ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第二章 運命

24、6月の憂鬱 5

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 学園の中庭で昼休み中に、ゼリー飲料を飲みながら本を読んでいたら声をかけられた。

 「良太? おまえ、佐々木良太だよな?」

 佐々木は俺の以前名乗っていた、父さんの苗字だった。なぜ佐々木って呼ばれているのか一瞬わからなかったし、目の前のアルファらしき男も誰なのか覚えがない。

「あなたは? 僕は桐生です。誰かと勘違いしていませんか?」

 俺の素性がバレるのは大変まずい。こいつは誰だ? その男は気まずそうに話を続けた。

「俺は一年の佐久間律さくまりつ、お前は今年の学年主席、桐生良太だろう? 俺、お前があまりに身綺麗にしているから気づかなかったし、ベータの主席で特進クラスだから接点もなくて。でも、何度かあれって思ったんだよ。苗字変わったけどお前、俺と同じ小学校に通っていた、良太だよな?」

 あっ! 律か、こいつは知っている。

 確かに小学生の時に仲が良かった、そして俺がホームレスになった時に物乞いした金持ちの子供だ。アルファは高校生にもなると大人と変わらない体格になるから全く気づかなかった。そもそも、同じクラスでさえ名前と顔を覚えてないのに、他のクラスの奴なんか知るわけもない。

「さくま…りつ……君? ごめんなさい、誰のこと言っているの? 僕は佐々木なんて人は知りません、人違いです」
「そんなわけない! お前は俺の友達の良太だろ? なんでお前こんなところにいるんだよ、それにベータって……」

 アルファの記憶力は馬鹿にできない。騙せないと思って瞬時に切り替えた。

「佐久間君、ここじゃなんだから、もしそれ以上話をしたいなら放課後に君のお部屋にお邪魔していい? それがダメなら今後、僕に話しかけてきて欲しくないな、どっちにする?」
「……わかった。放課後には部屋に戻るから、アルファ棟に話を通して許可証もとる。受付を済ませて入ってきてくれ」
「じゃあ、放課後」

 そう言って俺は営業スマイルをして、その場を離れた。

 約束の時間、俺はアルファ棟の受付を済ませて律の部屋に行った。先輩の部屋ほどではないが、やはりベータ部屋より断然広い。さすがアルファ様だ、学園の待遇も違うんだな。

「コーヒーでいいか? ミルクとか砂糖は?」
「ミルクたっぷり砂糖なしで頼む」

 嬉しそうに、おう! と返事をしてコーヒーを持ってきてくれた。

「で? 今更、俺に気づいたからって何の話があるわけ?」

 俺はもう自分を偽らずに話した。こいつとは仲が良かったし、よく遊んでいた。あの頃はバースもなく貧乏とか関係なく、子供だったから家柄も気にせず無邪気に遊ぶことができたから。

「いや、話っていうか、俺たち友達だったじゃないか! お前があれからどうしていたのか気になっていたんだよ。最後に会ったのがあんな感じだったし……」

 そうだよな、友達がいきなりホームレスで物乞いだ。こいつあの時泣きそうな顔して、俺にいろんなものくれたな。俺はいたたまれなくなって、貰うものうばってその場を逃げた。

 二度とあの公園には近寄らなかった。あれが俺の最期のプライド。その後は平気で大人を騙して、盗みをしていたな。

「ああ。あの頃は母親が死んで、養護施設に預けられて、幼児趣味の男に掘られそうになったから逃げてホームレスになったからな。あの時は助かったよ。お前が恵んでくれた金でしばらくは食いつなげたからな、で? どうするの? 俺の素性とかバラすつもり?」
「……そんなさらっと、お前を助けてやれなかったこと後悔していたんだ。だからお前とまた会えたのが嬉しくて、今はいい生活できているのか? 奨学生だから生活は厳しいままなのか?」
「助けるとか、あの時はお互い子供だったんだから気にするな。まぁ、昔のよしみで教えてやるが、死んだ母の知り合いが後見人になってくれて学園に通えた。でも生活費は自分で稼いでいるから俺忙しいし、後見人に迷惑かかるから昔のこと知られたくないんだよ、俺のこと誰かにバラすつもり?」

 律が今どんなやつか知らないし、アルファだ。きっと子供の頃のような優しい奴でいるはずがない。俺はこいつとまた友達ごっこをするつもりもないから、見せかけだけの態度ではなく、本気で嫌な顔をして答えた。

「良太が昔のこと隠したいなら誰にも言わない。だけど、また俺と友達として過ごしてほしい、それにお前、オメガだったはずだろう? 今度こそお前を守りたいし」
「はっ、ふざけんな! 俺はアルファなんか嫌いなんだよ。それに俺はオメガじゃない。あの頃はまだバース検査してなかっただろう? 俺のバースはベータで確定した」

 律が困惑した顔をした。でも今は俺からオメガの匂いはしないはず、ここは騙されてくれなきゃ困る。

「ベータだから奨学制度を利用してここに入れたんだよ。お前は鼻くそでも詰まっているのか? 俺からオメガの匂いなんかしてないはずだ。もうお前とは住む世界が違うんだよ。今更ダチに戻れるわけねぇだろ! もういいか?」

 久しぶりに汚い言葉を使った。

 ずっと自分を偽って丁寧な言葉しか発してなかったから。やっぱこの態度はしっくりくる、うん。なんて思っていたらこいつ、すぐに謝ってきた。

「ごめん! でも、ベータの特待生が生徒会長に囲われているのも噂で聞いて、その時は別になんとも思わなかったけど、それがお前だった! だから、もし困っているなら助けたいだけだ」
「はっ!? 囲われているって、なんなんだよ。俺は男だ、そしてホモじゃない」
「だって、そんな生徒会長の匂い付けといて、アルファやオメガはみんな知っているよ。知っているけど生徒会長が強すぎて何も言えないだけだ。でもお前は友達だ、友達が遊ばれているなんて黙って見てられない!」
「なんだ、それ? 生徒会長とはただの同居人だ、なぁアルファとオメガは俺のこと、というか特待生は生徒会長に遊ばれているとか? そう思われているのか?」
「ああ、普通にみんな体の関係はあると思っているだろう」
「はあぁ!? 男とアルファに興味ないし、後見人の意向でしかたなく男子校に通っているだけで、普通に女が好きだけど……。お前らバースは恋愛脳しかいねぇのかよ、仲良くしているとすぐにホモ扱いだ。俺には理解できないわ。あぁ匂い? そりゃ同室だからつくだろう」
「良太がそう言うならそうなんだろうけど、アルファをなめない方がいい。その匂いの付け方はそんな可愛いものじゃない、それは他のアルファへの牽制だ。俺のものに手を出すなっていう。お前、生徒会長のこと好きじゃないのか? 本気で襲われてないよな?」
「だーかーらー! 好きじゃねぇわ! 匂いってやつは俺にはわからないけどさ、特待生ってだけで生徒会長と同室の俺に嫉妬するオメガとかアルファへの対策だって言っていた」

 律は本気で心配している風だったが、そんなこと考えるだけ無駄だと教えた。

「俺、友達作る気ないし誰からも話しかけられないなら、有難い匂いだな。律はアルファだから、その牽制とやらがあるなら俺と話さない方がいいんじゃない?」

 苦い顔をしている。全くいつまでも小学生じゃないんだから、小学生の頃は俺の方が悪ガキで、育ちのいい律はいつも泣かされていたな。今はこんな立派になって、バースって残酷だぜ。

「それでも! 会長はアルファとして格が違うからビビるけど、でもお前は友達だ。他に友達つくらないなら、俺ぐらい、いいだろ? 小学校の時からの仲だ、今更ベータだとかで線引くな!」
「お前、あいかわらずな? わかったよ。ただ後見人が偉い人だから、俺の素行の悪さで変な噂でも立ったらまずい。学園内ではお前と話せないよ、だってお前笑うだろ? 俺、ここではがっちがっちのいい子ちゃんだから」
「良太! それでもいいよ。じゃあ、話す時は俺の部屋に遊びにくればいいじゃん! お前も自分が出せなくて息つまるだろ? 俺の部屋でゲームしたりして遊ぼうぜ!」
「ははっ、それいいな! でも勉強も仕事もあるし、ほとんど時間とれねぇよ? まぁたまの息抜き程度なら付き合ってやるよ。ってか、お前アルファのくせに物好きだよな」
「俺は家が金持っているけど、アルファと判別されるまでは普通の学生だった。アルファになった途端こんな学園に入れられたから、お前みたいな普通の友達が恋しいんだよ、ほっとけ」

 俺のこと普通って言ってくれるのは、なんだか有り難かった。こうして俺は、律とまた交流が始まることに少しだけ嬉しさを感じた。
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