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第五話 困惑

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その後、溝内から連絡があったのは、四日後の夜で、ちょうど大学のレポートに取り組んでいた時だ。
番号を教えたので、アプリ経由ではなくSMSで直接、連絡は来た。
どんなメッセージかと警戒したが、内容は至って普通のもので「日曜日、デートしようよ」というものだった。
この四日、『付き合いたい』という実にシンプルな要求が姫鷹には信じられず、大学でも、通学に使う道でも、警戒を続けていたこともあり、メッセージを見た時はどっと疲れが出た。
いまだに、真の目的はなんだ?と考えてしまうが、それを聞いたところで、実際に理由があろうとなかろうと、男が言うとは思えない。溜息を吐きながら、姫鷹はスマホの画面を打つ。

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いいよ。
何時にどこに行けばいいんだい?

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今まで、身体の付き合いだけで何かを細かく話すような仲でもなかった。それゆえに話題など特に浮かばず、姫鷹のメッセージも自然とシンプルなものにしかならない。
数分したころ、溝内からメッセージが返ってくる。

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家の近くの駅まで迎えに行くよ。
家の前は困るでしょ。
11時に駅前で。楽しみだなぁ。

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メッセージを読んで、一瞬だけ息が止まった。
家まで・・・、と姫鷹は思ったが、大学だけではなく学部に名前まで掴まれていることを考えれば、今更これぐらいで・・・、とゆっくりと息を吐き出す。
もう一度読んだメッセージは気遣っているようにも脅してるようにも見える。どちらとも取れるそれに、姫鷹から出たのはやはり溜息だった。
了解とだけ送り返し、それ以上は見るのも嫌で、スマホを少し離れたベッドの上へと投げて、デスクへと頬杖をついた。
その時。

「姫鷹さん」

障子の外から、声がかかった。それは姫鷹が一番好きな声だ。
椅子から立ち上がり、障子の前に行き、それを開けた。
想像した通りの顔がそこにあって、安堵する。

「三成・・・・・・」

姫鷹が名前を呼ぶと、三成が深く頭を下げた。

「先日はご迷惑をおかけまして・・・!」

先日とは、飲みに行った日のことだ。最高に幸せでありながら、地獄の始まりの日。ふ、と姫鷹は苦笑を漏らし、三成の肩を緩く叩く。

「いいさ。お前の面白い恋愛話なんかを聞けたしね?デートその日にで振られる話とか?」

そう言うと、三成は顔を上げて姫鷹をじっと見た後、真っ赤になる。その様がなんとも面白くて、姫鷹からは笑いが漏れた。先ほどの憂鬱な気分が晴れるようだ。

「それは、いや、それは・・・!いえ、まあ、それはともかく!」

ごほん、と咳払いを三成はして、姿勢を正す。改めて、姫鷹を見る。

「先日の仕切り直しで、もう一度・・・今度はどこか出かけませんか」
「出かける・・・?」
「ええ。山でも海でも、お好きなところにお散れしますよ」
「好きなところに?」

姫鷹が首を傾げると三成は、ええ、と頷く。兄が仕向けたことから始まったものだが、これはこれで悪くない。ラブホテル、と答えてやりたいところだが、生真面目なこの男にその手の冗談は通じないだろうな、と思った。どこが良いか・・・、色々と行ってみたいところはあった。何せ相手は必要以上に関わってこない三成だ。色々と場所を巡らしてから、姫鷹は口を開く。

「・・・・・・水族館?」

騒がしいところよりは静かなところで二人きりが良い。そう思って浮かんだのはそんな場所だった。三成は、ふむ、と頭を傾いだ後にもう一度頷く。

「じゃあ、行きましょうか。いつが良いですか?最短なら週末ですが」
「それ」

で、と続けようとして姫鷹は思い出す、その日は溝内と会う日であったことに。

「いや・・・来週の週末は、駄目か・・・?」

相手の動向を把握できていない以上、約束を一方的に反故にするのは危険が伴う。それに約束は約束だ。相手が溝内であっても、生真面目な部分が遵守の念を呈していた。どこまでも自分は面倒臭いな、と心の中で溜息をついた。
三成は少し考えてから、

「良いですよ。先日と同じように、お迎えに上がります。時間は・・・」
「10時は、どうだ?」
「わかりました。それでは・・・」

三成が用事が終われば去ろうとするのは、いつものことだ。それを阻止するかのように、姫鷹が袖を引っ張る。三成は、袖と姫鷹を交互に見る。

「あ、っと。少し、その・・・レポートで迷っているところがあって。少しで良いから・・・その、相談に乗ってくれないか?」
「ああ、なるほど。俺でお役に立てるなら」

離れがたくて、苦し紛れの言葉ではあったが、三成が承諾と共に笑顔で頷いた。それが嬉しくて、姫鷹はそのまま三成の袖を再度引っ張り、部屋の中へと入れた。素直に笑顔を出せないままの自分は、やはり面倒な人間なんだろうな、と姫鷹は思った。



週末。
気の乗らない中、それでも無様な格好を見せるのは自身の矜持が許さず、姫鷹は白シャツに、黒のパンツ、その上にブルーグレーのロングカーディガンとそれなりの装いだ。
指定された駅の前で待っていると、ブロンズ色のEV車が姫鷹の前へと止まり、助手席側の窓が開いた。

「あ、今日も綺麗だね。いいなぁ、スカウトされちゃいそう」

姫鷹へとかけられた声は間違いなく溝内だったが、その姿は口調と同じで様変わりしたものだった。
いつもは髪を後ろへと撫でつけたスーツ姿に眼鏡だが、今日は違う。髪は無造作に流されたセンターパートで、ホワイトのビッグシルエットニットに下は色しか見えないが黒だった。眼鏡もなく、首元には細めのシルバーチェーンネックレスが光っている。見え隠れする耳にはピアスもあるようだ。
全体的に見れば、目を引くような優れた容姿であり、女子が騒ぎそうものだった。しかし、姫鷹の好みとは真反対のそれに、相手にバレないよう笑顔を浮かべながらゆっくりと溜息を吐く。

「乗って」

溝内もまたニコリと笑って、助手席の窓を閉めた。
扉を開けて中へと乗り込むと、溝内は片手を伸ばして姫鷹の肩を抱く。そのまま顔を近づけて、姫鷹の細い首筋に口付けた。びく、と姫鷹が身体を震わす。

「ちょ・・・っ」
「ああ、ごめんごめん。思わず。姫鷹みたいな綺麗な子付き合えるなんて、幸せだなって思ってさ」

姫鷹が溝内の胸を押すと、あっさりとその身体は離れた。そして出された言葉は拍子抜けするようなものだ。怪訝そうに溝内を見る姫鷹に、苦笑をする。

「その顔、疑ってる?本音なんだけどなぁ。さて、今日はそれなりに考えてきたんで、俺のプランで行かせてもらうけど・・・他に何かあれば聞くよ?」
「あ、いや・・・任せるよ」
「そう?じゃあ、出発するからシートベルトね」

言われるままにシートベルトを、姫鷹は自分の方に引っ張る。
自分を押し付けるわけでもなく、人の意見を聞く余裕もあるような溝内に、姫鷹はますますと混乱するしかなかった。何がしたいのだろうか、この男は・・・考えても考えても姫鷹には全く分からない。
それもそのはずで、その後のデートと銘打たれたものは実にスマートで、不穏さも一つとして垣間見えることはなく、正直なところ友人として出かけたならば、楽しめるようなものでさえあったのだ。
途中で猫カフェに寄った時には、

「姫鷹、小動物好きでしょ?そんなこと話してたのを思い出してさ」

とまで言われた。それは姑息な手段で掴んだ情報ではなく、これまでの姫鷹の発言から捉えたものらしかった。
朝から行動を共にして気付いたのは、溝内という男がよく人を観察していることだ。
観察し予測して動く。その行動がすんなりと出来るのだ。話題も多岐に渡っていて、頭の悪さはまるで感じない。逆に姫鷹を楽しませようという気持ちが充分に伝わるものだった。

「・・・思ってたのと、随分と違うね・・・」

姫鷹が思わずそう漏らす。相変わらず、不気味さは払拭できないし、自分を脅した上でこうした関係に持ち込んでいることは許せるものではなかったが。
溝内は姫鷹の言葉に、はは、と笑う。

「どうだろうね。ねぇ、夜は何時までに帰せばいい?」
「・・・時間を言えば、その時間に返してくれるのかい?」
「そりゃぁね。君はまだ学生だし?」
「・・・・・・22時頃までなら・・・・・・」
「じゃあ、もうちょっと時間あるね。どこ行くかなぁ・・・ま、夕飯とかも考えれば、そんな時間もないかなぁ」

てっきりホテルなり、なんなら溝内の自宅なりへと連れ込まれるものかと姫鷹は思っていた。しかし、今の発言を聞く限り溝内にその気はなさそうだ。

「・・・ホテルとか、行かないんだ?」

あまりにも普通のデートに、姫鷹は困惑して、運転する溝内をチラリと見る。口にした後で、藪蛇だったかかもしれない、と後悔をしたが、

「別に急ぐものでもないし、ね。今までとは目的も違うし、初日でガッつくほど子供でもオッサンでもないんだよなぁ。まあ、姫鷹が行きたいなら行くけど?」
「いや、そういうわけでは・・・・・・」

姫鷹が口籠ると、溝内が可笑しそうに笑った。冗談さ、と付け加えられて、安心はしたが困惑は深まるばかりだ。では本当に『付き合う』だけが目的なのか?と窓の外へと顔を向けながら眉を寄せた。

そうして、時間が過ぎていく。それは穏やかなものだった。食事の時でも、ちょっとした時でも、溝内は姫鷹に財布を出させることもしなかったし、腰や肩を抱くなどのある程度の接触はあったが、それも常識的な範囲内でしかなかった。それどころか、気遣いや配慮を見せる。
だが、そうした穏やかなものが、逆に姫鷹には薄気味悪い。
いつの間にか車は、朝に待ち合わせた場所へと着いていた。それも姫鷹が告げた時間よりも一時間以上早い。

「近いとは言え、夜歩きになるっしょ?ま、姫鷹の場合・・・あんだけ動ければ実際の心配はなさそうだけどね。また連絡するよ。平日でも出て来れる?」
「まあ、うん・・・今くらいまでの時間なら」
「そ。なら会う機会は取れそうだね。じゃ、気をつけて」

一日があまりにも平穏で、姫鷹は呆気にとられて、答えていた。溝内は満足そうに笑んだが、ああ、と思いついたように声を出す。シートベルトを外した姫鷹の腕を引っ張って側に寄せると、その唇を軽く啄んだ。

「これくらいは、いいでしょ?それじゃあ、またメールするよ」

掴んだ腕を離し、その手が姫鷹の頬を軽く撫でた。驚きはしたがそれはほんの一瞬だった。拒む間もなく終わる。

「じゃあ・・・そっちも、その、気をつけて。今日は、・・・ありがとう」

姫鷹が車を降りる際にそう言うと、溝内はにっこりと微笑んで、気をつけてね、と助手席にドアを閉める際に落とした。滑るように車が発進する。

「意味が、わからない・・・・・・」

一日警戒を続けた自分の方が、まるで悪人にさえ思えてきて、姫鷹は呟く。
もしも、始まりが違えば、今日は今日で楽しめてしまえそうな事実にも、胸の中でぐちゃっとなり気持ち悪い。
まだ人の気配が多い道の中で、姫鷹は大きな溜息を落とした。
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