つれづれなるおやつ

蒼真まこ

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兄とソフトクリーム

とろけるソフトクリームと家のこと

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 ソフトクリームを舌でなめとると、ひんやりとした冷たさに体がぞくりとする。ぷるっと体を震わせていると、ミルキィで優しいコクと、シルクのようななめらかさが舌から口の中へと伝わっていく。流れるように喉へと落ちていく、あの瞬間の幸福感といったら。

「おいしいねぇ、お兄ちゃん」
「ああ、すっげぇうまい!」

 ソフトクリームはどれも美味しいものだけれど、明るいおじさんが作るソフトクリームは特別だった。
 くねくねとねじこむように重なった、いびつな形。今にもこぼれ落ちそうなのに、奇跡的に形をとどめている不思議なソフトクリームを見ると、きっと誰でも笑ってしまうと思う。

「うふふふ」
「うへへへ」

 ソフトクリームの美味しさに感動しながらも、笑いが止まらない。子どもという生き物は、一度笑いのツボにはまると、延々と笑ってしまう存在なのだ。

 兄と交互に食べていると、妙な形のソフトクリームがコーンカップの上から消えていく。すると今後はコーンカップをかじりながら、ソフトクリームを口の中に入れていくことになる。カリッと焼きあがったコーンカップに、少し溶け始めたソフトクリームが染みこむようになじんでいる。あーんと口を開けてかじりつくと、ほろり、とろりと口の中で崩れて溶けていく。
 きつね色のコーンカップはそれだけで食べると素朴な味でしかないのに、ソフトクリームと共に食べると、なぜあれほど美味しいのだろう。
 かりっ、さくっと交互に食べ合っていると、あっという間にコーンカップはなくなっていき、最後の角の部分だけとなる。最後の一口となる角の部分はとっておきのお楽しみだから、この部分だけは兄と分け合うことはできない。
じゃんけんでどちらが食べるか決めるのだ。

「七海、ジャンケンで勝負だ!」
「うん、じゃんけんしよっ」
「よーし、いくぞ。ジャンケンぽいっ!」
「じゃんけんぽいっ!」
 
 ソフトクリームの最後の一口を賭けたじゃんけん勝負は、妹である私が勝つことが多かった。
 私は動作もゆっくりめで、兄よりワンテンポずれて手を出すことになる。それなのに、私のほうが勝つのだ。

「やったぁ、七海の勝ちだっ!」
「くっそぉ。負けたぁぁ」
「うふふ。最後の一口は七海のものね」
「ほら、やるよ。あーんしろ」
「あーんっ……」

 兄が私の口へ、最後のソフトクリームを放り込んでくれる。兄に勝てた喜びでご満悦になりながら、ゆっくりと堪能するのだ。
 当時は兄がじゃんけんに弱くて、私が強いのだと本気で思っていた。兄が私のために、わざと負けていてくれたと気づいたのは、ずっと後のことだ。

「また食べにこような、七海」
「うんっ、お兄ちゃん」

 店主のおじさんのにこやかな笑顔に見送られ、家へと帰っていく。

「帰るぞ、七海」
「うん……」

 けれど、家に帰るとわかったとたん、私の歩みは遅くなっていってしまう。わざとゆっくり歩き始める私を怒ることもなく、兄は私の歩調に合わせてくれた。
 きっと兄も、すぐに帰る気になれなかったのだろう。

「お兄ちゃん、おとうさんとおかあさん、まだケンカ中?」

 私が聞くと、兄は少しだけ難しい顔をした。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「ふぅん……」

 その頃の私と兄の両親は、意見が合わないのか、口ケンカすることが多かった。そのため自宅のアパートにいても、気が休まることがなかったのだ。

「もしも、父さんと母さんがケンカし始めたら、押し入れに入ろうな」
「うん」

 優しい兄の航がいてくれれば、両親が不仲でもきっと大丈夫。私の手を握りしめてくれる兄の温もりを感じながら思った。

「おとうさんも、おかあさんも、おじさんのソフトクリームを食べればいいのにね。そしたら笑っちゃうもの」
「そうだな。そうしてくれたらいいんだけど……」

 幼いがゆえの無邪気な発言を、兄はどう思っていたのだろう。

 私と兄の願いもむなしく、父と母の不仲は日増しにひどくなっていった。





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