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無実の男爵令嬢はチートな牢番に救いを求める

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「私は何もやっていません、無実です」

 お約束の婚約破棄。
 男爵令嬢が王太子を誘惑して侯爵令嬢を陥れようとした。
 殿下の婚約披露パーティでの断罪劇。
 そんなありふれた話だと、聞いた。

「僕はただの牢番なので、そんなことを言われても知りません」

 囚われた彼女に水と食事などを届けに来ただけだ。
 処刑は翌日らしい。
 もう何人もの罪人をこうして見送っている。
 昔は憐みも抱いていたが、最近は気持ちも大分擦れている。

 ただ、今回の女性はまだ若く自分と年齢も近い。
 後悔でむせび泣くわけでもなく、ただ青い顔をしているのが気になった。

「誰かに取り次いでもらえないでしょうか。お願い、本当に何もしていないの。殿下に言えばわかります。何か書く物はない? あの方に手紙を届けて欲しいの」

「遺書なら書く物をお持ちしますが」

 我ながら無慈悲な言葉を投げかける。

「いや、助けて女神様」

 頭を抱える男爵令嬢。
 それでも泣き出さない気丈さに、少しだけ気持ちが動く。
 今は、この地下牢に自分たち以外誰も居ない。

 高貴な者に害をなした者を収容する特別牢。
 以前に収監された者達は数日前にまとめて処刑された。
 よって今だけは彼女と自分の二人っきりだ。
 収監された初日は静かにしていたが、周りが急に静まり返ったことでじわじわと恐怖が湧いて来たらしい。最後の気力を振り絞るように僕に対して話しかけてくる。
 
 と言っても牢の鍵も持っていないし話を聞く位しかできない。

 僕は牢番の一族。
 この建物の中から出ることは許されない。
 ここで生きてここで死ぬ。
 人間と言うよりも備品に近い。
 それゆえ多少の動きが可能と言えば可能だ。

 さび付いていた気持ちを奮い立たせ、「祝福」を使用してみる。
 
 古の時代より女神によって万人に与えられる不思議な能力。
 手から小さな火を出したり、そよ風を起こしたり。
 多くはささやかで生活で役に立つことがある程度の弱いものだ。
 しかし、中には伝説級と呼ばれる祝福持ちが存在する。

「私は何もしていません。侯爵令嬢様に悪質な嫌がらせばかり受けて来て、私が、被害者なんです。だけど、断罪なんてしようとすら思いません。できません」

「疑いがなければ罪に問われないのでは?」

「だけど! そもそも殿下の婚約披露パーティすら最後まで出席していないんですよ! いったいどうやって私があの方を陥れるんです!」

「嘘は言ってないね」

 僕はそれがわかる。祝福を使うと言葉の色が見える。
 目の前の彼女は真実を示す青色の輝きをまとっていた。

「そうなんです。私は無実なんです。えっ?」

「侯爵令嬢からの嫌がらせって?」

 詳しく聞いてみた。
 祝福は随時発動ではないので、状態を維持しつつ質問を重ねる。

「歩いていたところに植木鉢が落ちてきたり、誰かに階段から突き落とされかけたり、ナイフを刺した動物の死体に私の名前を付けたカードが届けられたり。もう地獄でした」

「どうして侯爵令嬢がやったと?」

「それは殿下がおっしゃって。密かに調べたところオリヴィア様が命令していたらしいと」

「君が衆人環視の前で変な難癖をつけたから死刑になるって話だけど」

「殿下に相談はしていましたが、私に仕返しや抗議をする度胸などはありません。私はただの男爵令嬢なんです。しかも愛人の娘で、平民として育ちました。父に跡継ぎが生まれないからと数年前に引き取られて」

 随分赤裸々と語る。無我夢中で少し混乱しているのだろう。
 ここまで全て本当。

「婚約披露パーティがどうこうと言うのは?」

「その日のパーティなら私は途中で気分が悪くなって退席しました。用意された部屋で休んでいたところ、近衛兵がやってきて拘束されました。私と殿下がオリヴィア様を断罪し、真実の愛だから結婚するなどと騒いだと」

「無実を証明できなかった?」

「騒ぐ私の姿を大勢が目撃していると言われました。何を言っても聞いてもらえなくて。繰り返し無実を訴えたのですが、数日間の尋問の後に、この牢屋に放り込まれました」

「君の言うことは本当だね」

「その通りですが、どうして急に信じてくださるんですか? 先ほどまでは素知らぬ顔で流されていましたけれど」

「僕の祝福だよ。嘘つきかどうかわかるのを今使っている」

 先ほどまでの冷たい態度が少し申し訳なくなる。

「まぁ珍しい。祝福ってもっと素朴でささやかなものでしょう? 私なんてこれですよ」

 彼女は両手を合わせると、淡い光が生じる。
 何かを持っていて、こちらに見せてくれた。

「これは木炭?」

 黒くざらついた表面。触れると指先が汚れる。
 細くて持ちやすい、何かを書くのにちょうど良さそうな小さな塊だった。

「そうです。何の変哲もない木炭」

「特別な力とかはないの?」

「以前鑑定してもらいましたけど、ごく普通の木炭ですね。平民だった頃はとても役に立っていたんですよ。君が居ると書く物には困らないね、って周りからも褒められて」

「便利だよね。場所によっては重宝されるだろう。牢番とかね」

「やめてください。ただ、一度に大量には出せるものではなくて。お金にするために、小さい頃は疲れ果てるまで頑張ったものです」

 そう言うと彼女はか細い声で呟き始めた。

「他の子はお花を出したり、灯りを出したりできてね。そういう子が多くて。でも、私はこれだから。役には立ちましたが、少し残念な気持ちになることはあってね」

「花より木炭でしょ。灯りは迷うところ」

「物事の価値って場所で変わるものですよね」

 彼女は悲し気に顔を伏せる。

「大丈夫? 牢屋の中で元気で居ろと言うのも無理な話だけど」

 気が紛れるように、話を聞くことになった。
 彼女もぽつぽつと身の上について打ち明けてくれる。

「数年前に、とても辛いことがありました。生まれ育った町が洪水に見舞われて母が亡くなってしまったんです」

「可哀想に。僕も数年前に母を亡くした。辛かっただろう」

「えぇ、哀しくて辛くて」

 何度も頷く。気分が落ち込まないようにか、少し話を変える。

「でも避難中は木炭が燃料代わりに役立ったりね。祝福は身を助けます」

「やっぱり便利だね、それ」

「でも空腹だとそんなに使えません。たくさん出すと、ふらふらになるんです。母も居なくて、酷く辛くて苦しかった。男爵家に引き取られてようやく幸せがやって来たって思ったんです。女神様は私をお見捨てではないと」

 とても幸せそうには見えない彼女。

「良い暮らしは出来なかった?」

「現実は甘くなかった。私のような育ちの悪い女に居場所なんてない」

 吐き出すように彼女は言う。

「マナーも十分に覚えられない、ふとした瞬間にはしたない真似をすると散々バカにされて」

「僕も育ちが良いとは言えないからね。わかるよ」

 最低限の教育などは受けているが、今の暮らし以外は選べない。
 自分からこの生活から抜け出そうとする意欲もなかった。

「木炭も、祝福としてはお粗末だと。周りは物に不自由していませんから。貴族の通う学園でオリヴィア様とよく比較されました。あの方は色とりどりの薔薇を出せるんです。私は、周りから木炭令嬢なんて揶揄までされて」

 場所が変われば扱いも変わるか。
 芸術家や実利を求める人間ならその暮らしの中でも割り切ることもできただろう。
 ただ何を幸せと感じるかは人による。

「ギルフォード殿下だけでした。祝福なんて関係ない、君のような素敵な子は居るだけで華やかになると。まるで天にも昇るような心地でした」
 
 王太子殿下を語る彼女の口調はとても切なげだった。
 聞いていると、随分と甘く都合の良い話だと感じる。
 浮わついていて、幼子の夢想のようだ。
 それでも孤独な彼女にとって、それは何よりの救いだっただろう。

「彼と結ばれたかった。でも難しいということもわかっていたんです」

「身分の違いは殿下の意思だけではどうにもならないだろうね」

「はい。さすがにそれは私も弁えていました。でも、ひょっとしたら愛人にはなれるかも、と考えていたんです」

 男爵の愛人だった彼女の母親のように、か。
 相手が王太子ならば、相応の良い暮らしは出来る。
 それも間違いなく一つの幸せと言えるだろう。

「でも、こんな目に遭うくらいなら、いっそ何の希望も持たなければ良かった」

 絞り出すように声を震わせる。
 希望を抱いては絶望し、挙句の果てが死刑。
 喜んでは地獄に叩き落とされる連続。
 甘い、と言われればそれまで。
 けれど、目の前の彼女を単なる愚かと言い捨てることもできない。

 それなり以上に役に立つ祝福。
 でもそれだけでは人生を救うには至らない。
 僕自身が強力な祝福を持つからこそ、わかる。
 寂しさや、息苦しさ、救われない気持ち。
 不幸の数だけより大きい幸せを求めることは誰も責められない。

「私、殺されちゃうのかなぁ」

 そこでようやく、彼女は涙を流した。
 ここまで必死に気を張って堪えていたのだろう。

「あなた以外、誰も信じてくれなかった。物語の愚かな男爵令嬢と同じだって、罵倒までされて」

 そう言った話は聞かされた。
 お約束、という。物語を嗜むわけではない。
 言葉通りに受け取っただけで深くは考えなかった。

「知ってます? 貴族の若者の間でね、愚かな男爵令嬢が侯爵令嬢に嫌がらせをして、最後は断頭台送りにされる物語が流行しているんですよ。だから私も男爵令嬢だと言うだけで些細なミスをしては嘲笑われて、お話の誰それのようだとね。あぁ、もう何だかもう嫌」

 不快な記憶を思い起こしたのか、頭を抱えて震える。

「ひどい。どうしてそんな話が流行るんだよ」

 幼い頃に母親から聞かされた寝物語はもっと優しいものだった。
 悪人が成敗される話は世にいくらでもある。
 けれど、よりにもよって身分の低い相手を敵役にしなくても良いのに。

「身分が低いから、でしょうね。そりゃあ尊い方を悪しざまには描けません」

「弱い立場であると身につまされる。君は悪くないよ」

「私もそう思います。でも、あなた以外に誰も無実を信じてなんてくれない」

「君は嘘なんて吐いていない。僕にはそれがわかる。きっと誰か悪い人間に嵌められたんだよ」

 話をするうちにどんどん彼女に共感していく。
 最初の冷たい態度が心底恥ずかしくなった。
 心を閉ざして目の前の彼女をちゃんと見ようとしなかった。

 物語のような話と言われれば、あぁそうなんだろうと流した。
 その点で、流行りものを楽しむ貴族たちを罵る資格はない。

「どうすればいいんでしょう。何か方法はないでしょうか」

 絶望の中でも彼女の瞳にはまだ生きる気力がある。
 その輝きを見つめ、僕は意を決して己の秘密を打ち明ける覚悟をした。
 これは、せめてもの償いだ。

「一つだけ方法がある。それが上手く行ったことはないけど、聞く?」

「他に手段がないのなら」

「僕はもう一つの祝福を持っている」

「それは?」

「誰かを過去に戻すこと」

 彼女は訝し気にこちらを見返した。
 これが僕らのとても長い一夜のはじまりである。
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