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兄とソフトクリーム
小さい頃の思い出
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幼い頃、私は頻繁に泣く子どもだった。
そそっかしくて、よく転んでいたからだ。
すてんと転んだときにすりむいてしまうことも多く、私の膝や足はいつも擦り傷だらけだった。
おまけに一度転ぶと、そのショックで延々と泣き続けてしまう、少々面倒な女の子だった。
「うぁぁ~ん、いたいよぅ。血がでてるよ、とまらないよぅぅ~」
膝から血が出ているのを見ては泣き、血が止まらないのを見ては、さらに大声で泣いてしまう。
ひとりでおいおいと泣いていると、決まって助けに来てくれたのが兄の航だった。
「七海!」
「お兄ちゃん! いたいよぅ、おにぃちゃあん」
「血が出てるもんな、痛いよな。ほら、兄ちゃんの背中に乗れ」
「うん」
年齢が四つ違うとはいえ、まだ子どもであった兄が妹を背中に乗せて、よたよたと歩く。血が出ている膝や足を手当てしてやるために。大人から見たら危なっかしい構図かもしれないが、幼い私から見たら兄の背中は大きくて、頼もしい存在だった。
血が出ている部分を水で洗い流して砂や汚れを落とし、消毒液をつけて、絆創膏をつける。私があまりによく転んでいたせいか、兄は常に絆創膏や消毒液を持ち歩いていたらしい。
「ほら、もう痛くないだろ、七海」
「でもぉ。まだじんじんするよ。いたいよぅ、お兄ちゃん」
「だんだん痛くなくなってくるから。いつまでも泣いてると、ソフトクリーム買ってやんないぞ」
「それはイヤァ! 七海、もう痛くないよ。ほら、平気だよ」
兄と二人で食べる大好きなソフトクリームが食べられなくなるなんて絶対に嫌だと思った。痛いのを堪えて、必死に立ち上がり、必死に笑顔を見せる。
兄は私のそんな姿を見て笑い、手を繋いで言ってくれるのだ。
「わかった、わかった。ソフトクリーム、買いにいこうな」
「うんっ!」
その頃暮らしていたアパートの近くにホームセンターがあり、たこ焼きやたい焼きを売る小さな売店があった。そこでソフトクリームも売っていたのだ。私と兄は、ソフトクリームが大好きだった。
「航くん、七海ちゃん。いらっしゃい」
私たちを出迎えてくれるのは、店主のおじさんだった。少し白髪が混じったおじさんは常に笑顔で、私たちを温かく歓迎してくれる。
「おじさん、ソフトクリームひとつください」
「あいよ! あれ、七海ちゃん、どうしたの? 目が赤いけど」
「今日も転んじゃったんだ。泣きやまないと、おじさんのソフトクリーム買ってやんないぞ、って言ったらピタッと泣きやんだ」
「わはは。そうかい、嬉しいねぇ。じゃあ、おじさんがちょっとだけおまけしてあげようかな」
店主のおじさんはソフトクリームのコーンカップを取り出すと、ソフトクリームを抽出する機械に顔を向ける。
「よーし、おじさん、がんばっちゃうぞ!」
威勢の良い言葉を発して、レバーを下げてソフトクリームを絞りだす。
「よっ、はっ、とっ」
ソフトクリームをコーンカップに渦巻き状に乗せていくのだが、おじさんの手つきは子どもの目から見ても少々危なっかしいものだった。
「おおっと。こぼれる、こぼれるぅ~」
はらはらしながらおじさんの手元を見守っていると、お世辞にもきれいとはいえない状態のソフトクリームができあがる。こぼれ落ちないのが奇跡なほど、いびつな形のソフトクリームの完成だ。
いつも笑顔で優しい店主のおじさんだったが、ソフトクリームを絞りだすのは少々苦手だったらしい。
「おじさん、がんばったんだけどなぁ。な~んか妙な形になっちゃったよ。ごめんなぁ」
さし出されたソフトクリームは、渦巻き状の、いわゆるソフトクリームのイメージとはまるで違うものだった。
「うはははっ! なんだこれぇ! 七海、見てみろ、このソフトクリーム」
「ほんとうだ、すっごいヘンな形ぃぃ!」
おじさんが作ってくれるソフトクリームは、クリームを無理やり折りたたんだような形状で、どうにかこうにかコーンカップに乗ってます、というものだったのだ。
兄が受け取ったソフトクリームを見た私と兄は、はじけるように笑ってしまった。
擦り傷の痛みなど、とうにどこかに消え失せていた。
「ごめんなぁ、おじさん。ソフトクリームだけは苦手なんだよぅ。たい焼きは得意なんだけどな」
頭に乗った白い帽子を撫でるように、おじさんは困ったような笑顔を見せる。
「いいって、いいって。おじさん、コレがいいんだから。七海、食べようぜ!」
「うんっ!」
いびつな形のソフトクリームは妙な形状だからか、ソフトクリームの量だけは多めで、ひとつしか買えない子どもにはとてもありがたいものだったのだ。
「うふふふ。おじさんのソフトクリーム、いっつもヘンだねぇ」
「でもちゃんと形になってるから、不思議だよな。こぼれてこないしさ」
「本当だね~。ふしぎっ!」
「このソフトクリームを見ると、なんか元気になるんだよなぁ、オレ」
「七海もっ!」
いびつな形のソフトクリームを見て大笑いしながら、兄と共に仲良く食べる。転んでしまった痛みも、様々な苦しみも、この瞬間だけ忘れることができる。
それは私にとって、おそらくは兄の航にとっても、忘れられない記憶なのだった。
そそっかしくて、よく転んでいたからだ。
すてんと転んだときにすりむいてしまうことも多く、私の膝や足はいつも擦り傷だらけだった。
おまけに一度転ぶと、そのショックで延々と泣き続けてしまう、少々面倒な女の子だった。
「うぁぁ~ん、いたいよぅ。血がでてるよ、とまらないよぅぅ~」
膝から血が出ているのを見ては泣き、血が止まらないのを見ては、さらに大声で泣いてしまう。
ひとりでおいおいと泣いていると、決まって助けに来てくれたのが兄の航だった。
「七海!」
「お兄ちゃん! いたいよぅ、おにぃちゃあん」
「血が出てるもんな、痛いよな。ほら、兄ちゃんの背中に乗れ」
「うん」
年齢が四つ違うとはいえ、まだ子どもであった兄が妹を背中に乗せて、よたよたと歩く。血が出ている膝や足を手当てしてやるために。大人から見たら危なっかしい構図かもしれないが、幼い私から見たら兄の背中は大きくて、頼もしい存在だった。
血が出ている部分を水で洗い流して砂や汚れを落とし、消毒液をつけて、絆創膏をつける。私があまりによく転んでいたせいか、兄は常に絆創膏や消毒液を持ち歩いていたらしい。
「ほら、もう痛くないだろ、七海」
「でもぉ。まだじんじんするよ。いたいよぅ、お兄ちゃん」
「だんだん痛くなくなってくるから。いつまでも泣いてると、ソフトクリーム買ってやんないぞ」
「それはイヤァ! 七海、もう痛くないよ。ほら、平気だよ」
兄と二人で食べる大好きなソフトクリームが食べられなくなるなんて絶対に嫌だと思った。痛いのを堪えて、必死に立ち上がり、必死に笑顔を見せる。
兄は私のそんな姿を見て笑い、手を繋いで言ってくれるのだ。
「わかった、わかった。ソフトクリーム、買いにいこうな」
「うんっ!」
その頃暮らしていたアパートの近くにホームセンターがあり、たこ焼きやたい焼きを売る小さな売店があった。そこでソフトクリームも売っていたのだ。私と兄は、ソフトクリームが大好きだった。
「航くん、七海ちゃん。いらっしゃい」
私たちを出迎えてくれるのは、店主のおじさんだった。少し白髪が混じったおじさんは常に笑顔で、私たちを温かく歓迎してくれる。
「おじさん、ソフトクリームひとつください」
「あいよ! あれ、七海ちゃん、どうしたの? 目が赤いけど」
「今日も転んじゃったんだ。泣きやまないと、おじさんのソフトクリーム買ってやんないぞ、って言ったらピタッと泣きやんだ」
「わはは。そうかい、嬉しいねぇ。じゃあ、おじさんがちょっとだけおまけしてあげようかな」
店主のおじさんはソフトクリームのコーンカップを取り出すと、ソフトクリームを抽出する機械に顔を向ける。
「よーし、おじさん、がんばっちゃうぞ!」
威勢の良い言葉を発して、レバーを下げてソフトクリームを絞りだす。
「よっ、はっ、とっ」
ソフトクリームをコーンカップに渦巻き状に乗せていくのだが、おじさんの手つきは子どもの目から見ても少々危なっかしいものだった。
「おおっと。こぼれる、こぼれるぅ~」
はらはらしながらおじさんの手元を見守っていると、お世辞にもきれいとはいえない状態のソフトクリームができあがる。こぼれ落ちないのが奇跡なほど、いびつな形のソフトクリームの完成だ。
いつも笑顔で優しい店主のおじさんだったが、ソフトクリームを絞りだすのは少々苦手だったらしい。
「おじさん、がんばったんだけどなぁ。な~んか妙な形になっちゃったよ。ごめんなぁ」
さし出されたソフトクリームは、渦巻き状の、いわゆるソフトクリームのイメージとはまるで違うものだった。
「うはははっ! なんだこれぇ! 七海、見てみろ、このソフトクリーム」
「ほんとうだ、すっごいヘンな形ぃぃ!」
おじさんが作ってくれるソフトクリームは、クリームを無理やり折りたたんだような形状で、どうにかこうにかコーンカップに乗ってます、というものだったのだ。
兄が受け取ったソフトクリームを見た私と兄は、はじけるように笑ってしまった。
擦り傷の痛みなど、とうにどこかに消え失せていた。
「ごめんなぁ、おじさん。ソフトクリームだけは苦手なんだよぅ。たい焼きは得意なんだけどな」
頭に乗った白い帽子を撫でるように、おじさんは困ったような笑顔を見せる。
「いいって、いいって。おじさん、コレがいいんだから。七海、食べようぜ!」
「うんっ!」
いびつな形のソフトクリームは妙な形状だからか、ソフトクリームの量だけは多めで、ひとつしか買えない子どもにはとてもありがたいものだったのだ。
「うふふふ。おじさんのソフトクリーム、いっつもヘンだねぇ」
「でもちゃんと形になってるから、不思議だよな。こぼれてこないしさ」
「本当だね~。ふしぎっ!」
「このソフトクリームを見ると、なんか元気になるんだよなぁ、オレ」
「七海もっ!」
いびつな形のソフトクリームを見て大笑いしながら、兄と共に仲良く食べる。転んでしまった痛みも、様々な苦しみも、この瞬間だけ忘れることができる。
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