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兄とソフトクリーム
私のお兄ちゃん
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「七海、泣くな。ソフトクリーム買ってやるから」
兄の航は、泣きじゃくる私をなぐさめるため、ソフトクリームを買ってくれた。
ひとつのソフトクリームを、兄と私で分け合う。小遣いで買っていたから、一人一個ずつは買えなかったからだ。
最初の一口を私が食べ、その次を兄が、その次は私、と交互に食べていた。早く食べないと溶けてきてしまうから、少しだけ慌てて食べた。それでもソフトクリームはたまらない美味しさだった。
「お兄ちゃん、ソフトクリーム、おいしいねぇ」
「形はヘンだけど、うまいよなぁ、ここのソフトクリームは。七海、もっと食っていいぞ」
「うんっ!」
「ほっぺにソフトクリームがついてるぞ。七海はあわてんぼうだなぁ」
「だってぇ。おいしいんだもん」
兄と笑いながらソフトクリームを食べた懐かしい記憶。
兄のことを思い出そうとすると、頭の中にすぐ浮かんでくるのは、ソフトクリームだ。きつね色のコーンカップに真っ白なソフトクリームが乗った、昔ながらのソフトクリーム。
ぱくりと食べれば、口の中に冷ややかで濃厚なミルクの味が口いっぱいに拡がり、子ども心に身震いするほど美味しかった。
どんなに泣いていた日でも、兄と一緒にソフトクリームを食べれば笑顔になる。
ソフトクリームは私にとって何より美味しいおやつで、涙を止めてくれる魔法のアイテムだった。
兄と私を繋いでくれた、たった一本のソフトクリーム。
いつからだろう。
兄と共にソフトクリームを食べなくなったのは。
いつからだろう。
兄のことを、おぼろげにしか思い出せなくなったのは。
兄は今、どこにいるのだろう──。
*
「それでは御依頼の内容は、お兄様をお捜しになりたいということでよろしかったですか?」
「はい。よろしくお願いします」
興信所という場所に来たのは、初めてのことだ。
ドラマや映画、アニメなどに出てくる探偵事務所のイメージしかないところだった。
怪しげな風貌の探偵と可愛らしい容姿の助手がいて、二人がタッグを組んで様々な事件の謎を解き明かす……なんていうのは、物語の世界だけの話だったらしい。
実際の興信所に華やかさはあまりなく、ごく普通の事務所といった印象だった。私の依頼を聞いてくれている男性はおそらく探偵なのだろうが、スーツを着ているせいか、ごく普通のサラリーマンに思えた。
「行方を捜すにあたり、参考にさせていただきたいと思いますので、お兄様の所在がわからなくなった経緯をお話しいただけますでしょうか? さしつかえのないことだけで結構ですので」
話しにくいことは話す必要はないですよ、ということらしい。こういう場所に来る人は様々な事情を抱えており、人には話したくないことも多々あるのだろう。
サラリーマン風の探偵の気遣いに感謝しながら、兄との思い出、そして兄が行方不明になった理由をゆっくりと話し始めた。
兄の航は、泣きじゃくる私をなぐさめるため、ソフトクリームを買ってくれた。
ひとつのソフトクリームを、兄と私で分け合う。小遣いで買っていたから、一人一個ずつは買えなかったからだ。
最初の一口を私が食べ、その次を兄が、その次は私、と交互に食べていた。早く食べないと溶けてきてしまうから、少しだけ慌てて食べた。それでもソフトクリームはたまらない美味しさだった。
「お兄ちゃん、ソフトクリーム、おいしいねぇ」
「形はヘンだけど、うまいよなぁ、ここのソフトクリームは。七海、もっと食っていいぞ」
「うんっ!」
「ほっぺにソフトクリームがついてるぞ。七海はあわてんぼうだなぁ」
「だってぇ。おいしいんだもん」
兄と笑いながらソフトクリームを食べた懐かしい記憶。
兄のことを思い出そうとすると、頭の中にすぐ浮かんでくるのは、ソフトクリームだ。きつね色のコーンカップに真っ白なソフトクリームが乗った、昔ながらのソフトクリーム。
ぱくりと食べれば、口の中に冷ややかで濃厚なミルクの味が口いっぱいに拡がり、子ども心に身震いするほど美味しかった。
どんなに泣いていた日でも、兄と一緒にソフトクリームを食べれば笑顔になる。
ソフトクリームは私にとって何より美味しいおやつで、涙を止めてくれる魔法のアイテムだった。
兄と私を繋いでくれた、たった一本のソフトクリーム。
いつからだろう。
兄と共にソフトクリームを食べなくなったのは。
いつからだろう。
兄のことを、おぼろげにしか思い出せなくなったのは。
兄は今、どこにいるのだろう──。
*
「それでは御依頼の内容は、お兄様をお捜しになりたいということでよろしかったですか?」
「はい。よろしくお願いします」
興信所という場所に来たのは、初めてのことだ。
ドラマや映画、アニメなどに出てくる探偵事務所のイメージしかないところだった。
怪しげな風貌の探偵と可愛らしい容姿の助手がいて、二人がタッグを組んで様々な事件の謎を解き明かす……なんていうのは、物語の世界だけの話だったらしい。
実際の興信所に華やかさはあまりなく、ごく普通の事務所といった印象だった。私の依頼を聞いてくれている男性はおそらく探偵なのだろうが、スーツを着ているせいか、ごく普通のサラリーマンに思えた。
「行方を捜すにあたり、参考にさせていただきたいと思いますので、お兄様の所在がわからなくなった経緯をお話しいただけますでしょうか? さしつかえのないことだけで結構ですので」
話しにくいことは話す必要はないですよ、ということらしい。こういう場所に来る人は様々な事情を抱えており、人には話したくないことも多々あるのだろう。
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