愛なき政略結婚のはずでしたが、冷酷侯爵が挙式翌日から溺愛してきます

鍛高譚

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第2章:偽りの仮面と真実の愛

2-6:小さなトラブルと、侯爵の優しさ

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セクション6:小さなトラブルと、侯爵の優しさ





 そんなふうに領地を巡り、エドワードの説明に耳を傾けながら馬車で戻ろうとしていたその時だ。少し狭い道を抜けようとした際、突然コツンという異音とともに車輪がバランスを崩し、馬車が大きく揺れた。

「きゃっ……!」

 思わず悲鳴を上げてしまう私。身体が横に倒れかけたところを、とっさにエドワードが支えてくれた。彼の腕が私を包み込むようにして、馬車の壁にぶつかるのを防いでくれる。

「大丈夫ですか、アマンダ嬢?」

 焦ったようなエドワードの声が聞こえ、私は胸の高鳴りを抑えながら顔を上げた。彼の顔が至近距離にあり、驚きに加えて恥ずかしさで顔が熱くなる。見れば、彼の腕の中にすっぽりと収まっている私がいて、すぐ傍らで彼の心音がドキドキと感じられるようだ。

「え、ええ……大丈夫です。すみません、変な声を出してしまって」

 慌てて身を起こそうとするが、馬車がまだ安定しきっていない。再び揺れがきたのを感じ取り、エドワードは片腕でしっかり私を抱き留めた。私の方もバランスをとるため、気づけば彼の胸元に手を添えている。

(……な、なにこの状況……っ!)

 あまりに急な接近に、頭が真っ白になる。普段、男性とここまで近い距離で接する機会などないし、ましてや結婚相手とはいえ初対面から日が浅い相手だ。意識するなというのが無理な話で、私の心臓は先ほどの揺れ以上に大きくバクバクと揺れていた。

「落ち着いて……どうやら車輪が石か何かに乗り上げたようです。外に声をかけてみましょう」

 エドワードがそっと私から離れ、馬車の外へ指示を出す。御者が状況を確認すると、やはり車輪の一部が壊れてしまったらしい。修理に少し時間がかかりそうだとのことだった。

「申し訳ありません。お嬢様を無事に屋敷へお戻しするはずが……」

 御者が恐縮する中、エドワードは「気にするな」と言わんばかりに首を振る。そして、私にも気遣わしげな視線を向けた。

「アマンダ嬢、少し歩くことになりますが構いませんか? この場所から屋敷までは距離にしてそう遠くはありません。メインストリートを歩けば二十分ほどです。もしご気分が悪ければ、他の馬車を手配してもいいのですが……」

「歩きましょう。ちょうど外の空気も吸いたかったところですし、そんなに遠くないなら問題ありません」

 幸い今日は天気も悪くない。急なトラブルだったが、かえって彼と二人で歩けるいい機会かもしれない。私は少しだけ気後れしながらも、彼の申し出を受け入れることにした。

 馬車を離れ、エドワードと並んで歩き始める。程なくして、整備された通りに出た私は、改めてクラレンス領の町並みに感心した。古い建物と新しい建物が混在しているが、どちらも清潔感があり、人々が笑顔で暮らしている様子が伝わってくる。子どもたちが道端で遊んでいる姿を見ると、自然と頬が綻んだ。

「あら、侯爵様、こんにちは」

「おや、今日はお散歩ですか?」

 道行く人々がエドワードに向けて親しく声をかける。彼もまた、軽く手を振って返事をしている。その様子は冷酷とは程遠く、まるで古くからの友人同士のようなやり取りだ。

「へえ、本当にここでは愛されているのですね。皆さん、あなたを見ると安心するようです」

 私が素直な感想を口にすると、エドワードは「さあ、どうでしょうね」とやや照れくさそうに微笑んだ。

「領民が私を信用してくれるのはありがたいことですが、同時に責任も大きい。時には厳しい決断を下すこともある。そういう時は、私を冷酷だと非難する者もいるでしょう。……それでも、この領地を守るためには必要なことだと、私は信じています」

 やわらかな笑みを浮かべながら、彼はそんな覚悟をさらりと口にする。私は、その強さに心を打たれた。表向きの微笑みの奥に、どれだけの責務と決断を抱えているのか。凡庸な領主なら何も考えずに権力をふるうだけだろうが、エドワードは違う。責任の重さを理解したうえで行動するからこそ、領民に信頼されているのだ。

「私も、ローウェル家の娘として、もっと父の仕事を手伝えればよかったのでしょうが……。貴族の令嬢は家の存続のために嫁ぐもの、と言われ続けて育ったので、正直、領地経営のことはあまり深く学んでこなかったんです」

 ぽつりと零れる本音。それをエドワードは黙って聞いていた。私は言いながら少し恥ずかしくなり、顔を俯かせる。政略結婚に巻き込まれることが多いこの社会で、私だけが特別というわけではないが、もう少し自分でできることがあったのではないか、と今更ながらに思ってしまう。

「それなら、これからゆっくり学んでいけばいいのではありませんか? あなたは聡明な方だ。私が持っている知識でよければ、いくらでも教えますし、あなたの意見もぜひ聞かせてほしい。……何も、最初から全てを知っている必要などありませんよ」

 エドワードの言葉は優しく、また思いやりに満ちていた。その声を聞くと、私の心の中でいくつかの迷いが静かに解けていくような気がする。確かに、まだ何も知らない私だけど、これから学んで少しでも成長すればいい。それが彼にとっても役に立つならば、私とクラレンス家の結婚も無意味ではなくなるだろう。

「……ありがとうございます。エドワード様」

 私が素直に礼を述べると、エドワードはふと足を止め、私の瞳をじっと見つめた。その瞳はまっすぐで、嘘をついているようには見えない。

「アマンダ嬢、あなたはこの結婚に不安を感じていますね?」

 ドキリと胸が鳴る。そんなこと、表立って言ったつもりはないのに、彼には見抜かれているようだ。

「……ごめんなさい。失礼な話だとは思うのですが、やはり私にはまだ分からないことが多くて。あなたのことも、クラレンス家のことも……」

 私は覚悟を決めて本音を吐き出す。政略結婚だと分かっていても、心が追いつかないのは事実だ。彼の優しさが本物なのか、あるいは何らかの計算によるものなのか──その境界さえはっきりしない。

 すると、エドワードは少し寂しそうな微笑を浮かべた。

「それは当然です。まだ日が浅いのですから。でも、あなたが思っている以上に私はあなたを知りたいと思っています。そして、あなたにも私を知ってほしい。……結婚はお互いが理解を深めるための第一歩でもあるでしょう?」

 その言葉はあまりにもまっすぐで、私の胸に深く刺さる。彼がどこまで本音で言っているのかは分からない。けれど、少なくとも今の時点で私を侮ったり、ぞんざいに扱うような態度は微塵も感じられない。

「私は……あなたを知りたいと思います。少しずつ、で構いませんか?」

 私がそう答えると、エドワードの瞳が優しく細められ、その唇に穏やかな笑みが宿る。

「ええ、ゆっくりで構いません。あなたが望むなら、私はいつでもあなたを歓迎しますよ」

 まるで告白とも取れるようなやり取りに、思わず頬が熱くなった。真昼の町の往来だというのに、ここだけ時間が止まったかのような静寂が私たちを包み込む。その空気に耐えきれず、私は一歩進み出し、「……戻りましょうか」と言って歩を進める。エドワードも軽く笑って頷き、再び隣に歩み寄った。

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