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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている③ ~ただ一人の反逆者~】

【最終章】 真実は闇の中へ

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   ~another point of view~


 反逆者として捕らえられたとある少年が去ったシルクレア本城。
 その本棟地下にある食料庫で身を隠す様に屈みながら荒い息を漏らしている人物がいた。
 十年に渡りクロンヴァール家に仕えてきた男、マーク・ハンバル大臣だ。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……どうして私がこんな無様な真似を……あの役立たずめ」
 落ち着こうとすればするほどに息が切れる。
 部屋からこの食料庫まで誰にも見つからない様に必死に身を隠し、息を潜め、死に物狂いで辿り着いたのだ。
 体力や肉体においては人並みに達しているかどうかも怪しい小柄なハンバルには堪えるのも無理はない。
 では何故そんな真似をしなければならないのか。
 それはある筋からの情報が全ての始まりだった。
 独房に入れられていたはずのベルトリー王子が口を割り協力者、すなわち自分の名前を口にしたというのだ。
 既に口封じを防ぐべく王子の身柄は極秘に別の場所へ移され、陛下の命令が下り次第自分を捕らえる手筈になっていると、そう聞かされた。
 最初は我が耳を疑った。
 確かにあの王子は誰かの身を案じるような人間ではない。むしろ一人でも多く道連れにしようとするタイプだろう。
 だが、その為に保険を掛けておいたのだ。いくら愚かな王子でも自らの命を捨てまでそんなことをするとは思えない。
 しかし、その目で確かめようと独房に向かうと立ち入りを拒否されるというどう考えても普通ではない対応をされた。
 加えて城内に近衛兵の姿が見当たらないことも何かが起きていることを裏付けていた。
 陛下の命令によってのみ動く近衛兵。
 戦でなければ何か特別な任務を与えられている可能性が高い。
 そうなるといよいよこのマーク・ハンバルの確保という指令の話も現実味を帯びてくる。
「くそ……何をのんびりしている、あの小僧め」
 ハンバルは気が気でなかった。
 息が上がっていることとは無関係に苛立ちで小さく身体が震えている。
 もしも捕らえられてしまえば自分は終わりだ。
 あくまで実行犯は王子であるように事を進めてきた。首を落とされることにはならないだろう。
 だがそれでも、そうなれば出世どころの話ではなくなる。
 罪人として生きていかなければならなくなるのだ。
 だからこそ必死な思いをしてここまで来た。
 王子も知らない協力者であり、それらの情報を事前に知らせてくれたアッシュ・ジェインという少年の助けを借りて城から逃げ出す算段だった。
「何をしておる……」
 ようやく息も整ってきた。
 しかし反比例するように苛立ちは増し、手足の小刻みな揺れは激しくなっていく。
 少しして、食料庫の扉が開いた。
 ハンバルは一瞬身構えたが、入ってきたのは待ち人であるアッシュ・ジェインだった。
 自分と違い一切焦る様相の無いジェインの姿にハンバルはまた苛立ちが増す。
「何をしておったのだ、随分待ったぞ」
 悠長にしている時間は無いのだぞ!
 と、怒鳴りそうになったハンバルだったが、辛うじて自重した。
 あくまで助けを乞う立場なのだ。話がこじれることだけは避けないといけない。
「すいませんねぇ、色々と後始末に忙しくて。ていうか、何をそんなに焦っているんですか?」
 ジェインには微塵も悪びれる様子はない。
 その口調はまるで世間話でもしているかの様だった。
「何をだと? こんな時にまで回りくどい話をするな。王子が居なくなっているのだぞ、今に近衛兵が私を捕らえにくる」
 ハンバルが早口で捲くし立てると、ジェインはそれを聞いて今初めて思い出したかの様な反応を見せた。
「王子が口を割りハンバル大臣が暗殺計画に関わっていることが判明、陛下が命令を下し次第近衛兵がハンバル大臣を確保に動く、ベルトリー王子は口封じ及び口裏合わせをさせないために独房から別の場所へ移された。でしたっけ?」
「そうだ、貴様がそう言ったのだろう」
「そうでしたそうでした、すっかり忘れて居ましたよ。ハンバルさんには大変申し訳ないんですけど、あれ、嘘です」
「……なんだと?」
「王子を独房から連れ出したのはボクですよ。理由は勿論、処刑を阻止するためです」
「貴様が……王子を? しかし、どうやってそんなことを。簡単なことではないはずだ」
「ちょっと別に協力者が居ましてね。彼の存在は完全にイレギュラーだったんですけど、おかげで色々とスムーズにいきましたよ」
「その口振りだと、それが何者かを明かす気はないようだな」
「そんなことはありませんけど、聞いても意味無いと思いますよ? その人はもうこの国に居ませんし」
「ならば今はどうでもよい。だが、一つ答えろ。貴様が王子を逃がしたのであれば、何故私をここに呼んだ」
「言ったじゃないですか、後始末はボクの仕事、、、、、、、、、だって」
「…………」
 ジェインにいつにも増してにこやかな表情を崩す気配はない。
 相変わらず腹の内が読めない男だ。しかし、その言葉から察するにやはり自分も城から逃げ出さなければならない理由があるのではないか。
 ハンバルはそんなことを考えている。
 だが次にジェインの口から出て来た言葉がその推測の全てを否定した。
「失敗することが分かっていたとはいえ、結構な苦労なんですよ? 王子を死なせてしまうと色々と尾を引いてしまいますからねぇ」
「失敗するのが分かっていた、だと? 本気で言っているのか……貴様」
 ハンバルの声に怒気が孕む。
 言っていることの意味は分からない。それでも、何かおかしな方向に話が進んでいることだけは理解した。
 そして、その原因がジェインであろうことも。
「流石のボクもこういう時に冗談を言う程の嫌な性格をしていませんよ。敢えて訂正するなら……そうですね、失敗すると思っていたわけではなく失敗させたと言うべきだった、ということぐらいでしょうか」
「…………」
「実を言いますと、陛下が鍛錬室に行かなかったのも馬車に乗らなかったのも、ボクがそういう方向に誘導したからんですよね」
 驚きました? とでも言いたげなジェインの表情にハンバルは返す言葉を失っている。
 事実を述べれば馬車に仕掛けられた爆弾の情報をもたらしたのはコウヘイという異国の少年だったが、説明するのも面倒なのでジェインはそういうことにしておいた。
「ジェイン、貴様……始めから我々を裏切っていたのか。陛下側の人間だったと、今ここでそう言うのか」
「人聞きが悪いですねぇ。答えはそのどちらもノーです。なぜお二人の邪魔をしたのかということについては、こんな下らないことで陛下に死なれてしまっては困るからですよ。世界の中心足る人物として、まだやってもらわなければいけないことがあるんでね。あとはまあ、王子や貴方如きにこの国を統べる器があるはずがないと思ったというところでしょうか」
「ならば……なぜ我々の作戦に参加した」
 もはやハンバルには低い声で睨み付けることしか出来ない。
 平気な顔でベラベラと真実を語るジェインに腸が煮えくり返ることを感じながらも、ならば自分がどうすればいいのかが判断しかねた。
「実験、だそうです」
 あっけらかんと、ジェインは答える。
 ハンバルも馬鹿ではない。
 その言葉が、まるで他の誰かから伝え聞いた事をそのまま口にしているだけであるかの様なニュアンスであったことに気付かぬはずもない。
「一体……貴様は誰の命令で動いている」
「やだなぁ、誤解ですよ。別に命令されてやっているわけではありませんって。ボクと彼は言わば同志、命令したりされたりという関係ではないですから。あくまで協力を要請され、それに応じたまでです。半ば仕方なくね」
「それでも、クロンヴァール陛下とは別の人間の下にいることは間違いなさそうな口振りだな。薄汚いネズミらしい反吐が出る生き様なことだ」
「ふふふ、そうですね。貴方の言う通り、反吐が出る生き方をしていると思いますよ。でも、それを受け入れることにも理由があるということです。ボクの飼い主はこれです」
 ジェインは立てた指で天を指した。
 そして、自らその行動の意味を補足する。
「分かりにくかったですか? 天、つまりは神ですよ」
「神だと? まさか貴様……」
「その通り。ボクは【天帝一神の理ヘヴンズ・キッド】の一員です」
「馬鹿な……天が地上の民に関与してくるなどということがあるはずが……」
「ま、ボクも彼もいつまでその立場で居るかは分かりませんけどね。理由や目的は違いますけど、二人とも従順な使徒というわけではないですし」
「………………」
「ありゃりゃ、驚きのあまり固まっちゃっていますね。では種明かしはこの辺りにして、後始末を再開することにしましょう」
 もう一度にこりと笑って、ジェインは懐からナイフを取り出した。
 形状はナイフに似通っているが、短剣程の長さを持つ金色の武器だ。
「な、何をする気だ貴様……」
 思わず上擦った声を漏らしながらハンバルは後退る。
 毒突き侮蔑することで立場を保とうとしていたその顔に、ここにきて初めてありありと恐怖が浮かんでいた。
「何ってそりゃあ、あれだけの事をしでかしたわけですから。誰かが責任を取らないと」
「そ、それで私を……殺すというのか」
「心苦しいですが、王子を死なせないためにはこうするしかないんですよ。利用された者らしい最後ということで納得してください」
「ふざけるなっ! 口振りからして陛下はまだ私の存在に気付いてはいないのだろう。そんなことをすれば大問題になるぞ! 貴様が罪に問われるはずだ」
「心配はいりませんよ。そのための工作をしていたから遅くなったわけですからね」
「なん……だと?」
「貴方の部屋に色々と仕込ませてもらいました。誰が見ても、貴方が何をしようとしていたのかが分かってしまう様にね。それをボクに嗅ぎ付けられた貴方は城からの逃亡を図るも失敗し追い詰められてしまい、その結果捕まるぐらいならと服毒自殺。そういうシナリオです」
「服毒だと? はっ、笑わせるな。そんなもので殺してその理屈が通るわけがない」
「それも、ご心配には及びませんよ。ボクのゲートは【天衣無縫アブソリュート・スルー】、傷跡は一切残りません。ではハンバル大臣、ご苦労様でした」
 ジェインは選別の笑みを携え、固まるハンバルの首に真っ直ぐとナイフを突き刺した。
 ハンバルの顔が苦しみに歪む。
「が、がはっ……ごふっ」
 ジェインがナイフを抜くと、ハンバルは痙攣する手で首を押さえ呼吸が出来ないことで目を見開き、そのままの状態で地面に倒れた。
「がっ……あ…………」
 乾いた声を最後に、一切の動きがなくなる。
 血を吐き出し、苦しげな表情で両手を首に当てたままマーク・ハンバルは絶命した。
 見下ろすジェインは布きれを取り出し、ナイフの刃を拭き上げる。
 刃には確かに赤い鮮血が付着しているが、ハンバルの首に刺された傷などない。
 その死に様はまさに毒を飲んだ後の様だった。
「さてと……まだまだやることがあるし、次にいきますか。なんでこんなに忙しい思いをしないといけないのやら。とんだ貧乏くじだよほんと……でもまあ、彼よりはいくらかマシなのかな」
 既に別れを済ませた一人の少年の顔を思い浮かべながら、ジェインは食料庫を後にした。
 
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