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 アデリーナは自身の気持ちが分からなかった。公爵クロスとは契約で結ばれた仕事仲間であり、こういった仕事仲間というのは今までも数多く出来た。それも彼とは比べ物にならないほど長い付き合いをした人物だっているというのに、今彼女は彼が特別な存在であるかのように思えてしまうのだ。

 先日だって、彼に褒められたことが何よりも嬉しかった。しかし、それが仕方がなく言った謂わばお世辞のようなものであると機嫌を損ねてしまった。あれがもし本心であるのなら彼女はどれだけ喜んだことだろうか。純白のドレスに指をなぞり、先日のことを思い出しながらそう彼女は思った。ただ、どうして自分はそれが本心だと嬉しいのか疑問に思った。別に彼と特別な関係ではないというのにそう言われて嬉しくなる。彼女は彼に対して芽生えた感情にその時気がついたが、頭振ってそれはいけないことだと自戒させた。
 
「おはよう、アデリーナ」
「あ、おはようございます」
「今日も山に行くのだろう」
「はい、そのつもりです」

 その感情に気がついた時に彼女は彼をはっきりと見ることは出来ずに少し目線を逸らしてしまう。当然、彼もそのことに気がついていたが、純白のドレスに触れていたこともあってそれが気になっているのかと勘違いした。

「そのドレスはやはり君が着るとより一層映える」
「そうですか。ありがとうございます」

 彼もつい先日のことを思い出して、そう言う。彼女もまたそれを聞いて少し嬉しくなったが、これは話のネタにしただけで深い意味はないと自分に言い聞かせた。

「今日で山は自然を完全に取り戻すでしょうね。昨日でもう木がだいぶ葉をつけ始めていましたし」
「三日であのようになるとは思いもしなかった」

 今日で山の自然を取り戻す作業は終わりを迎える。と言っても今日することは山を見て回る程度で何かすることはない。謂わばピクニックのようなものである。動きやすい靴に変えていつものように山へと行くことにした。

「最初に来た時とは随分変わりましたね」
「ああ、そうだな。もう手入れもされていない廃れた山だったというのに今はだいぶ自然が戻ってきた」
「こうして山に入るとそれがよく分かりますね」
「獣も人里に来なくなったと聞く。これがこの街の問題は解決しただろうな」
「ええ、そうですね。上手く行ってよかったです」

 山道を歩き、最初の頃とは違うことを確かめながら山頂までやってきた。一週間足らずで随分と景色も変わり、初めて見た時よりもだいぶ良い景色になった。

「これでもう良いでしょうね。皇居に帰ることが出来ます」
「そうだな」

 随分とこうしたことにも慣れてきたものだ。慣れてくると時間の感覚も短くなってきているように感じる。

「今日の昼には戻るんでしたっけ」
「ああ、そのつもりだ。荷物もまとめたし、もう出発の準備はできている」
「ここが終わったら、残るはあと一つですか。早いものですね」
「ああ、そうだな。アデリーナがいなかったらこんな早く終わっていなかっただろうな」
「これが私の勤めですから」

 残るはあと一つの地区。この仕事を始める前はどれだけの長い時間が必要かと思ったがそこまで身構えなくてもよかったみたいだ。

「では、視察も終わったことですし、帰りましょうか」
「ああ、そうしよう」

 山に異常がないことが分かるともうすることはない。もう一度来た道を戻って、彼女たちはここを離れることにした。
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