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終章

78・ハッピーウェディング(1)

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 白いヴェールは、名前と同じ花の模様を織ったレース。ドレスとヘッドドレスにも同じモチーフ、指輪にも同じ意匠をあしらってある。
「あー、緊張してきた。吐きそう…」
 昨日の夜から何も食べられず、お腹が空いているのかいないのか、感覚もなくなっていた。
「お茶はいかがですか。」
「式中にお手洗いに行きたくなったら困るから、今はやめておくわ。」
 メイド達がジャスミンの髪を結い、化粧を施す。ベージュブロンドの髪は、香油でしっとりと艶めいていた。
「お美しいですわ、ジャスミン様。」
「ありがとう…なんだか夢みたいね。この世界は長い夢で、起きたら元の世界のベッドの中だったってことになっても驚かないわ。」
「大丈夫ですよ、現実です。」
 小春日和の穏やかな午後。
 もうすぐ、結婚式が始まる。
「ああ、やっぱり吐きそう。顔色、悪く見えない?」
「そうですね…頬紅を多めに乗せておきましょうか。」
「お願い。」
 ジャスミンは目を閉じ、プロフェッショナルなメイド達に身を任せた。


 王宮内の教会で、鐘が鳴り響いた。
舞踏会でも使われる大広間は開かれ、広大な庭の花々は咲き乱れている。
 正装をした新郎アレクは、目の前にいる花嫁のジャスミンを熱い眼差しで見つめていた。
 風でさらりと揺れたヴェールを両手で持ち上げ、そっと口付けると、庭中から大歓声が上がる。一際大きい声は、騎士団に違いない。
 視線を合わせた二人は、クスッと笑って手を繋いだ。
 スズランとジャスミンの花の真っ白なブーケを、花嫁が青い空高く放り投げる。
「きれいね…」
「うん、すごく。」
 花束を誰が受け取ったのかは分からないが、よく飛んだのは間違いない。離れた場所で歓声が上がった。
 もう一度口付けをして、ジャスミンは眼下の光景を心に焼き付けた。
「ジャズ、まだ緊張してる?」
「うーん…今はウェディングハイかな。逆に高揚してて、高揚しすぎてまだ気持ち悪いわ。」
「せっかくの日だから、無理しないでね。面倒なことは任せて、ゆっくり座ってて。もうすぐ食事会が始まるし、食べられそうなものだけ食べてよ。リバーサイド家の料理長が、腕を振るってくれたんでしょう。」
「そうなの!料理長がすっごく頑張ってくれたの。ケーキなんて可愛くて食べるのがもったいないんだから!」
 少し元気になったジャスミンは、アレクと一緒に人々へお辞儀をし退場した。


 大広間では、貴族の集まり、騎士達の群れ、友人知人達が、様々に入り混じり愉快に踊り歌い、飲み食いしていた。
「まさか、秘匿の花と電撃結婚するとはなあ。」
「さすが俺たちの隊長っす!」
「俺はずっと前から知ってたけどね。」
 自慢気なオスマンが、ワインを一口転がした。
「お前も、舞踏会で可愛いって噂のレディを捕まえてから、全然女遊びしてねえけど、次の番か。」
 30代子持ち隊員の言葉に、眉を寄せる。
「先輩、そういう繊細なことに口出すのやめてもらえます?」
「おっと、もしかして振られそうなのか。」
「俺とリアは愛し合ってます!タイミング計ってるんだから、放っておいてくださいよ。」
「こいつ、躊躇してんな。」
「なんだかんだで臆病だからな。」
「うるさいですよ!」
「えー、オスマン先輩、そういうのって勢いですよ。俺も、この前婚約したんですけど、デート前の玄関先でしたからね。」
「…まじか。」
 自分より進んでいる後輩に、オスマンはそこそこ落ち込んだ。

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