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1巻

1-2

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「リーゼ? 誰かに子守りでも頼まれたのかい? あらー! 可愛い子だねぇ」
「……拾いました」
「えっ……?」
「道端で拾ったので、とりあえず孤児院に連れていったのですが……」

 私は配達の帰りに起こったことを女将おかみさんと旦那さんに打ち明けた。孤児院のババアに言われた言葉も全て。

「……リーゼ、子育ては大変だよ。今はその赤ちゃんが可愛いくて可哀想だから、何とかしてあげたいって気持ちが強いのかもしれないけど、自分の時間はなくなるしお金もかかる。何より、まだ若いリーゼの今後の人生に大きく関わってくるよ?」

 女将おかみさんの言う通りだと思った。わかってはいるが、この子はあんなババアがいる孤児院では幸せになれない。

「大変なのはわかっています。でも私はこの子を守りたいんです。お願いします! ここで子育てすることを許してもらえませんか?」

 もう後には引けなかった。
 その時、ずっと黙って話を聞いていた旦那さんが口を開く。

「……いいんじゃないか。どっちにしても、孤児院の糞ババアが引き取ってくれなかったんだろ? まだ若いリーゼがそこまで言っているんだ」
「そうだね……。孤児院で引き取ってくれないなら、その子は行くところがないもんねぇ。リーゼ、大変だけど頑張りな。私達も爺ちゃんと婆ちゃん代わりに協力するよ」
「あ、ありがとうございます!」

 良かったーとホッとする私だったが、旦那さんが真剣な目を向けてくる。

「リーゼ。その赤ちゃんを連れて、町の自警団に行こう。もしかしたら、本当の親が捜しているかもしれないし、うちで捨て子を保護していると届け出ておいた方がいい。後々、さらってきたなんて疑いを持たれる可能性もあるからな」

 自警団は港町の警察のような役割を担っている。孤児院のババアにムカつきすぎた私は、そこまで考えていなかった。
 旦那さんは親からこの店を継ぐ前はずっとお役所に勤めていたらしく、こんな時はとても頼りになる。

「わかりました。今から行ってきます」
「自警団には知り合いがいるから、俺も一緒に行ってやるよ」

 早速、旦那さんと二人で赤ちゃんを連れて自警団に向かう。旦那さんが一緒に来てくれたことで、自警団での対応が違う気がした。
 自警団の人に赤ちゃんの特徴や、いつどこで保護したのかなどの聞き取りをされる。
 今のところ赤ちゃんを捜している人は自警団に来ていないが、もしそんな人が現れたら知らせてくれることになった。
 赤ちゃんを連れて宿屋に帰ると、女将おかみさんがミルクの用意をして待っていてくれた。
 女将おかみさんは、赤ちゃんに必要そうなものを準備してくれたのだ。
 ありがたいな……。あの時の私はカッとなって、勢いで赤ちゃんを育てるつもりでいたから何も考えていなかった。
 赤ちゃんはお腹が空いていたのか、いい飲みっぷりであっという間に哺乳瓶のミルクを飲み干した。

「首が据わっているから三、四か月くらいかな? 寝返りはできる?」

 私が呟くと女将おかみさんは驚いたように言った。

「リーゼ、詳しいね。子供が好きだったなんて知らなかったよ」
「偶然知っていただけですよ」

 今は小娘だけど、前世では子育てをしていたおばちゃんでしたから……
 赤ちゃんが包まれていたおくるみには〝クリスティーナ〟と刺繍が入っていた。
 きっとこの赤ちゃんの名前なのだろう。この子はティーナと呼ぶことになった。
 おくるみには名前以外にも紋章のような刺繍が入っていて、服もおくるみも高級そうな物に見えた。この子は高貴な生まれなのかもしれない。
 もしかしたら前世のファンタジー小説のヒロインのように、大きくなった時、金持ちの貴族が迎えにきたりして。
 いつ母親と名乗る人が迎えにくるかわからない。いつ来てもいいようにしっかり育てていこう。
 そう思った私は頑張ろうと決めたのだが、子育ては本当に大変だった。
 ティーナはまだ夜間にミルクが必要な時期らしく、夜に何度か起こされる日々が続いた。母乳が出ない私はその都度ミルクを作らなければならない。
 前世で子育てをしていた時は、当たり前のように母乳が出たから気付かなかった。
 母乳が出ないってこんなに大変なことだったのね……
 さらに紙オムツがない世界だから、布オムツを手洗いで洗濯するのが面倒だった。
 紙オムツを考えた人を心から尊敬するわ……
 前世で子育てしていた時よりも今の私は若いし、平民での生活に慣れて体力には自信があったつもりだったのに、育児がこんなにキツいとは思っていなかった。
 そんな私が今一番欲しいものは、赤ちゃん用のつなぎの服と抱っこ紐だ。
 この世界にはつなぎの服がないようで、質素で地味なワンピースにズボンのスタイルが基本。デザインが可愛くない上に着替えがとても不便だった。
 平民の着る服だからそれが普通かもしれないが、うちのティーナは愛らしい天使だから、フリフリの可愛い服を着せてあげたい。
 そしてティーナをおんぶして働く私は、太めの紐で支えていたが、やはり抱っこ紐があった方が便利だと気が付いてしまった。
 ついでに可愛いオムツカバーも欲しいな。
 欲しい物がたくさんありすぎるよ。見よう見真似で作ってみようか。
 そう考えて手芸屋さんに材料を買いにいくことにした。
 ティーナをおんぶして手芸屋さんに行き、早速布を見せてもらう。
 抱っこ紐は便利だが、自分で作るのはなかなか難しそうだ。この世界で材料を揃えるのは無理そうだし、あのプラスチックのバックルなんてあるはずがない。
 予定を変更し、前世で昔からあったおんぶ紐にしようかとひらめいた。
 あれなら縛るタイプだから、何とかなるかもしれない。
 うーむ……。前世の記憶だと、頑丈そうなしっかりした布がいいんだよね。
 散々迷った挙げ句、店員さんオススメの丈夫そうな布に決める。それと肩紐に入れる綿と紐とボタンと……、こんなもんかな。
 家に帰り、ティーナにミルクを飲ませて寝かしつけた後、すぐにおんぶ紐を作り始める。
 ティーナはよく寝てくれる子だったから、こんな時は本当に助かった。
 しかし、私はおんぶ紐作りを甘く見ていた。
 前世でも今世でも、私は裁縫を熱心にやったことはなかったし、刺繍だけは没落する前に令嬢のたしなみとしてやっていたが、ただそれだけ。
 型紙を作った方がいいのかなぁ。……こんな感じで裁断すればいいのかな?
 後になって気付いたが、買ってきた布は丈夫すぎて、自分の持っていた切れ味の良くないハサミでは切るのが大変だった。
 手芸って、こんなに難しくて時間がかかるのね。
 はあぁー、眠いし疲れたー。

「魔法で勝手にハサミと針が動いて作ってくれたらいいのにな。それっ! ……なんてね」

 疲れすぎて寂しく独り言を言ったつもりだった。
 その時、カチャカチャと物音が聞こえてきた。

「……えっ、何事?」

 それはとてもホラーな状況だった。ハサミが勝手に動き出し、布を切っていたからだ。

「こ、これは……、ポルターガイスト?」

 驚いた私は、そのまま固まって見ていることしかできなかった。
 ハサミが布を切り終えると、針や糸が動き出して布を縫い始め、綿が詰められ……、気付くと私の想像していたおんぶ紐ができ上がっていた。もちろん、前世で使っていたような高性能な物ではないが、それなりに使えそうに仕上がっていたのだ。
 これって魔法?
 すっかり忘れていたけどもしかして……、これが〝カジ魔法〟なの?
 カジは鍛冶屋じゃなくて家事?
 裁縫も家事に入るってこと?
 それならば……

「掃除!」

 ためしにほうきに向かって言ってみると、ほうきが動き出した。

「あははっ! これは便利だわ」

 ヤングケアラーの私にピッタリの魔法が使えると知って、笑いが止まらなくなった。
 次の日、早速、家事魔法で作ったおんぶ紐を使って仕事に行く。

「リーゼ、それはすごいね! リーゼが作ったのかい?」
女将おかみさん、これはおんぶ紐っていいます。魔法で作れました」
「へぇ! おんぶ紐か。それならおんぶも少しは楽そうだね。ティーナもジッとしておんぶされているから、気に入っているようだよ。それにしても魔法で作れるなんて、リーゼはやっぱりすごい子だよ!」

 女将おかみさんはおんぶ紐が便利だとすぐに気付いてくれて、私はとても嬉しかった。

「リーゼ。そのおんぶ紐は、すぐに役所に行って商品として登録してきた方がいいな」

 話を聞いていた旦那さんの表情がまた真顔になっている。

「えっ、役所で登録ですか?」
「それは便利そうだから、誰かが真似をして金儲けに利用するかもしれない。役所にリーゼの考えた商品として登録しておけば、勝手に真似されないし、リーゼの考えた物として売ることができる」

 なるほど……。勝手に盗用されて、商売に利用されるのを防ぐってことね。
 確かに前世でも似た法律があったかもしれない。

「わかりました。仕事が落ち着いたら役所に行ってきます」
「俺も一緒に行ってやるよ」
「ありがとうございます!」

 旦那さんは頼りになるお父さんだ。あの毒父とは大違い。
 元職員の旦那さんが一緒だったからか、役所では書類を提出しておんぶ紐を見せ、登録はスムーズにできた。
 この時の旦那さんの判断が、後々大きな収入に繋がることになる。


 後日、家事魔法で可愛いつなぎの服とオムツカバーを作りたくなった私は、ティーナをおんぶしてまた手芸屋さんに行くことにした。
 手芸屋さんに入ると、店員のおばさんとお姉さんが私のおんぶ紐に興味を示す。

「ねぇ、それすごい便利そうね! 貴女が考えたの? 働くお母さん達が喜びそうな物だわ」
「ええ。自分で作りました」

 その時はそんなやり取りだけで終わったと思う。
 手芸屋さんでは、柔らかくて肌触りのいい、可愛い模様の布とフリルとリボンに、使いやすそうなお高めのハサミと針、糸を購入した。
 子育てはお金がかかるけど、別れ際に乳母が私にくれた金貨がとても役に立っている。金貨一枚は平民にとってかなりの大金だからだ。
 ステラは元気にしているかな? また会う機会があれば、あの時に逃げろと言って大金をくれたことのお礼を伝えたいな……
 家事魔法ででき上がったつなぎの服は、女将おかみさんが大絶賛してくれた。

「この服もリーゼが考えたのかい? オムツを替える時に便利だし、何よりもフリフリとリボンが可愛いよ! ティーナによく似合ってるねぇ」
「リーゼ、その服も役所に行って登録する方がいいぞ」

 女将おかみさんと旦那さんの反応を見る限り、赤ちゃんのつなぎの服は珍しいようだ。

「旦那さん、わかりました。今日の仕事終わりに行ってきます」


 ある日、よだれが多くなってきたティーナにスタイを作りたくなった私は、また手芸屋さんに行くことにした。
 そこで手芸屋さんの店員から声を掛けられるのだが……

「その赤ちゃんをおんぶする紐みたいな物は、お姉さんが商品登録をしたの?」

 わざわざそんなことを聞いてくるなんて、身近なこの店で私の作ったおんぶ紐をパクって売ろうとでもしたのだろうか?

「ええ。勝手に真似をされて、金儲けされることがあるから登録した方がいいと言われましたので、一応登録しておきました」

 店員さんの目が一瞬だけ泳いだ瞬間を私は見逃さなかった。
 その様子から、十代の大したことなさそうな平民小娘が作った物だから、簡単に盗用して売れると思って行動したものの、すでに役所には私の商品として登録されており、販売許可が下りなかったのだろうと推測できる。

「そ、そうだったのね」
「ええ。お役所で働いていた方が身近にいますので、そういったことにとても敏感なんです」
「そう……」

 私の牽制が伝わったのか、店員さんからそれ以上は聞かれなかった。
 その日は柔らかそうな布とレースとリボンを買って、フリフリのスタイを作るためにさっさと家に帰った。
 ティーナは、ギャン泣きさえしなければ天使だから、フリフリが似合うのよねー。
 最近は前よりも表情が豊かになってきたし、私を家族と認識して目で追う姿とか、キュンキュンしちゃう。


 それから数日後、ランチの営業時間が終わる頃に、あの手芸屋さんを経営している商会の会長と名乗るおじさんが店にやって来た。
 私のおんぶ紐の話を従業員から聞き、調べたらこの店で働いているとわかってわざわざ来てくれたらしいのだが……

「お嬢さん。そのおんぶ紐なんだが、ぜひうちの商会で売り出したい。どうか、そのおんぶ紐の商品登録の権利を我が商会に売ってくれないか?」

 このおんぶ紐は、商人が金儲けに使えると判断したようだ。

「旦那さん、この権利って売れるものなのでしょうか?」
「ああ。リーゼの名前で登録されているのを名義変更できるからな。商会の名前に変えれば、商会で売ることができるな」

 なるほど……。ティーナの育児のためにお金はたくさん欲しいけど、ここは冷静になって考えた方が良さそうだわ。

「商会長さん、おんぶ紐の権利をいくらで買いたいのですか?」
「金貨十枚でどうだ?」

 私が平民の小娘だからって馬鹿にしていない?
 これからたくさん売ることを考えたら、もっと払ってくれてもいいはずなのに。

「金貨十枚ですか? 確認のために聞きたいのですが、このおんぶ紐を商会で売るとしたら、原価にいくらかけて、大体どれくらいの値段で売るつもりですか?」
「そこまでは決めていないな」

 まさか私からそんな質問をされるとは思っていなかったようで、商会長は言葉を詰まらせた。

「金貨十枚の価値しかない、大した売り上げが見込めないおんぶ紐の権利を買うためだけに、わざわざ商会長さんがいらしてくださったのですね?」
「……じゃあ、金貨三十枚ではどうだ?」

 一気に三倍の金額を提示するなんて、商会長さんはおんぶ紐がずいぶん儲かると見込んでいるようだ。

「うーん……、どうしましょうか?」
「うちが出せるのはここまでだな。それ以上の金額を望むならこの話はなかったことにしたい」

 商人らしく駆け引きをしているらしい。

「わかりました。では、この話はなかったことにしてください」

 金貨三十枚で売るくらいなら家事魔法でちゃっちゃと作って、直接自分で売った方が儲かる気がした。

「……金貨三十枚だぞ?」
「ええ。この話はなかったことにしてもらって大丈夫です」
「しかし、金貨三十枚は子供を育てる資金になるだろう?」

 ふふっ……。商会長さんがここまで粘るくらい、このおんぶ紐を商会で売りたいのね。

「商会長さん。私からの提案ですが、おんぶ紐を商会で作って売ることを認めますので、おんぶ紐の売り上げの一割を私にお支払いいただけませんか? それならば、金貨三十枚を私にお支払いしていただくよりも売り上げが少なかった場合、商会で損をする額が少なくなると思います」
「そうきたか……」
「旦那さん、こういう取引はこの国では認められていますか?」

 商会長さんに言ってみたけれど、この取引が違法行為にならないのかが不安になり、旦那さんに尋ねる。

「販売許可を得ているリーゼが、商会に商品の製作と販売を委託するのだから問題ないだろう。だが、きちんと契約書を交わした方がいいな」

 旦那さんから問題がないと聞いて私は安堵した。
 しかし、売り上げの一割って思わず言ってしまったけど、普通ならどれくらいもらっていいものなのかな? 商売に関しては素人だから、相場がわからないわ。
 私が考え込んでいると、商会長さんが口を開く。

「わかった……お嬢さんには負けたよ! こんな若いのに大したもんだ。売り上げの一割をお嬢さんに支払うってことで、うちの商会と契約してほしい」

 やったわ! ちょっと図々しい提案をしてしまったけど、言ってみて良かった。
 後日、契約書を交わす日に旦那さんは知り合いの弁護士を呼んで、契約に不利がないかの確認をしてもらえることになった。旦那さんは顔が広くて、本当に頼りになる。
 その後、ティーナの着ていたフリフリのつなぎの服が商会の従業員達の目に留まり、つなぎの服も作って売りたいと話がきた。
 おんぶ紐とつなぎの服を商会で売り出した結果、かなりの数が売れて商会は大儲けだったらしい。
 おんぶ紐は平民のママと貴族の乳母に好評だったが、それより儲かったのは貴族向けの高級なフリフリのつなぎの服だった。
 おんぶ紐は一つか二つあればいいが、つなぎの服は違う。赤ちゃんはすぐ服を汚すから何着かまとめて購入する人が多い。さらに赤ちゃんはすぐに成長して着られなくなるので、大きいサイズをまたリピートして買ってくれる。その結果、かなりの枚数を売り上げたと聞いた。
 貴族向けに高級品として売っていたつなぎの服は単価が高いので、その分、私に入ってくる額も多く、驚くほどの額となった。
 商会長さんは、商会の売り上げが大きく伸びたと大喜びしていて、また何かいい物を思いついたら教えてほしいとまで言ってくれる。
 そこで次に前世で娘に着せていたウサギの着ぐるみの服も魔法で作ってみた。
 寒い日に着せたいと思って作ったのだが、女将おかみさんや商会の従業員達からも大好評で、早速商会からウサギとクマの着ぐるみを販売することになり、大当たりした。
 ウサギの着ぐるみを着たティーナも最高に可愛くて、いろいろな人から声を掛けてもらえた。
 気付くとベビー服の収入がすごいことになっていて、私はちょっとした小金持ちになった。
 ティーナもすくすくと育ち、仕事中に静かにおんぶされている時期が終わりつつあった。自分でハイハイしたり、いろいろな物に手を伸ばしたりと動くことが楽しいらしい。
 さらに、順調に成長するティーナは少し重くなってきた。長時間のおんぶもキツくなり始めている。
 どうしようか……?
 お金に余裕ができたし、私の仕事の間だけティーナの子守をしてくれる人を雇おうかな?
 早速、女将おかみさんに相談する。

「リーゼ、そこまでしてうちの仕事は続けなくていいんだよ。今はリーゼの収入がたくさんあるんだから、ティーナを優先してあげな。ティーナはすぐに大きくなるから、手が離れたらまたここの仕事に戻ってきてくれればいいよ」

 宿屋の仕事が好きだったから、何だか寂しい。
 でも、女将おかみさん達が私を気遣ってくれるのはありがたく感じた。私は実の両親には恵まれなかったが、この二人に出会えたことだけは幸せだと思っている。

女将おかみさん、ありがとうございます。でも、忙しい時は声を掛けてくださいね」
「もちろんだよ。火おこしとか、ティーナの散歩のついでに弁当の配達くらいは頼むかもしれないね。その時は頼んだよ」
「はい! こちらこそよろしくお願いします」


 ティーナとの時間が増え、女将おかみさん達の店の近くに自分の家が欲しくなった。
 ティーナはハイハイして動き回るようになっていたので、好きなだけできる広い土足厳禁の部屋が欲しくなったことと、お金があるうちに自分の家を買っておきたいと思ったからだ。
 それに私がこの部屋を空けてあげないと、私のように住み込みで働きたい人を雇えなくなってしまう。そのこともあり女将おかみさん達の家の部屋を借り続けるのは申し訳なかった。
 女将おかみさん達はずっとここにいて構わないと言ってくれる。
 しかし、ティーナが大きくなった時にティーナの部屋が必要になることや、私の老後のためにお金に余裕があるうちに自分の家が欲しいのだと伝えたら、旦那さんが不動産関係の仕事をしている友人に、いい物件がないかを聞いてくれることになった。
 紹介してもらった結果、旦那さんや女将おかみさんの店から徒歩二分くらいにある赤い屋根の可愛らしい家を買った。
 今はおばちゃんが一人で住んでいるが、遠方に住む子供の家に引っ越すので売り払いたいらしい。元々はファミリー向けの物件で部屋もいくつかあり、キッチンやダイニングも広めで使いやすそうだったので、私はすぐに気に入った。
 近所の人達は女将おかみさんの知り合いが多く、私自身も顔見知りだったから引っ越しするのに何の問題もなかった。

「ティーナ、今日からここが私達のお家よ。ティーナがたくさんハイハイができるようにしてもらったからね」
「うー!」

 新しい家を見て機嫌よく声を上げるティーナ。最近は、話しかけるとよく笑ってくれる。町の人からも可愛いって声を掛けられることが多い。
 ティーナが微笑むとみんなが喜んでくれる。やっぱりうちのティーナは天使だわ!
 ダイニングには厚めのカーペットを二重に敷き、旦那さんの知り合いの大工さんに作ってもらったベビーサークルを設置した。ベビーサークルは、ダイニングの半分を占めるくらい大きな物で、私が家事をしたり食事や入浴をする間、ティーナにはそこで過ごしていてもらおうと思ったのだ。
 しかし、うちのお姫様は抱っこ大好き人間。私の姿が見えなくなったことに気付くと、大声を上げて私を呼ぶ。まるで〝一人にしないで。早く戻ってきて、私を抱っこしてちょうだい〟とでも言っているかのように……

「うー、あー!」

 その声が聞こえると私は大声で叫ぶ。

「ティーナ、少し待っててねー」
「あー! きゃー!」

 ティーナは機嫌が悪くなると甲高い声で叫ぶのでとてもわかりやすかった。
 家事魔法が使えるから何とかやっていたが、一人での育児は気が張って大変だ。
 けれどティーナの笑った顔やスヤスヤと眠る顔、抱っこした時に私の服を小さな手でしっかり握りしめる動作は可愛くて癒されることがたくさんあった。この子の幸せのために頑張ろうという気持ちになれた。
 自分だけの時間はなく、ゆっくりと休むこともできない毎日だが、ティーナを引き取って後悔したことは一度もない。


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