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30 打ち合わせなしの婚約報告

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「ああ、国王陛下にも君をちゃんと紹介しないとね。今頃奥で首を長くしているだろうから」
「えええ。い、いえ、そういう話ではなくってですね」

 どこをどうしたらそんな話になるのかしら。
 だいたい今までまともに謁見をしたこともないのに、直接お会いするとか無理。
 しかも今回のこの流れからの謁見って、絶対に楽しくないと思うんだけど。

 確かにマルクの目的を考えれば、婚約しました報告は必要かもしれないけど。
 私からしてみれば、あれだけ笑いものになってからの謁見って、ある種罰ゲームだし。
 陛下は思っていたよりは気さくそうなお方だったし、肩を張るようなことはないのだろうけれど。

「大丈夫だよ、陛下は君をとって食うような怖い方じゃないから」
「いやいや、誰も私そんなコト言ってないですし。で、でもそれにいろいろと聞かれても私は……」

 そう。打合せしてもいないのに、いきなり陛下に報告はやっぱり無謀すぎるでしょう。
 いくら合わせてって言われているからって、婚約を決めた時の状況とか言えないし。
 まさか、その場のノリですなんて言ったら、呆れるか笑われるかの二択じゃない。

「ただの挨拶ぐらいで済ませば大丈夫さ」
「で、でも、でしたら今日ではなくまた後日というのはどうですか? ほら、この婚約についていろいろマルク様とは話し合いたいですし」
「そうだね。話し合いは必要だな」

「でしょう?」
「後日、今後のことはゆっくりと打合せしよう。本当ならば君の婚約者たちより先に式を行えればいいのだが、さすがに準備の問題があるからな」
「えっと、そこではなくってですねぇ……」

 どうして婚約より先の話になるのよ。
 その前に、この婚約の意味とか、契約とかいろいろあると思うのだけど。
 いくらマルクの頭がいいからって、私は一般人なんだからちゃんと説明してくれないと通じないのに。

 もう。
 だからそのための話し合いを二人でしましょうって言ってるのに、マルクは私の手を引いて歩き出したまま、止まる気配はない。

「ああ、いろいろやらなければいけないことが一気に増えてしまったな。簡単なとこから片づけていかないと……。さあ、行こうか」
「マルク、私の話ちゃんと聞いています?」

 陛下へのご挨拶は全然簡単なコトじゃないと思うんですけどー。場所が場所じゃなければ、絶対に叫んでいるのに。もーもーもーもー。

「うん。大丈夫だよ。十分すぎるほど、君は綺麗だから」
「ななな、もう、どうしたらそうなるのですか」
「ほら、顔が赤くなった」
「もぉーーーー」

 ダメだ。はぐらかされているのか、なんなのか。
 全然この人と話かみ合ってないし。
 もうマルクの中ではこのまま陛下への謁見はどうしても揺るがない確定事項なのね。

 心の準備! 心の準備全く出来ていませんから!
 もーーーーーーー。ホント、なんて日なの。
 おうちに帰り……ああ、あの家はもう……ダメだったわね。
 思わずこぼれるため息すらマルクに華麗に無視され、私は奥へと続く道をエスコートされて歩き出す。

 乾いたヒールの音がただ物静かな廊下に響き渡り、にぎやかな会場の音楽と光はドアを隔てると零れ落ちることはなかった。

 ただ静寂が支配する空間。慣れないせいか、自分の心臓の音がやや耳に付く。
 先ほどとは全く違う薄暗い廊下を、マルクは勝手知ったるばかりに歩いていく。
 今ここで手を離されてしまえば、確実に迷子になるだろう。

 廊下の至る所にたくさんの部屋へと続くと思われるドアがあった。
 しかしこれのどれが正解なのか、似ている造りをしているため全く分からない。
 
「緊張しているのですか? 本当に大丈夫ですよ」
「緊張もしますよ。謁見も初めてなら、王城を歩き回るなど、初めての経験で……」
「すぐになれますよ。それに、分からない時は衛兵に聞けば案内してくれますし」

「マルクは宰相になってから、もう一年ほどでしたっけ」
「ええ。今の国王陛下の即位と同じ時に交代になりましたからね」
「昔から変わらず優秀なのですね」
「そうでもないですよ。あなたのような着眼点や視点はないので」

 私のような着眼点って、なんのことを言っているのかしら。
 あー、うちの領地経営とかかな。でも、万年赤字物件をマルクが知っているわけないし。
 ん-。でもアレンのとこも基本赤字だからなぁ。
 感心されるようなとこなんて、うちにはどこもないのに。

「さあ、着きましたよ」

 考え込むうちに、どの道を通ってきたのか、他の部屋とは明らかに違うドアが目の前にあった。
 赤と金をの細工が施され、私の背の二倍近く大きさと重厚さがある。
 そしてドアの前には点在する衛兵とは違い、二名の騎士が控えていた。

「国王陛下に謁見をお願いしたい」
「宰相閣下、しばらくお待ちください。聞いてまいります」

 マルクが騎士に頼むと、そのうちの一名が中へと消えていく。
 残った騎士は表情すら変えない努力をしているものの、明らかに私を注視していた。
 すみません、マルクの隣にいるのが絶世の美女ではなくて。
 いたたまれなさを隠し、精一杯、私は騎士に微笑み返したのだった
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