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第4章 杜の都
第243話 えっ!? ち、ちくるですか!?
しおりを挟む「確か、話は通ってるはずだよな? この落とし前、どうつけてくれる?」
マリアの頭に左手をポンと置いて、くしゃくしゃっと頭を撫でながら、俺はできるだけ悪そうな笑顔でそう聞いてやった――。
「雪毛の兎人族……確かハクト殿ですな。聞き及んでおります。この硬貨の刻印も確かに第8王子カレヴィ殿下のものに相違ありません」
硬貨片手に、額に噴き出た汗を拭いながら確認作業を始める渋メンエルフ。俺より相当年上だろうから、小僧じゃねえよな。
「おい、おっさん」
「おっさっ!?」
「何しれっと、無かった事にしてやがるんだ? あ? こちとら第8王子の覚え目出度えんだ。おっさんが詫びの一言もねえなら、殿下にチクるぞ?」
「えっ!? ち、ちくるですか!? 何を仰っているのか分りかねますが……。その、この度は申し訳ありませんでした」
Оh……。
卑猥に聞こえたのは俺の気のせいか!?
いやいやいや! マヂか。チクるも通じねえのかよ。しかも、どさくさに紛れて頭下げやがったぞ、こいつ!?
「待てまて待てまて。何有耶無耶にしようとしてやがる!?」
「謝罪は致しました。この上、何をお望みですか?」
確かに詫びの一言っていっちまったが、そこじゃねえんだよ。
「誠意が足りねえな。今の詫びな、誠意の欠片も見えなかったぞ? サラッと、上っ面だけ頭下げてりゃ静かになるだろうって態度が見え見えの謝罪じゃ意味がねえんだよ」
これじゃあまるっきり屁理屈を捏ねるクレーマーだが、マリアが嫌な思いをした分はキッチリとやり返さねえと俺の気が済まん。
「――」
「おっさん、兎の聴力、嘗めんなよ?」
「――っ!?」
「気付かれんだろうと思って舌打ちしたんだろうが、こんな狭いとこでやるとはよ。おっさん、どうやら命が惜しくねえみたいだな?」
「な、な、何を仰ってるのか!?」
「ほう? んじゃ、一緒に殿下のとこに行って同じこと言ってもらおうか? 良いんだぜ? こちとら殿下から直々にお招きいただいた身だ。どっちの言葉に耳を貸すかねえ?」
俺の言葉を聞いた渋メンエルフの顔色が見る見る青くなり、額や頬に汗が浮き始めたよ。おうおう、対応を間違えなけりゃこんな思いをすることもなかったのにな?
「お、お、お、お許しを!」
小役人だねえ……。
ま、長いものに巻かれるのは何処の世でも同じって事か。
あんまりうだうだやるつもりはねえから、こういうのはサッとやって終わるに限る。これだけ脅せばすぐ餌に飛び付くだろうさ。
「ま、俺たちも騒ぎを大きくしたい訳じゃねえ。おっさんの誠意一つでどうにでもなる。だろ?」
そう言いながらチラッとマギーに視線を合わせると、目礼してくれた。
「ど、どうすれば宜しいでしょうか!?」
懐から取り出した布で汗を拭く渋メンエルフの問い掛けに、俺は軽く握った右拳を顔の前に上げる。
「選択肢は3つある」「――」「1つは、俺たちと殿下の所に行って事のあらましを説明する。2つ。ここで床に額を擦り付けて俺らに頭を下げる。3つ。前髪を真っ直ぐ切り揃える。どれにする?」
指を立てながら、1つずつ説明してやったぜ。おっさんの唾を飲み込む音が妙にでかく聞こえたよ。
最初の2つは恐怖とプライドを刺激する内容だ。それに比べれば前髪くらいで済むならと考えちまうのが、心の弱さだな。前髪は、何処で切り揃えるか言ってねえんだが、確認する余裕もねえだろう。
さて、どれを選ぶ?
予想の斜め上をいって、1か?
このおっさんに限って言えば、1と2は選ばんだろうと俺は読んでるんだが……。
「…………ま、前髪で」「マギー」「畏まりました」「お願いし――えっ!?」
予想通りの答えが返って来た瞬間に、マギーを呼ぶ。マギーの身体能力なら、あっという間だろう。実際、全部言い終える前に渋メンエルフの前にマギーが現れて、シャキンッと白い鋏で前髪を切り落としてくれたよ。
何も打ち合わせてなかったんだが、額の生え際でしっかりカットしてくれてたわ。
ああ、白い鋏な。骨粘土製なんだよ。布を切るのに既製品の鉄製鋏だと、長い時間使えねえから、俺に作ってくれとマギーに強請られたのさ。
何種類か作ってやったが、持ち手から刃の先までが1ペースもある羅紗切鋏がお気に入りでな。今もそれで、一切りで済ませちまったよ。
あ~~……今度マギーに聞いて分離型の鋏を武器にしてみたいか聞いてみるか。
分離すれば、1本ずつ立派な剣に見えなくもないよな?
「確かに、おっさんの誠意は受け取ったぜ。マリアも文句ねえな?」
後は、さっさとずらかるだけだ。
「――」
マリアにも確認をと思って、声を掛けたんだが。俺らに背を向けてプルプルと震えてるじゃねえか。ったく、何やってやがる?
「おい、マリア」
「――」
もう1回声を掛けて顔を見ようと顔を動かしたら、マリアのやつ、右手の親指と人差し指で丸を作って見せるんだよ。何やってるのかと思ったら、こいつ、渋メンエルフの前髪が無くなった顔を見て笑いの壺に嵌ったらしい。
笑い声を漏らさないように、必死で左手を使って口を押えてるのさ。
「しょうがねえな」と思って周りを見回したら、俺以外、皆背を向けて肩を振るわせてるじゃねえかよ!?
「……」
渋メンエルフが両袖机の天板に飛び散った自分の髪を摘まみながら、自分の額に手を当てよう恐る恐る動かし始めたのを見て、俺はテーブルの上に転がってる第8王子からもらった硬貨を回収した。
「つう事で、俺らはこれで通らせてもらうぜ?」
「……あ、ああ」
「ほら、許可はもらったんだ。ここにはもう用はねえ。行くぞ」
「「「「――」」」」
『綺麗に切り揃えましたね~。綺麗なお顔が台無しです!』
いや、スピカさんや。それは、傷口に塩だぜ?
まあ、青い小鳥の言葉が解るのはおれらだけだからな。他の者にはピルルルって鳴いてる声にしか聞こえねえ。
頷くだけの人形みたいになった4人の背中を押して詰所から出ると、イケメン司祭と護衛騎士が小走りにやって来たとこに出会したよ。
俺らより先に面通しは終わってたからな。
「ああ! ハクトさんたち無事でしたか。遅いのでてっきり、また何かあったのかと思いましたよ」
また、とは酷えな。俺はんなにトラブルメーカーじゃねえよ。
「悪いな。マリアの事を説明するのに手間取ったどっただけだ」
「……だったら良いのですが」
俺の答えに一拍間を置いて、ジトリと目を細めて俺たちを見るパトリック。嫁たちがまだ笑いから回復してねえのも、余計不安にさせちまった理由かもな。
こりゃあ、中の様子は教えねえ方が良い。
「おし、これで晴れて王都に入れるな。パトリック、何処か美味い店に連れて行ってくれよ。その後神殿な?」
「それは構いませんが……」
本当に何もしてないのかと勘繰るような視線を向けながら、渋々同意するパトリックの肩に手を掛けて体の向きを変えてやる。
『エルフの名物料理ですか? 楽しみです!』
「まあまあ、良いじゃねえか。何かあったとしても、大した問題じゃねえぞ? 第8王子様に呼ばれてるのを信じてもらえなかったってくらいだからよ。それも、硬貨を見せて円満解決。さ、行った行った。俺らがここで屯ってて、後か来る者の邪魔しちゃ拙いだろうが」
「……それもそうですね」
「だろ?」
「ああ、そうでした。皆さん!」
適当な理由を並べ立てて強引に納得させたんだが、さっきまでとは打って変わったような明るい表情でパトリックが俺たちに向かって両手を広げるじゃねえか。
「「「「「――!?」」」」」
急な変化に俺たちは声も出せずに、その変わり身の早さに驚く。
「エルフ王国が王都、エムルードシャヘルようこそ!」
パトリックの宣言と同時に、計ったかの様なタイミングで昼を知らせる鐘の音がカラーンと都の空を駆け抜けて行った――。
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