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 ずいぶんと派手な登場だなぁと思いつつも、見えたその影に私はほっと胸を撫でおろした。


「オリビア!」

「マルク……様」


 ほっとしたような柔らかなマルクの顔が一瞬で怒りに変わった。そしてそのままの勢いで、私の髪を掴むアレンに殴りかかる。


「オリビアに何をした!」

「ぐぁぁぁぁぁ! さ、さ、さい宰相閣下、ちがうのです、これはこれは」


 吹き飛ばされ、その頬を抑えながらアレンが必死に言葉を絞り出す。


「お、オリビア……いえ、あの、サルート令嬢が我が侯爵家のお金を横領……」

「そんな証拠などどこにある!」

「そそそそ、それはですね……、あの、その……ですから」

「ありませんわ、そんなもの。ないにも関わらず、私を奴隷のようにこき使いたくて、そこにある契約書にサインをしろと迫ってきたのです。しかもユノンたちを人質にとって」

「ちがう、違うのですよ。これはそのですね……サルート令嬢がもし、行くあてがなかったら」

「で暴力をふるったと?」


 支離滅裂すぎるわね。私はマルクが連れてきた護衛の一人に支えおこされ、なんとか起き上がる。


「行くあてなど、どうして君が考える必要がある」

「そ、それはシーラの姉なので……」

「だから今まで通り、自分の思うようにこき使おうと思っていたのか?」

「いや、あの、それは……その、ご、誤解で」

「すべてはアレン様の嫉妬のせいですわ」


 シーラがマルクに駆け寄り、その袖口を掴んだ。そしてうるんだ瞳でマルクを見上げる。


「シーラ、どういう意味だ!」

「アレン様が仕事のできるお姉さまに嫉妬したあげく、ご自身が仕事をしないためには姉を引き寄せればどうにかなると言ったんです。そして横領したと罪を着せてしまえば、きっと言うことを聞くと」

「な、何を言うんだシーラ。元はと言えばお前が」

「わたしは何も知りませんわ。ただ恐ろしかったので、アレン様の言うことに従っていただけです。だって、お腹の子にまで暴力を振るわれでもしたらと恐ろしかったのですもの」


 ここへ来て、シーラに手のひらを返されるなどと思っていなかったのか、アレンはただ呆然としていた。

 マルクに突入されあの契約書が見られてしまった以上、保身に走りたくなる気持ちは分かる。

 だけど……。結局は、私が捨てたモノには興味がなくなった、と、そう顔に書いてある気がしてならなかった。


「アレン様を陥れて保身に走って、家でまたぬくぬくと過ごすつもりなの?」

「お姉様はアレン様に暴力を振るわれて、混乱しているのですわ。まずは大人しく治療を受けません」

「シーラに言われなくても終わったら治療は受けるわ。でも1個いい忘れてたの」

「なんですの?」


 マルクの裾を掴んだまま、あわよくばその腕にしなだれかかろうとするシーラを睨み付ける。

 するとマルクは私に見つめられていると思ったのか、すぐに駆け寄り私を抱き締めた。


「来るのが遅くなって本当にすまない」


 ち、違うの。そうじゃないの。だってマルクは何も悪くないし。むしろ心配して、ココを見つけてくれたわけだし。

 違うから、違うから離して欲し……くはないから、いいや。このままで。


「いいえ。すごく会いたかったから、こうして抱き締めて下さるだけで十分幸せですわ」

「すぐにうちの屋敷で治療をしよう」

「ありがとうございます。でもその前に、いろいろ片付けてしまわないとね」


 そう。やる時は徹底的に。今までの分は全て返さないと。そしてマルクを見上げると、私と同じ気持ちであったようだ。


「シーラ家に戻ろうと思っても、もう家はない。というか、なくなる予定だからね。子どもと共に寄生することは出来ないわ」

「は? 家がないって、何を言ってるんですの。あるではないのよ。頭をぶつけておかしくなってしまったの、お姉様」

「いいえ。私はいたって正常よ。うちは……サルート男爵家はね、お父様の代で没落するの」


 淡々と話し出す私の声に、シーラは顔をひきつらせた。


「オリビア、それは」

「私が全て仕掛けたことですわ。浪費を全く辞めないお父様たちに、土地を担保としてお金を借りさせたのです」

「お姉様、もしかしてそれ……」

「ええ。昨日とうとう返済出来なくなり、領地の全てが取り上げとなることになったわ。でもそれだけでは足りたいでしょうね」

「うそ」

「嘘ではないわ。私の意見などまったく聞かず、浪費を辞めないからこんなことになったのよ」

「でも! そんなことしたら、お姉様だって困るじゃないの。婚約が白紙になるわ。そうよ、困るわよね? お姉様のあの領地を売って、それで返済しましょうよ」


 この期に及んでというか、私が救うのが当たり前だと思っているシーラに腹が立った。

 ここまでしておいてもなお、私が見捨てるわけがないというその考え。

 どこをどうしたら、そうなるのだろう。


「私の婚約は全てマルク様に一任してるので、関係ないわ。私は私の領地を売るつもりも、男爵家を助けるつもりもないから」


 きっぱりと言い放ち、先ほどシーラがしようとしていたことをした。

 マルクの腕にしなだれかかり、顔を埋める。シーラの呆然とする顔を眺められないのは残念だけど、こっちの方が今の私には足りないモノだから。

 するとマルクはただ、私の頭をそっとなでてくれた。

 なんだろう。落ち着くっていうか……。泣きそう。

 こんな風に誰かに頭をなでてもらうなど、もういつぶりくらいだろうかと、ふと思ってしまった。 
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