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40 初夜の後に、エロが来ると思ったか? 仕事だよ!!
しおりを挟む初夜の翌朝、慌てすぎたケェアが、使い慣れていた屋外の水場でエトレの頭を洗っている姿を、館で働いている老爺たちや、毛無しを嫌っている領地警備員見習いたちにまで、見られた。
室内にも浴室とまでは言えないけれど、シャワールームのような洗い場があるのを、すっかり忘れていたのだ。
ケェアは公開処刑かよ、とひどく居心地の悪い思いをして。
しかし周囲へ考えなしに威嚇を行えば、初夜を失敗したと明かすも同然だ、と羞恥に震えながら耐えた。
エトレはケェアが恥ずかしがっていることを、知ることもなく。
緊張しすぎて抱いてもらうことができず、師匠に教わったように誘惑してみようとしたら、触れた瞬間に暴発された。
ケェア様、下手でごめんなさい、今夜は頑張りますから、と思っていた。
二人それぞれにすれ違った想いを抱えたまま、朝食やその他を済ませ。
ケェアは初めて、領主の執務室へと入った。
今朝の鍛錬は、監督だけで済ませている。
「……」
ケェアは言葉もなく、部屋の隅で立っていた。
直立不動の構えだ。
黒い巨牛の置物が部屋の隅に置かれている光景に、家令のトゥアは落ち着かなかった。
「こちらの書類、こことここに不備があるよ、訂正させて」
「はい」
仕事中のエトレは領主だった。
執事見習いの時の平常心を保つ経験が生きていた。
視界の隅に黒い塊があっても、それに心ざわめかせることなく、領主としての仕事をこなしていった。
そのせいで、ケェアの頭の中にあった妄想、オフィスでいやん、だめん!作戦は言葉にすることすらできずに潰えた。
いやん、を仕掛けようにも、話しかける隙がない。
「これだけど、本当に代官の承認がされているの?
金額がおかしいから、根拠になる資料の添付がなければ進められない、と返事して」
「はい」
手馴れている。
いつもは領主の夫としての勉強に四苦八苦しているケェアを、残念な子供のように扱う家令のトゥアも、エトレに対しては返事しかしない。
トゥアには必要な知識はあっても、実践はここ一年だけ。
エトレは実践経験は少なくても、何をすれば良いのかをトゥアよりも知っている。
ケェアが立ち尽くしている理由は。
内心で吠えているからだった。
おおおお、俺氏の嫁ちゃんがシュテッキィよおぉ!!
可愛いだけでなくて有能なんて、俺氏の嫁ちゃん世界一!!
蹄でなければ、肩凝ってないか?とか言って揉んでやりたいっ。
そう、エトレの普段の姿とのギャップに悶えていた。
初めて館内の警備を受け持ったケェアだが、もうこの先一生、この仕事をしよう!と決めた。
朝の鍛錬が少なくなっても構わない!と。
ケェアが知っている夜のエトレは、気弱そうなおどおどとした様子が普通で、それがここまでキリッ!とするなんて、たまらん、ぜひ夜もこのギャップを見せてもらいたい、と愛用の手帳に書き込んだ。
そして夜。
「旦那様、お仕事お疲れ様です」
「労わりは自分が言う側だろう、領主の仕事は大変すぎる……俺氏には無理ちゃん」
きりが良いところまで仕事を片付けたのか、部屋の隅で待つケェアの元まで来て、優しく微笑んでくれたエトレの姿に、思わず内心が言葉になった。
きょとん、と目を瞬いた後で、エトレは嬉しそうに笑みを深めた。
「わたしは旦那様のように美しくありませんし、力強い肉体も持っておりませんので、一つでも出来ることがあると思って頂けるのは嬉しいです」
エトレはもう、ケェアの口調が変わっても驚くことはない。
聞きなれない言葉を口にするし、雰囲気も別人のように変わるけれど、人が変わる訳ではないと知ったから。
エトレだって、領主として仕事をしている時と、ケェアと裏庭で会うときは、心持ちが全く違う。
こんなわたしに甘えてくれているのかもしれない、と思うとエトレの胸が甘く痺れた。
「……クーしゃま」
「え?」
「クーって呼んで」
「約束でしたね、申し訳ありません」
照れたように頬を染めて、エトレはそっとケェアの胸元に手を伸ばす。
「く、クー様」
なんとなく恥ずかしい気持ちになって、エトレは言葉に詰まってしまった。
ケェアの胸元が、いいや、全身が小刻みに震えた。
感電したアニメーションのようにビリビリっとした。
「あ、あの!?」
「もう一度お願い!嬉しいからっ!!」
「え、はい、クー様」
「……俺氏の嫁ちゃん天使デス、エトレしゃんマヂ天使ぃっ!」
ジーン、と感動して打ち震えているケェアの尻尾が、喜ぶイヌのように振り回されているのを見て、エトレは何か間違えたかと焦り、その直後に聞こえた言葉に力が抜ける。
単語は知らなくても、喜んでいるのは伝わってくる。
ケェアが興奮していることは分かる。
テンシとはなんだろう?と思いながら、ケェアは興奮すると知らない言葉を口にすることが多いけれど、いつでも褒められている気がして、エトレは思わず俯く。
ケェアの濡れた鼻先が、エトレの頬へと押し付けられた。
暖かくて溶けるような熱が、器用な舌先が肌に触れる。
醜いわたしに触れられるオスは、この人以外いない。
わたしを慈しんでくれるオスは、この人しかいない。
そう思うと、きゅうとエトレの下腹部が疼く。
「エトレしゃん、ふわあ、超ええ匂い、ふっは、ふあ、だめ、これだめぇ」
「あ、え、はい?」
しゃん?って何ですか?と首を傾げつつも、エトレはケェアのなすがままだ。
分厚い舌に頬を舐められ続け、気がつけば首筋を温かい唾液が伝っていた。
「部屋へ、行こう」
(耐えろ、内心そのままだと何を口走るかわかんねえ、耐えろ、耐えるんだ俺氏!!)
「……はい」
一緒に居られる。
消え入りそうな声で答えたけれど、その言葉だけで嬉しくて、軽く気持ちよくなってしまっていると知られたくなくて、エトレは唇を噛み締めた。
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