラレンス侯爵と結婚する予定だったのですよね? けれど、あなたのお父上は賢明だ。私どもに話を持ってきてくれました。――王家も認める我々の力があれば、ローウェル家は安泰でしょうし、あなたにも不足はないでしょう。何しろ、アルバートは跡取りとしてこの先、さらに大きく地位を築く男ですから」
「……はあ」
何とも返事しがたい言葉で、私はただ曖昧に相槌を打つしかない。彼らにとっては、私はただの政略の駒なのだろう。何の悪びれもなく、“クラレンス侯爵がどうこう”と踏み台にするような発言を繰り返す。
そしてアルバートが私をじろじろと眺め回しながら呟く。
「聞けば、あなたはけっこう頭の回るお嬢様だとか。……まあ、顔も悪くないし、誰かと結婚するくらいなら、俺を選ぶ方がはるかにお得ですよ? 金にも領地にも不自由しませんからね。実際、ローウェル家の莫大な借金を肩代わりしてあげるんですし、感謝してほしいくらいだ」
そのあまりの傲慢な言いぶりに、私は唇を噛む。エドワードなら、絶対にこんな物言いはしない。彼は確かに冷徹な一面を持ちつつも、相手を見下すような態度を取ることはなかった。
私がクラレンス侯爵を思い出していると、ヘンリー公が急に声を張り上げた。
「ところで、あなたがクラレンス侯爵とどういう約束をしていようと、この先は我々の側に来てもらう。結婚式も早々に挙げるつもりだ。――別れの手続き? それはローウェル公爵が全てやってくれるはずだ。あなたには心配無用ですな」
「……」
何も言えない。下手に抵抗して父を窮地に追い込むわけにもいかない。でも、本当にそれでいいのか。背筋に嫌な汗が伝う。エドワードとの未来を、自分から手放してしまうのか――。
「まあ、今日はお試しというか、顔合わせ程度のつもりでした。いずれ改めて“正式な婚約”の式典を催しましょう。その時は盛大に祝いますよ。なにしろ、アルバートの花嫁になるのだからな」
ヘンリー公の傲岸不遜な言葉に、アルバートは冷笑を浮かべて相槌を打つ。私には彼らが話している内容が、どこか他人事のように聞こえてしまう。それほどまでに、強引かつ一方的だ。これでは私の意思などどこにも存在しないかのようだ。
もう、どうにでもなってしまえ――そう思いかけたとき、私の頭に一つの疑問が生じる。
(……どうしてランドルフ家は、ここまでして私を迎えようとするのだろう?)
ローウェル家の借金を肩代わりするほどの価値が、私との結婚にあるのだろうか。貴族社会での政略結婚とはいえ、何かしらの“見返り”がなければ、ここまで出血大サービスのような条件を提示するのは普通ありえない。
私は意を決して口を開く。
「あの……お聞きしてよろしいでしょうか。ランドルフ公爵家が私を迎える理由は何なのでしょう。ローウェル家はそこまで大きな領地を持っているわけでもなく、政治力も貴家に比べれば弱い。そのうえ莫大な借金まであるのですから……」
ヘンリー公は少し驚いたように目を細めたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「おや、確かにそこまで活気ある家ではないでしょうな。ローウェル家は。しかし、地図をよく見てみなさい。あなたが持参する形になる一部の領地――あれは貿易路の要衝に当たる場所だ。そして、そこには我々がかねてより狙っていた“特別な鉱山”の開発権が含まれている」
「特別な鉱山……?」
まるで悪役の告白のように、ヘンリー公は情報を明かし始めた。確かにローウェル家が所有する領地には小規模の山岳地帯があり、昔から鉄や銅が取れるという話は聞いていた。だが、それがさほど重要視されてこなかったのは、埋蔵量が不確かだったからだ。
ところが最近になって、新たな鉱脈が発見され、そこから相当量の希少金属が見つかったという噂が流れている。ヘンリー公はどうやらその“確度”を掴んでいるらしく、いち早く権利を押さえようとしているのだ。公爵家の財力があれば、大規模な採掘や流通が可能になり、更なる富と権力を得る――。
「なるほど、そういうことだったんですね。私を嫁がせることで、その鉱山を実質的に手に入れようと……」
「ふふ、頭の回転が早いようで何よりだ。要は“土地と借金の交換”というわけだよ。あなたが私たちの家に入れば、名実ともにその領地は私たちの管理下に置かれる。おまけにローウェル家の負債はチャラ。大団円ではありませんか」
私はゾッとした。クラレンス侯爵との縁組よりも“もっと有利な”話だという父の説明にも合点がいく。父は私をランドルフ家に嫁がせることで、莫大な借金をリセットすると同時に、ローウェル家がいずれ受け取るはずだった鉱山の収益の一部を恩恵として得ようとしているのだ。
すべては金と権力。私の気持ちなど、はじめから眼中にない。アルバートも“綺麗な顔”というだけで私を所有物にしたいだけであり、心から愛しているわけではないだろう。
(これが貴族社会の現実……。でも、こんなの嫌。私は――私はもう、ただの駒として使われるのは嫌だ!)
そう思うものの、ここで声を荒らげても意味がない。父が裏で交渉をすでにまとめつつある以上、私が一人で反対しても覆る可能性は低い。それを考えると、胸が押しつぶされそうになる。
そしてアルバートが私の顔を覗き込み、軽く笑う。
「どうしました、沈んでいるようですね。あなたには何不自由ない暮らしを保証しますよ。それとも、あの冷酷なクラレンス侯爵がお忘れになれない? あんな男、あなたに何をしてくれるというのか。所詮、“冷酷”な貴族にすぎない。領地の住民には人気だというが、私に言わせれば、それもただの見せかけだ。甘い顔をして、裏では何を企んでいるか分かったものではない」
「……エドワード様は、そんな人ではありません」
気づけば、言葉が口をついて出ていた。アルバートの言い分が許せなかったのだ。私が何を言っても無駄と分かっていながらも、あの方を侮辱されるのがたまらなく悔しい。
しかし、アルバートはそれに対して鼻で笑い、まるで子供をあやすように続ける。
「へえ、あなたがそう思いたいなら勝手だがね。いずれ分かるさ。どのみち、あなたはここへ嫁ぐことになる。……だから、他の男の話なんかしないでおくれ」
ゾッとするような笑い声が、私の耳をかすめた。私はどうにも耐えきれず、視線を落として唇を噛む。――もう限界だ。このままでは自分の意思が押しつぶされる。何とかしてここから逃げ出せないものか。だが、公爵家の衛兵が見張るこの屋敷から勝手に飛び出すなど、現実的ではない。
そんな私を見下ろすアルバートは、次の瞬間、私の手を再び握りしめ、少し強引に引き寄せてきた。
「痛っ……」
「おやおや、こんなに華奢な手をしているのか。――ねえ、あなたはきっと俺に従順でいてくれるよな? この結婚は、ローウェル家とランドルフ家の未来を左右する。あなた一人が駄々をこねたところで、変えられるわけがないんだから」
彼の口調は囁くようでありながら、凍てつくように冷ややか。私は腕を振りほどこうとしたが、かなわない。すると、そのとき――。
突然、応接室のドアが大きな音を立てて開いた。
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