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第三話

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 挨拶『こんにちは』と『ありがとう』を手に入れた私は、その二つをひたすら言いまくった。

 朝起きて、同じ部屋に居る人に『こんにちは』中庭の横にある渡り廊下を通り過ぎる人にも『こんにちは』。
 食堂で食事を渡してくれる人には『ありがとう』。

 驚いたことに、たったそれだけで、周りに居る人たちの表情や態度が変わった。

 前まで、隣の寝床に帰るなりすぐ寝てしまっていた、たまに兎の耳を生やしているキャラメル色ふわふわボブの女性が、自己紹介の仕方を教えてくれたり。

 薄桃色のポニーテールの、パッチリしたつり瞳に、艶やかな唇を持つ、髪と同じ色の翼を背負った豊満な胸と細い腰のスタイル抜群美女天使が、大浴場で使う石鹸と、髪を洗う粉と、顔に塗る美容液を分けてくれたり。   

 彼女は 『こんにゃちわー』 と挨拶した私と目が合うなり、腰を折って私のやや頭上を指差し 『おぬしっ嵐の中でも通ったのかっぷっふぐ!あっはっはっはっはっは!』 と突然笑いだした。
 石鹸類を貰ってから気付いたが、お湯のみで洗っていた私の髪がゴワゴワになりすぎて爆発していたらしい。

 少し前、教室に入るだけでコソコソ噂話をされ、影でクスクス笑われていたときはあんなに気持ちが沈んでいたというのに。彼女に笑われても嫌な気分になったりはしなかった。

 きっと言葉がわからないからだ。笑顔はいい。言ってることはわからなくても怖くならないからすごくいい。

 彼女がくれた石鹸や美容液のおかげで、今の私は地球に居た時より肌艶や髪質が良くなったし、このことがきっかけで、寂しくて生臭いだけだった中庭に、彼女の子供と思われる、南国の鳥のような色どりのおかっぱ頭をした幼稚園生ぐらいの男の子が遊びに来るようになった。

 どうやら美女天使の用事が済むのを待っている間、暇を持て余しているらしい。

 私は、その子が来ると作業を中断して、ボールを転がしたり、鬼ごっこをしたり、意志疎通を図るのがジェスチャーゲームのようで楽しくて、お互いまったく通じないままでも笑い転げた。

 男の子の名前はハミグで。美女天使の名前はフラミアだと、会って何度目かに拙い自己紹介をしたら教えてくれた。

 とまあ、大抵の人が挨拶したら返してくれたが、そうじゃない人ももちろんいた。

 しょうがない。それぞれ事情もあるし。完璧に無視する人は、次に見かけたとき頭を下げる程度にすればいい。けれど。

 無視……ではなく、いつも無表情でこっちを見るくせに挨拶してくれない人がいて……。

 私には思い当たる節があった。
 初めてその人――彼を見た日というのが、中庭から外へつながる裏門が開いたのを初めて見た日で、開けて入って来たのが彼だったのだ。

 あのとき私は、チラっと見えた外の景色に驚きすぎて、入って来た彼の横を勢いよく走り抜けて門の外を見て小さく叫び昏倒した。

さぞかし変な女だと思ったことだろう。

 目が覚めてしばらくしてから彼のことを思い出し、もう中庭に来ませんようにと願ったが……。

 私にとってヘブンズゲートなその門はそもそも翼を持つ者にしか使用できず。
 頭から耳が生えてる人や鱗がある人はよく見るが、翼の人は今のところフラミアさんと、彼しか見かけていないし、フラミアさんは渡り廊下からしか来ないので、彼専用の門ということもありえた。

 彼の翼は、骨と皮と鱗で出来た、おとぎ話に出てくる黒い龍のようだから、柔らかそうな羽のフラミアさんとは少し違うけれど……二人共目を惹く容姿をしているところは同じだ。種族の特徴とかなのだろうか。

 彼は、緩く重力に逆らう獅子の鬣のような黒髪をしていて、後ろに流した前髪の左側少しが、自然な感じで降りている。一重瞼の切れ長な目は、赤い色なのに涼やかで、すっと通った高い鼻と凛々しい眉が精悍な、私の語彙力では説明しきれないイケメンだった。

 空風コトリを連れて行った美しい青年が王子様なら、彼は戦士という感じだろうか。腰に剣のようなものも差しているし。背も高く、体格もしっかりしている。

 見た目だけで判断してあれなのだが、確実にリア充な彼が、ちょっとへんな女のことなんて覚えているはずがない……こともなく、顔を合わせるたびに訝し気な顔をするものだから。
 私は、奇しくも空風コトリの彼氏奪い事件を弁解しなかったがために噂が広まった教訓から、彼に対してだけは、何度無視されても挨拶しつづけることにした。

 私。怪しい人物じゃありません。ここで働いているだけですよ。と笑顔で

『こんにちは~』

 と言い続けた。

 しかし

 彼はまだ返事をしてくれない。

 返事はしないが、こっちは見るし、私が嫌だから別の場所から入ろうとかそういうのはないらしく、変わらず裏門から入って仲庭を横切っていく。

 ペラペラうわさ話をするタイプには見えないが、心配だ。唯一言葉が通じる空風コトリがフォローしてくれることはないだろうし。

 あんなことがあったとはいえ知らない場所へほおりだされた同士だ……と思える要素は未だ生まれていない。

「ちょっその恰好どうしたの?」

 空色に黄色い花模様の着物と裾にレースがあしらわれた濃紺のスカートだったり、薄桃色のフワフワした生地のワンピースっぽいのを着た彼女が、真っ白なフワフワ巻き毛ショートの美少女と……違った。美少女に見える美少年の護衛を連れて、ときどき私のところへ来ることがあるにはあるが……なんというか、彼女は彼女でしかなかった。

「なんか生臭いんだけど。なんでこんなことしてるの?私、王子に頼んであげようか?」

 王子!?

 という単語に衝撃を受けたとしても、私はもう、空風コトリにまともな対応はしないと決めていた。いや。対応を諦めたと言った方が正しいかもしれない。
 ここへ来て最初の方は、言葉が通じるのは彼女しかいないし心細いしで、なんとか帰る方法がないか聞いて欲しいと頼んだりしたが。

 幾度頼んでも 今私が帰るわけにはいかないって とか 彼も私も使命があって忙しいの とか そんなことを返してくるばかり。

 この世界の基本情報を教えて欲しいと言ったら わかんな~い ときたもんだ。
 そんなに気が短いわけでもない私だって、ここまで切羽詰まってればいい加減ブチ切れるというものだ。

「私が何もわからずオタオタしてるのが面白いらしいけど。私ここでちゃんと働いてるからね。忙しいの。そんなに私と話がしたいなら、帰る方法持ってこいってんだ!」

 怒鳴ってみたらなぜか語尾がべらんめえ口調になった。 
 しかも空風コトリを守るように立ちはだかった美少女美少年が

『コトリ様に無礼な口を聞くな。斬るぞ』

 瞬きするたび音がしそうな睫にふちどられた大きな瞳で、私を思いっきり睨みつけ、今にも斬りつけんばかりの様相で剣の柄を掴んだ。

 私は、思わず一歩後ずさった。だって……刃物怖いし。
 これでは弱い者にしかつっかかれないようでかっこ悪い……まあ……でも……校門の前で空風コトリに物申したときだって、彼女の味方が周りに居なかったから……かもしれないし……私って一体。

 なんだか自己嫌悪でシュンとした私は

「じゃあ今度、フクちゃんの聞きたい事わかりそうな人連れて来てあげるから」

 つい。空風コトリの言葉に反応してしまった。

「えっ本当に?」

 ここからバタフライエフェクト……は違うか。とにかくまたも怒涛の展開が起きた。
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