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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

【第二章】 再会

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 やがて、時刻は午後四時前を迎えた。
 幸いと言っていいのか悪いのか、あれ以来客は一人も入ってきていない。
 平日は三時から五時ぐらいに一度人が増える時間帯があり、土日は逆に六時ぐらいに少し客入りが増す。
 仕事が終わるタイミングだったり食事を取るタイミングの違いなのだろうが、しかしながら土曜日の夕方前は暇だ。
 きっとこれが時給に対する文句を自重させている大きな要因になっているに違いない。
 同じ読書をするだけの時間なら僕は部屋でゆったり読みたい派なのに。
 なんて愚痴ばかり浮かんでくるせいで結局その読書に集中出来ないまま三十分程を過ごしていると、不意にドアベルが来客を伝えた。
「いらっしゃいませ~」
 反射的に手にしていた本を閉じて立ち上がる。
 席に案内しようとホールに出ると、若い女性が一人で入ってきたところだった。
「あの~、ちょっと待ち合わせで来たんやけど」
 スーツケースを引っ張りながら扉を潜る女性は返答を口にしつつキョロキョロと店内を見渡した。
「待ち合わせ……ですか」
 ということは……この人が高瀬さんのアシスタントの人?
 歳は僕よりも少し上という感じの、印象だけで言えばどちらかというと今風な女性だ。
 見た目で選んだというのがよく分かる、美人というか可愛らしい感じの見た目をしている。
 それも大阪からわざわざ訪ねてくるだなんて、本当に高瀬さんって有名な人なのかもしれない。
 とはいえ、絶対に高瀬さんとは反りが合わないタイプの人だと思うのだが……僕がそれを指摘するわけにもいかず。
「奥でお待ちですのでご案内します。どうぞ」
 諸々のリアクションを飲み込み、店員として高瀬さんの待つ一番奥の席へと先導する。
 歩く先に居る高瀬さんは既に目を輝かせながらこちらを見ていた。
 あまりにも欲望と下心が丸分かりの笑顔すぎて、この物語のタイトルが【高瀬が女性をギラギラした目で見ている】に変わってしまいそうな勢いだ。いやいや、そんなことはさせないけども。
 そんな高瀬さんは立ち上がり、腕を組み、どういう人物像を頭に描いているのか、おかしなキャラで女性を出迎えた。
「よく来たな、ペンネームアス☆ミン」
「あ……あんたが、創造神TK先生?」
「いかにも。まあ座りたまえ」
 自分を待っていた変な人を見て【アス☆ミン】とかと呼ばれた女性は完全に面食らっている。ていうか創造神TKって……ダサい。
「いや、ちょー待ってや。なんかウチが想像してたんと全然違うわ……なんちゅうか、うん、ちょっと気持ちの整理させてもらえんやろか」
 大阪から来たというだけあって本場っぽい関西弁で話すアス☆ミンさんはこめかみを抑えながら高瀬さんの前に腰を下ろした。
 まあ実際に会ったこともない人で、それがさらに女性とくれば当然のリアクションか。
 僕はもう慣れてしまっているが、この高瀬さんという人物は言動もさることながら外見も相当特殊な人なのだ。
 チェックのシャツをジーンズにこれでもかというぐらいに深く入れて、頭には緑のバンダナ(色については基本的に日替わりである)を巻いており、そのバンダナからは切るのが面倒だから伸ばしていると言わんばかりの長髪が惜しげもなくはみ出ている。
 更にはシャツの胸についたポケットには例の魔女っこなんとかというアニメのキャラクターらしい髪が水色のフィギュアが上半身を覗かせていた。
 そんな慣れた僕でさえ街中で声を掛けられたくはない風貌をしている高瀬さんを初見の女性が受け入れられるとは中々思えないというのが正直なところ。悪い人ではないんだけどね、おかしな人ではあっても。
「おい康平たん、この子にコーヒーを。俺様から」
「……コーヒーというのは本当のコーヒーですか? それともカフェオレですか?」
「うむ、コーヒーだ」
「いや、だから……」
 それは答えになっていないというのに。
 もう面倒なので直接女性に聞くことにした。
「何か飲まれますか? メニューはそちらにありますのでご覧になってください」
「ん、ああ、すまんな兄さん。ホット頼むわ。お代は自分で払うから伝票別にしとって」
「かしこまりました」
 まだ葛藤している様子の女性はそう言って顔を上げると、ようやく高瀬さんの方を向いた。
「えーっと、もっかい確認するけどホンマにあんたがTK先生なんやな?」
「そうだと言っているだろ、どこに疑う要素があるというのか。なんなら俺のノートに保存してあるイラスト見せてやろうか?」
「いや、疑ってるわけやないっていうか、信じたくない気持ちがあったっちゅうか、余りにも想像と違ったもんやから戸惑っとんねん。もうちょい普通の人やおもてたもん、チャットとかしてた感じ」
「まあ普通の人じゃないというのは間違いじゃないけどな。業界の中で見ても一人の人間としても」
「そーゆー才能とか確立した地位の話やなくて、もっと根本的なことやっちゅうねん。一人の人間として見たら確かに普通やないわ。大体今そこの店員さんのことなんて呼んだ?」
「康平たん」
「やっぱ聞き間違いちゃうかったんかい! おかしいやろそれ。男に『たん』付けて! いや女相手やったとしてもリアルで使ったら色々アウトやろもう。ウチかて別に出会い厨でもなけりゃ漫画家なるゆう夢の為にわざわざ大阪から来た身やけどやな、さすがにモラルも外聞も知らん人間に教えを乞われへんて。大体住み込みアシってあたりからおかしいおもてたし」
「何がどう色々アウトだってんだ。黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって、このゆとり世代が! もうお前なんかクビだぁぁ!」
「誰がゆとり世代やねん。お前なんかこっちから願い下げやハゲェ!」
「俺のどこがハゲだぁぁぁ!」
 もの凄い怒声の応酬がキッチンまで聞こえてくる。
 言わんこっちゃない……他にお客さんがいなくて本当によかった。
 なんだか高瀬さんと誰かの口論を仲裁するのは随分久しぶりな感じがするが、放っておくわけにもいかないので気が進まないながらもコーヒー片手にテーブルへと戻ることに。
「二人とも落ち着いてください、高瀬さんも一旦座りましょう。お席も別に用意しますので、どうか店内であることをお忘れないようにお願いします」
 言うと、二人は一瞬無言で睨み合ったものの女性の方が溜息と共に先に腰を下ろした。
「はぁ、アホらし。すまんな店員さん。えらい迷惑掛けてしもて」
「いえ、落ち着いてくださったのならよかったです。カウンターの方に移りますか?」
「あー、えーよえーよ。そこまで迷惑掛けられへんわ。こいつの顔見んようにしてそれ飲んだら帰るから、兄さんも座りーな。ちょっと飲み終わるまでウチの愚痴でも聞いてや」
 やや大袈裟手を振ったかと思うと女性は自分の隣の椅子を引く。
 出身地に左右される問題化どうかは微妙なところだが、コミュ力が高くて逆にこっちが気後れしそうだ。
「康平たん、こんな失礼な奴にコーヒーなんて出さなくていいぞ、ったく。人が目を掛けてやろうってのに不愉快なことばっか言いやがって」
「お客さんのオーダーなのでそういうわけにも……」
 第一あんたが持ってこいって最初に言ったんじゃないか。
「また言うとる! なんやねん康平たんて、あんたもおかしい思わへんの?」
「いや、まあ……僕はもう慣れてしまったので。悲しいことに」
「災難やなぁ。康平君て言うん? ウチは飛鳥や、夏目飛鳥。よろしくすることもないやろけど、一応自己紹介しとくわ」
「夏目さんですか。僕は樋口です。樋口康平」
 夏目飛鳥。
 飛鳥だからアス☆ミンなのか。
「さよか。しっかし、ほんまの災難はウチやで。せっかくええ話もろた思ったらこんなオチや」
 夏目さんは椅子を真横に向けることで僕一人に話しているのだという意思表示をしつつ、湯気の立つコーヒーをブラックのまま啜った。
 高瀬さんは『フン』とか言いながらすでにパソコンをカタカタする作業に戻っている。
 そんな高瀬さんを気にすることなく、夏目さんは僕の反応を待たずに続きを話し始めた。
「そらな、ウチかて簡単に目標を達成出来るとは思ってへんねん。漫画家にしても作家にしても、今はそれを目指してる人間なんか飽和状態や。何かしら賞とってデビューゆうんが王道やけど、そんなもん倍率考えたら途方もない。せやから今はアマチュアでも実績残していかなあかん時代やねん。分かるか康平君」
「まあ……なんとなくは」
 言葉遣いのせいか、どこか責められているのではないかという錯覚さえ覚える。
 大人しく隣に座った僕が悪いのかもしれないけど、さすがに二人のままにしておくわけにもいかないので致し方あるまい。
 そんな僕の心情など知る由もなく、夏目さんの愚痴は留まることをしらずにほとんど一人で喋る続けている状態だ。
「そんでな、アマチュアとして漫画描こうおもたらどうしたって同人誌なり投稿サイトになるやん。ウチは二次創作とかはあんまり興味無いし、そもそもエロ本作家志望でもない。でも実績も何も無いウチが好き嫌い言うてられる立場ちゃうし、同人から商業プロになっとる人もよーさんいてる。それを考えたらまずは舞台に立ってナンボやろ? だからウチも同人なりウェブ作家なりから始めようとしたわけや。どっかサークルにでも入るって手も考えんかったわけやないけど、趣味の延長みたいなヌルいところに入ってしもたら時間が無駄になるし、かといって今のウチが有名なサークルに入れてもらえるとも思われへん。だから個人でやってて、本格的に活動してて、かつ多少なり名前が知れとる人のところで修行しようと思ったわけや。そしたらこの人がアシスタント募集してるんみっけて、駄目元で応募したんやけど、よっしゃお眼鏡に適ったと思っていざ会いに来たらこのザマや……中々上手くいかんもんやでホンマ。そらこいつは綺麗な絵描くし本もそれなりに売れてるみたいやし、ホームページに載ってた小説がまた面白かってん。なんていうか、臨場感とか熱さみたいなもんがヒシヒシと伝わってくるような小説やったわ。そやけどや、作家としては凄いかもしれんけど、やっぱ人間合う合わんってのがあるやん?」
「はぁ……」
 凄いなこの人。一つの鉤括弧で何行使うんだ。
 言ってることも半分ぐらいしか分からない僕には曖昧な返事しか出来ないし。
「そうやって結局自分の都合の良い環境ばっか求めてるからお前はいつまでたってもアマチュアにもなれないんだよバーカ」
 そんな僕の反応を見てか、高瀬さんが視線をパソコンに向けたまま辛辣に言い放った。
 漏れなくまた口論が始まる予感がするのは春休みの経験則だろうか。
「お前も別にプロちゃうやろが。えらっそうに言うなハゲ! 大体なんやねん、創造神TKって。ダサいねん、サムいねん」
「誰がハゲだぁぁぁ! そもそも読み方間違ってんだよゆとり脳が! 創造神とかいてジェネシスって読むんだよにわかめ。正しくはジェネシスTKだ」
「そんなもん外から見て分かるか! 間違えられたなかったらルビでも振っとけや」
創造神ジェネシスTK。これでどうだ!」
「何を勝ち誇っとんねん、それはお前の力ちゃうやろ。明らかに外部の手が加わった結果やないか。そもそもジェネシスやったところで大差ないわ」
「このセンスが分からないとかお前才能無し!」
「アホか、お前の本は評価されても名前はネタにされとるっちゅうねん。一回1ch見てみい」
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 結局、二人は無視を決め込むことなど忘れてテーブルに手を突いて顔を付き合わせながら罵り合っていた。
 迷惑なうえに面倒臭いことこの上ないが、なぜ懐かしく感じてしまうのだろう。不思議だ。
 なんて言ってる場合ではなく。
「二人とも落ち着いてくださいって。店がどうこうの前に近所迷惑になっちゃいますので」
「あ~ハラ立つわ。なんや知らんけど無性に言い返したくなるわ。格好のせいか性格のせいか分からんけども」
 一応座ってはくれたが、夏目さんは相当苛立っている様子だ。
 どうにか話を反らしたいところなのだけど……作家の世界の話題を振ろうにも僕にはそんな知識などない。どうにか話の中から拾ってみるしかないか。
「その高瀬さんのホームページの小説って、どんな内容だったんですか?」
 この話題なら夏目さんも認めている物の話でもあり、高瀬さんが褒められた話でもあるので波風立つまい。
「んー、簡単に言うとファンタジー小説やな。ある日突然勇者が現れて、魔王を倒すために力貸してくれ、みたいな。んで一緒に異世界に行って冒険する感じの話やった。冒頭に書いてあったノンフィクションて設定には無理があるけど、中身はよー出来てたで。ウチも夜通し読んだぐらいや」
「………………」
 どこかで、主に春休みあたりに聞いたような話だった。
 いや……まさか…………うん、この人なら十分あり得る。
「無理なんかねえよ。ありゃ実話を元にしたノンフィクションストーリーだっての」
「はぁ? 異世界行って化けモン倒した人間が現実におるわけないやろ。お前頭おかしなっとるんか」
「おかしなってねえよ。そうだよな、康平たん」
 その台詞が終わると同時に、二人が揃って僕を見た。
 なんていうか、色んな意味で反応に困る。
「高瀬さん……それってもしかして春休みの……」
「ご名答だ。あの冒険を戦記風に書き起こしたものをホームページに載せてみた。創作じゃないからか結構評判良いんだぜ?」
「書くのは自由ですけど、あんまり実体験とか言わない方がいいんじゃ……」
 言ったところで誰が信じるのかという話ではあるけど……というか、今の夏目さんみたいに事実どうあれ単に高瀬さんが痛い人扱いされて終わるだけな気がする。
「なんや康平君。康平君もあれが実際の体験を元にしてるって信じてるんか?」
「あれ、と言われても僕はその小説を読んでいないのでなんとも言えないですけど……」
「アホめ、康平たんはむしろ登場人物側なんだよ。康介って名前の人物が実際の康平たんだ」
「…………知らないところで僕も出ていたんですね」
 どんなキャラとして登場するのか不安すぎて読むのが怖い。
 第一康介って……捻りなさすぎでしょ。
「あの康介が康平君やて? 康介ゆうたら魔法の盾使う参謀役のキャラやろ? なんかよー分からんけど、康平君はどないやねんな」
「……どないやねんな、とは?」
「こいつの言ってる事が事実かどうかってことに関して、や。こいつの言い方やとまるで康平君と一緒に異世界行ったゆうてるみたいに聞こえるで? お前の頭おかしい妄想に康平君を巻き込むなや」
「巻き込んでねえし。紛れもない事実だし。ま、お前に信じてもらおうと努力するメリットもねえし、好きにほざいてろ」
「いちいちハラ立つなこいつ……で、どやねんな康平君よ」
「……どやねんな、とは?」
「……その返し気に入ったんか? 要するに、や。ハッキリそんな話は知らんて言うたってもええんやでってことや。こんなもんに気ぃ遣わんでも」
「まあ……本人がどう思われてもいいと言っているのならそれでいいんじゃないかと。感想は個人の自由ということで」
 正直言ってあまり他人に話したいことではない。
 その理由は勿論、今そうであるように信じてくれる人がいるとは思えないからだ。
 だけど春休みに勇者を名乗る女性と共に旅をし、危ない目に何度も遭いながら魔王という存在をやっつけたことは事実で、それを否定されるのは良い気分がするものではない。そういう理由だ。
 実際問題、誰一人としてあの出来事を話した相手はいない。みのりも同じだと言っていた。
「いまいち要領を得んけど……少なくとも否定はせーへんねんな」
「言った通りですよ。僕はその小説を読んでいないので否定も肯定もしようがない、それだけです」
「読んでなくても自分が異世界に行ったかどうかはハッキリしてるやろ?」
「それはそうですけど……」
 結構ぐいぐいくるなこの人は。
 この手の性格の人は確かにはっきり言わないと引き下がってくれなさそうだ。
 小説の内容がどこまで事実に沿っているのかは定かではないが、僕は異世界に行ったことを肯定して、肯定したことに対して否定されるのは嫌だし、だからといって自らそれを否定するのはもっと嫌だ。
 紛れもなく僕は今いるこの世界とは別の場所で冒険をしたし、実際に血も流したのだから。
 だからこそ、答えたくありませんとハッキリ言おう。
 そう決めた瞬間だった。
 まるで、仮にもお客さんに対して失礼な態度を取るものではないというお告げであるかの様に、店の出入り口が開いた。
 ドアベルがカランカランと音を立て、僕は言葉を飲み込んで反射的に出迎えるべく立ち上がる。
 開いた扉から日の光が強く差し込むせいで、眩しさに少し目を細めることでようやく確認出来た人影は、胸部と肘、膝から先に鉄製の鎧を纏い、腰には鞘に収まった大きな剣をぶら下げ、背中の辺りまで真っ直ぐに伸びた綺麗な銀色の髪が輝く外国人女性だった。
 その女性は唖然として立ち尽くす僕に向かって、にこやかな表情でこう言った。
「久しぶりだな、コウヘイ」
 かつて異世界からやってきた勇者、セミリア・クルイードがそこにいた。
 
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