女王の剣と旅の騎士

阿部敏丈

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料理人の冒険とシスター・ミリアムの危機

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幕間劇
「料理人の冒険とシスター・ミリアムの危機」

一度きりの冒険が始まった。教会の料理長マルシネス・フランチェスカは見た目は小太りで冴えない男だが、その心の中には熱い想いが秘められている。実は48歳の彼は28歳のシスター・ミリアムに一途な恋心を抱いているのだ。

シスターが恋愛をしないことは分かっており、それは立場をわきまえぬ恋とも分かっていたが、それでも彼はシスターが18歳で聖騎士団団長としてリ・カリアの守護者として赴任して来て以来、ずっと彼女に恋をしている。彼にとってシスター・ミリアムは常に輝く癒しの存在。

ただし一方的に求愛することはなく、料理人の弟子達からも市民からも「懲りない男」と呼ばれていても、フランチェスカにとっては生涯を捧げる恋、そう無償の愛だった。

そしてシスターとともに街を守護する聖騎士団を見て「自分も格好良くて 強くなりたい」と思うようになったが、軍隊経験どころか喧嘩すらもしたことがない。更に体力のピークを過ぎている身体であるのにプロレスを始めるようになる。
ところが熱心にトレーニングを積んだ結果、実力を上げてトーナメント戦で勝ち抜き、チャンピオンとの一騎打ちまでに至った。結果は惜しくも敗北。

再びトレーニングを続ける日常に戻るが、ある日思わぬ場所で栄冠を手にすることになる。

その日、リ・カリアの攻防戦で戦死した騎士達へ祈りを捧げる儀式が礼拝堂で行われ、子供達を含めた一般の参列者が多く集まっていた。レスリングジムを後にし街から食材を買いそろえ、教会に戻った時に礼拝堂へ足を運びフランチェスカも命を落とした騎士達へ感謝の気持ちを捧げた。
その時だった。シスターの真横に一列に並んでいた子供達の一人が音もせず素早く狂暴な姿に身を変えて、暗殺者としてシスターに飛びかかる。シスターはまだ車椅子に座っている体で十分に動けない。
直面する危機が迫る中、シスターは冷静に「私よりも先に 子供達を安全な所へ避難させなさい」と警備兵に指示を与えた。
戸惑いながらも警備兵は子供達を礼拝堂の外へと誘導し、礼拝堂内はシスター、暗殺者、そしてフランチェスカの3人だけになる。



緊張した空気を切り裂くように、暗殺者のナイフがシスターへ迫った瞬間に暗殺者の腕をフランチェスカが掴んだ。腕力には自信がある。直ぐにフランチェスカはプロレス技の四の字固めを掛けて、暗殺者のナイフを奪い取る。暗殺者は何とか固め技を振り払い一度距離を置く。
「キサマ…邪魔をするなら 先ずお前から始末してやる」と怒りを込めて言う。それに対しフランチェスカはナイフを床に捨てて身体を動かしやすくするために上半身の服を脱ぎ捨てた。かつて小太りだった肉体は、いつの間にか鋼のようにたくましくビルドアップされていた。ナイフが金属音を立てて床に落下した瞬間、フランチェスカの心の中で闘いのゴングが鳴り彼は構えた。
彼は左手で挑発して暗殺者に手招きをすると、暗殺者はいよいよ怒り出して拳を突き出した。ところがフランチェスカは冷静に身をかわし鍛えた右腕を暗殺者の首に押し当てて、怒りで冷静さを失った相手を床に倒す。暗殺者は強い衝撃を受けて体が麻痺し動かなくなる。フランチェスカは追い打ちをかけるために、何と礼拝堂の椅子に登りフライングニードロップを暗殺者の腹部に掛けたのだった。この大技をまともに受けた暗殺者は完全に気を失った。

圧勝だ。フランチェスカは勝利の雄叫びを上げながら、両腕を挙げる。
それは紛れもなく勝利者の雄叫びだ。
警備兵は礼拝堂から鳴り響く雄叫びに驚き、直ぐにシスターがいる礼拝堂へ駆け足で戻ると驚くシスターの前で気絶をした暗殺者と、鼻息を荒くさせてビルドアップした身体を誇示するように胸を張り両腕を広げたポーズを取るフランチェスカがいた。

シスターが無事でいたことにホッとする警備兵だったが、勝利した自分自身に一人酔っているフランチェスカに対して思わず笑い礼拝堂の緊張した空気が解けてしまった。

「貴方様の英雄的な行動に感謝いたします 先日の試合では惜しくもチャンピオンの座を得られなかったと聞きますが 私にとって貴方様は立派なチャンピオンですよ」
そしてシスターはまだ傷の残る白い両手でフランチェスカの手を優しく握った。その手は柔らかで温かであった。
その手を握ったまま、シスターは言った。
「次の試合には必ず私も応援に行きます 今度は勝利しますよ」
美しく微笑むシスターの顔を見るとフランチェスカはてれて、脱いだ服をそのままにして厨房へと小走りで戻ってしまった。

結局フランチェスカの片思いは今も続くが、シスターの熱い応援に彼はチャンピオンを目指してトレーニングに励むのだった。
普段は子供好きで気さくな中年男だが、その胸には燃える闘志を持つ男だ。チャンピオンとして栄冠を掴む日も近い。

アラン、エミリ、ムサシ、シュウ、そしてオスカーを送り出した後の話である。
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