ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

城が城らしく

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「美味しかったですね」
「ああ、さすがに王都で雇われていただけあるな」

 ラーエルとアグネスの二人が嬉しそうにしている。彼女たちは厨房の責任者だ。俺は台所と呼ぶこともあるが、彼女たちは厨房と呼んでいる。

 ラーエルを料理長、アグネスを副料理長としているが、待遇に差は付けていない。いざというときのために、どちらが代表かを決めているだけだ。二人の下には台所女中の三人を料理人補佐という仕事に変えて付けている。

 台所女中は料理人の指示で下ごしらえをするのが一番の仕事だ。包丁やまな板を用意したり、食材を取り出したり、食器を洗ったりする。また、使用人たちの食事を作ることも多い。だから料理人補佐という名前に変えた。

「私はあなたの作った料理も美味しいと思うけど?」
「男の料理って感じですねっ」
「あれは別に自慢できるようなものではないだろう」

 俺は熊肉で煮込みグラーシュを作ったりしたが、エルザやアルマと比べれば格段に落ちる。美味くも不味くもないという程度だ。すでにカレンにも抜かれているような気がする。

「食材に関しては、まだ山の向こうからは来ないから、少しずつ集めることになる。王都などで買ってくるものも含めて、とりあえず今あるもので何とかしてほしい」
「調味料も香辛料も十分に用意していただいていますので大丈夫です。もし足りなかったとしてもそこをどうにかするのが腕の見せどころです」
「そう言えば、旦那様の好みを伺っていなかったのですが、問題はありませんでしたか?」
「俺は好き嫌いはない。味は満足だった。みんなはどうだ?」
「私は大丈夫よ」
「私も好き嫌いはありません」
「美味しかったですっ。何でも大丈夫ですっ」

 肉、野菜、穀物、それに果物、ナッツ、山菜、茸などはいくらでも採れる。だがバターやチーズなどの加工食品は、今のところ外で購入するしかない。使用人たちにもきちんとした食事を取るように言っているから、毎日それなりに量が必要だ。それに商店の方にもある程度は並べるようにしている。これまで通ったことのある町に立ち寄って購入することもあるが、毎度毎度大量に買うわけにもいかないからな。いずれはそういったものも領内で作れればいいんだが。

 俺は別に吝嗇家りんしょくかというわけではないが、今のところこの領地には金を稼ぐ手段がない。この盆地の中で採れるものを食べていれば飢え死にすることはないが、それだけでは銅貨一枚も増えない。いずれは金を稼ぐ手段を用意しなければならない。



 掃除の方もある程度は目処が立った。掃除を担当する女中としては、一般女中、つまり一通りの掃除などをする女中が一〇人。それ以外に洗濯女中が二人、皿洗い女中が三人いたが、全員一般女中にし、合わせて一五人で仕事を上手く回すようにと言ってある。

 最初は一般女中が一〇人も来るのかと思ったが、いざ来てもらうとそれだけでも足りないことが分かった。正直なところ、一五人でも少し心許ないが、しばらくは上手く分担してやってもらうしかないだろう。大変そうならもう少し増やしてもいいかもしれない。

 洗濯女中は使用人の服も含めて全員分の衣類の洗濯をする。貴族によっては、家族の服を洗う女中と使用人の服を洗う女中を分けることもあるらしい。うちの場合にそれをすると四人分と四〇人分になるから、嫌がらせにしか思えないだろう。

 皿洗い女中は女中の見習いのようなもので、行儀見習いも兼ねることが多い。皿洗い女中と呼ばれるが、いきなり皿を洗うことはない。高価な食器が多いからだ。もし割りでもしたら給料が吹き飛ぶくらいでは済まないことがある。では何を洗うかというと、台所で使われている調理道具から始める。普通にしていれば包丁やまな板を割ることはまずありえないからだ。それから床を掃除したりして仕事に慣れてきたら食器を洗うことにある。そうして台所女中の部下のようになる。

 このように本来は仕事内容で細かく分かれている女中だが、この城では台所女中は料理人補佐という名前にし、他の女中はすべて一般女中という扱いにして、どんな掃除でもしてもらうことになった。

「旦那様~、これだけいい天気だとシーツもすぐに乾きますね~。これから向こうで一戦いかがですか~?」
「……話の繋がりが分からないが」
「それでしたら、今から繋がりませんか~?」
「……」

 一五人もいれば、こういう困った女中も出てくる。言わなくても分かるだろうが、カリンナとコリンナという双子の姉妹だ。とりあえず下ネタが多い。元からこうだったのか、それとも前の主人が下ネタ好きで影響されたのか。今のところは真面目に働いているようだ。首にするほど人数に余裕はないからな。



「行ってらっしゃいませ」

 アントンに見送られて城の外に出る。本来なら従僕のアントンが同行するものだが、貴族として動くことがほとんどないので、今のところは俺が城の中で仕事ときの手伝いか、ヨアヒムの補佐くらいだ。

 年が明けてハンスが戻ってくれば、ハンスが領地と男性使用人の管理をし、ヨアヒムが城の中の管理をし、それをアントンが補佐する。普通なら俺が外出する際にはアントンが同行するはずだが、俺はカレンの[転移]で移動することが多いだろうから、アントンには基本的に城にいてもらうことになるだろうな。それなら従僕ではなく、もっと別の仕事を割り振った方がいいだろうか。



 しかし、ようやく城が城らしくなった。これまでは四人しかいなかったので、俺たちがいること自体が何かの間違いのようにすら思えていた。

 だが一階と二階は使っても三階はまだ封鎖している。使えば埃が出る。使わなければそこまでではないからだ。中には使用人が掃除をする姿を見たいがためだけにごみを捨てたり汚したりする主人もいるそうだが、俺にはそんな捻くれた趣味はない。

 さすがに三階の使い道は思いつかないし、当分は閉鎖したままだろうが、もう少し城を活用できる方法があればいいんだが。
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