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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】
【第五章】 二人のメイド
しおりを挟む以前来た時と同じく、という表現を何度繰り返すのかとそろそろ自分でも疑問になってきた頃合いだが、やはり以前と同じように城下町の少し手前にある関所あたりへ、例によってワープというか瞬間移動というのかといった方法で移動し、関所を潜って街へと向かって歩く。
城下町へと直接ワープすることは禁じられているらしいことは以前から聞いていたが、では誰がそれを取り締まり、どういう罰を受けるのだろうかなんてことを考え始めると疑問が止め処なく溢れてくるところまで以前と変わりない。
この世界の存在や在り方からして謎だらけなおかげでそんな疑問も些細な事に感じてしまうのも以下同文だ。
「なあ勇者たん、そういやゲレゲレはどこ行ったんだ?」
遠くの方に薄っすらと街が見えて来た頃、不意に、思い出した様に、高瀬さんが言った。
僕もノスルクさんの小屋に居なかったことで気になってはいたのだが、サミュエルさんが怒っていたりノスルクさんと内緒の話をしている内に質問するタイミングを失ってそのままになっていたので是非聞きたいところだ。
ちなみに、僕、セミリアさん、高瀬さん、夏目さんはほぼ横並びで固まって歩いているのだが、サミュエルさんは一人でさっさと前の方を歩いている。
さすがのサミュエルさんも国王の意志には逆らえないのか、一人で行くと言わないだけ大いに我慢や葛藤、譲歩がありそうだ。
「虎殿か、彼とはあの日お主等を見送って帰った後すぐに別れたまま一度も会っていないな。なんでも元居たところに帰る、と言っていたが詳しくは聞かなかったものでな」
虎殿。ゲレゲレ。猫さん。虎の人。
色々と呼び名があったが、彼も僕達を守り助けてくれたかつての仲間の一人。
何故か虎を模したマスクをかぶり、ボディービルダー並の筋骨隆々な体付きを惜しげもなく披露した格好が特徴的なおかしなしゃべり方をする大男だ。
何度あの人のおかげで危険を回避しただろうかと思い返してみると、せっかくこの世界に来たのに会えずじまいというのも少し寂しいものがある。
あの渋い声や上半身裸という奇抜な風貌、そして僕をボーイズラブなどと呼ぶことを含め個性が強すぎただけに尚更である。
「ゲレゲレって虎の仲間やんな? 何や火吹いたりするキャラやったってことは覚えてるけど、あれは事実なんか。それやったら一目見てみたかったなぁ」
「あいつは結構な使える奴だったのに勿体ねえ気もするが、そのうちまた会えるだろ。大人になった頃にリボンの使い方さえ知っていればな」
「……それ十年ほど奴隷になれゆーてんのか?」
好き勝手感想を漏らす二人を見てセミリアさんはやや苦笑し、
「彼のことだ、きっと元気にやっているだろう。居場所が分かっていれば今回の件にも同行してもらえないかと書簡の一つでも認めるところだったのだが、こればかりは巡り合わせというものだ」
そう言いつつも、セミリアさんは彼を懐かしむように少し残念そうな顔をした。
確かに強さに関しては超一級品だったと僕も記憶している。
僕達を襲った巨大ムカデのみならず、あの偽物の王様すら一人でやっつけてしまうほどだ。
「こっちの世界では手紙とかって誰が届けてくれるんですか?」
仮に連絡を取れたとしたらどんな返事が返ってくるのだろうかと予想してみようと思ったが、その前に書簡を認めるといったセミリアさんの言葉の方に興味が移った。
まさか郵便局なんてものがあるとは思えず、かといって車も自転車も無い世界で国中に手紙や配達物を行き届かせる方法があるとも思えない。
まさかワープし続けて配って回るわけにもいかないと思うのだが……その辺も魔法的なもので解決するのだろうか。
「確かコウヘイの世界では人間が世界中に配って回るのだったな。私にしてみればそちらの方が驚きだが、私達の世界ではあれだ」
「一人の人間が配っているわけではなく、組織的なものなので驚く程のことでも……って、あれ?」
セミリアさんが指差す先は夕暮れの上空。
釣られて見上げてみるが、大きな鳥が二匹ほど飛んでいるだけだった。遠くてはっきりと断定は出来ないが、鷹とか鷲とかそんな部類の鳥だ。
「え、ひょっとしてあの鳥……ですか?」
「ああ。レースイーグルといってな、あれが各地に手紙を運んでいるのだ。勿論単独でそのようなことをしているわけではなく、管理調教などをする人間が居てのことだが」
「レースイーグル……」
つまりは鷲ということか。
その名前からしても、僕達でいう伝書鳩のようなものなんだろう。
魔法や化け物の存在だけではなく、日常生活にも色々と文化の違いがあるものだ。
○
陽もほとんど沈み、辺りが薄暗くなってきた頃。
城下町に入った僕達は真っ直ぐに王様の住む城へと入った。
門番に拝謁の許可を貰い、すぐに玉座の間に通されると程なくして国王との面会に至る。
「よくぞ参った、二人の勇者とその仲間達よ。礼を言う」
この国で一番偉い人間であるその人物は横一列に並ぶ僕達に向かって、微かに相好を崩してまず謝辞を述べた。
名をリュドヴィック王といって、前に魔王をやっつけた時には会ったことのあるこの国の王様だ。
頭には王冠が乗っていて、真っ赤なマントの付いたいかにも王様な格好こそしているが、その風貌に似付かわしくない、いかにも温厚そうな中年男性という印象を受ける。
この国の大きさがどの程度なのかは聞いたことがないが、失礼ながら率直な感想を言わせてもらうのであれば威厳や風格のようなものはあまり感じられず、とても一国の主とは思えぬどこにでもいそうなおじさんという感じだった。
「リュドヴィック王。ご要望に従いコウヘイと、同じく魔王討伐メンバーの一人であるカンタダを連れて戻りました。こちらの女性は件の戦いとは無関係ではありますが、二人の知人であり同行を希望したため勝手ながら私の判断でそれを許可し共に参った次第です」
セミリアさんが膝を折り、事の顛末を王に報告する。
同じような体勢を取るべきかどうか大いに迷ったが、サミュエルさんがやっていないあたり僕だけ続くのも不自然なので現状維持でいることにした。
「楽にせよ勇者クルイード、そなたの判断であればわしに異論はない。皆の者、出発は明日の昼前を予定しておる。しばしの旅になるがよろしく頼む」
「仰せの通りに」
王様の言葉を受けてセミリアさんが立ち上がる。
ほとんど同時に話は終わった風な王様へ高瀬さんが待ったを掛けた。
「ちょっと待てい、王様」
「どうしたのだ、カンタダよ」
「ローラ姫はもう帰って来てるって聞いたんだが、どこに居るんだぜ? 未来の妃に一目会っておかねえと」
「確かに城に戻ってはおるが、今日はもう休んでいるはずだ。間違っても妃などではないが、また明日改めて紹介するということで引き下がっておくれ。明日の出発前に戻るとばかり思っていたのでな」
「ぬぅ~、わざわざ起こして嫌われても不味いし……ここは我慢しておくが吉か」
一人ブツブツと呟く高瀬さんだったが、それ以上は誰も何も言わなかった。
もう放っておくのが一番楽で平和なんじゃないか。そんな周囲の共通認識が残念過ぎる空気だけど、僕も全く同じ意見なので致し方あるまい。
「何はともあれ、大部屋を用意させているので今日は城で泊まっていくといい。すぐに案内を……ぬ?」
そうだった。
と、再び締めの言葉を口にした王様が何かを思い出したような素振りとともに動きを止める。
かと思うと、その視線が僕一人へと向けられた。
「すっかり忘れておった。コウヘイよ」
「はい?」
ポンと手を叩き、なぜか僕の方へ寄ってくる王様。
僕個人に用があるかのような態度だが、全く思い当たる節はない。
「お主に贈り物があったのだ。贈り物、或いは贈り者というべきか。魔王討伐の折に唯一報償を受け取らなかったお主に、今回同行してもらうにあたってわしにとっても都合が良いものだと思っておる」
「はぁ……贈り物、ですか」
今更何かを貰うというのもおかしな話な気がするけど……金品を受け取るつもりはないと前にも言ったはずなのに何をくれようというのだろうか。
同行するにあたって都合の良いもの。それって一体なんだろう?
ひょっとして芸人じゃない証明書みたいな? それならちょっと欲しい。
なんて馬鹿なことを考えていると、王様は脇に控える兵士に声を掛けた。
「二人をここに呼んでくれ」
王様が言うと、兵士は『はっ!』と元気良く返事をし、早足で部屋を出て行ってしまう。
そう時間を要することなく、何が始まるのかと黙って見ている他ない僕達の前に現れた人の姿は三つ。すぐに戻って来た兵士の後ろには二人の女性の姿があった。
上下青色の衣服で、膝のあたりまであるスカートがふんわりと広がっており、その上から真っ白なエプロンを身に着けている格好をした見覚えのない女性が二人。
見た目の年齢は方や僕と同じ歳ぐらいで方や僕よりも少し年上であることが分かる。
そして、初対面のこの二人が誰なのかは知らないが、この服装には見覚えがあった。この城の使用人が同じ格好をしていることを僕は知っている。
「二人とも、ここに来て挨拶を」
王様の言葉に『かしこまりました』と声を揃え、二人の給仕さんは僕達の前に並んだ。
一人はどこかあどけなさの残る若い女の子で、頭のてっぺんにお団子を作った小柄なその女性は少し恥ずかしそうに目を伏せている。
この歳でお城で働いているというのも日本にはない、いかにも文化の違いというものを感じさせる有様だ。そもそも人が住む城自体日本にはないんだけど……。
そしてもう一方はというと、年齢でいえば精々僕よりも二つ三つ上ぐらいなのだろうが、そう感じさせないほどに大人っぽい雰囲気を纏っている女性だった。
あからさまに緊張している様子のもう一人と違って、どこか余裕すら感じさせる佇まいで微笑しつつ、こちらを見ている。
「わ、わわわたしはミランダ・アーネットと申しますっ。皆様のご高名はかねがね承っております。よ、よろしくお願いします」
まず、若い方の女性があっぷあっぷしながら自己紹介をし、見事なまでの九十度のお辞儀をした。
もう一人もそれに続く。
「わたくしはアルス・ステイシーと申します。以後お見知りおきを」
アルス・ステイシーと名乗る女性も丁寧に腰を折る。
自己紹介をしてもらえるのはいいのだが、お見知りおきをと言われても結局のところこの二人とどういう関係になるのかが分かっていない僕達は名乗り返すわけでもなくただそれを見ていることしか出来ない。
「うわー、これいわゆるメイドさん的なことちゃうん? 凄いなー、本格的やなー、ウチほんまもんのメイドさんなんかメイド喫茶でしか見たことないわ」
そんな中、夏目さんが一人で感動していた。
メイド喫茶のメイドさんは果たして本物のメイドさんといえるのだろうかということや、
「前回はパーティー内にもゴスロリメイドがいたんだぜ? ただのコスプレだったし、あんまあいつ役に立ってなかったけど」
とか言ってる高瀬さんはさておき。
「リュドヴィック王、この二人は?」
と、セミリアさんが代表して聞いてくれたので僕も王様に向き直る。
ちなみにサミュエルさんは一切興味が無いようで、腕を組んだままそっぽを向いて二人を見ようともしていない。
「この二人をコウヘイの専属使用人とすることにする。前回もそうだったと聞くし、慣れない環境で過ごすのは苦労も多いであろう。二人とも出来た使用人だ、こっちに居る間の身の回りの世話や生活のサポートをさせれば気苦労も少しは軽くなろう」
「……………………はい?」
僕の専属使用人?
なんで急にそんなおかしな話に?
「おいおい、そりゃねえぜ王様。なんだって康平たんオンリーなんだよ。俺にもくれ」
「お主はさんざっぱら金品を受け取ったであろう。それに、元々わしはコウヘイ一人が来るものだとばかり思っていたのでな。不満ならばまた帰りに土産を持ち帰るとよい」
「土産よりメイドさんが欲しいっつーの! メイドの土産が欲しいっつーの!」
「こ、こらカンタダ。いい加減にせんか、国王に向かって何という口の利き方だ、失礼であろう」
「だって不公平だろこれ。不康平だろこれー」
「何をさっきから上手いこと言おうとしとんねん。なんや事情はよー分からんけど、お前痛いぞ。ちょっと大人ししときや。王様と康平君の話やねんから」
セミリアさん、夏目さんに諫められる高瀬さんは依然不満そうだが、僕はそれどころではない。
戸惑っている隙に『では二人とも、しっかりやるのだぞ』と言い残して勝手に話を切り上げようとする王様に慌てて声を掛ける羽目になってしまった。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
「んん? どうしたのだコウヘイよ」
「急に専属と言われても、僕のような人間にそんな大層なことをする必要なんて……」
「はっはっは、きっとそう言うだろうと思っていたよ。だが、そう大袈裟に捉えることはない。先程も言った通りだ、前回も今回も君には世話になるのだ。少しでも過ごし易い環境を用意せねばこちらの立つ瀬もないであろう。二度に渡る国やわしの助けになってくれる働きに対する恩賞なのだ、何も遠慮することはない。用事があれば何なりと言い付けて構わないが仮にも女性だ、あまり嫌がることはしないでやってくれると嬉しい。君はそういう人間ではないだろうがね」
はっはっは、と。もう一度豪快に笑って僕の肩をポンと叩いたかと思うと王様は部屋を出て行ってしまった。
「………………どうしよう」
専属の使用人だなんて……扱いに困るし、偉い人間でもない僕が女性に雑用や身の回りの世話をさせられるはずもないじゃないか。
第一、一人は僕より年上なのに……。
「コ、コウヘイ様」
途方に暮れていると、若い方の使用人が僕の名前を呼んだ。
ミランダさんといったか、いや、この場合はアーネットさんになるのか。
「はい? ……いや、あの、様とか付けなくていいですよ」
「そうはいきません。あなた様はわたし達の主人なのですから」
「しゅ、主人? それは飛躍しすぎでは……」
そんなことを言われてもこっちの気を遣わないといけない度が増していく一方なんですけど……。
「いいえ、専属の使用人として仕えるというのはそういうことでございますわ。所用雑用に身の回りの世話から伽のお相手まで、なんなりと申し付けくださいませ」
「伽って……ステイシーさんまでそんなことを」
年上なのだから僕が困っていることを察してフォローの一つでもしてくれればいいのに……と思ったが、この大人びた微笑を見るに、むしろ僕をからかうためにわざと言っている気がしてならない。
この人がそういうタイプなのだとしたら、王の目論みに反して僕の気苦労は一層増えそうだ……。
なんて内心がっくりしていると、
「よし、じゃあ俺達を部屋へ案内しろい」
何故か、横から高瀬さんがものすごーく偉そうに言った。
アーネットさんは困惑した顔で僕とステイシーさんの顔を交互に見ている。
どうすればいいのか分からないと言わんばかりの表情で、何往復したかも分からなくなるぐらいに何度も何度も繰り返し。
「お断りしますわ」
答えたのはステイシーさんだ。
この部屋に入って来た時から一切変わらない微笑を崩さず、それでいて毅然とした明確な拒絶の意志が感じられる物言いに高瀬さんが憤慨する。
「だが断るだとぉ!? お前にゃメイドさんの自覚が足りないようだな……ツンデレ喫茶じゃねえんだぞ、ああん?」
「わたくし共がお仕えするのはコウヘイ様でございます。国王様や勇者様ならまだしも、あなた様に命令される覚えはございませんわ」
「なんだとぉ~……やい康平たん! この駄目イドになんとか言ってやれ」
「そんなこと言われても……僕もまだどうしていいのやらって状態ですし、お願いするにしても言い方があるでしょう」
案内しろ。と言われたら誰でもイラっとするものだ。
日頃喫茶店で働く僕だけに、そういう勘違いした偉そうな客にあたることは稀にある。あれほどストレスの溜まることは無いと言ってもいいぐらいだ。
「そうだぞカンタダ。この二人は王がコウヘイの為に傍にに置くと決めたのだ、あまり困らせるものではない」
「そうやそうや、大体女に対してなんちゅー物言いやねん。お前がモテへん理由がよー分かるわ」
「今日会ったばっかのお前が勝手に俺がモテないと決めてんじゃねぇ!」
相変わらず反れた話で賑やかな連中だった。
とはいえ、僕もそろそろ休みたいし、そもそもいつまでもここに居るわけにもいかず。何よりサミュエルさんが僕を睨んでいるので僕がどうにかしなければならないらしい。
「えーっと……アーネットさん、ステイシーさん、すいませんが王様が用意してくれた部屋に案内して欲しいんですけど……」
僕にはどんな言葉が返ってくるのだろうかと恐る恐る言うと、二人は声を揃えて『『かしこまりました。ご案内します』』と、腰を折った。
「僭越ながらコウヘイ様。ステイシーさん、などという他人行儀名呼び方はお辞めくださいませ。どうぞステイシーまたはアルス、とお呼び下さい」
「わ、わたしはミランダとっ」
「ぜ……善処します」
「ふふ、奥ゆかしい方なのですね。ではご案内しますので後に続いてくださいますよう」
にこりと笑って、ステイシーさんはくるりと背を向け歩き出した。
なんだか出発する前から予想外のことばかりだが、やっと部屋でゆっくり出来ると思うと少し肩の荷が下りそうだ。
「納得いかねえぇぇぇぇぇぇ!!!」
そんな高瀬さんの断末魔も、今は聞かなかったことにしよう。
応援ありがとうございます!
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