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第4章 杜の都
第264話 えっ!? 大真面目に思ってのんかよ!?
しおりを挟む横薙ぎをクラウチングスタートみたいな姿勢で潜り抜けながら、アルに声を掛けると、アルが居たとこにボウッと炎の壁が熱風と一緒に噴き上がった――。
熱気が頬を撫でるが、俺に焦りはない。
間近で見たから壁に見えたんだが、冷静に見ればヒルダやアルがいつも使ってる【火の柱】の魔法だろう。【炎の壁】ならこれの3倍くらい幅広いはずだ。
つまり、アルが逃げを打つのに目眩ましで【火魔法】を使ったってこった。火もすぐ消える。
それは良い。
青龍戟を掻い潜って自分の間合いに詰めた俺は迷わず、横薙ぎの回転を利用して放たれた気狂い王子の後ろ蹴りに抱き着き、全身を回転させて膝を捻る。
――因幡流古式骨法術、漆喰い
捻ると、何かが鈍く潰れ筋が切れる音と感触が両掌に伝わって来た。堪らずオニトウが俺の回転に合わせて跳びながら体を捻ったがもう遅え。
先ずは、膝を壊して動きを封じる。
体の仕組みが同じなら、壊せねえものはねえよ。
「――ッ!?」
「フッ!」
痛みを堪えるためか、ギシッ歯を噛み締める音がした。膝の周りは結構神経が良いからな。痛くない訳がねえ。俺は床を転がって距離を取り、跳ね起きる。
アルの姿が、謁見の間の入り口の方へ走ってるのが見えた。心置きなく目の前に集中できるぜ。
「やってくれたな」
ゆっくり体を起こしながらオニトウが顔を歪める。
「そんなに褒めんな。照れるだろうが」
「――ッ!」
「おお、怖え怖え。睨み殺されそうだぜ」
「膝を壊されるとは、屈辱よ」
「悪いな。こちとら手乞が専門でよ。武士のように信念はねえのさ」
さっきの魔法で焦げた絨毯の臭いが流れてくる。
「屈り風情にして遣られるとはな」
「お前さんの運がなかったか、将又俺の運が強かったのか」
「ふん。言いおるわ。ぬんっ!」
槍の間合いの外で向かい合うが、オニトウの左足の角度が可笑しな方に向いている。完全に使い物にならない証拠だ。
なんて思ってたらよ、急にその左足を後ろに振りかぶって何もねえとこを蹴り上げるじゃねえか!?
「おいおいおい。んなん有りかよ……」
呆れちまったわ。
なんとまあ、奴さん空蹴りの反動で足の筋を伸ばして、関節だけ正しい位置に近い状態に戻しちまったぜ。力技も良いとこだろ!?
顔色が蒼白いとこを見れば、それなりに痛みは感じてるはずだ。
時間を置いていい理由にゃならねえよな。
「ふむ。十全ではないが、戦というのもはこうでなければな」
「戦闘狂めっ」
軽く壊れた膝の動きを確かめたオニトウが重心を落とし、右手一本で槍を持ち右半身に構えるのを見ながら、ペッと口の中に溜まった唾を吐く。
「美濃守護、土岐七郎頼遠。推して参る」
へえ。名乗りを上げるかよ。面白え。
仕切り直しだ。
「因幡流古式骨法術、ハクト。推して参る!」
「「いざっ!!」」
ボッという風切り音と共に、俺の右頬すれすれに穂先が通り抜ける。
捻転が利いた良い突きだ。青龍戟の三日月型の片刃の回転までは完全に躱しきれず、俺の体毛が宙を舞う。
槍の軌道上に居ると引き刃で首を斬られるのがオチだ。
悪いが手加減はしねえ。床を蹴り、左側に回り込む。
「脆いところを責めるは戦の定石だろ!?」
「然もあらん!」
組まれたくねえんだろう。突きを放った後、軽く一歩背中側へ跳び退ると、俺を懐へ呼び込む間を作り石突を引いて来る。
「両手で槍を使われれば梃子摺っただろうがな。悪いが片腕じゃ役不足だぜ?」
「グッアッ!?」
懐への誘いに乗るように見せかけて、直前で止まり石突を遣り過ごし、普段なら見ることのないであろう握り手の親指に手を伸ばし捻り折る。
――因幡流古式骨法術、葛折り・折枝
残った4本の指では抑えが効かず、手から零れ落ちた青龍戟がガランと音を立てて床の上で小さく弾む。
「どうした? 鬼にならねえのかよ? このままじゃジリ貧だぜ?」
「訳の分からん言葉を使うな」
俺と距離を取りながら、親指を口に銜えグギリと治すオニトウ。本当、敵ながら良い根性してやがるぜ。
そりゃそうか、と思う。奴さんは鎌倉時代の生まれだっけ? 俺らが使う言葉は意味が分からねえもんもあるか。煽ろうと思ったが、何とも締まらね話だぜ。
「……このままだと王手だぜ?」
しれっと言い直す。
「俺は強さを求めただけだ。鬼になれだと? あんな理性の欠片もない獣になどなってたまるものかよ」
「首を刎ねて、心臓を喰ってた奴がそれを言うか?」
勝手な物言いだ。
「獣の首を刎ねたからと言って特に呵責など感じぬ。貴様も生きるために野の獣を狩るであろう? 同じことだ」
「獣を狩って飯のタネにすんのは分かるが、そりゃ故事付けだろうが。じゃあ、ここで汚え糞尿を撒き散らしてる死体はどう説明する? おお?」
生きるために狩りをして食う事と、強さを求めて殺しを正当化することは違う。まあ、鬼の仲間割れはこっちとすりゃあ渡りに船なんだがな。
「長く権力の座に居座る老い耄れ共はいつの時代も害にしかならん」
「一概には言えねんじゃね? ここはお前さんや俺が居た日の本とは違うんだし」
「それよ!」
「はあ?」
さっきまであった殺伐とした気持ちが萎えて来るのが判る。
「俺は京の六条河原で今生の生を終えたはずだった。だが、今一度この世に生を受けたのだ。ならば、天下を目指さなくて何が武士か! 何が漢か!?」
吼えたよ。
「えっ!? 大真面目に思ってのんかよ!?」
耳を疑った。
「何故俺が戯れ言を口にせねばならん!? 貴様も男であれば、俺と天下を競おうと思わんのか!?」
Oh……。
病んでやがる。
「思う訳ねえだろ。呆け」
「な、に?」
そんなに目を瞠ることかよっ!?
「そこに驚くな。こっちが驚くわ。俺はんなもんに興味はねえ。嫁たちと田舎でイチャイチャウハウハやっときゃそれで良いんだよ。一緒にすんな!」
「この色呆けが。どうやら貴様とは相容れぬようだな」
「いや、そもそも出遭った時から今の今まで噛み合ったことねえだろうがよ! 今ここで気が付いたみたいに言うな! 呆け!」
苛々する気持ちを言葉に乗せる。
「もういい。貴様と言葉を交わしていると俺の耳が腐る。俺の天下取りの礎になるがいい!」
「おう。手前みてえな奴を野放しにとくと俺の将来設計が滅茶苦茶にされることが良く分かったぜ。大人しく死んどけ! 【粉骨砕身】っ!」
【骨法】を使わなかったのは、使ってもヒルダの安全が確実じゃなかったからだが、今はもう関係ねえ。これ以上自己中野郎に付き合う気もサラサラねえからな。
「矢張り奥の手があったな!」
俺が今迄の倍以上の速度で踏み込んだ瞬間、俺の目の前に首無しの"雌鬼"の死体がぬるっと現れた。
「ちぃっ!? 【骨爪】!」
読まれてたってことかよ!
恐らくだが、奴の【無限収納】の中に殺した"雌鬼"の死体を入れてたんだろう。良い具合に目隠しと盾になってやがる。
左手の爪を骨の爪に変えて、左切り上げの軌道で掬い上げる様に現れた莫迦デカイ死体を切り断ち、右手で掌底を打つべく肘を引く。
「フハハハハハッ! 今の俺では敵わぬかよ! 出直すっ!」
逃げの一手かよ!?
「巫山戯んな! 逃がすかよぉっ!!」
笑い声と血飛沫を浴びながら俺は掌底を打つ!
オニトウの鳩尾へ触れた感触と、奴が魔法を唱えるのがほぼ同時だった。
「【転移】!」「【骨盗り】!」
ずるっと右手に重みが乗るが、目の前にオニトウの姿はねえ。
見事に逃げられちまったぜ。
くそっ!
腹立たしく右手に掴んだものを持ち上げて見ると、胸骨体とそれにくっつく肋軟骨がぬるりと謁見の間に灯る光を反射した。
『――――』
ふと視線に気付き顔を向けると、化け物でも見るかのように目を見開いてガタガタと震えるエルフの王様と目が合う。
まあ、こんななりじゃ仕方ねえわな。
「ふ――っ」
やれやれ。
『ひいいいぃっ!?』
大きく息を吐きながら、手にした元息子だった奴の胸の骨を足元に投げてやると、跳び上がるように椅子の上で器用に跳ねたよ。
笑う気にもならん。
そう思いながら、嫁たちの声に応えようと振り返った瞬間、久し振りに無機質な声が頭の中に響いた――。
《【骨盗り】の熟練度が4になりました。【爪戯】の熟練度が4になりました。【武術】の熟練度が2になりました》
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