獣人アイスクリーム 獣人だらけの世界で人間のボクがとろとろにされちゃう話

谷村にじゅうえん

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49,からめ手

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「聞いたぞ類っち! 工場長から、試作断られたんだってな」

 暗くなってから寮に戻ると、ちょうど建物を出てきた冬夜とばったり会った。

「冬夜……、相変わらず情報早いね」

 あのあと仕事帰りの工場長をもう一度つかまえてみたけれど、やっぱり答えはノーだった。

「新作アイスの開発は、経営会議で決まってんだろ? それを工場長の一存で拒否しちまうって、あのおっさんもすげーよなぁ」
「うーん、工場長が拒否してるのは今あるレシピで、新作そのものではないんだけどね……」
「同じことだろ。そこでストップされちゃ進まないんだから」

 本当に冬夜の言う通りだ。だから類も困っている。

「それより、なんか食いに行かねえ? オイラ昼飯食いそびれて腹ペコなんだよ」

 冬夜が商店街の方を目で示した。
 類も気がついたら空腹で、彼についていくことにする。

「なんかって、どこかお目当ての店があるの?」
「あるに決まってんだろー!」

 冬夜は商店街から横道にそれ、さらに奥にある細い路地へ入っていった。

「えっ、こんなところにも通りがあったんだ!?」

 そこにはびっしりと赤提灯が連なっていた。

「こっちにオイラの隠れ家があんだよ」
「隠れ家?」
「ほらそこ。やきとりの店」

 冬夜が指さす先に、“やきとり”の文字ののれんが揺れている。
 類も彼に続いてのれんをくぐると、そこはカウンターだけの小さな店だった。
 先客はなく、冬夜と類はカウンター席に並んで座る。

「おっちゃん、いつもの! グラス2つね」

“いつもの”で、瓶ビールと小鉢と、焼き鳥が何本か目の前に並べられた。

「これこれ!」

 冬夜の目が輝く。

「冬夜、やきとり好きなんだ?」
「ここのはタレがちょっと独特なんだけどさ、ビールによく合うんだよ。あと、寮の近くでも鳥の店なら帝サンが来ないからゆっくりできるぞ!」

 冬夜がビールを注ぎながら教えた。

「商店街の店はだいたい把握したと思ってたのに、こんな場所があったなんて全然気づかなかったな……」

 類はビール用の小さなグラスを手に、周囲を見回す。

「この辺は新集市が獣人居住区だった頃からの古い店が多いんだ」
「確かに、すごくレトロな感じ」
「オイラ的に、古い店ってのは居心地がいいんだよな。おっちゃんたちも優しいし」

 それと同時にトマトの串が「これも食べな」と皿に追加された。
「な?」とウィンクする冬夜はとても嬉しそうだ。

(ふふっ。そんな嬉しそうにされたら、オマケしたくなっちゃうよね)

 おじさんたちも優しいんだろうけど、人に可愛がられるのは冬夜の才能なんじゃないかと思った。

 それから味付け濃いめの焼き鳥をつまみながら、話題は自然と仕事のことになる。

「工場長の件、ほんとどうしたらいいと思う?」
「そうだなあ……」

 冬夜は焼き鳥をにぎったまま、真面目な顔で腕組みした。

「経験豊富なオレサマが思うに……妥協したものは売れねえぞ? これでいっか!ってノリは絶対ヒトにバレるんだ。うちの母ちゃんが言ってた」
「え、お母さんの意見なら、冬夜の経験は関係ないんじゃ……」
「だなー!」

 真面目な顔をしたかと思えば、今度はケラケラと笑っている。

「まあ、世の中にはテキトーでいいもんと、それじゃマズいもんがあって。新商品は後者だ」
「そうだよね……。会社の未来がかかってるわけだし」

 やっぱり類としても、安易に妥協することは許されない気がした。

「決めた! 開発部に相談しつつ、ぼくはもうちょっと工場との交渉をねばってみるよ」

 とはいえ、どうやって工場長を説得すればいいのか。

「帰ったらプレゼン資料作りかな? 新しい説得材料があるわけじゃないけど、わかりやすい資料を持っていけば……」
「待て待て類っちー!」

 意気込む類を、隣から冬夜が止めた。

「類っちが資料作りに凝ってるのは知ってるけどさ、たぶんそういうんじゃないんだよなあ。オイラの経験からいって、こういう時はからめ手から行くもんだ!」
「からめ手って、正攻法で行くなってこと?」

 類は首をかしげる。

「そうだよ。工場長のおっちゃんだって鬼じゃないんだ。おだてるとか、上手に同情を誘うとかすれば、ちょっとは協力してやろうかなって気にもなるだろ」
「ええ……そうかなあ?」
「そうだよ。そこを杓子定規に紙の資料なんか突きつけてもさ。逆に上手くいかないって。人情に訴えろ」
「人情……?」

 まったくぴんと来ないけれど、冬夜の顔を見るに彼は確信を持って言っていた。

「ごめん、その人情作戦って、具体的にどうすれば?」
「まずは力仕事でも手伝ってみ? オイラも新しい取引先との関係を作りたかったらそれやってる」

 冬夜が力こぶを作ってみせた。

「力仕事……」

 確かに工場では資材の運搬など、労働力が必要なシーンは多そうだ。
 とはいえ、巨大な白クマの工場長と小柄な人間の類とでは、きっと力でも比較にならないわけで。

「ぼくで役に立つのかなあ……?」

 むしろジャマしてしまうだけではと、不安になる類だった。
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