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誘拐

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 今日はラファエロ殿下もお兄様もいない。
城で騒動があったらしく、学園にくる時間がないそうだ。寂しさを感じながら一日を過ごし、屋敷へ帰宅しようと馬車乗り場に来た。
「馬車が来てないわ」

今日は特に遅れてくるなどという話は聞いていない。
「どうしたのかしら?」

すると、見慣れない馬車が私の前に停まった。紋章も何も入っていない、幾分かくたびれた感じの馬車だ。乗っている御者も見た事がない。
「申し訳ございません、お嬢様。遅れました」
私に向かって首を垂れるその御者は、全く見た事がない人物だった。

「あの、どなたかとお間違えになっておりませんか?」
御者はニタニタと下卑た笑みをした。
「いえ、間違いはございませんよ。エリーザ・オリヴィエーロ嬢の迎えでございます」

「でも、家の馬車ではないようですが」
これまたニタニタとしながら返事をする御者。
「城で騒ぎがあったようでして。皆様そちらへ出払ってしまわれたので、いつもの馬車がなく急遽、この馬車になってしまった訳でして」
両の手を揉みながら話す御者。

「……そうですか。わかりました。参りましょう」
乗る意思を伝えれば、増々下卑た笑みになった男はいそいそと扉を開け、私を乗せた。

『久しぶりに暴れられるかな』
『身体がなまってないといいが』
二匹はワクワクしているのか尻尾がユラユラ揺れている。

「ルーチェもオスクリタも、殺してしまってはダメよ」
『わかってるって』
『加減を間違えるのもダメか?』
「もう、ダメです」

中で、こんな物騒な会話がされているとも知らず、御者は楽しそうに口笛を吹きながら手綱を握っていた。


 どのくらい走ったのだろうか。見慣れない森の中だった。
「どこかしら?」
『そんなに大きな森ではないな』
『だね、森というより林だね。ただ木が生えてるだけって感じ』

「さあ、ご到着だよ。降りてもらおうか」
ニタニタ顔の御者が、脅しのつもりなのかナイフをちらつかせながら扉を開けた。
「ここはどこですか?」
「ここか?ここはなあ、俺らのアジトの一つだ。残念だったな、家じゃなくて」
キシシと笑う御者の男。気持ち悪い。

「そんなのは初めから分かっていたので。それで、アジトというのは他にもあるのですか?」
「お嬢さん、怖すぎて現実逃避でもしてんのか?」
「いいえ、怖いという感情は今のところありませんわ。それよりアジトは他にも?」
「あ?ああ、あとは王都の酒場と反対側の森の奥だ」
「3カ所も?それは随分と大きな組織なんですのね」
凄いと驚いてみせると、上機嫌になったのかベラベラと喋り出す。

「そうなんだよ。最初は数人だった組織も、今じゃ数十人だ。知らないか?【黒蠍】って組織。昔は盗賊だったが今は、依頼を受けて色々やってる。お嬢さんも可哀想に。そんな組織に依頼されるって、どんな恨みを受けたんだか」
なんかちょっと私、哀れまれてる。
『アハハ、悪人に同情されちゃうってどうなの』
ルーチェが大笑いだ。

「さ、ここだ。ここでお嬢さんは頭に会うんだ」
そう言って扉を開けた御者の男は、私を中へ入れと言わんばかりに軽く押した。
「そこ、段差に気いつけろ」
意外にいい人?そう思いながらお礼を言う。
「ありがとうございます」
「いや、ん、いいんだ、ごめんな」
そのまま男は部屋には入らず出て行こうとする。

「おい、おまえどこ行くんだ?」
部屋の中にいた仲間らしき男に言われた御者の男は
「俺は今回はパスだ。感情移入しちまった。酒場に戻って酒でも飲んでくる」
そのまま出て行ってしまった。

「なんだ?アイツ」
首を傾げながらも、中で待っていた男は、私を二階へと案内する。

「お頭、連れてきました」
二階の奥の大きな部屋に入ると、10人前後の男達がいた。その中心でひと際大きなイスに座っていた男がどうやらお頭なようだ。

「おお、ご苦労。そのままもっと近くに連れてこい」
お頭に言われた男は私をすぐ前まで連れて行った。

「これはこれは。どこの女神かと見紛うほどのお綺麗な嬢ちゃんだな」
お頭と呼ばれる男が私の目の前に立った。

その顔を見た途端、前の嫌な記憶が頭の中を駆け巡った。この男だ!前の時、私を襲ったのは!

私がこうなる事を予想していたのだろう。ルーチェの前足が私の心臓のすぐ上に当てられ光の魔法を注がれた。
『落ち着いて、エリーザ。過去に囚われてはいけない。今は今だよ』
『そうだ。エリーザ。これは予想していた事だろう。今は絶好のリベンジのチャンスだ!』
二匹に諭されて、落ち着きを取り戻す。

「ここにいる人達で全員なのですか?」
突然の私の質問に、キョトンとした顔をしたお頭。汚いオジサンのキョトンは気持ち悪い。
「ああ、そうだ。あとは、嬢ちゃんを連れて来た奴だ。多くてびっくりしちまったか?」
「いいえ。私を連れて来た方は、先程酒場に行くと出て行きましたけれど」

「ああ?本当か?」
ここに連れて来た男に確認する。
「本当だ」
「なんだ、アイツ。ノリノリで御者して一番に顔を拝んでやるとか言ってたのに」
そんな人が何もせず戻ってしまうなんて。私、相当可哀想に見えたのかしら?

複雑な気持ちになりながらも、気を取り直してお頭を正面から見据える。
「では、早速始めましょうか?」
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