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若様は呼び止めたい3
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「なんでもねぇ」
ギリギリのところで手を出すのを止めた俺は腕を上げていたことを誤魔化すように埃を払うフリをして服を叩く。
「白崎さん?どうかしました……あれ?若様……?」
からりと障子を開けて顔を覗かせたのは彩葉だった。
続いてさっきの二人も顔を出す。
「あーっ!あいつだよ!さっき言ってたチビ!」
「誰がチビだ!」
「お前以外誰がいるんだよガキんちょ」
「ガキはお前だろ!」
「言ったな!」
「ちょ……カワくん、やめなって」
「そうですよ。若様は確かに可愛らしいですが他に言い方が……」
「言い方の問題じゃねぇ!」
フォローする気ないだろ。彩葉からすればしてるつもりなんだろうが。
カワくんとか呼ばれてるガキは彩葉の後ろに隠れながらまだ小さいだの言っている。
「なるほど。君が月森の若様かい。彩葉ちゃんから話は聞いているよ」
言い返しているうちに縁側に移動していた神主のじいさんは丁寧に草履を脱いでいた。
「……何を言ったんだ?」
いくらこの寂れた稲荷の神主のじいさんだからって、余計なことを喋られるわけにはいかない。
「いえ、そんなおおそれたことは……ただいつもテストは満点で、体育も一番、リコーダーは夜に音を出さないようできるようになるまで練習するような方だと。決して若様を貶めるようなことはしていません!」
彩葉はわたわたと手を振りながら頼んでもいない詳細を喋り始める。
「も、もしかして実は生の玉ねぎがお嫌いなことでしょうか。若様にも苦手なものはあるとつい……それとも間違われた箇所のあるテストはご自身で大切に保管されていつでも復習できるようにして、そうでないテストは私に処分するようにとおっしゃられることですか?無駄のない若様らしい勉強方法でとても素晴らしいと思っています!あ、それとも無駄な夜更かしをなさらず……」
「やめろ!もういい」
心配した俺が馬鹿だった。これ以上どうでもいい余計なことを喋らせないために俺は彩葉を睨んだ。
「申し訳ありません。見習うべきだと伝えたかっただけなのです」
「いいじゃんかよ。いろはねーちゃんに褒められてんだから」
「べ、別に家政婦に褒められたって嬉しくなんて……」
「わかさまさー、耳赤くないか?風邪か?」
「そ、そんな!すぐにお屋敷に戻ってお医者様を呼ばないと」
「ちげーよ!走ってたから熱いだけだ!」
ダメだ。調子が狂う。彩葉が余計なことを言うから……
そもそもどうして俺はこんなところにいるんだ。彩葉がどこに行くかなんて、どうでもよかったじゃねーか。
「まあまあ、月森の若様も落ち着いてください。どうですか?ここで少し休んでいかれては。彩葉ちゃんにはよく手伝ってもらっていますし、お茶くらいならお出ししますよ」
神主のじいさんは障子を開けて俺に中の様子を見せる。
あの二人の他に五人の小学生、あるいはそれ以下の年齢も性別もバラバラのガキがいて、興味津々といった様子で俺を見ていた。
「なんなんだよ、ここ」
「寺子屋のようなものを……と言って伝わりますかねぇ。算数でも国語でも、勉強以外でも子どもたちが交流できる場所があればとここを開放しているんですよ。まあ見ての通りあばら屋ではありますが、せっかくあるものは使わないと」
確かに、見れば平たい机の上に並んでいるのは教科書らしき本や辞書、ノートや紙の束だった。中には裁縫道具や習字道具を並べているやつもいる。
壁にはミミズが踊っているような習字や色使いだけは鮮やかな絵が貼られていたりしていた。
「私は裁縫や漢字のお勉強の手伝いをしたりしています」
「彩葉ちゃんがこの辺りに来てすぐかな。こんな寂れた稲荷にお参りに来てくれていてねぇ」
どうやら彩葉はそんな頃から休みのたびにここに顔を出していたらしい。別に彩葉が休みに何していようが俺には関係ないが、なぜか気に入らない。
「月森の方々にはお世話になってばかりですよ。彩葉ちゃんもですが、源一郎さんには建物の修繕を手伝って頂いていますし」
「……じい様が?」
月森源一郎、じい様の名前がここで出てくるとは。
「その割には直しきれてなさそうだな」
「いえいえ、電気も通って雨漏りもなくなりました。これ以上はと、わしからお断りしたんです」
そんなこと、俺は知らない。
と言うことはじい様は彩葉が休みはここに来ていると知っていたのか?瀧も知っていたんだろう。
俺だけ知らなかった。
「……若様?怒っていらっしゃるのですか?」
怒る?俺が?
「そうですね。若様をお守りするのが私の役目です。大旦那様の恩に報いるためにも、毎日若様をお守りして……」
「休みなしで働くのいけないんだぞ。そういうのはブラック企業って会社なんだってニュースで見た!」
「ろーどーキジュン法っていう法律があるんだよ。知らないの?」
「知らないわけねーだろ!」
どうして俺が責められる流れになってるんだ。
「誤解しか生まねぇ言い方するんじゃねぇ!休みくらい好きにすればいいだろ」
そう言うと彩葉はほっとしたように息を吐く。そんなにここに来たいのか。それはそれでムカつくが、彩葉の休みの予定にまで口を出す権利は俺にはない。
「いろはねーちゃんをかろー死させたら許さないからな!」
「させるわけねーだろ!」
彩葉のせいで妙な誤解されたままじゃねーか。
その後もやれ過労死ラインだパワハラだセクハラだ労基署だ、どこで覚えたんだと言いたくなる単語が羅列され、なぜか俺が悪いみたいになった。
それがようやく落ち着いたところで、彩葉がふと思い出したように言った。
「……ところで、若様はなぜここに?」
ギリギリのところで手を出すのを止めた俺は腕を上げていたことを誤魔化すように埃を払うフリをして服を叩く。
「白崎さん?どうかしました……あれ?若様……?」
からりと障子を開けて顔を覗かせたのは彩葉だった。
続いてさっきの二人も顔を出す。
「あーっ!あいつだよ!さっき言ってたチビ!」
「誰がチビだ!」
「お前以外誰がいるんだよガキんちょ」
「ガキはお前だろ!」
「言ったな!」
「ちょ……カワくん、やめなって」
「そうですよ。若様は確かに可愛らしいですが他に言い方が……」
「言い方の問題じゃねぇ!」
フォローする気ないだろ。彩葉からすればしてるつもりなんだろうが。
カワくんとか呼ばれてるガキは彩葉の後ろに隠れながらまだ小さいだの言っている。
「なるほど。君が月森の若様かい。彩葉ちゃんから話は聞いているよ」
言い返しているうちに縁側に移動していた神主のじいさんは丁寧に草履を脱いでいた。
「……何を言ったんだ?」
いくらこの寂れた稲荷の神主のじいさんだからって、余計なことを喋られるわけにはいかない。
「いえ、そんなおおそれたことは……ただいつもテストは満点で、体育も一番、リコーダーは夜に音を出さないようできるようになるまで練習するような方だと。決して若様を貶めるようなことはしていません!」
彩葉はわたわたと手を振りながら頼んでもいない詳細を喋り始める。
「も、もしかして実は生の玉ねぎがお嫌いなことでしょうか。若様にも苦手なものはあるとつい……それとも間違われた箇所のあるテストはご自身で大切に保管されていつでも復習できるようにして、そうでないテストは私に処分するようにとおっしゃられることですか?無駄のない若様らしい勉強方法でとても素晴らしいと思っています!あ、それとも無駄な夜更かしをなさらず……」
「やめろ!もういい」
心配した俺が馬鹿だった。これ以上どうでもいい余計なことを喋らせないために俺は彩葉を睨んだ。
「申し訳ありません。見習うべきだと伝えたかっただけなのです」
「いいじゃんかよ。いろはねーちゃんに褒められてんだから」
「べ、別に家政婦に褒められたって嬉しくなんて……」
「わかさまさー、耳赤くないか?風邪か?」
「そ、そんな!すぐにお屋敷に戻ってお医者様を呼ばないと」
「ちげーよ!走ってたから熱いだけだ!」
ダメだ。調子が狂う。彩葉が余計なことを言うから……
そもそもどうして俺はこんなところにいるんだ。彩葉がどこに行くかなんて、どうでもよかったじゃねーか。
「まあまあ、月森の若様も落ち着いてください。どうですか?ここで少し休んでいかれては。彩葉ちゃんにはよく手伝ってもらっていますし、お茶くらいならお出ししますよ」
神主のじいさんは障子を開けて俺に中の様子を見せる。
あの二人の他に五人の小学生、あるいはそれ以下の年齢も性別もバラバラのガキがいて、興味津々といった様子で俺を見ていた。
「なんなんだよ、ここ」
「寺子屋のようなものを……と言って伝わりますかねぇ。算数でも国語でも、勉強以外でも子どもたちが交流できる場所があればとここを開放しているんですよ。まあ見ての通りあばら屋ではありますが、せっかくあるものは使わないと」
確かに、見れば平たい机の上に並んでいるのは教科書らしき本や辞書、ノートや紙の束だった。中には裁縫道具や習字道具を並べているやつもいる。
壁にはミミズが踊っているような習字や色使いだけは鮮やかな絵が貼られていたりしていた。
「私は裁縫や漢字のお勉強の手伝いをしたりしています」
「彩葉ちゃんがこの辺りに来てすぐかな。こんな寂れた稲荷にお参りに来てくれていてねぇ」
どうやら彩葉はそんな頃から休みのたびにここに顔を出していたらしい。別に彩葉が休みに何していようが俺には関係ないが、なぜか気に入らない。
「月森の方々にはお世話になってばかりですよ。彩葉ちゃんもですが、源一郎さんには建物の修繕を手伝って頂いていますし」
「……じい様が?」
月森源一郎、じい様の名前がここで出てくるとは。
「その割には直しきれてなさそうだな」
「いえいえ、電気も通って雨漏りもなくなりました。これ以上はと、わしからお断りしたんです」
そんなこと、俺は知らない。
と言うことはじい様は彩葉が休みはここに来ていると知っていたのか?瀧も知っていたんだろう。
俺だけ知らなかった。
「……若様?怒っていらっしゃるのですか?」
怒る?俺が?
「そうですね。若様をお守りするのが私の役目です。大旦那様の恩に報いるためにも、毎日若様をお守りして……」
「休みなしで働くのいけないんだぞ。そういうのはブラック企業って会社なんだってニュースで見た!」
「ろーどーキジュン法っていう法律があるんだよ。知らないの?」
「知らないわけねーだろ!」
どうして俺が責められる流れになってるんだ。
「誤解しか生まねぇ言い方するんじゃねぇ!休みくらい好きにすればいいだろ」
そう言うと彩葉はほっとしたように息を吐く。そんなにここに来たいのか。それはそれでムカつくが、彩葉の休みの予定にまで口を出す権利は俺にはない。
「いろはねーちゃんをかろー死させたら許さないからな!」
「させるわけねーだろ!」
彩葉のせいで妙な誤解されたままじゃねーか。
その後もやれ過労死ラインだパワハラだセクハラだ労基署だ、どこで覚えたんだと言いたくなる単語が羅列され、なぜか俺が悪いみたいになった。
それがようやく落ち着いたところで、彩葉がふと思い出したように言った。
「……ところで、若様はなぜここに?」
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