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【9】和希の過去
①
しおりを挟むそろそろ人事の内示が出る2月も終わるころ、和希は由唯と澪を飲みに誘った。〈19時にサクセスマンで〉と送ったメールにすぐに〈了解〉と返事がきた。
3人の飲み会は、忙しくても極力開始時間に遅れないよう仕事を終わらせる。集合が掛かった瞬間から3人はいつもより増して集中して仕事をこなしていく。由唯が書類をシュレッダーしコートを着ながらPCの電源を切ると和希は(由唯が終わるー。ヤバイヤバイ)と仕事のペースをあげて一気に片付ける。澪はいつも終わる素振りを見せずに急にコートを左手にかけてサーッと事務所を出ていく。バタバタする和希とは大違いだ。
居酒屋サクセスマンは、お客さんが多かったが3人は運良く少し広めのテーブルに案内された。1つ気になったのはキープしていたボトルの量が減っているような気がしたことだ。勝手に飲まれてるのではないか? と3人がボトルを持って酒量を確認していたらマスターがこっちを見ていた。
「そういえば和希の昔の話聞いたことないわ。由唯知ってる?」
「私も聞いたことないわー」
「えっ、俺の話聞きたいか?」
「うん! 聞きたいー」
2人は声を揃えて返した。
「じゃー前の会社の話したろか? いつの時代の会社やねん? って感じやから」
「うん、 聞く~!」
またまた、2人は息ピッタリに応えた。
そこから和希は意気揚々と話し始めた。
和希は新卒で入った自動車ディーラーを29歳の時に日曜日定休から平日定休に変わったのを機に退職した。次に選んだ会社は自動車部門、保険部門、運輸部門など手広く展開しているラブリーカンパニーだった。そこの自動車部門に面接に行くとツルツル頭で小太りの70歳くらいのヤクザの親分を彷彿させる社長が出てきた。
「君は何でうちの面接きたんだ?」
やや高圧的に聞いてきた。和希はいくつかの理由から1つ答えた。
「前職は1つのメーカーの車しか売ることが出来ませんでしたが、御社では全メーカーからお客様に合うベストな車を提案出来るからです」
ツルツル頭の社長は
「うむ。採用。来月から来なさい」
即採用となった。
(えっ? 面接もう終わり?)
そして、出社初日に会社へ行くと社長の息子だという40歳くらいの専務から言われた。
「神楽さんは大東支店勤務です。ここにいる柳さんにいろいろ教えてもらって下さい」
そう言われて助手席に乗って国道170号線沿いにある支店へ柳と一緒に向かった。
和希の仕事はお店に来店する一般客とリースメンテナンスで来店する企業のお客様への営業だった。
それから一週間した頃、柳が「神楽君、来週から課長代理やから名刺頼んどいたよ」と突然言われた。
「えっ? まだ一週間しか経ってないんですけど……」和希は柳に言った。
「うん。社長が言ってるから。でも給料はそのままやから大丈夫。気にしないで」
「……」
この会社にきて和希が不安を感じた第一歩だった。
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