極道恋事情

一園木蓮

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身勝手な愛

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「だってそうでしょう? 香港にいた頃のあの人は――いつでも抜き身の刃を懐に持っていらっしゃるような鋭さがお有りになられたが、先程お目に掛かった印象では随分穏やかになられてしまったというか……。まるでご自身がマフィアだということをすっかり忘れてしまわれたかのようで……それが残念だと言ったのです。私はね、もっとこう……ギラギラとした危うさとか冷たさとかを持ち合わせている――安易に触れたら命にかかわるような緊張感とでも言いましょうか、そういったあの人でいて欲しいんです。『マフィアの周焔』でいて欲しいんですよ」
「何を馬鹿な――! 老板は今でもれっきとしたマフィアのファミリーであらせられる」
「そうでしょうか。その実、李さんだって私と同じような思いは少なからずあるのでは?」
 まったくもってばかばかしいことをいう男だ。李は返事すらする気にはなれなかった。
「まあこの話はこれまでということで。李さん、よろしければ連絡先を交換していただけませんか? 日本での仕事が上手くいけば、何かいい話が持ち込めることもあるかも知れませんし」
 何がいい話だか――とは思うものの、彼の居場所を把握し手駒を増やすだけなら損にはならないだろう。李は懐から名刺を一枚引き抜くと、スイと彼の目の前へ差し出した。
「ありがとう李さん。感謝しますよ。焔老板にもよろしくお伝えください」
 郭芳はコースターに自分の連絡先を書きつけると、
「ご存知の通り私はシャバに出たばかりなのでね。名刺なんていう洒落た物は持ち合わせていない。これで失礼――」
 薄い笑みだけを残して店を後にしていった。



◇    ◇    ◇



 翌朝、李の機嫌は悪かった。といっても顔つきや態度は普段と何ら変わらずではあるが、常に行動を共にしている舎弟の劉からすれば彼のご機嫌が斜めなのはお見通しだったようだ。
 朝の九時過ぎ、まだ周と冰が出勤してくる前である。
「それで――どうだったのです、昨夜は」
 コトリ、卓上に茶が差し出されて李はハタと相棒を見上げた。
「ああ、劉か。すまんな、いただこう」
 淹れたての茶を一口啜りながらもやはり普段よりは口数が少ない。
「お会いになられたのでしょう? 例の郭芳――」
 劉は昨夜、周の接待に同行して行ったので、郭芳との様子がどうだったのかと気に掛かっているのだろう。
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