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34-01 捜索任務

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 ばんっと、彼女の両手が上司のテーブルを叩いた。


「だから! 任務を続けるために必要なことなんです……!」
「お、落ち着きたまえノイナくん。じっとしていられないのは分かるが、まだ現状の確認も」


 ゲブラーがいなくなったことを理解したノイナは、機関の本部に着くなり上司に詰め寄っていた。
 彼女の要求は、自分にゲブラーを探させて欲しい、そしてそのために情報屋たちと連絡を取らせて欲しい、というものだった。


「現状の確認だって、全部私がやります! 彼のことは私が一番よく分かってるし、」
「分かっているといっても、奴が行きそうな場所の見当もつかないだろう」
「それは……」


 鋭い指摘にノイナは口籠もってしまう。

 そうだ、彼女がこんな要求をしているのは、任務のためなどではない。早くゲブラーを探し出して、彼を連れて帰りたいからだ。

 きっと彼はノイナが人質に取られた件をかなり重く受け止めたのだろう。自分がそばにいることで、ノイナの命は常に危険に晒され続けるのだと。
 だから彼女の側から離れるという選択をした。たとえそれが、自分の意思ではないのだとしても。


「でも、彼を一人には……!」
「ノイナくん」


 厳しいながらも、わずかな同情のこもった上司の声が響く。


「ひとまず、頭を冷やすんだ。今後の方針を決めるのは上だ、その決定まで無闇な行動は避けるように」
「…………」


 分かっている。素人同然の自分がどう動いたところで、意味などないことも。

 それでもじっとしていられなかった。それはゲブラーが心配だから、だけではない。
 彼のそばにいたい。彼の苦しみを理解したい。彼に、幸せでいてほしい。

 今の状況はそんな彼女の望み全てに逆行するものだった。このままゲブラーが戻って来なければ、彼はいっそう死神の贈り物である人殺しの才能に依存することになってしまう。
 そうなればいつしか彼は、本当の死神になってしまうかもしれない。


「……ゲブラー」


 鳴らない携帯をじっと見つめて、ノイナは涙ぐんだ。
 もう嘘はつかないと言っていたのに、これで彼の言葉はいくつ嘘になってしまっただろうか。


「……」
「ノイナ」


 そこでこんこんと誰かの指がテーブルを叩いた。顔をあげればそこにはクリスが立っていた。
 無言で扉を指差す彼女に付いて行き、ノイナは以前使ったカフェをクリスと共に訪れた。しばらくは無言で手の中にあるコーヒーの注がれたカップを見つめていると、目の前の彼女が口を開く。


「ちょっと話してみなよ、ゲブラーのこと」


 優しい声でそう言われ、思わずノイナは堪えていた涙をこぼした。一言口から言葉が漏れ出せば、そのままぐちゃぐちゃになった心中を吐き出してしまう。

 最近は彼とかなりの時間一緒にいたこと。食事も娯楽も共にしているうちに彼の人柄に触れ、平穏な日常を送って欲しいと思ったこと。そこから、彼に暗殺者を辞めないかと提案したこと。

 彼を心から、愛するようになったこと。

 以前はゲブラーを裏切るようなことはしたくないと言ったノイナも、言葉が感情と共に溢れてくるのを止められなかった。そして自分が諜報員として持ってはいけない感情を抱いていることも、白状してしまった。

 全てを洗いざらい言葉にしたあと、自然と胸は軽くなり、血が昇っていた頭も冷めていく。けれど自分が冷静になったところで状況はなにも変わらないのだと、そう思って俯いてしまう。


「はぁ……」


 ノイナの話を静かに聞いていたクリスは大きくため息をついた。このまま説教でもされるのかと思えば、彼女の第一声はひどく穏やかなものだった。


「あんたがこの任務の担当になったの、分かるよ」
「え……?」
「そんなに真剣に向き合って、それも大事に思われちゃ、どんな殺し屋だって無視できないよ」


 クリスの視線も、じっとテーブルに注がれている。けれど彼女は視線を上げるとノイナを見つめて、小さく笑った。


「ゲブラーはあんたのこと、全身預けられるくらい信用してたんだね」
「お、怒らない、んですね」
「まぁ、一般的な諜報活動としては話にならないレベルだけど、目標は十分すぎるくらい達成してるわけだし」


 それに、と彼女は続ける。どこか遠くを眺めて、恐らくは機関の長がいる場所を壁越しに見つめながら。


「長官も人が悪いよ。多分、あんたらが恋仲になることも予想してたんじゃない?」
「…………」
「あの人、手段は選ばないからね。なに考えて動いてるのか、多分スタールさえも分かってないと思う」


 マシェット長官。この機関で一番権力のある人物。自分を諜報員として採用した人物で、ゲブラーの任務にあたらせると決めたのも、多分彼だ。
 ノイナはクリスに相談してみようかとも悩む。ゲブラーを連れ戻せたとして、彼に殺しをさせないよう長官を説得することはできるだろうか、と。

 だがそこで個室の扉がノックされる。重々しい扉を開いて出てきたのは見覚えのない職員で、静かなその男は二人に一礼をした。


「ノイナ・イゴーシュ様」
「あ、はい」


 名前を呼ばれたノイナは立ち上がる。なんの用かと思えば彼は、にこやかな笑みで言う。


「マシェット長官がお呼びです」
「!」


 自然とノイナはクリスと顔を見合わせてしまう。
 まさかの長官直々の呼び出し。これはノイナにとって、願ってもいないチャンスだ。
 けれど迷いもあった。ここで交渉していいものか、交渉が成功する可能性はどれくらいあるのか、と。


「正直に話してきなよ」
「クリス先輩……」
「多分、長官相手なら下手に隠し事しても意味ないから。それに」


 優しく笑ったクリスも立ち上がると、軽くノイナの肩を叩いて励ましてくれる。


「あんたの長所って、やっぱり馬鹿みたいに真面目なところだと思うからさ」


 そうとだけ言い残して、クリスは先に個室から去っていく。
 その背中を見送ったノイナは、小さく深呼吸をして頷いた。案内人の彼の後ろに続き、足を踏み入れたことのない本部の上階へと向かう。
 数分ほど歩いてたどり着いた大きな扉の向こうは、いろんな物で溢れた執務室だった。それに既視感を覚えたノイナは、数拍遅れてスタールの自宅によく似ているのだと気づく。


「あぁ、ノイナ・イゴーシュ。いらっしゃい」

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