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【19】恋の羅針盤

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 「浜中さんに付き合って下さいって言われて嬉しかったんです。それも結婚を前提にって言われて」

 浜中の顔が少し綻んだ。

「でも、すぐに返事が出来なかったのは、今、やりがいを感じている仕事を辞めてほしいと言われたので悩みました」

 浜中は優しい顔をして黙って聞いた。

「今は浜中さんのこと、仕事のこと、友達のこと、いろんな事がそれぞれに楽しいんです。付き合って下さいと言われた時は『はい、お願いします』とすぐに返事をしそうになりました。でも、仕事を辞めてほしいと言われて、仕事を辞めて本当に後悔しないのか? 自問自答しましたが答えが出せませんでした。そして、今もその答えは出せていません……」

 由唯が言葉を詰まらせた。

「正直に言ってくれてありがとう。由唯さんが一生懸命やってきた仕事を続けていきたいという気持ちはよくわかります。前に僕の仕事を一緒に支えてもらいたいって言ってしまったけど少し後悔していました。僕の気持ちは、今まで1人で頑張ってきた由唯さんに仕事を辞めてもらってゆっくりしてもらいたいんです。そして僕が由唯さんを支えていきたいって思っています」

 浜中は優しい目で由唯を見つめながら話した。

 2人の間にしばらく沈黙の時間が流れた。

 由唯は悩んだあげく意を決すると、
  
「もし、若いときの私だったら仕事を辞めて浜中さんとお付き合いしていたと思います。でも、今はこんな私でも頼ってくれる部下もいます。そしていつも支えてくれる仲間もいます。仕事を辞めるということが想像できなくて……どれも私が大切にしている世界なんです。やはり、浜中さんを選ぶという結論にはどうしてもならなくて……」
「うーん、そうですか・・・」
「ごめんなさい」
「いや、謝ることではないです。僕の方こそ悩まさせてごめんなさい。結婚って難しいですね。由唯さんのいう通り僕ももっと若かったら気楽に付き合って下さいと言えるんですけど……立場や残りの人生の事など考えてしまうとわがままになってしまう自分がいて」
「浜中さんとは立場が違うので私とは考えが違うのは当然だと思います」
「……なかなか思い通りにはいきませんね。今回は縁がなかったと言うことですかね……」

 浜中は黙って大阪の夜景を眺めた。

「わかりました。残念ですがあきらめます。これからも友達としてたまにはご飯行きましょうね」

 バーを出て一緒にホテルの下まで降りると、タクシーで送ると言ってくれたが、それを断り1人で電車の駅に向かった。さっきまで模型のように小さく見えた街が、由唯を大きく包んだ。見る場所や角度で景色は大きく変わる。私の恋も一緒だな。喪失感はあったが、これでよかったんだと言い聞かせた。
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