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第1章 南方正教会

第201話 えっ!? 熱っ!? 正気かよ!?

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 「なあ、爺さん」

 フーッフーッと興奮しっ放しのおかっぱ嬢ちゃんを胸に押さえ抱きながら、痩せて無精髭を生やした爺さんに声を掛ける。

 オーガの生態を知ってんなら、俺が気になってた答えも知ってるはずだ。

 「何だ?」

 「俺も人を辞めてオーガになった奴を見たことがある。元に戻す方法は?」

 「ねえな」

 即答だった。

 「ねえのか」

 期待したが、「やっぱりそうかよ」という思いが強い。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、シュウに視線を合わせたまま口を開く。

 「唯一の救いは殺してやることだけだ。一度【変質】してしまったもんは元には戻らん。いいか。こいつらを作るのに・・・・・元へ戻せない布石を打ってるんだよ。呪いで先に心を病ませ、殺人に対する忌避感を無くす。人種差別から派生する優位性を植え付け、特権を与える。最後に"儀式"だ。律令神殿の奴ら全てがオーガだとは言わんが、上層部は入れ替わってても可怪しくねえだろうな」

 「マヂかよ。教義を巧い理由付けにして中から毒してるって事か!?」

 どんなだけ腐ってやがるんだ。デミア姉ちゃんよ、あんたの神殿は乗っとられてるぜ? 俺から言わせりゃ壊滅的な状況なんだが、そうは言っても、神様がその都度介入してたら秩序が乱れちまうか。

 「嘆かわしい話だがな」

 そう答える爺さんに疑問をぶつけてみた。

 「何で爺さんがんな事知ってる!?」

 「何故か? そりゃ、俺らがオーガ狩りしてるからに決まってるだろうが」

 オーガ狩り。秘密結社みたいで格好良いな。

 「話には聞いてましたが、仇敵が目の前に居るとは……。何という幸運!」

 お前、自分が狩られる側に居ることを理解してねえだろ!?

 高揚した気持ちのままシュウが剣を抜き放つ。

 「けどな流石に勇者がこうなっちまってる・・・・・・・・・とは、実際に目で見ねえとピンとこなかったぜ」

 おい、爺さん、もう少し危機感を持て。目の前で剣抜かれてるんだろうが!?

 と言うか、お前が仇敵と言えるほど、オーガ狩りにってもねえだろうがよ。伝え聞いた事だけを鵜呑みするとか、どんだけオツムが目出度めでたいんだ!?

 「老人。個人的には恨みはないが、積年の鬱憤うっぷんを晴らさせてもらいますよ」

 「無理だな」

 重心を落としながら、剣を青眼せいがんに構えるシュウに爺さんが即答した。

 「は?」

 取り付く島もねえな。

 呆気あっけに取られるシュウに言葉を浴びせる爺さん。

 「若いの。俺らをもりだったんなら、俺らがペチャクチャ喋ってるうちに手を出すんだったな。いくら勇者とはいえ、そんなに莫迦ばかじゃないだろうと思ってたが、どうやら筋金入りらしい」

 「なっ!?」

 御尤ごもっとも。こいつ、ゲーム感覚が抜けてねえんじゃねえのか?

 自分のターン、相手のターンってな。もしそうならレベルを上げるのも、ろくな上げ方してねえんだろうな。

 恥ずかしいのか、それとも腹が立ったのか、顔を赤くしながら剣の柄を握る手に力が籠るのが見えた。そうじゃねえ。その瞬間に踏み込まねえと意味ねえよ。

 「【火の玉】」

 と思ったら、行き成り魔法をシュウにぶっ放しやがったのさ。流石、容赦ねえな。

 「うわああ――!!」

 ドフッともボフッとも聞こえる火の玉の弾ける音がし、鼻っ面まで炎の舌が延びて来るじゃねえかよ!?

 「えっ!? あつっ!? 正気かよ!?」

 何、至近距離でぶっ放してんだ!? 巻き込まれるだろうが! と思ったが、あれっきり熱気も炎も感じない事に気付く。

 よく見たら、薄い水の膜みたいなものが俺たちとシュウの間でカーテンのように揺らいでるのさ。後ろからの視線に気づいて振り向くと、煉瓦レンガ色の髪を揺らしながらか小さくうなずく前髪ぱっつん姉ちゃんの姿が見えた。

 流石付き人、良く分かってるな。

 なんて感心してる間にも、物騒な魔法名が俺の耳に届く。

 「【火の玉】、【火の玉】、【火の玉】、【火の柱】」

 ヒルダやプルシャンの姿を探すと馬車の上にあったから、そこは安心だ。ロサ・マリアとマギーの姿は視界にはねえ。

 「ぐあああ――――っ!!」

 ボムッっと4パッスス6mくらいの火柱がと絶叫が空に上がる。火柱の直径は、シュウの体がすっぽり入ってるとこを見ると1パッスス半約2mぐらいだろう。

 爺さんの攻撃は徹底的だ。

 敢えてそこまで執拗にする必要があるのか俺にはわからんが、眉間みけんしわを寄せながら魔法を撃っていた爺さんの姿に、一抹いちまつの不安がよぎる。

 これだけ火達磨ひだるまになってるのに、シュウの気配が消えねえのさ。

 「ガアアアア――――ッ!!!」

 次の瞬間、シュウの咆哮のような声と一緒に火柱が掻き消されたじゃねえか。



 何が起きた!?



 「ちっ。勇者を素体そたいにするという事は、こういう事か。厄介な事をしてくれたぜ」

 爺さんの顔に、初めて焦りの色が浮かんだように見えた。まずいって事か?

 爺さんから視線を外して、シュウが居たとこに目を向ける。

 「何だよ、あれ……」

 そこに居たのは、背丈や体格はそのままで肌の色を青緑あおみどり色に変化させ、額の真ん中から1本の角を生えださせたシュウだった。

 爺さんの魔法を受けたせいで、鎧や服が吹き飛ばされるか、燃やされるかで、上半身は裸だ。下半身は鎧のお蔭で、燃えた個所はあるが体裁は何とか保っている。

 全体的にすすけてるんだが、大きなダメージを受けてるように見えないのさ。

 「おい、ヴィヴィ空いてる奴を全員呼んで来い! 急げ、長くは持たん!」

 「はい、イジャスラフ様っ!」

 弾かれたように、馬車の中に駆け込む前髪ぱっつん姉ちゃん。

 「お、おい、爺さん。ありゃ何だ?」

 「オーガだよ。それも上位種のな」

 「上位種!? そりゃ拙いのかよ?」

 「【火の荊棘いばら】。見ての通り、魔法に対する耐性が莫迦ばかみてえに上がる。体格は変わらんが、普通のオーガの倍は力があるのさ。スキルも問題なく使えるからな、俺らでも、誰か刺し違えねえと無理だ」

 おいおい、そりゃ爺さん、あんたが犠牲になるってことかよ!?



 巫山戯ふざけんなよ!?



 腹が立ったが、赤く燃える荊棘で体の自由を奪われているシュウを見ながら、深淵しんえんの森で俺自身が経験したことを思い出していた。

 骨の谷で俺が赤竜アドヴェルーザの奴から受けたのと同じ、赤い荊棘だ。見間違える訳がねえ。あれで大火傷負って、体の毛が綺麗さっぱり燃えちまったんだからな。

 あれが効いてねえって事か?

 いや、肌が炭化してるような部分も見えるから、魔法を完全に弾くほどの耐性がある訳じゃないらしい。

 公都でオーガになったゴウって言う勇者と戦ったが、あのオーガの倍の力を持ってるんならはっきり言ってジリ貧だ。まともに受け止めた時点で押し切られるか、圧し潰されるのがオチだ。

 「【骸骨騎士がいこつきし】。ガイ、目の前の奴は敵だが莫迦力ばかぢからだ。それを踏まえて、時間稼ぎを頼む。れるんなら殺って良い。俺は、この娘を馬車に放り投げたら戻って来る」

 俺の横に幾何学模様の二重円が現れ、1パッスス半2m近い背丈の、真っ白い全身鎧フルプレートに身を包んだ騎士がその中からぬうっと現れる。

 「……」

 動きを止めている内にやることをやっとかねえとな。

 俺の言葉を受けて、右手に白い斧槍ハルバード、左手に身の丈はある巨大な五角盾カイトシールドを持った、クワガタムシのような角を兜から生やしたガイの頭が上下に動くのが見えた。

 「お、おい。何にした? お前さん兎人族だろ? 何で魔法が使えんだ?」

 あ~、確か獣人族は魔法が使えねえんだったな。

 この連中なら口は堅そうだし、バレても問題ねえだろう。けど説明は後だ。

 「あ~、その説明はここが乗り切れたら話すわ、爺さん。すぐ戻る!」

 兎に角、時間がねえ。

 さっきの言葉を思い出せるくらいの知能が残ってるんなら―――。



 ガンッ!!



 と思った矢先に、激しくぶつかり合う音が背中から追って来たのさ。

 早えよ!

 チラッと後ろを見ると、ガイがシュウの剣を盾で受け止めているのが見えた。おいおい、ガイが押されてるんじゃねえのか、あれ!?

 「降ろして! わたしも戦う!」

 「わりいな嬢ちゃん。お前さんじゃ役不足だ。マギーッ、居るか!?」

 俺の膨らんだ胸の陰から、おかっぱ嬢ちゃんがそう言って来たが却下だ。ガイが押されてるんなら、下手すりゃマヂで死人が出る。

 「お呼びですか、だ、奥様」

 馬車の後ろからマギーが戻って来る。頬に血飛沫ちしぶきだろう斑点が幾つか散ってるとこを見ると、後ろでも戦闘があったって事だな。

 「このお嬢ちゃんを頼む。敵じゃねえ勇者だ」

 「この子は、迷宮の」

 覚えてはいるようだな。説明が省けるのはありがたい。

 「そういうこった、時間がねえ。後は任せた」

 「はい、承りました」

 「やっ! わたしも行く! お姉ちゃんのかたきを討つ!」

 「お前さんじゃ逆立ちしても無理だ。無駄死にするんじゃねえよ」

 わめくおかっぱ嬢ちゃんをマギーに引き渡して、打撃音が響く場所に駆け戻る。下っ腹がシクシク痛むが、死人が出ることに比べれば小せえ問題だ。

 爺さんの力量を疑う訳じゃねえが、あれだけ魔法を撃てば魔力も心許無こころもとねえだろう。

 「【骨爪こっそう】、【骨爪】、【骨硬化ほねこうか】」

 手足の爪をスキルでコーティングして、固めながら走る。

 【粉骨砕身ふんこつさいしん】は状況次第で使うことになるだろうが、現状でどれだけ通用するか押さえておくことも必要だからな。使うのはその後さ。

 「ガアアッ!!」

 けどな、そうする必要があるのかはだはだ疑問だ。

 何でかって言うとな、駆け寄る俺の目に、知性の欠片を感じさせない、ただ乱暴に剣を振り回すシュウの姿が映っているのさ。

 あいつは剣道らしきものをかじってる。前に戦った時、しっかりした太刀筋を持ってたのさ。それが今は、木の棒を振り回す様に、ガイの構える大盾へ力任せに剣を叩きつけてるだけなんだよ。



 どうなってる!?



 刃を立ててないとは言え、莫迦力ばかぢからでぶっ叩いてることには変わりはねえ。ガイの盾がぶっ壊れる前に何とかしねえと!

 「待たせた! おわっ!」

 飛び掛かろうとしたとこを、ブオンッと剣が通り過ぎて出鼻をくじかれちまった。かがみ込んで剣先をかわしたのは良いが、バランスを崩したせいで片手を付いてしまう。

 「上だっ!!」「ちぃっ!」

 上に逃げろじゃねえっ。上から来てるって事だ!

 体を投げ出すように転げた瞬間、俺の真横で地面が爆ぜた――。





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