ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

釣り堀

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自分の畜舎に戻った妹狸は、『やれやれ、やっと心配事がなくなった』とでも言わんばかりに、しばらく食べないでいた餌を猛烈に食べ始めた。

「あの様子ならば、もう大丈夫かな?」

その様子を外から見ていた僕らが、そっと離れようとしたら、気配を察した妹狸が網にくっついてひゃんひゃん泣き出した。鳴き出したではなく泣き出した。
毎日逢ってるたぬきちも、こんな悲痛な声出した事ない。

「僕らは動物園の人間じゃないから、お別れだよ。」
ひゃんひゃん。
「ねぇ殿?妹ちゃん、ちょっと可哀想ですよ。」
「とは言っても、連れて帰るわけにもいかないしねぇ。」
ひゃんひゃん。
「困ったなぁ。」
ひゃんひゃん。
「んん~ん。ああわかった。僕の負けだ。時々遊びにくるよ。兄ちゃんの言う通り、本当に甘えん坊な妹ちゃんだな。君は。」
ひゃん?
「ああ、約束だ。」
わんわん!
泣き声が元気な鳴き声に変わった。
「よしよし、いい仔だ。」
わん。



動物園3人組さんも、もう悩むのをやめて、ありがままを受け入れる様だ。
「本当にこんな人なんですねぇ。狸がお客さまの言う事聞いて素直になりましたよ。」
こんな人とはどんな人ですか?飼育員さん?
「しかも、狸がこれだけ鳴いて意思を伝える姿など、私も飼育員歴長いですけど初めてです。」
知りませんよ。知ったこっちゃありませんよ。ええ。ええ。


「実は私、こう言う者でございまして。」
僕らと妹ちゃんのやりとりを見ていた、もう1人の男の人が名刺を差し出して来た。えーと。園長って書いてあるな。
「はい、私、当園の代表を務めます一木と申します。」
「はぁ。」
「失礼とは存じ上げますが、お客さまは今、何のお仕事をされていますか?」
「無職です。」
こら、玉!
「…働かれていらっしゃらない。」
「会社が傾きましてね、2ヶ月前にリストラされました。しばらくは貯金と失業保険でゆっくりしようと、姪っ子を連れて遊んでいる次第です。」

あれ?これって平日に姪っ子を連れてフラフラしている状態って設定か。
もしかして僕ヤバくない?
下手すると、女子中学生もしくは高校生に見える玉と遊び惚けている、場合によっては、玉をお金で釣って良からぬ事をしている駄目大人に見えないか?
いや、そうとしか見えない。

「あれ?叔父さんが長考モードに入っちゃいましたか。」
「はぁ?」
「この人は根が生真面目というか、糞真面目なのと、この通り変な特技を持っているせいで、世間体とか色々気にしちゃうんです。無職だし。」
「はぁ。」

わんわん!
「なんですかぽん子?僕は今考え事を…。」

「あの、こんな状況だったので一般公開を中止していましたから、名札も外していたんですが?何故狸の名前をご存じなんですか?」
「へ?だって飼育員さん。あなたがぽん子ぽん子って普段呼んでたんでしょ?ぽん子はぽん子で定着しちゃってますよ。なぁぽん子。」
わん。
「お客さま、それはもう超能力の類いでは?」

余禄ですよ余禄。
とは言え無いので、あーそうそう。ホームページか以前の記憶だかで刷り込まれていた事にしました。 
お3人さん(あと玉も)はなんだか何か言いたそうな口元してましたが、何も言いませんでした。
言うだけ無駄だと、悟ったのでしょう。
話が早くて助かります。


「んん。あのそう言う訳で(どんな訳だ?)、当園はあなたをスカウトしようかなと、思っておりまして。」

「光栄ですが、それは無理ではありませんか?ここは市の施設だから、職員は公務員にあたるでしょう?僕は公務員試験を受けた事もありませんし、飼育員の資格とか持ってませんよ。」

「公務員試験に合格するまでは、嘱託という形で採用出来ます。それに飼育員自体に資格は要りません。勿論、業務上あった方が良い関連資格は沢山あるますけど、それはどの職業も同じでしょう。」

「と、いきなり言われましてもねぇ。今の僕は、自堕落な無職生活を目一杯楽しんでいる最中なので、簡単にイエスともノーとも言えませんよ。」

「勿論、それはそうです。でも、この仔たちはあなたを待ってそうですよ。」

わん。
うるさいぞぽん子。

「因みに前職はどんなお仕事をされていらっしゃいましたか?」
「証券会社ですよ。最近ニュースになったからご存じでしょう。あの会社です。」
「…結構な大企業じゃないですか。あの、因みに資格は何かお持ちですか?」
「はぁ、FP1級くらいは。」
「素晴らしいじゃないですか!」
「あとはええと。」
気にした事もなかったな。指折り数えてみよう。
「公認会計士、司法書士、行政書士、社会保険労務士、くらいかなぁ。OJTの一環として会社命令で取らされて。取らなかったら昇進試験受けられなかったんですよ。もっとも、一度も役に立った事なかったけど。」
資格手当も大した額じゃ無かったし。

「えーと、園長?この人、動物園にスカウトして良い人じゃなくありませんか。むしろ私が永久就職先として立候補したい超優良案件ですよ。」
「飼育員じゃなくデスクワークのスペシャリストになれますな。市役所本所で今すぐ役職持てますよ。」
「しかし、動物達の懐かれ方は、まさに選ばれし者なんですよねぇ。この方は現場の才能がお有りなんですねぇ。」

なんですか?僕はRPGの勇者な何かですか?


とにかく全部、ぜーんぶペンディングにしてもらいました。
無職の僕としてはとても有り難い話ですが、玉だって居るし、明日の事も何も、なーんにも決めて無いので。

「それでも。それでも、ぽん子達にちょくちょく会いに来てください!」

という、園長以下たってのお願いで、一木園長謹製・永久パスポート(入場料は大切な市の利益なんだから、勝手に作っちゃ駄目でしょ)やら、ぬいぐるみやらストラップやらキーホルダーやら、山の様にグッズを押し付けられて、ほうほうの体で逃げ出しました。

「んじゃぽん子ちゃん、またねー。」
わん。

手を振る玉に、元気に応えるぽん子ちゃん。
…僕らが関わる狸って、鳴きすぎじゃね?


★  ★  ★


車の後部座席がレッサーパンダのぬいぐるみで埋もれてしまったぞ。
玉は何故か売店で売ってた(で、プレゼントされた)、玉の半身くらいある特大アライグマ(ラ◯スカル)のぬいぐるみを抱えて、助手席で「えへへへへ。」だし。
夕べから、えへへへへばかり聞いてる気がするなぁ。
「えへへへへ。」

さて。
すっかり子供(未就学児)部屋みたいになっている車を西に走らせて向かうは釣り堀です。
聖域の川や池はそんなに広くないのに、今のペースで魚が増えても困るので間引きをしようかなと。
ぶっちゃけ、僕は手掴みで捕まえられますが、うちの女性陣は戦力になるのかしら。
青木さんはともかく、玉なら魚に触れるだろう。多分。

鰻は明らかに神様の要望だろうけど、イワナとかどうすんだよ。
たぬきちのタンパク質にするしかないなぁ。
僕らのおやつとしても、塩焼きとか美味しいし。

「えへへへへ。」
玉は地図をなぞる日課をすっかり忘れてるし。

★  ★  ★

「釣りはした事ありますよ。池で釣る鯉は玉のうちではご馳走でしたし。」 
あぁ、本人はあっけらかんと言うけど、また聞かない方が良かった玉の過去が暴かれちゃったよぅ。

「玉の時は、石をひっくり返して捕まえた川虫を餌にしてましたけど、今はお団子なんですねぇ。」
「疑似餌って言う手法もあるんだ。木材なんかで餌に見せかけた模型を作って針を垂らすと、餌要らずで魚が釣れるよ。」
「殿の発明ですか?」
「先人達の知恵です。あ、玉。餌はもっと大きく付けなさい。鯉に大きく口を開けさせるんです。」
「わかりました!殿!」

この様子ならば、玉は大丈夫だな。さて、問題は僕だ。
友達との付き合いで何度か釣りに行って、それなりの釣果もあげたけど。僕の知識はとある有名釣りマンガ三平しかないんだよね。基本は全部友達におんぶに抱っこだったし。
今の玉へのアドバイスだって、なんかのバラエティ番組の釣り企画でたまたま知っただけだもん。

カエシの無い針に、たっぷりと餌団子をつけて、と。

「わわわわ、引いてます。大きいです。」

釣り糸を垂らそうと思ったら、さすがは経験者・玉。瞬殺です。
タモに持ち替えて、鯉が逃げない様に下から、下から。えーと?

「…気のせいですかね。鯉が自分から殿の持つ網(タモ)に飛び込んで行きましたよ。」
「ぐ、偶然でしょう、うん。」
「あの、殿のウキも沈んでます。」
「やややや。」
タモを玉に渡し(微妙に交通事故駄洒落)、慌てて竿を握り直そうとしたら。
うん。勝手に鯉が浮いて来た。
おまけに、まだ空中にある玉の持つタモに自分から飛び込んでいっちゃった。

「………。」
「………。」
「殿。」
「何も言わないで下さい。」

ふと気がつくと、僕らの周りには鯉が溢れて顔を水面から上げてぱくぱくしてたかと思うと、水中に沈めてあるビクに自分から潜り込もうと渋滞を起こし始めちゃた。

他に客が居なくて良かったよ。

何も言わずにビクを見せると、釣り堀の親父さんが、黙って色々景品をくれようとしたけど、黙って拒否して、参加賞のお菓子だけ貰って帰る事にしました。

「殿?」
「一応、釣り道具を一通り買って帰りましょう。お昼は何が良いですか?」
「……お肉とお魚以外で。」
「はい。」
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