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4-01.目覚めさせてはイケない女
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──俺は予想していた。
いつか、こんな場面に遭遇する。
でもそれは、ずっと先だと思っていた。
自分磨きを続け、異世界に居た頃の半分ほど魅力を取り戻した後だと思っていた。
場所は屋上。時間は昼休み。
今から御子柴彩音との入れ替わりを終わらせる。
はい、終わった。
ちょっとスキルを使うだけだ。難しいことではない。
問題は、この後。
俺をファンタジーに誘った三人と話をする必要がある。
話をするだけだ。問題あるまい。
頭は楽観しているのに、心が警鐘を鳴らしている。
「まずは、礼を言う」
俺は胡桃とカリンに目を向けた。
先日、二人には御子柴彩音を誘導するように依頼した。その際に、「詳細は全てが終わった後に説明する」と伝えてある。
(……このプレッシャーは、なんだ)
これから説明する。
何も難しいことは無いはずなのに、どうしてか大淫魔と向き合った時のような重圧を感じている。
「ところで、三人には面識があるのか?」
話題を逸らした?
バカな。ひよったのか。この俺が?
「知らない人」
「えぇぇ、同じクラスじゃないですか」
胡桃がバッサリと切り捨てるようなことを言うと、御子柴彩音は表情を歪ませた。
「カリンはどうだ?」
彼女は顔が広い。
きっと面識があるはずだ。
「存じ上げません」
「えぇぇ、体育でペア組んだのにですか?」
ふむ、どういうわけか当たりが強い。
御子柴彩音に嫌われる要素でもあるのか?
いや、無いはずだ。
彼女は委員長として尽力している。
陰キャ時代の俺にも優しかったはずだ。
清楚で真面目な優等生。
それが御子柴彩音のイメージである。
「ねぇ」
胡桃が言った。
「その女、なに」
「知っての通り、我がクラスの委員長だ」
「クソ陰キャ野郎の、なに?」
理解した。
胡桃は少しばかり重たい友達感の持ち主。新顔によって自分の優先度が下がることを懸念しているのだろう。
「ペット」
発言の主に視線が集まる。
「……いえ、実験体?」
どうした清楚で真面目な優等生。
貴様の呪いは既に解けたはずだぞ。
「へー、そういう関係かぁ」
カリンが抑揚の無い声で呟いた。
その後、俺の右腕を抱き寄せて言う。
「婚約者です」
俺は特に否定しなかった。
事実であり、腕に伝わる感触が心地良い。なぜ手放す必要があるのだろうか。
「胡桃?」
胡桃が左腕に抱き付いた。
そして、当たり前のように言う。
「友達」
俺は特に否定しなかった。
両手に華。そして正面に第三の華。夢見た同級生ハーレムが実現されつつある。嬉しい以外の感想など思い浮かぶわけがない。
「なるほど」
委員長は腕を組み納得した様子で頷いた。
その直後、両手に伝わる圧力が増す。目を向けずとも分かる。きっと二人は、「お前の場所は無いぞ」と主張するかのような表情をしているのだろう。
ふはは、愉悦である。
これでこそ、つまらぬ相手を絶頂させた甲斐があったというものだ。
どれ、その表情、目に焼き付けようか。
……ふむ。これは、あれだな。
こういう時、男は何も言わぬのが正解だ。
トン、と足音がした。
委員長が一歩、力強く近付いた音だ。
俺は少し目線を上げた。
目が合う。彼女は微笑み、そのまま両手を
「ちょいちょいちょいちょい」
カリンが手を伸ばし、委員長を止めた。
「え、行く? そこ行く?」
「何か問題でも?」
「婚約者。右腕。その状態で、正面来る?」
「何か問題でも?」
ふむ、二人は笑顔で睨み合うタイプか。
気を付けよう。特にカレンだ。魔力が溢れ出ている。俺は無傷で済むだろうが、周囲は危ない。
「落ち着け、二人とも」
俺は早目に声を出した。
しばらく成り行きを見守るつもりだったがファンタジー力を用いたキャットファイトに発展するのは流石に不味い。
「何を争う必要がある?」
俺はカリンにパイスラされている腕を器用に動かし、彼女の腹部を指先で軽く撫でた。
「ふぎゅぅ!?」
カリンは崩れ落ちる。
「しょ、しょれ……らめ……」
少し卑怯だがスキルを使った。
嘆かわしい。全盛期なら、スキルに頼らず同程度の愛撫が可能だったのに。
「まぁ!」
委員長が歓喜する。
「まぁまぁまぁ!?」
そして再び俺に近寄ると、今度は胡桃の手によって動きを止められた。
魔力の高まりを感じる。
不味い、変身するつもりだ。
「許せ、胡桃」
俺は再びスキルを発動させた。
「んっ」
ひと喘ぎ。
胡桃の反応は、それだけだった。
「……!?」
思わず刮目する。
バカな。胡桃の淫力で耐えられるわけが、
「そうかっ、あの日の触手──」
しまった。
そう思った時には遅かった。
「そのお話、詳しく聞かせてください!」
委員長が胡桃の両肩を掴んだ。
「触手とは、触手ですか!?」
胡桃は「この人は何を言ってるの」という様子で目を細めた。陰キャ時代の俺なら泣いちゃうくらい冷たい目である。
「ぬるぬるのにょろにょろがペタペタでズブズブのグッチャグチャなアレですか!?」
「多分そう」
「!?」
委員長はよろめいた。
二、三歩後退し、跪く。
「師匠と呼ばせてください」
胡桃の目が微かに輝いた。
今の行動の方が意味不明だと思うのだが、胡桃的にはオーケーなのだろうか。
「そっちは?」
「ご自由にお呼びください」
「ペット」
委員長は嬉しそうに悶えた。
清楚で真面目な優等生は何処へ。
「師匠っ、早速質問があります」
「なに?」
「……その、触手は、どうでしたか?」
「んー?」
胡桃は過去の出来事を思い出すようにして目線を上に向けた。
「覚えてない」
きっと本当に覚えていないのだろう。
あの時、胡桃の精神は別の場所にあった。
「!?」
しかし委員長は曲解する。
「記憶が飛ぶ程の快楽っ! やはり!」
違う。
「お願いします!」
彼女は俺を見た。
「ご主人様! どうか、どうか私を弄んでください! グチョグチョにしてください!」
……ふむ、どうやら手遅れか。
彼女がこうなった責任は俺にある。
責任を取るしかあるまい。
……責任を取るしかあるまい!!
「キャサ」
「待って」
召喚する直前、胡桃に止められた。
「どうした?」
目を向け、問いかける。
彼女は何か思案する様子で唇を結んだ。
その間、
「……ンギィッ、ィ、グゥゥゥッ!」
カリンの皇女らしからぬ矯正が場を満たす。
しかし胡桃は全く気にする素振りを見せない。ならば俺も無視することにしよう。
「羨ましい……」
無視することにしよう。
「師匠」
やがて胡桃は自分を指差して言った。
なるほど完全に理解した。恐らくは師匠と呼ばれたことが嬉しくて、委員長を自分に預けてくれと言いたいのだろう。
「……ふっ、好きにしろ」
これは良い傾向だ。
お友達以外は全て敵だとでも言わんばかりの態度だった胡桃が他人に興味を持った。
俺は険悪なハーレムを望まない。
故に、ここはあえて席を外すことで、三人だけの時間を作ることにしよう。
──かくして、俺は帰路についた。
精神的には三年振りの帰路。
しかし、三日も歩けばあらゆる景色が既知に変わる。その先にあるのは虚無だ。
「……おっと、あくびが」
見通しの悪い曲がり角。
俺は一瞬だけ目を閉じた。
──トン、と柔らかい感触。
「ごめんなさい」
咄嗟に丁寧な謝罪の言葉が出た。
流石の俺も、見知らぬ相手に不遜な態度を取ったりしない。
「……ぁ、ぁ、ぁ」
おっと、同じ学校の制服だ。
面識のない女子だが、何やら怯えた様子で口をパクパクさせている。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!」
いつか、こんな場面に遭遇する。
でもそれは、ずっと先だと思っていた。
自分磨きを続け、異世界に居た頃の半分ほど魅力を取り戻した後だと思っていた。
場所は屋上。時間は昼休み。
今から御子柴彩音との入れ替わりを終わらせる。
はい、終わった。
ちょっとスキルを使うだけだ。難しいことではない。
問題は、この後。
俺をファンタジーに誘った三人と話をする必要がある。
話をするだけだ。問題あるまい。
頭は楽観しているのに、心が警鐘を鳴らしている。
「まずは、礼を言う」
俺は胡桃とカリンに目を向けた。
先日、二人には御子柴彩音を誘導するように依頼した。その際に、「詳細は全てが終わった後に説明する」と伝えてある。
(……このプレッシャーは、なんだ)
これから説明する。
何も難しいことは無いはずなのに、どうしてか大淫魔と向き合った時のような重圧を感じている。
「ところで、三人には面識があるのか?」
話題を逸らした?
バカな。ひよったのか。この俺が?
「知らない人」
「えぇぇ、同じクラスじゃないですか」
胡桃がバッサリと切り捨てるようなことを言うと、御子柴彩音は表情を歪ませた。
「カリンはどうだ?」
彼女は顔が広い。
きっと面識があるはずだ。
「存じ上げません」
「えぇぇ、体育でペア組んだのにですか?」
ふむ、どういうわけか当たりが強い。
御子柴彩音に嫌われる要素でもあるのか?
いや、無いはずだ。
彼女は委員長として尽力している。
陰キャ時代の俺にも優しかったはずだ。
清楚で真面目な優等生。
それが御子柴彩音のイメージである。
「ねぇ」
胡桃が言った。
「その女、なに」
「知っての通り、我がクラスの委員長だ」
「クソ陰キャ野郎の、なに?」
理解した。
胡桃は少しばかり重たい友達感の持ち主。新顔によって自分の優先度が下がることを懸念しているのだろう。
「ペット」
発言の主に視線が集まる。
「……いえ、実験体?」
どうした清楚で真面目な優等生。
貴様の呪いは既に解けたはずだぞ。
「へー、そういう関係かぁ」
カリンが抑揚の無い声で呟いた。
その後、俺の右腕を抱き寄せて言う。
「婚約者です」
俺は特に否定しなかった。
事実であり、腕に伝わる感触が心地良い。なぜ手放す必要があるのだろうか。
「胡桃?」
胡桃が左腕に抱き付いた。
そして、当たり前のように言う。
「友達」
俺は特に否定しなかった。
両手に華。そして正面に第三の華。夢見た同級生ハーレムが実現されつつある。嬉しい以外の感想など思い浮かぶわけがない。
「なるほど」
委員長は腕を組み納得した様子で頷いた。
その直後、両手に伝わる圧力が増す。目を向けずとも分かる。きっと二人は、「お前の場所は無いぞ」と主張するかのような表情をしているのだろう。
ふはは、愉悦である。
これでこそ、つまらぬ相手を絶頂させた甲斐があったというものだ。
どれ、その表情、目に焼き付けようか。
……ふむ。これは、あれだな。
こういう時、男は何も言わぬのが正解だ。
トン、と足音がした。
委員長が一歩、力強く近付いた音だ。
俺は少し目線を上げた。
目が合う。彼女は微笑み、そのまま両手を
「ちょいちょいちょいちょい」
カリンが手を伸ばし、委員長を止めた。
「え、行く? そこ行く?」
「何か問題でも?」
「婚約者。右腕。その状態で、正面来る?」
「何か問題でも?」
ふむ、二人は笑顔で睨み合うタイプか。
気を付けよう。特にカレンだ。魔力が溢れ出ている。俺は無傷で済むだろうが、周囲は危ない。
「落ち着け、二人とも」
俺は早目に声を出した。
しばらく成り行きを見守るつもりだったがファンタジー力を用いたキャットファイトに発展するのは流石に不味い。
「何を争う必要がある?」
俺はカリンにパイスラされている腕を器用に動かし、彼女の腹部を指先で軽く撫でた。
「ふぎゅぅ!?」
カリンは崩れ落ちる。
「しょ、しょれ……らめ……」
少し卑怯だがスキルを使った。
嘆かわしい。全盛期なら、スキルに頼らず同程度の愛撫が可能だったのに。
「まぁ!」
委員長が歓喜する。
「まぁまぁまぁ!?」
そして再び俺に近寄ると、今度は胡桃の手によって動きを止められた。
魔力の高まりを感じる。
不味い、変身するつもりだ。
「許せ、胡桃」
俺は再びスキルを発動させた。
「んっ」
ひと喘ぎ。
胡桃の反応は、それだけだった。
「……!?」
思わず刮目する。
バカな。胡桃の淫力で耐えられるわけが、
「そうかっ、あの日の触手──」
しまった。
そう思った時には遅かった。
「そのお話、詳しく聞かせてください!」
委員長が胡桃の両肩を掴んだ。
「触手とは、触手ですか!?」
胡桃は「この人は何を言ってるの」という様子で目を細めた。陰キャ時代の俺なら泣いちゃうくらい冷たい目である。
「ぬるぬるのにょろにょろがペタペタでズブズブのグッチャグチャなアレですか!?」
「多分そう」
「!?」
委員長はよろめいた。
二、三歩後退し、跪く。
「師匠と呼ばせてください」
胡桃の目が微かに輝いた。
今の行動の方が意味不明だと思うのだが、胡桃的にはオーケーなのだろうか。
「そっちは?」
「ご自由にお呼びください」
「ペット」
委員長は嬉しそうに悶えた。
清楚で真面目な優等生は何処へ。
「師匠っ、早速質問があります」
「なに?」
「……その、触手は、どうでしたか?」
「んー?」
胡桃は過去の出来事を思い出すようにして目線を上に向けた。
「覚えてない」
きっと本当に覚えていないのだろう。
あの時、胡桃の精神は別の場所にあった。
「!?」
しかし委員長は曲解する。
「記憶が飛ぶ程の快楽っ! やはり!」
違う。
「お願いします!」
彼女は俺を見た。
「ご主人様! どうか、どうか私を弄んでください! グチョグチョにしてください!」
……ふむ、どうやら手遅れか。
彼女がこうなった責任は俺にある。
責任を取るしかあるまい。
……責任を取るしかあるまい!!
「キャサ」
「待って」
召喚する直前、胡桃に止められた。
「どうした?」
目を向け、問いかける。
彼女は何か思案する様子で唇を結んだ。
その間、
「……ンギィッ、ィ、グゥゥゥッ!」
カリンの皇女らしからぬ矯正が場を満たす。
しかし胡桃は全く気にする素振りを見せない。ならば俺も無視することにしよう。
「羨ましい……」
無視することにしよう。
「師匠」
やがて胡桃は自分を指差して言った。
なるほど完全に理解した。恐らくは師匠と呼ばれたことが嬉しくて、委員長を自分に預けてくれと言いたいのだろう。
「……ふっ、好きにしろ」
これは良い傾向だ。
お友達以外は全て敵だとでも言わんばかりの態度だった胡桃が他人に興味を持った。
俺は険悪なハーレムを望まない。
故に、ここはあえて席を外すことで、三人だけの時間を作ることにしよう。
──かくして、俺は帰路についた。
精神的には三年振りの帰路。
しかし、三日も歩けばあらゆる景色が既知に変わる。その先にあるのは虚無だ。
「……おっと、あくびが」
見通しの悪い曲がり角。
俺は一瞬だけ目を閉じた。
──トン、と柔らかい感触。
「ごめんなさい」
咄嗟に丁寧な謝罪の言葉が出た。
流石の俺も、見知らぬ相手に不遜な態度を取ったりしない。
「……ぁ、ぁ、ぁ」
おっと、同じ学校の制服だ。
面識のない女子だが、何やら怯えた様子で口をパクパクさせている。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!」
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