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【6】恋の鐘
①
しおりを挟む翌朝、和希と澪に〈今夜集合できる?〉とメールをしてベッドから出てシャワーを浴びた。昨日は澪と話をする時間がなかったので〈いいことあった〉と送ってきたメールがずっと気になっていた。シャワーから戻ると和希から〈り〉と一文字だけ返信が入っていた。
〈り〉とは〈了解〉という意味だが、和希は最近〈り〉と使いだした。娘とのやり取りで覚えたらしい。それで流行りについていけてると勘違いしてるところがアラフィフのおじさんらしい。
この日、期末には珍しく平穏な1日で18時半に3人とも仕事を終えることができた。営業部長と業務課長が一緒に事務所を出ていくのはバツが悪かったので別々に会社を出た。
京橋駅の改札口で合流すると居酒屋【サクセスマン】へ和希が前を歩き、その後ろを由唯と澪がついて歩いた。
和希が振り返り「由唯は昨日も一昨日も飲み会やってんやろ?今日で三日連続ちゃうん?」
「そやでー、三連チャンやで 笑」
「元気やなー? しんどくないん? 笑」
「私は四連チャンやでー! 笑」
澪は自慢気に言ってきたが、いつもの事なので2人は全く驚かず和希が笑いながら言った。
「逆に澪が2日連続で真っ直ぐ家に帰った方が驚くわー 笑」
お店のドアを開けると、先客が3組いた。3人は右手前の4人用のテーブルに案内されると、ロン毛のマスターが何も言わなくてもキープしている黒霧の焼酎とソーダ水を用意してくれた。3人はやっと常連扱いになったなと微笑んだ。
最初の注文は明太とソースのたこ焼き、シーザーサラダ、キュウリの浅漬け、だし巻き玉子といつものパターンの注文。料理がくるまでの間に由唯が3人のお酒を作ってグラスを合わせ乾杯をした。
由唯が携帯を取り出し、おとといの澪のメールを早速読みあげた。
「澪、〈今夜は少しいいことがありました!〉って、何があったん? 昨日からめっちゃ気になってんねんけど」
和希も興味津々に乗り出した。
「何? どうしたん?」
尾崎の事をかいつまんで話をすると、
「ええやーん! そんなことになってるとは! どうりで澪にメール送っても返信ないはずやわー 笑」
ずっと聞いていた和希も声のトーンが上がってきた。
「あははは、そりゃ返信けーへんわ。恋の予感やな!」
「まだ、そんなん違うねん。ちょっと気になるだけやから」
「『気になる』は、恋の始まりやで!そう言えば、おとといの朝の顔は恋してる顔やったな 笑」
「いや、まだそんなんちゃうって」
半分に減っていたグラスを一気に飲み干すと澪は続けた。
「若い時やったら勢いでこの後どうしよう! って、舞い上がってたかもしれんけど、この歳になったら恋するにも石橋叩きながらになってしまうわー」
焼酎のグラスを置くと和希は左右に手を振りながら言った。
「さっきも言うたけど、自分の気持ちに素直になったらええやん。確かに若い時みたいに勢いで行かれへんかもしれんけど……なぁ?」
由唯に同意を求めると、
「うん! 何歳になっても自分の気持ちに素直にいったらええねん!」
「あはははは、俺なんてもう狭い鳥かごの中に押し込められたような生活やから自由のあるお前らが羨ましいわ」
「和希よく言うわー。単身赴任生活エンジョイしてるやん 笑」
そう言って焼酎をグイっと喉に流し込んだ。
「あはははは、そんなことないでー。俺も恋して楽しみたいわ」
「何が恋やねん。奥さんいてるやろー。ダメーーーー‼︎ 笑笑」
「ちぇっ」
「じゃー、澪の恋がうまくいくことを祈って乾杯しよう」
グラスをあげると、由唯もグラスを持ち上げた。
「ほら、澪もグラス持って」
「うーん。どうなるか、ほんまにわからんで?」
渋々グラスを持ち上げた澪のグラスに和希と由唯がグラスを合わせた。
「かんぱーい」
「カーン」グラスを合わせた音は、恋の始まりを知らせる鐘の音だったのかもしれない。
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