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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

【第二十章】 決戦前夜

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 時刻にするとまた九時や十時といったところだろうか。
 部屋に戻った僕は少し兵士の名簿と睨めっこしてから入浴を済ませ、歯を磨いて寝る準備をしていた。
 貴賓室なのか、一人で使うにしては広すぎる部屋はジャックが首に掛かっていないだけで余計に広く感じられる。
 ソファーもベッドもテーブルも、どう考えても一人で使う大きさじゃないだけに申し訳なくなってくる待遇だ。
 グランフェルト城でも似た様な部屋で寝泊まりしていたが、どうにも庶民感覚だけは拭えない僕だった。
 そんな感じでベッドに腰掛け、何か他にやっておくべきことはないかと考えていた時、部屋の扉がノックされる音に集中状態から意識を呼び戻される。
 短く返事をして扉を開くと、外に居たのはセミリアさんだった。
 風呂にもまだ入っていないのか、鎧を身に着け背中に剣を差したままの格好だ。
「セミリアさん、どうしたんですか?」
「休んでいるところ済まないな。迷惑でなければ少しよいか?」
「それは構いませんけど、何かあったんですか?」
「いや、そういうわけではない。付き合って欲しい場所があるのだ」
「分かりました。でも、どこに?」
「それは来てくれれば分かる。見て欲しいものがあるというだけのことだが、付いてきてくれるか?」
「そんなに気を遣わないでください。僕は大丈夫ですから」
「ありがとう、コウヘイ。少し距離がある、馬を一頭借りているので私の後ろに乗っていてくれればいい」
 結局どこに行くのか分からないまま、僕はセミリアさんの後に続く形で部屋を後にした。
 馬を借りるぐらいだ。城の、或いは町の外に向かうということぐらいしか把握出来ていないけど、セミリアさんが意味もなくそんなことはするまいと僕は黙って付いていくことに。
 そのまま城の外に出ると、やけに月が大きく外灯などなくても十分に灯りがきていた。
 城門に待機させていた馬に跨り、二人を乗せた馬は夜道を駆けていく。
 外に広がる町に用があるのかとも思ったが、城壁の一角にある門を潜り馬はそのまま町の外に出てしまった。
 慣れない僕はやっぱり後ろに乗っているだけでもセミリアさんに掴まっていないと怖さがある。
「セミリアさんも器用に馬に乗れるものですね」
「コウヘイの国には馬は走っていないのだったな。ならば無理もないが、私達の世界では馬に乗れなければ長い移動もままならん。自然と身に付くというものさ」
 時折そんな会話をしつつ草原を走り、森に入り、城を出て数十分経った頃になってようやく馬がその足を止めた。
 月明かりを遮断するほどに生い茂ってはいなかったが、しばらく森を進んだせいで方向感覚など一切失われている。ここに置いていかれたら帰る自信がない。
 なんて心配は不要なんだろうけど、こんな森の中に何があるのだろう。
 セミリアさんが自分から言わない以上はしつこく聞き出そうとは思わないけど、万が一いつかの様にこのセミリアさんが偽物だったら一貫の終わりでは? といった具合に色々と考えながら馬を木に繋いで無言のまま二人で少し歩いた。
「ここだ」
 セミリアさんが足を止める。
 遠目からなんとなくは見えていたのだが、間近で見てみると何とも物悲しい光景がそこにあった。
 それは村だったのか集落だったのか、大勢とは言えない人間がかつてここで暮らしていたのであろう土地の成れの果てだ。
 十を超える家屋の残骸があちこちに見える。
 柱や骨組みだけを残して崩れ去り、まるで自然災害の跡のような廃墟と化した景色に心が傷んだ。
 形を保っている建物はなく、時間が経ったせいかやけに黒くなった木々の山があちこちにあるだけだ。
「出発する前、この国は病気だと私が言ったのを覚えているか?」
 どうコメントしていいのか分からず、黙っていた僕の隣で静寂が破られる。
 その目は建物の残骸を見たままだ。
「勿論、覚えています」
「その意味を分かって欲しかった。だからお主をここに連れてきたのだ」
「それはつまり……これは争いの跡だということですか?」
 そう考えただけで、より一層に惨たらしい現実が目の前にあるのだと認識が変わってしまう。
「いや、あれは争いなどではない」
 あれは。
 と、確かにセミリアさんは言った。
 まるでこの場所がこうなってしまった時、その場に居たかのようなニュアンスだった。
「何か知っているんですね」
 まず間違いなく良からぬ事情があることに気付きながらも、動揺してしまったのか無意識にそう聞き返してしまっていた。
 僕の問いに対し、セミリアさんは少し間をおいて天を見上げる。
 そして、
「ここは、私が生まれ育った村だ」
 次に出て来た言葉は、僕にとって聞かない方が幸せだったのではないかと言いたくなるような、想像を遙かに上回る残酷な記憶だった。
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