えっ！？ そっち！？ いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

第4章 杜の都

第263話 えっ！？ どうした！？ 熱でもあんのか！？

　
　謁見の間に戻って来たんだが……。

　濃い血と糞尿の臭いが鼻を突いた。

　「こりゃあ……」

　エルフメイドミカリアさんと最後まで付いて来た2人を待たせて謁見の間に入ったんだが、言葉が出てこなかったわ。

　「酷い」「何てことを――」「ゔぇっ――」

　後から謁見の間に足を踏み入れた3人の顔色が変わるのが見えた。ミカリアさんは口を覆って嘔吐えずくのを堪こらえてる。

　「言わんこっちゃない。ここで待ってろ」

　まあこの有様を見りゃそうなるわな。3人にそう告げてゆっくり歩く。

　「主君！」「ご主人様！」

　「来たか」

　ヒルダとマリアが王様の横で声を上げるのが見えた。王様を挟んだ反対側に片腕の気狂い王子オニトウが居る。

　と言うか、それじゃねえとこに目が留まる。

　貴族であろうエルフの御偉いさん連中が内臓をぶちまけてバタバタと倒れてんだよ。血みどろな殺人現場だぜ？　大臣どもを守ろうとしたのか、近衛騎士の連中の死体もある。

　王様おうさんは顔面蒼白そうはくだ。何処を見てるのかも分からん。

　真面まともな神経の持ち主なら卒倒しても可笑しくねえ状況だ。誰が犯人か聞かなくてもピンと来らあ。

　「こりゃまた派手に殺やりやがったな。暇潰ひまつぶしかよ？」

　「ふん。前より臭くなったな？　この女共もそうだ。忌々いまいましい」

　ちゃんと"世界樹の木霊こー"の奴が仕事してるらしい。

　「ああ、すまんね。急いで帰って来たからな。汗拭あせふくくの忘れてたぜ」

　クンクンと腕や脇の臭いを嗅いでみる。

　……ちと脇が臭くせえな。

　「吾われは主君の匂いは好きだぞ？」

　「わ、わたしも」

　「おい、色呆いろぼけ共。盛るな」

　「むっ」「なっ」

　オニトウの言葉にムッとする2人。今のはそう思われても仕方ねえな。

　「貴様らも、欲で盲めくらになった爺じじいどものようにはなりたくあるまい？」

　確定だ。

　「お巡りさんこいつです！」って日本じゃ言われてるとこだぜ？　まあそれくらいで済む訳ないんだがな。しっかし、この状況で顔色一つ変えねとは、流石戦国を生きてた武将だけはある。

　「んで？　何でこんなことになってんだ？　御偉いさんどもは、お前さんに随分と尻尾振ってただろうがよ？」

　死体と絨毯じゅうたんに広がった血の海を避けながらゆっくり進む。出来れば、死体がないとこで受け渡しできるのが良い。下手に死体を投げつけられたら堪たまったもんじゃねえ。

　「ふん。老害は国の膿うみだ。出すに限る」

　思わず、耳を疑っちまった。

　「えっ！？　どうした！？　熱でもあんのか！？」

　戦闘狂かと思いきや、政まつりごとも真面まともにできんのかよ！？

　いや、待てまて待て。土岐頼遠ときよりとうって言ったら、そもそも大昔の大名だろう？　一国一城の主なら、当然政の差配をせにゃならん。手腕はどうあれ、経験者としても強みはあるか……。

　ん～～……。

　けどよ。ここまでしちまったらどの道この国には居られねえだろ？

　「……何か言いたそうな面構つらがまえだな」

　「お前さん、元々エルフじゃねえだろ・・・・・・・・・？　国の膿を出すって柄がらか？」

　俺の言葉に顔面蒼白そうはくな王様おうさんが驚いて息子だと思ってたオニトウを凝視した。



　いや、気付けるとこ一杯あったし！



　【鑑定眼】で視みた情報だと、目の前のエルフにゃ憑依ひょういと言うか、"同化中・・・・・・"とあったからな。本人だが、本人じゃねえってことだろ？

　死んじまったが、ここで転がってる"雌鬼オグレス"も第4王妃の皮を被かぶってやがった。俺が片腕を壊した時は別の女の皮を被ってたのを暴いた記憶がある。

　人の皮を被る何かしらの方法があるんだろう。

　今はんな事より、中身はエルフじゃ無ねえのに義理も人情もねえだろ、って話さ。

　家族の真似事まねごとは、自分の母親を殺した時点で終わってるだろうからな。

　「ふん。この体を貰い受ける時・・・・・・・・に契ちぎった約定を違たがえる訳にはいかんが、この殻からとも直じきにお別れよ。その前に、貰えるモノはもらっておかんとな。翡翠ひすいの岩は持って来たのだろうな？」

　今、殻って言ったよ。

　やれやれ、俺が思ってる以上に鬼オーガって種族はおっかねえらしい。だから"鬼狩り"っていう組織が出来てるのかって妙みょうに納得しちまったね。

　「ああ、ここに置く。その2人と交換だ。ヒルダ、マリア。こっちに来い」

　【無限収納】からゴロンと岩を取り出して床に置き、それに右足を置いてから2人を呼ぶ。

　「うむ」「うん！」

　「ふん。良いだろう」

　「っく！？」「ヒルダ！？」

　王様おうさんの横を離れて俺のとこに向かって一歩踏み出したとこで、ヒルダとマリアの間にオニトウの持つ青龍戟せいりゅうげきが差し出されたじゃねえか。

　ちっ！　殺気が籠こもってない動きだったから油断したぜ。

　「おいっ！？」

　「岩1つ、人質1つ、で釣り合うだろう？　くくくっ、何、貴様がまだ同じ岩を持っていれば貴様も嫁も自由になる話だ。そうであろう？」

　ここで駆け引きとは抜かった。

　平和呆へいわぼけが抜けてねえ証拠だ。

　「マリア、早く来い」

　「う、うん」

　下手に動揺しちまったら持ってますって言ってる様なもんだぜ。先ずはマリアの安全を確保できた事を喜ぶ。それからだ。

　「マリア！」「ご主人様！」

　胸に飛び込んで来るマリアを受け止めて抱き締しめる。

　「謁見の間の入り口近くにイケメン司教パトリックと護衛騎士リサが居たの見えたな？　直ぐにあそこまで走れるか？」

　「うん。でもヒルダは――」

　「ヒルダのことは任せとけ。ほら、いけ」

　岩の前で抱き合って、小声で耳打ちする。ヒルダのことを心配してくれるのはありがたいが、マリアが居たんじゃ何もできん。入り口の3人に任せて俺は俺のやることをする。

　俺の体から滑すべるようにするりと離れていくマリアの背中を隠すように立ち位置を変えながら、翡翠の岩をゴロンとオニトウの方へ蹴り転がす。

　踏み込みを邪魔する意味もある。

　さてと、問題はこっからだぜ。

　もう1個翡翠の岩はある。南方正教会の地下墓地の骨を片付けてた時に出て来た奴だ。渡すのも吝やぶさかじゃねえだが、何か渡しちゃいけねえ気が済んのよ。

　精神汚染がどうとかって、"世界樹の木霊こー"の奴も言ってやがったからな。

　「確かに貰い受けた」

　ヒルダの喉元のどもとに青龍戟の三日月刃月牙を当てたまま岩に近づき、同じ様に空間へ収納するのを見ながら、俺は槍の間合いに入って立ち止まった。

　まだオニトウまで2パッスス3ｍ近くある。



　さてどうしたもんかね？



　オニトウの種族が持つ腕力はここで死んでる"雌鬼オグレス"の時に経験済みだ。けど、ここで転がってる連中を殺した分も含めて地力じりきは上がってるもんと思った方が良い。

　槍だけでも、俺が近づくまでにヒルダの細首ほそくびへ槍を突き立てるくらいはできる。寧むしろ、月牙を引きさえすれば喉元がパックリ割れるんだから質たちが悪い。

　いや、ここは青龍戟を褒ほめるとこか？

　人をどう殺すか良く考えてある武器だぜ。全く……。

　「マリアは返してもらった。ヒルダ嫁を返してもらおうか」

　一歩近づく。

　「おっと、それ以上は踏む込むなよ？　近づけば嫁の喉がパックリと割れるぞ？」

　「ちっ」

　2ペース30ｃｍくらいしか近づけねか。

　槍を握り直さねえといけねえくらい、ゆっくり瞬まばたきするくらいの時間がありゃ何とかなりそうなんだが、【骸骨騎士ガイ】を喚よんだところでその隙は作れそうにねえ。

　奴は戦場での命のやり取りがどういうもんか肌で知ってるから、そう簡単に隙を見せるはずがねえだろう。

　片腕でも油断ならねえというのが困った話だぜ。

　「むっ！？」「お、おいっ！？」

　俺とオニトウがほぼ同時に声を上げる。

　ヒルダが何を思ったのか、青龍戟の三日月刃月牙を右手の人差し指と親指で摘つまんだんだよ。ああ、そうさ、掴つかんだんじゃねえ。

　残りの3本の指を立てたまま、紙でも摘まむようにな。

　「何のつもりだ？」

　「おい、ヒルダ、指が切れちまったらど――」

　「ふふふふっ」

　オニトウはヒルダの行動の意味が解わからんようだが、俺は気が付いた。ヒルダの雰囲気が変わったのさ。つまり、ヒルダからアドヴェルーザアルに体の主導権が移ったってこった。

　実際、目つきが変わるんだよな。声も少しトーンが上がる。

　アルの方がちとキツメだが、美人だから気にはならん。気にせにゃならんとこは、表に出る人格が変わった事に気付いて、名前を間違えずに呼ぶことだ。

　「動かせん、だと！？　何者だ！？」

　「何者だと？　おぬしが自分で言ったではないか、ハクトの嫁だと」

　「……」

　俺は機を待つことにした。

　アルが表に出れる時間は長くない。アルが言うには、ヒルダの体で力を使い過ぎると、ヒルダが消えちまうらしい。

　オニトウの片腕の力で槍が曳ひけんってどんだけだよ！？

　早いとこ器を作ってやらにゃいかんな。

　「……」

　おいおいおい。摘まんでる青龍戟の三日月刃月牙が真っ赤になって来てるじゃねえかよ！？　どんだけ熱してんの！？

　「っつう！？」

　やっぱり、青龍戟は全部金属製か。そりゃ嘸さぞかし熱伝導が良いことだろうよ！　アルが作ってくれた隙を突いて一気に踏み込む！

　「シッ！！」

　肉の焼ける臭いが謁見の間に充満してる他の臭いと混ざって鼻を突く。

　「ちぃっ！？　小賢こざかしい真似まねを！？」

　槍を離そうと思ったんだろうが、槍の柄に掌が焼け付いちまったせいで一拍いっぱく遅れたのが判わかった。

　強引に残った左腕を槍に当てながら体全体を捻ひねり、槍で薙ないでくる。

　流石に全体重を当てられちゃ摘まむだけの刃は外れちまうわな。

　「お前が間抜まぬけだった事を棚に上げんな！　アル！　マリアのとこに行っとけ！」

　横薙ぎをクラウチングスタートみたいな姿勢で潜くぐり抜けながら、アルに声を掛けると、アルが居たとこにボウッと炎の壁が熱風と一緒に噴き上がった――。