9 / 11
若様は呼び止めたい3
しおりを挟む
「なんでもねぇ」
ギリギリのところで手を出すのを止めた俺は腕を上げていたことを誤魔化すように埃を払うフリをして服を叩く。
「白崎さん?どうかしました……あれ?若様……?」
からりと障子を開けて顔を覗かせたのは彩葉だった。
続いてさっきの二人も顔を出す。
「あーっ!あいつだよ!さっき言ってたチビ!」
「誰がチビだ!」
「お前以外誰がいるんだよガキんちょ」
「ガキはお前だろ!」
「言ったな!」
「ちょ……カワくん、やめなって」
「そうですよ。若様は確かに可愛らしいですが他に言い方が……」
「言い方の問題じゃねぇ!」
フォローする気ないだろ。彩葉からすればしてるつもりなんだろうが。
カワくんとか呼ばれてるガキは彩葉の後ろに隠れながらまだ小さいだの言っている。
「なるほど。君が月森の若様かい。彩葉ちゃんから話は聞いているよ」
言い返しているうちに縁側に移動していた神主のじいさんは丁寧に草履を脱いでいた。
「……何を言ったんだ?」
いくらこの寂れた稲荷の神主のじいさんだからって、余計なことを喋られるわけにはいかない。
「いえ、そんなおおそれたことは……ただいつもテストは満点で、体育も一番、リコーダーは夜に音を出さないようできるようになるまで練習するような方だと。決して若様を貶めるようなことはしていません!」
彩葉はわたわたと手を振りながら頼んでもいない詳細を喋り始める。
「も、もしかして実は生の玉ねぎがお嫌いなことでしょうか。若様にも苦手なものはあるとつい……それとも間違われた箇所のあるテストはご自身で大切に保管されていつでも復習できるようにして、そうでないテストは私に処分するようにとおっしゃられることですか?無駄のない若様らしい勉強方法でとても素晴らしいと思っています!あ、それとも無駄な夜更かしをなさらず……」
「やめろ!もういい」
心配した俺が馬鹿だった。これ以上どうでもいい余計なことを喋らせないために俺は彩葉を睨んだ。
「申し訳ありません。見習うべきだと伝えたかっただけなのです」
「いいじゃんかよ。いろはねーちゃんに褒められてんだから」
「べ、別に家政婦に褒められたって嬉しくなんて……」
「わかさまさー、耳赤くないか?風邪か?」
「そ、そんな!すぐにお屋敷に戻ってお医者様を呼ばないと」
「ちげーよ!走ってたから熱いだけだ!」
ダメだ。調子が狂う。彩葉が余計なことを言うから……
そもそもどうして俺はこんなところにいるんだ。彩葉がどこに行くかなんて、どうでもよかったじゃねーか。
「まあまあ、月森の若様も落ち着いてください。どうですか?ここで少し休んでいかれては。彩葉ちゃんにはよく手伝ってもらっていますし、お茶くらいならお出ししますよ」
神主のじいさんは障子を開けて俺に中の様子を見せる。
あの二人の他に五人の小学生、あるいはそれ以下の年齢も性別もバラバラのガキがいて、興味津々といった様子で俺を見ていた。
「なんなんだよ、ここ」
「寺子屋のようなものを……と言って伝わりますかねぇ。算数でも国語でも、勉強以外でも子どもたちが交流できる場所があればとここを開放しているんですよ。まあ見ての通りあばら屋ではありますが、せっかくあるものは使わないと」
確かに、見れば平たい机の上に並んでいるのは教科書らしき本や辞書、ノートや紙の束だった。中には裁縫道具や習字道具を並べているやつもいる。
壁にはミミズが踊っているような習字や色使いだけは鮮やかな絵が貼られていたりしていた。
「私は裁縫や漢字のお勉強の手伝いをしたりしています」
「彩葉ちゃんがこの辺りに来てすぐかな。こんな寂れた稲荷にお参りに来てくれていてねぇ」
どうやら彩葉はそんな頃から休みのたびにここに顔を出していたらしい。別に彩葉が休みに何していようが俺には関係ないが、なぜか気に入らない。
「月森の方々にはお世話になってばかりですよ。彩葉ちゃんもですが、源一郎さんには建物の修繕を手伝って頂いていますし」
「……じい様が?」
月森源一郎、じい様の名前がここで出てくるとは。
「その割には直しきれてなさそうだな」
「いえいえ、電気も通って雨漏りもなくなりました。これ以上はと、わしからお断りしたんです」
そんなこと、俺は知らない。
と言うことはじい様は彩葉が休みはここに来ていると知っていたのか?瀧も知っていたんだろう。
俺だけ知らなかった。
「……若様?怒っていらっしゃるのですか?」
怒る?俺が?
「そうですね。若様をお守りするのが私の役目です。大旦那様の恩に報いるためにも、毎日若様をお守りして……」
「休みなしで働くのいけないんだぞ。そういうのはブラック企業って会社なんだってニュースで見た!」
「ろーどーキジュン法っていう法律があるんだよ。知らないの?」
「知らないわけねーだろ!」
どうして俺が責められる流れになってるんだ。
「誤解しか生まねぇ言い方するんじゃねぇ!休みくらい好きにすればいいだろ」
そう言うと彩葉はほっとしたように息を吐く。そんなにここに来たいのか。それはそれでムカつくが、彩葉の休みの予定にまで口を出す権利は俺にはない。
「いろはねーちゃんをかろー死させたら許さないからな!」
「させるわけねーだろ!」
彩葉のせいで妙な誤解されたままじゃねーか。
その後もやれ過労死ラインだパワハラだセクハラだ労基署だ、どこで覚えたんだと言いたくなる単語が羅列され、なぜか俺が悪いみたいになった。
それがようやく落ち着いたところで、彩葉がふと思い出したように言った。
「……ところで、若様はなぜここに?」
ギリギリのところで手を出すのを止めた俺は腕を上げていたことを誤魔化すように埃を払うフリをして服を叩く。
「白崎さん?どうかしました……あれ?若様……?」
からりと障子を開けて顔を覗かせたのは彩葉だった。
続いてさっきの二人も顔を出す。
「あーっ!あいつだよ!さっき言ってたチビ!」
「誰がチビだ!」
「お前以外誰がいるんだよガキんちょ」
「ガキはお前だろ!」
「言ったな!」
「ちょ……カワくん、やめなって」
「そうですよ。若様は確かに可愛らしいですが他に言い方が……」
「言い方の問題じゃねぇ!」
フォローする気ないだろ。彩葉からすればしてるつもりなんだろうが。
カワくんとか呼ばれてるガキは彩葉の後ろに隠れながらまだ小さいだの言っている。
「なるほど。君が月森の若様かい。彩葉ちゃんから話は聞いているよ」
言い返しているうちに縁側に移動していた神主のじいさんは丁寧に草履を脱いでいた。
「……何を言ったんだ?」
いくらこの寂れた稲荷の神主のじいさんだからって、余計なことを喋られるわけにはいかない。
「いえ、そんなおおそれたことは……ただいつもテストは満点で、体育も一番、リコーダーは夜に音を出さないようできるようになるまで練習するような方だと。決して若様を貶めるようなことはしていません!」
彩葉はわたわたと手を振りながら頼んでもいない詳細を喋り始める。
「も、もしかして実は生の玉ねぎがお嫌いなことでしょうか。若様にも苦手なものはあるとつい……それとも間違われた箇所のあるテストはご自身で大切に保管されていつでも復習できるようにして、そうでないテストは私に処分するようにとおっしゃられることですか?無駄のない若様らしい勉強方法でとても素晴らしいと思っています!あ、それとも無駄な夜更かしをなさらず……」
「やめろ!もういい」
心配した俺が馬鹿だった。これ以上どうでもいい余計なことを喋らせないために俺は彩葉を睨んだ。
「申し訳ありません。見習うべきだと伝えたかっただけなのです」
「いいじゃんかよ。いろはねーちゃんに褒められてんだから」
「べ、別に家政婦に褒められたって嬉しくなんて……」
「わかさまさー、耳赤くないか?風邪か?」
「そ、そんな!すぐにお屋敷に戻ってお医者様を呼ばないと」
「ちげーよ!走ってたから熱いだけだ!」
ダメだ。調子が狂う。彩葉が余計なことを言うから……
そもそもどうして俺はこんなところにいるんだ。彩葉がどこに行くかなんて、どうでもよかったじゃねーか。
「まあまあ、月森の若様も落ち着いてください。どうですか?ここで少し休んでいかれては。彩葉ちゃんにはよく手伝ってもらっていますし、お茶くらいならお出ししますよ」
神主のじいさんは障子を開けて俺に中の様子を見せる。
あの二人の他に五人の小学生、あるいはそれ以下の年齢も性別もバラバラのガキがいて、興味津々といった様子で俺を見ていた。
「なんなんだよ、ここ」
「寺子屋のようなものを……と言って伝わりますかねぇ。算数でも国語でも、勉強以外でも子どもたちが交流できる場所があればとここを開放しているんですよ。まあ見ての通りあばら屋ではありますが、せっかくあるものは使わないと」
確かに、見れば平たい机の上に並んでいるのは教科書らしき本や辞書、ノートや紙の束だった。中には裁縫道具や習字道具を並べているやつもいる。
壁にはミミズが踊っているような習字や色使いだけは鮮やかな絵が貼られていたりしていた。
「私は裁縫や漢字のお勉強の手伝いをしたりしています」
「彩葉ちゃんがこの辺りに来てすぐかな。こんな寂れた稲荷にお参りに来てくれていてねぇ」
どうやら彩葉はそんな頃から休みのたびにここに顔を出していたらしい。別に彩葉が休みに何していようが俺には関係ないが、なぜか気に入らない。
「月森の方々にはお世話になってばかりですよ。彩葉ちゃんもですが、源一郎さんには建物の修繕を手伝って頂いていますし」
「……じい様が?」
月森源一郎、じい様の名前がここで出てくるとは。
「その割には直しきれてなさそうだな」
「いえいえ、電気も通って雨漏りもなくなりました。これ以上はと、わしからお断りしたんです」
そんなこと、俺は知らない。
と言うことはじい様は彩葉が休みはここに来ていると知っていたのか?瀧も知っていたんだろう。
俺だけ知らなかった。
「……若様?怒っていらっしゃるのですか?」
怒る?俺が?
「そうですね。若様をお守りするのが私の役目です。大旦那様の恩に報いるためにも、毎日若様をお守りして……」
「休みなしで働くのいけないんだぞ。そういうのはブラック企業って会社なんだってニュースで見た!」
「ろーどーキジュン法っていう法律があるんだよ。知らないの?」
「知らないわけねーだろ!」
どうして俺が責められる流れになってるんだ。
「誤解しか生まねぇ言い方するんじゃねぇ!休みくらい好きにすればいいだろ」
そう言うと彩葉はほっとしたように息を吐く。そんなにここに来たいのか。それはそれでムカつくが、彩葉の休みの予定にまで口を出す権利は俺にはない。
「いろはねーちゃんをかろー死させたら許さないからな!」
「させるわけねーだろ!」
彩葉のせいで妙な誤解されたままじゃねーか。
その後もやれ過労死ラインだパワハラだセクハラだ労基署だ、どこで覚えたんだと言いたくなる単語が羅列され、なぜか俺が悪いみたいになった。
それがようやく落ち着いたところで、彩葉がふと思い出したように言った。
「……ところで、若様はなぜここに?」
0
あなたにおすすめの小説
ヤクザのお嬢は25人の婚約者に迫られてるけど若頭が好き!
タタミ
恋愛
関東最大の極道組織・大蛇組組長の一人娘である大蛇姫子は、18歳の誕生日に父から「今年中に必ず結婚しろ」と命じられる。
姫子の抵抗虚しく、次から次へと夫候補の婚約者(仮)が現れては姫子と見合いをしていくことに。
しかし、姫子には子どもの頃からお目付け役として世話をしてくれている組員・望月大和に淡い恋心を抱き続けていて──?
全25人の婚約者から真実の愛を見つけることはできるのか!?今、抗争より熱い戦いの幕が上がる……!!
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる