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39. 冬近し
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夏祭りから2か月。あんなに詰めかけていた観光客も嘘のようにいなくなり、クラコット村は閑散期を迎えていた。
雨上がりのさっぱりとした秋空には、薄く筋雲がたなびいている。夏に比べて淡いその青空を散歩中のヴィクトールが見上げていると、横にいるカイに腕を掴まれた。
「見てくださいよヴィクトールさん! 真っ赤になってます!」
「ん? ……ああ、本当だ、綺麗だね」
カイの指差す先を見ると、目抜き通りの街路樹が真っ赤に染まっている。先週こちらの方に来たときはまだ葉の先が軽く色づいていただけだったよな、とヴィクトールは記憶を辿った。ここ数日冷え込んできたから、一気に紅葉したのだろう。
「この前夏祭りが終わったばっかりなのにもう紅葉って、早くないですか? たしかに朝晩涼しくなってきましたけど」
「うん、標高が高いからね。その分寒いし、平地に比べたら1か月くらい早いんじゃないかな?」
そう言いながらヴィクトールはエックハルトの家を思い出していた。きっとあそこの林はまだ青々としているだろう。
「そうだ、夏祭りで会えなかったし、もう少ししたら木の実拾いのついでに行っていいか、エックハルトに聞いてみようか。アルマの様子も気になるし」
先週やっと、アルマが通信球越しに「妊娠した」と打ち明けてくれたのだ。ヴィクトールには女性のことなど何一つ分からないが、できることがあれば手伝わせてほしいという保護者としての気持ちだけはある。
「そうですね……」
「どんな子が生まれてくるんだろう。エックハルトとアルマだからきっとかわいい子だと思うけど。楽しみだよね」
関係のない話といえばそうなのだが、ヴィクトールは2人の子供の誕生が待ち遠しかった。孫が生まれるお爺ちゃんというものはこんな気持ちなのだろう。変な口出しをしないように気をつけなければならない。
横にいるカイも同じ気持ちだろうと笑って見下ろすが、目に入ったのは何やら浮かない表情だった。
「ヴィクトールさんは……子供欲しい、とか、やっぱり思います……?」
「ん?」
「いや、お店の跡取りとか……あるんじゃないですか?」
「まあ、それはそのうち考えなきゃいけないことではあるよね」
なぜ今ここで跡取りの話が出てくるのか。不思議に思いながらヴィクトールは頷いた。いずれカイに継いでもらいたいとは思っているものの、まだそれは伝えられていない。
「僕としてはカイ君に……」
言いかけて、怖気づいたヴィクトールは黙り込んだ。付き合って早々「それじゃあ工房の将来をよろしく」と言われても重いだけだろうし、そういう話はもっと後でいいだろう。
慌ててあたりを見回し、話題を変えられそうなものを探す。温石や暖気瓶などを陳列窓に並べた魔道具店が目についた。
「あ、そうだ、カイ君、雪道用のブーツ持ってないよね? 次の店休日にでも一緒に買いに行こうよ」
防寒は暖気魔法があればいいが、足元の方はそうもいかない。正確に言えば滑り止めや防水の魔法をかけて手持ちの靴で頑張ることもできないことはないが、そんなことをするよりも雪靴を買った方が快適で手っ取り早いのだ。
いくつか開店前の靴屋の陳列窓を覗き、どの店がよかったか、どんなデザインがいいかを話し合いながら工房に戻る。用意されたヴィクトールの朝食は、丸パンにコーヒー、それから小皿に乗った野菜と果物、数欠片のチーズだ。
「それじゃ、今日も頑張りますかねー」
皿を片付けたロジウムの掛け声で立ち上がり、それぞれの持ち場へ向かう。工房の壁からすっかり馴染んだ深緑のエプロンを取り、カイに渡す。自分もくたびれたエプロンの紐を結び、いつものように作業机に向かった。
雨上がりのさっぱりとした秋空には、薄く筋雲がたなびいている。夏に比べて淡いその青空を散歩中のヴィクトールが見上げていると、横にいるカイに腕を掴まれた。
「見てくださいよヴィクトールさん! 真っ赤になってます!」
「ん? ……ああ、本当だ、綺麗だね」
カイの指差す先を見ると、目抜き通りの街路樹が真っ赤に染まっている。先週こちらの方に来たときはまだ葉の先が軽く色づいていただけだったよな、とヴィクトールは記憶を辿った。ここ数日冷え込んできたから、一気に紅葉したのだろう。
「この前夏祭りが終わったばっかりなのにもう紅葉って、早くないですか? たしかに朝晩涼しくなってきましたけど」
「うん、標高が高いからね。その分寒いし、平地に比べたら1か月くらい早いんじゃないかな?」
そう言いながらヴィクトールはエックハルトの家を思い出していた。きっとあそこの林はまだ青々としているだろう。
「そうだ、夏祭りで会えなかったし、もう少ししたら木の実拾いのついでに行っていいか、エックハルトに聞いてみようか。アルマの様子も気になるし」
先週やっと、アルマが通信球越しに「妊娠した」と打ち明けてくれたのだ。ヴィクトールには女性のことなど何一つ分からないが、できることがあれば手伝わせてほしいという保護者としての気持ちだけはある。
「そうですね……」
「どんな子が生まれてくるんだろう。エックハルトとアルマだからきっとかわいい子だと思うけど。楽しみだよね」
関係のない話といえばそうなのだが、ヴィクトールは2人の子供の誕生が待ち遠しかった。孫が生まれるお爺ちゃんというものはこんな気持ちなのだろう。変な口出しをしないように気をつけなければならない。
横にいるカイも同じ気持ちだろうと笑って見下ろすが、目に入ったのは何やら浮かない表情だった。
「ヴィクトールさんは……子供欲しい、とか、やっぱり思います……?」
「ん?」
「いや、お店の跡取りとか……あるんじゃないですか?」
「まあ、それはそのうち考えなきゃいけないことではあるよね」
なぜ今ここで跡取りの話が出てくるのか。不思議に思いながらヴィクトールは頷いた。いずれカイに継いでもらいたいとは思っているものの、まだそれは伝えられていない。
「僕としてはカイ君に……」
言いかけて、怖気づいたヴィクトールは黙り込んだ。付き合って早々「それじゃあ工房の将来をよろしく」と言われても重いだけだろうし、そういう話はもっと後でいいだろう。
慌ててあたりを見回し、話題を変えられそうなものを探す。温石や暖気瓶などを陳列窓に並べた魔道具店が目についた。
「あ、そうだ、カイ君、雪道用のブーツ持ってないよね? 次の店休日にでも一緒に買いに行こうよ」
防寒は暖気魔法があればいいが、足元の方はそうもいかない。正確に言えば滑り止めや防水の魔法をかけて手持ちの靴で頑張ることもできないことはないが、そんなことをするよりも雪靴を買った方が快適で手っ取り早いのだ。
いくつか開店前の靴屋の陳列窓を覗き、どの店がよかったか、どんなデザインがいいかを話し合いながら工房に戻る。用意されたヴィクトールの朝食は、丸パンにコーヒー、それから小皿に乗った野菜と果物、数欠片のチーズだ。
「それじゃ、今日も頑張りますかねー」
皿を片付けたロジウムの掛け声で立ち上がり、それぞれの持ち場へ向かう。工房の壁からすっかり馴染んだ深緑のエプロンを取り、カイに渡す。自分もくたびれたエプロンの紐を結び、いつものように作業机に向かった。
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