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小学生編
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「……え?」
聞き返した私に、祖父はご丁寧にもう一度同じ言葉を繰り返してくれた。
……どうやら、聞き間違いでも、私の耳がおかしくなったわけでもないらしい。
焦っている私を何故か喜んでいると勘違いしている祖父は、満足げに頷いた。
「これでお前も少しは落ち着きがでるだろう」
その言いようだとまるで普段落ち着きがないみたいだ。全くもって遺憾である。遺憾であるが、それどころではない。
「……とても有難いお話なのですが、私には荷が勝ちすぎるかと」
「…………儂の決定に不満でもあるのか?」
ありだよ。大ありだよ!どうして長女である姉には婚約者がいないのに、次女である私に話が回ってくるのかが全くもって謎すぎる。淳お兄様が好きという条件は、原作と同じはず。しかし、原作での道脇楓は淳お兄様の婚約者にはならなかった。この違いは、一体どこから来てるんだ……?
前川か。前川に知られたことが原因なのか……?
抗議をしてみたものの道脇家の家訓その一は絶対である。一睨みで完封された。
「お前が不安がるのもわかるが。……安心しろ、そう思って準備はもう整えてある」
そう言って、祖父から手渡された紙に並ぶのは、中国語、スペイン語、日本舞踊、生け花……などなど数々の習い事だった。
わぁ確かに、これだけの習い事を極めれば淳お兄様の隣に立っても恥ずかしくない女性になれそうですね、安心……安心できるか!
新たにこれだけの習い事をせよ、と……?
無理無理。絶対ムリ。
今まで次女だから、という理由で礼儀作法などもある程度適当に済まされてきた私に、こんな大量の習い事耐えられるわけがない。間違いなく、脳が容量を超えて使い物にならなくなる。
ぶんぶんと横に大きく首を振った私のことが目に入っていないのか、祖父は満足そうに頷いた後、指を鳴らした。
即座に私は、お手伝いさんに半ば引きずられるようにして、祖父の部屋から退出し、車に乗せられることとなった。車で向かうのはそう、新たな習い事である。
今日すべき習い事をすべて終えた時には、もう夜中になっていた。体の節々が痛い。
それにしても。淳お兄様と姉は結ばれる運命にある。しかし、そんな姉が淳お兄様の婚約者になるのではなく、悪役たる私が婚約者になったのだ。当然私は、二人が結ばれる際にこれ以上にない障害となるだろう。……もしかして、いや、もしかしなくても、これって、原作より悪役ルート突っ走っている!
――一体どうしてこうなったんだ……。
■ □ ■
「…………はぁ」
私は大きなため息をついた。
連日の習い事のせいで私の疲労度はピークを迎えている。もう一度漏れそうになったため息を飲み込んで、首を降った。今日はそれどころではない
今日は、私と淳お兄様との婚約披露パーティである。
料理一つとっても大変気合が入っており、これが他人事だったなら、真っ先に料理に齧り付いているだろう。そう、他人事だったなら。
「あははは……」
だいぶ愛想笑いも疲れてきた。お祝いの言葉ならまだいいのだが、ご令嬢方の嫉妬の視線が本当に痛い。わかるよ。姉や妹ならともかく、何の変哲もない平凡を絵に描いたような面白みもない私が、次期道脇家当主である淳お兄様の婚約者に収まったのだ。いずれ、運命の恋によって破断になるとしても、そのようなことはご令嬢方の知ったことではないだろう。
まぁまだましなのは、人に取り囲まれているおかげで淳お兄様と会話をせずに済むことだ。淳お兄様に私が淳お兄様を好きなことが伝わっているかもしれないと思うと、どのような顔をすればいいかわからないのだ。それに、私が淳お兄様にどうやって、私は敵にならないことをアピールすればいいのか、考えがまとまっていない。
私は、淳お兄様に好きな人ができたときは全力で応援します……? だめだな、これだと好きなことと矛盾するし、何よりいつか破棄されるとしても、婚約者として上手くやっていく気がないみたいで不誠実な気がする。淳お兄様のご意思を全力で支えます……? だめだ、これだと婚約を破棄しづらい。
私が愛想笑いをしながら考えを巡らせていると、人込みをかき分けて見知った顔が近づいてきた。前川だ。前川は、私の顔を見るなり、
「初恋成就おめでとう」
と言ってきた。これは嫌味ではなく、心からの祝福なのだろう。前川にしてみれば、いいことをしたどころか感謝をしてしかるべきことだ。だって、おそらく前川のおかげで私は淳お兄様の婚約者の座におさまったのだから。
しかしながら、私としては、掴みかかってお前のせいで死亡フラグが立ったんだぞ! と口度止めを忘れていた自分を横に置いて、八つ当たりをしたいぐらいである。
「……ありがとうございます」
なんとか理性で持ちこたえた自分を褒めたい。
しばらく、明後日行われる運動会についてなどで話に花を咲かせたが、ふと前川は視線を淳お兄様の周りにできている人だかりに向けて、舌打ちをした。
「……あいつが来ている」
前川に話を聞くと、どうやらこのパーティには一樹様の婚約者の方も参加されているらしい。
そういえば、一樹様の婚約者は、少々病弱な方らしい。名前は聞いたことがあるような気がするのだが、顔が思い浮かばない。どうやら、今までは病弱が理由で滅多にパーティに参加されなかったようだ。前川からの偏った情報でそれとなく知っているものの、一体、どのような方なのだろう……?
そう思って、前川の視線の先に目を向けた。
その瞬間、驚きで思わず息が止まりそうになる。
――艶やかな黒髪も、穏やかな瞳も、いつも弧を描いていた薄く色付いた唇も。
見間違えでも、夢でもない。貴方は、
「姉さん……」
聞き返した私に、祖父はご丁寧にもう一度同じ言葉を繰り返してくれた。
……どうやら、聞き間違いでも、私の耳がおかしくなったわけでもないらしい。
焦っている私を何故か喜んでいると勘違いしている祖父は、満足げに頷いた。
「これでお前も少しは落ち着きがでるだろう」
その言いようだとまるで普段落ち着きがないみたいだ。全くもって遺憾である。遺憾であるが、それどころではない。
「……とても有難いお話なのですが、私には荷が勝ちすぎるかと」
「…………儂の決定に不満でもあるのか?」
ありだよ。大ありだよ!どうして長女である姉には婚約者がいないのに、次女である私に話が回ってくるのかが全くもって謎すぎる。淳お兄様が好きという条件は、原作と同じはず。しかし、原作での道脇楓は淳お兄様の婚約者にはならなかった。この違いは、一体どこから来てるんだ……?
前川か。前川に知られたことが原因なのか……?
抗議をしてみたものの道脇家の家訓その一は絶対である。一睨みで完封された。
「お前が不安がるのもわかるが。……安心しろ、そう思って準備はもう整えてある」
そう言って、祖父から手渡された紙に並ぶのは、中国語、スペイン語、日本舞踊、生け花……などなど数々の習い事だった。
わぁ確かに、これだけの習い事を極めれば淳お兄様の隣に立っても恥ずかしくない女性になれそうですね、安心……安心できるか!
新たにこれだけの習い事をせよ、と……?
無理無理。絶対ムリ。
今まで次女だから、という理由で礼儀作法などもある程度適当に済まされてきた私に、こんな大量の習い事耐えられるわけがない。間違いなく、脳が容量を超えて使い物にならなくなる。
ぶんぶんと横に大きく首を振った私のことが目に入っていないのか、祖父は満足そうに頷いた後、指を鳴らした。
即座に私は、お手伝いさんに半ば引きずられるようにして、祖父の部屋から退出し、車に乗せられることとなった。車で向かうのはそう、新たな習い事である。
今日すべき習い事をすべて終えた時には、もう夜中になっていた。体の節々が痛い。
それにしても。淳お兄様と姉は結ばれる運命にある。しかし、そんな姉が淳お兄様の婚約者になるのではなく、悪役たる私が婚約者になったのだ。当然私は、二人が結ばれる際にこれ以上にない障害となるだろう。……もしかして、いや、もしかしなくても、これって、原作より悪役ルート突っ走っている!
――一体どうしてこうなったんだ……。
■ □ ■
「…………はぁ」
私は大きなため息をついた。
連日の習い事のせいで私の疲労度はピークを迎えている。もう一度漏れそうになったため息を飲み込んで、首を降った。今日はそれどころではない
今日は、私と淳お兄様との婚約披露パーティである。
料理一つとっても大変気合が入っており、これが他人事だったなら、真っ先に料理に齧り付いているだろう。そう、他人事だったなら。
「あははは……」
だいぶ愛想笑いも疲れてきた。お祝いの言葉ならまだいいのだが、ご令嬢方の嫉妬の視線が本当に痛い。わかるよ。姉や妹ならともかく、何の変哲もない平凡を絵に描いたような面白みもない私が、次期道脇家当主である淳お兄様の婚約者に収まったのだ。いずれ、運命の恋によって破断になるとしても、そのようなことはご令嬢方の知ったことではないだろう。
まぁまだましなのは、人に取り囲まれているおかげで淳お兄様と会話をせずに済むことだ。淳お兄様に私が淳お兄様を好きなことが伝わっているかもしれないと思うと、どのような顔をすればいいかわからないのだ。それに、私が淳お兄様にどうやって、私は敵にならないことをアピールすればいいのか、考えがまとまっていない。
私は、淳お兄様に好きな人ができたときは全力で応援します……? だめだな、これだと好きなことと矛盾するし、何よりいつか破棄されるとしても、婚約者として上手くやっていく気がないみたいで不誠実な気がする。淳お兄様のご意思を全力で支えます……? だめだ、これだと婚約を破棄しづらい。
私が愛想笑いをしながら考えを巡らせていると、人込みをかき分けて見知った顔が近づいてきた。前川だ。前川は、私の顔を見るなり、
「初恋成就おめでとう」
と言ってきた。これは嫌味ではなく、心からの祝福なのだろう。前川にしてみれば、いいことをしたどころか感謝をしてしかるべきことだ。だって、おそらく前川のおかげで私は淳お兄様の婚約者の座におさまったのだから。
しかしながら、私としては、掴みかかってお前のせいで死亡フラグが立ったんだぞ! と口度止めを忘れていた自分を横に置いて、八つ当たりをしたいぐらいである。
「……ありがとうございます」
なんとか理性で持ちこたえた自分を褒めたい。
しばらく、明後日行われる運動会についてなどで話に花を咲かせたが、ふと前川は視線を淳お兄様の周りにできている人だかりに向けて、舌打ちをした。
「……あいつが来ている」
前川に話を聞くと、どうやらこのパーティには一樹様の婚約者の方も参加されているらしい。
そういえば、一樹様の婚約者は、少々病弱な方らしい。名前は聞いたことがあるような気がするのだが、顔が思い浮かばない。どうやら、今までは病弱が理由で滅多にパーティに参加されなかったようだ。前川からの偏った情報でそれとなく知っているものの、一体、どのような方なのだろう……?
そう思って、前川の視線の先に目を向けた。
その瞬間、驚きで思わず息が止まりそうになる。
――艶やかな黒髪も、穏やかな瞳も、いつも弧を描いていた薄く色付いた唇も。
見間違えでも、夢でもない。貴方は、
「姉さん……」
応援ありがとうございます!
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