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第二章 間違いが、正解を教えてくれる。

金太真琴先生、衝撃の新作!?

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 まさかまさか、銀田に心から感謝する日がくるとは思ってもいなかった。

 あと少しで俺は高校のときから大ファンの金太真琴きんたまこと先生のサインを貰えるのだ。

 しかも、サインだけでなく、握手までできるはずだ……ヤバイ! 想像しただけで気が遠くなってくる……。

 ……き、金太、ま……真琴先生と、あ、握手だなんて……。か、神の手に触れられるってことなんだぞ……!?

 ……いやー、恥さらしながらでも生きてっと、こんな俺ですら良いこともあるんだなぁー……。

 昨日、変態のチ◯コ握りまくったのと同じ手で握手するのだけは、どーしても気が引けるけど……。

 とりあえずメンタル的にも、手ぇ、洗ってこよう……。

「あれ? みゃーちゃん、どこに行くの? 会場こっちだよ?」

「……いや、悪ぃ……ちょっとトイレで手ぇ洗ってくるわ」

「え? 汚れてたっけ?」

「ああ……悲惨なほどな」

「……えーと、うん? 分かったよ、それじゃ、僕先に行って、みゃーちゃんが来るの待ってるからね」

「ああ、後でな」


 銀田に軽く手を上げて別れると、俺は大慌てで男子トイレへと向かった。

 そのトイレの雰囲気はどこか昭和の時代を彷彿ほうふつとさせる古い作りで、床も壁もタイル貼りなのが印象的だった。なんだか中学のトイレを思い出してしまう。きっと、ビルが建てられた当時のまま、一度もリフォームされてないんだろう。店内がきらびやかな分、とにかく古さが際立つ。でも、本とは無関係な場所には1円たりとて使うつもりが無いとでもいうような分かりやすい姿勢には、逆に好感が持てた。

 ついでに用も足してしまおうと、小の便器へ向かうと、すでに先客が一人立っていて、チラッと見えた頭がロン毛だったものだから、一瞬、女性かと思ってギョッとしてしまった。

 男同士とはいえ、なんとなく気まずいので、できるだけ距離を取るため1番手前の便器で放尿していると、

「ほーん、これが銀田を夢中にさせてるチ◯チ◯かぁー」

「ッ!!?? っわあ!?」

 急に背後から声を掛けられて危うくいい歳して、おしっこを便器の外に漏らしてしまうところだった。

 ギリギリセーフである。

 その聞き覚えのありすぎる声の主を振り返ると、たろさんがニヤニヤしながら腕を組んで立っていた。

「……た、たろしゃん……」

 その、おふざけが過ぎる顔をみても、もはやブチギレるより、安心感の方が勝ってしまって、まるで怒りなんて湧いてこなかった。

「いやー、マミリン、童貞卒業おめでとう!」

「……いや、童貞っす」

「……はははっ……だろうね!」

 マジで何がしたいんだ、この男は!?

「マミリン、来てくれてありがとうね」

「……たろさんも……えっと、今日は仕事かなんかで?」

 なんて聞きながらも、たろさんは、本屋のバイト店員ではあるけれど、この書店とは全然違う系列の店で働いている。本屋同士の横の繋がりについては、よく分からないけど、たとえ仕事にしたって、所詮しょせんバイトのたろさんが、わざわざ都心まで駆り出されるとは考えにくかった。

「いんや、俺はアイツの付き添い」

「……あいつ??」

「え? だから金玉の」

「きっ……き、金玉!?」

「……え? あれ??」

「!?!?!?」

 頼むから、公共の場で下ネタワード予告なしにぶっ込まないでくれ……よりにもよって、ここ本屋やぞ……って俺も言っちゃった。

「えー? だって、ファンの間だと金玉が通称の隠語になってるよね? SNSとかでさあー、みんな使ってんじゃん?」

「……はぁ!?」

 何からなにまで、チンプンカンプンである。

「だぁーからぁー! 金太真琴先生のネットでの検索避けのための呼び名が金玉なの! 知ってるでしょー?」

 いや、知らんがな!

 つーか、そんなわけあるかいな!!

 金太真琴先生がイコール金玉だと!? んなアホな!

 金太真琴……きんたまこと……きんたま、こと……金玉こと……ハッ!?

「お? やっと理解してくれた?」

「いや……待って」

 何だよ、ナニコレ、先生のことが急に卑猥ひわいに思えてきたぞ……何なんだよ!

 っていうか、もしかして、先生って、とんでもないペンネーム付けちゃってたの……?

「なー? 我ながら、ハイセンスな名前付けてやったと思うわぁー」

「???」

「……あれ?」

「……たろさんさぁ、さっきから何言ってんの?」

「……あれれ? マミリン……もしかして、聞いてないの?」

「なにを?」

「……何をって……銀田が金玉だってことだよ」

「???」

「えっ……マジで何も聞いてない?」

「銀田の……金玉?」

「……うっわ、マミリン、マジかぁ。ちょっと、びっくしさせちゃうかなぁー」

「……は???」

 銀田の金玉なら、かなりデカかったはずだが……???

「まぁ……まぁ、とりあえずサイン会の列に並んじゃおうか! ほら、百聞は一見にしかずとも言いますし」

 たろさんらしくもない、歯切れの悪さで、俺は肩を押されながら、サイン会の列の最後尾に並んだ。

 ちょうどサイン会がスタートしたらしく、最初の一人がスタッフに案内されて、先生の元に向かっていた。先生と、ファンの列との間には、目隠しのための仕切りのパネル板があって、ここからじゃもちろん、先生の姿は拝めない。

 ラノベ界にセンセーショナルにデビューを果たした9年前から今日に至るまで、先生は一度も顔を公開したことが無かった。サイン会だって、俺の調べた限り、今回が初めてのはずだ。先生が、時を経て出した新作の内容が、デビュー作の続編なのか、はたまた全く別作品なのかどうかも、分からないけど、デビュー以来のファンの俺でさえ、今日のサイン会の情報を見逃してしまっていたほどに、このサイン会は激レアイベントなのは間違いない。

 一人、また一人と、列の先頭が徐々に俺の番に近づいてくると、期待と緊張で、たろさんが後ろにいることも忘れて、気分はまるで恋する乙女のようだった。


 ついに自分の前に並ぶファンが、残すところあと2人となったときに、スタッフの方に、サインを貰うための新作の本を手渡された。

 9年ぶりに手にする新作の重みを、直に味わおうとした瞬間、

「あへ?」

 俺は、自分でもビックリするほど変な声を出してしまった。

「朝から晩まで僕のニャンことズッ婚バッ婚」

 これは、頭がバグってしまって、自分の脳内だと言語として認識できなかったけど、イメージ映像としてとらえられた新作のタイトルである。

「?!?!?!?!?!」

 俺は、やっとの思いで、著者の名前を確認するのが精一杯だった。

 そこには、間違いなく、9年越しの愛すべき推し作家の名前が印字されている。

 いや、そこは間違いであれよ。

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