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第二章 側妃問題はそっちのけでイチャつきたい!

閑話.ロクサーヌ

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初めてディオ王子と会ったのはまだ私が子供の頃のことだった。
可愛い双子の兄妹は私にとても懐いてくれて、特にディオ王子は『ロクサーヌ、大好き!僕が大きくなったらお嫁さんになって!』と可愛い笑顔で言ってくれた。
私にとっては可愛い弟のようなディオ王子。
でもその言葉は純粋に嬉しくて、『大きくなっても好きでいてくれたら結婚しますね』と私は笑顔で返事をした。
子供同士の他愛のない約束。

なのにディオ王子はその言葉を真っ直ぐ受け止めて、私を愛おしそうに見つめ、いつも優しい眼差しを愛情を込めて向けてくれた。

いつからだろう?その眼差しを重荷に感じるようになったのは。

ディオ王子は立派な王になろうと努力を欠かさない人だった。
でも『ロクサーヌに顔向けできないような王にはなりたくないから』なんて言われても困る。
私はそんなに大層な人間じゃない。
ごく普通の令嬢だ。
ディオ王子が私を見つめる眼差しが真っ直ぐだからこそ、余計に困ってしまった。

そんなディオ王子のブレずに一途に私を想う姿勢を見て、周囲も私を次期王妃として期待する。
母は頑張れるだけ頑張りなさいと応援してくれたし、私も最初は頑張ろうと思った。
でもやってもやっても先が見えない高度な教育は負担でしかなくて、でも他の花嫁候補の皆はそれくらい当たり前と言わんばかりにこなしていると聞いた。
辛い。

私が18才になり成人となった頃、母と姉がアンシャンテ国の屋敷へと戻った。
姉が結婚して、亡き父の爵位だったカーヴァイン侯爵位を正式に姉夫婦が引き継いだからだ。

母はガヴァムに留まるかアンシャンテへ戻るか悩んだようだけど、私ももう成人したし、ディオ王子達もすっかり大きくなり子育てアドバイザーとしての役割も遠に終えていたというのもあって、結局アンシャンテへ戻ることに決めた。
何かあればツンナガールもあるし、気軽に連絡を頂戴と言ってはくれたものの、新生活は大変だろうと思ったし、心配をあまりかけたくはないから積極的にこちらから連絡をしたりはしなかった。
この時、親身に話を聞いてくれる人がいなくなったと言っていいだろう。

そんな中、早くその座を自分に寄越せとばかりにシェリル公爵令嬢からの嫌がらせがどんどん酷くなってきた。
ディオ王子より五つ年上の私を彼女はいつも『おばさん』『年増』呼ばわりで、それだけでなく『ディオ王子を惑わす魔女』だの『年下好きの変態』だの事あるごとに貶される日々。
加えて勉強についていけない私を能無し呼ばわりでクスクスと嘲笑い、『そんな王妃は誰も認めない。身の程を知った方がいい。辞退しろ』と何度も言われた。
そんな事、わざわざ言われなくても私自身が誰よりも痛感している。
でもそれを指摘され続けるのはただただストレスで、年を追うごとに私は隠しきれないほどにどんどん疲弊していった。

ディオ王子が日増しに弱っていく私を気遣い、度々お茶に誘ってくれて、困っていることはないか、辛いことがあったら絶対に助けになるから言ってほしいと何度も言ってはくれた。
でも…どうして言えるだろう?
ディオ王子は私の五つも年下だ。
これまでディオ王子に寄り添い、励ましてきた姉のような私が、弱音なんて吐けるはずがなかった。

『大丈夫。何も問題はありません』

笑顔でそう答えるのが精一杯。

『ロクサーヌと一緒にいるとすごくホッとする』

そう言って疲れた羽を伸ばすように私の前でだけ穏やかに微笑むディオ王子が可愛くて、『私の前では何も飾らなくていいですからね。自然体でいてください』と言い続けてきた私が…情けない愚痴なんて溢せるはずがない。

私はディオ王子の安らげる場所でなければならなかった。
地位も美貌も才能も財産も他の候補者達と比べると数段劣る私にとって、それだけが唯一の存在価値だったから。

それでも辛いものは辛い。
誰にも頼れない。
助けを求められる相手がいない。
早くこの辛い日々が終わればいい。
全部自分の中に抱え込み、いつしかそう思うようになっていく。

正直もう20才を過ぎる頃には私は疲弊し切っていて、王妃になる気なんてすっかりなくなってしまっていた。

とは言え国を背負うべく頑張るディオ王子を見捨てるようなことなんて、そう簡単にできるはずもない。
彼の周囲には頼りになる人も信頼できる人達も沢山いるけれど、それでも本当の意味で彼が安らげる相手は私だけだと知っていたから。

今そんな相手がいなくなれば、彼も私のように疲れ果ててしまうかもしれない。
だって彼は私なんかよりもずっとずっと歯を食いしばって努力し続けているし、私とは違って逃げる事が許されない立場にあるのだから。
だからこそ、せめて子供のうちは一緒に居てあげたかった。

ごめんなさい。
ごめんなさい。
一途に想ってくれているその気持ちに、応えてあげられない私を許して。
貴方が大人になったら、私は貴方の前から姿を消すわ。
どうか貴方の元を去る身勝手な私を許してほしい。
そう思いながら日々を過ごしていた。

だから────。

「ロクサーヌ。後一年ちょっとで成人だし、今日ロキ父様から譲位に向けて仕事の引き継ぎをしていきたいって言われたんだ」

いつものお茶の席で、どこか緊張したようにそう話すディオ王子を見て、私は『ああ、とうとう私のお役目も終わるのね』とどこか感慨深い気持ちで聞いていた。

「ロクサーヌ。ずっとロクサーヌが好きな気持ちは変わらなかった。だから、俺が王位を継いだら、俺と結婚してほしい」

これまで王になるために努力して、力を蓄えてきた。
どんな困難だって乗り越えてみせる。
そんな地道な努力を積み重ねて立派に成長してくれた貴方が誇らしくも眩しいけれど、ごめんなさい。
私は貴方の気持ちには応えてあげられないの。

真摯な眼差しでプロポーズしてくれたディオ王子に、私は意を決して残酷な言葉でお断りを入れる。

「ディオ王子。ごめんなさい。私は貴方の気持ちには応えられないわ。私…貴方とは違う、好きな人と結婚することになっているの」

そう言った時のディオ王子は本当に申し訳ない程驚いた顔をしていて、その後慌てたようにどういう事かと問いただしてきた。

「ロクサーヌ?!俺と結婚してくれるんじゃなかったのか?昔約束したじゃないか!」

幼い頃の無邪気な約束。
本当に…応えてあげられれば良かったのに。
不甲斐ない、器の小さな自分が嫌になる。

「これまで相手の男性には貴方が大人になるまで待っていてほしいとお願いしていたの。貴方との約束を破るのは心苦しいけれど、あれは子供の頃のその場限りの口約束で、私はずっと貴方のことを弟のようにしか見られなかったわ。本当にごめんなさい」

結婚を約束した相手がいるなんて真っ赤な嘘だけど、これくらい言わないときっとディオ王子は諦めてはくれないだろう。
逆に相手がいればきっと引いてくれる。
だって彼は本当に優しくて、私の幸せを願ってくれる人でもあると知っていたからそう言った。
こんな狡くて情けない女なんてきっぱり忘れて、どうか立派な王になってほしい。

「嫌だ…嫌だロクサーヌ」

傷ついたような表情でそう言ってくるディオ王子。
泣かせたくなんてなかった。
でもどうしようもなかった。
全部私が王妃の器でなかったのが悪いのだ。

だから────居住まいを正して、明確に線を引く。

「ディオ王子。どうか私のような薄情な者のことなど忘れて、立派な王妃をお迎えください。きっと貴方が選んだ方ならどなたでも立派に国を共に支えてくれるでしょう」
「ロクサーヌ…それはロクサーヌじゃ、ダメなのか?」
「私は私の幸せを掴みます。ディオ王子。どうかお許しいただけますか?」

ボロボロと大粒の涙がディオ王子の目から零れ落ちる。
彼がこんな風に泣くのはいつ以来だろう?

「ロクサーヌ。捨てないで…」

子供の頃に戻ったかのように素の姿で泣くディオ王子の頭をそっと撫でて、別れの言葉を口にする。

「ディオ王子。貴方の隣には私よりもずっと相応しい方がいらっしゃいます。どうか貴方を心から支え、温かく見守ってくれるような方と幸せになってください」

婚約者候補の中でそれに該当する方はミラルカの姫だから、きっと彼なら彼女を選ぶだろう。
シェリル公爵令嬢は性格に難があるし、アンシャンテのヴィオレッタ王女は仲の良い友達枠だ。
愛し愛される関係になれそうなのはローズマリー皇女だと思う。
彼女なら王妃として申し分ない方だし、きっと失恋で傷ついた心も癒してもらえるはず。
胸は痛むが、彼を癒すのはもう私の役割ではなくなるのだ。
そんな思いで身を引いた。


***


「ロクサーヌ。行くのか?」
「ロキ陛下」

まさかこの方から声を掛けられるとは思わなかった。
いつもこちらのことは殆ど気にしたことなんてなかったのに。

「ディオがフラれたってさっき裏稼業の者が言いに来たんだ」
「そうでしたか。ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「いや。それよりも結婚するという話は嘘なんだろう?実家にも帰りにくいだろうし、行く宛はあるのか?」

ロキ陛下は私の嘘などお見通しだった。
まあ普通に考えればわかる話で、ディオ王子が慕っている私に声を掛ける男性なんてそもそもいないし、出会いなんて早々あるはずもない。
そこに気づかないのはきっとディオ王子くらいのものだろう。
恋は盲目とはよくも言ったものだ。

とは言えここを出ると決めたはいいものの、本当にこれからどうすべきだろう?
ロキ陛下が言うように、アンシャンテに住む姉夫婦や母に迷惑をかけるのも申し訳ない。

「もし行く宛がないなら、フォルティエンヌの屋敷で働かないか?どうせ退位したらそちらに移って兄上とイチャイチャする予定だし、気を遣わずに済むロクサーヌが来て侍女長になってくれたら嬉しいんだけど」
「ロキ陛下。それでは万が一ディオ王子が来られたら、すぐに嘘がバレてしまいますわ」

困ったようにそう答えると、じゃあブルーグレイの別荘の管理を任されてくれないかと言われた。

「そこならディオも早々来ないだろうし、ロクサーヌがいい人を見つけて結婚しても夫婦でそこに住めるよ?」

管理人一家として住み続ければいいという有り難い言葉に涙が出る。
行き場のない私には勿体ないくらいの話だった。
でも……。

「現状裏稼業の皆が好き勝手使ってるから、管理してもらえたら助かるよ」
「それは荒れ放題ということでしょうか?」
「いや?どっちかと言うと、隠し財産の金庫的な感じで小綺麗にしてるって話なんだ。だから合言葉を知らない赤の他人をその別荘に入れないようにしてくれたらそれでいいかな?」

どうやら裏稼業の方々がそれぞれ個人資産を隠している別荘らしい。

(ちょっと考えるだけで怖いのですが?!)

何かあったら即殺されそうだし、できれば避けたい。
戦えない私には荷が重過ぎる。
どう考えても無理だ。

「ほ、他のところではダメでしょうか?」
「他か…裏稼業の訓練所だとディオが来そうだし、騎士団もダメだな。後は…そうだ!じゃあキャサリン妃の侍女として雇ってもらえないか聞いてみようか?それなら家族とも連絡が取りやすいだろう?」

アンシャンテのシャイナー陛下の妃であるキャサリン妃の侍女。
それは願ってもない話ではあるけれど…。

「流石にすぐバレるのでは?」
「うーん。まあちょっと相談してみるよ」

そう言って場所を応接間へと移し、すぐにツンナガールで連絡を取ってくださり、有り難いことに彼女の実家であるミラン侯爵家で雇ってもらえることになった。
カーヴァイン侯爵家の令嬢ならマナーもしっかりしているし、息子の教育係としても申し分ないと諸手を挙げて歓迎されたらしい。
ただ私自身ディオ王子の想い人として有名だったので、髪を染め名を一時的にでも変えた方が良いかもしれないと言われ、その通りに従う事にした。
万が一にでも誰かに利用されたりしても困るし、人質のように攫われないとも限らないから身の安全を優先しようと話が纏まった形だ。
それ自体に特に文句を言う気もないし、寧ろ気遣ってもらって申し訳ない程だった。

「じゃあロクサーヌ。困った事があったらまずはキャサリン妃に手紙を出して。それからこっちに連絡をもらって俺から連絡する形にするから」
「ロキ陛下。色々ありがとうございます。このご恩は決して忘れません」
「うん。俺は譲位が問題なくできればそれでいいから、気にしないでいいよ。トラブルが一番嫌だから、ちゃんと押さえるところは押さえておかないと」

つまり私の身の安全確保もただのトラブル回避だから気にするなという事らしい。

「ふふっ。そう言うことにしておきますわ」

私はロキ陛下へと心を込めて最上級の礼をして、その場を辞す。

これからはロクサーヌ改め、ロレーヌとしてひっそりと生きていこう。

(ディオ王子。隣国から貴方の治世をいつまでも見守っております。どうかお元気で)

こうして私は長らく暮らしたガヴァムの王宮を後にしたのだけど…まさかその後ディオ王子が思いもよらない相手と結婚するだなんて、全く思ってもいなかったのだった。


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