ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

榛名湖

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牧場でヤギ塗れ羊塗れ(ついでに馬塗れ)になった僕と玉は、這々の体で逃げだしました。

ひひん。
『またねぇ』
メェ。
メェ。
『待ってるよぉ』

「私はお馬さんと、良好な関係を作れたと思っているんですけどねぇ。」
「だって、玉ちゃん夫婦ですよ。玉ちゃんはまだしも、ムコドノはねぇ。」
「うるさいよ。君までムコドノ言わないの。しかも片仮名で。」
「殿は毎日、あんなんなってたんですね。嬉しいけど、大変でした。」
「玉はどんどん婿殿にそっくりになっていきますねぇ。」
「玉と殿は一心同体ですから。」
「…良いなぁ。」
「いくないぞ。」

……しずさんと青木さんは、グリーン牧場を短い時間ながらも、目一杯楽しんでくれた様だ。
良かったね。
因みに上のセリフは誰のセリフか、敢えて説明しないけど。
とりあえず、僕はげんなりしました。
げっそり。

★  ★  ★

さて、車はどんどん高度を上げて(あと巫女親娘の廃線跡巡りも終わらず)、次なる目的地に到着です。

榛名山と榛名湖。
伊香保観光のクライマックスかな。

榛名山が最後に噴火したのは、6世紀中盤の事。
以降火山活動は止まっているんだけど、休火山って分類がなくなっているって、旅行の資料を読み込んでいて初めて知ったよ。
死火山が無くなったのは知ってたけど。

活火山か、活火山じゃないかの2分しか、今は無いんだって。
なんだそりゃ。

榛名山の火口が大爆発して出来たカルデラに水が溜まって出来たカルデラ湖が榛名湖。
榛名山って火口付きの立派なコニーデがあるから、あっちが本体かと思いきや、榛名湖あたりも丸々火山だったと。
会津磐梯山も、元は2,000メートル級の山だったものが上400メートル分吹き飛んで、あの形になったそうだし、そもそも我が故郷の阿蘇山は大噴火前、12,000メートルあったらしい。ヒマラヤ山脈より高えじゃねぇか。

そんなカルデラ湖も、標高1,000メートル越えの高原地帯にあるので、真っ白けです。
凍ってます。

「お母さん、何だろうこれ。」
「お家の前の池も、冬になったら氷が張ってたでしょ。あれ全部氷なのね。」
「へぇ。なんか凄いね。」

玉達は、もう口を開けっぱなしだ。
玉はいいけど、しずさんまで口開けてどうするの。

で、榛名湖でなんのレジャーをするのかと言うとだね。

「ワカサギ釣りとロープウェイくらいしか無いのよねぇ。」
「あぁ、僕は釣りは遠慮しとく。」 
「玉もかな。」

という事で、ロープウェイになりました。

………

「ごめんなさい。今日の旅行は君達3人が主役だ!とかあの人言ってたんだけど。」
「釣りだったら、私もおかずによく鯉を釣ってましたよ。」
「そうなんですか。」
「それにね。」
湖岸を手を繋いで散歩する娘夫婦を少し離れた所から見守りながら、しずさんは懐かしそうに言う。

「前にね、婿殿の元で遠慮がちな玉を心から楽しませて欲しいって、婿殿にお願いをした事があるんですよ。」
「知ってますよ。私もあの人から相談を受けましたから。」

それで紹介した市川市動植物園に行ったから、私達の周りは動物だらけになっちゃったのよねぇ。

「精神体の私も玉にくっ付いて一緒に行ったんだけどね。荼枳尼天様の川で釣りをしようかと、釣り竿を買って、釣りの経験しに釣り堀に行ったんです。そしたら。」 
「そしたら?」
「魚は針に掛からず、直接婿殿が持っていた魚籠に飛び込んで行きました。入りきれない魚が婿殿と玉の前で渋滞を引き起こしてました。」
「…………何をしてるのよ、全く。」
思わず額を押さえてしまったわ。


「私が暮らしている水晶には池があるでしょう。畑とお社に。」
「はい。」

どちらも落ちた事があるもん。

「畑の方の池は貯水池として作ったそうだけど、オイカワと川海老が滝登りをしてまで棲みついてるの。それはなかなか川まで来てくれない婿殿達の側にいたいから。でもお社の池は、あれ生簀なの。荼吉尼天様の川に繋がっているんだって。婿殿が、私がいつでも新鮮な魚をいつでも食べられる様にって作ってくれたのよ。…魚影が濃過ぎて、網で掬えるんだけどね。」
「はぁ。」
「一言主様は婿殿の優しさを知っているから、魚ですら婿殿に懐く事を邪魔しないのね。荼枳尼天様は婿殿の料理が食べたいから、魚の意思を消して魚のままにしてるの。神様にそう聞いたことあるんですよ。」

つまりは、聖域と名付けている方の魚も、神様の介入が無ければ、普通にあの人に懐くわけか。
まぁあっちの魚は、たぬちゃん達の餌にもなっているそうだから、その為でもあるのか。

って、何変な所で吊り合いが取れてるのよ。

「因みに、釣り竿は今、温泉入り口の暖簾掛けになってます。」
「…なんだか釣り竿が不憫だわ。」
「無駄にはなっていないという事にしちゃいましょう。見つかったら玉に叱られちゃいます。」
「お母さんって、本当に玉ちゃんが大好きですね。」
「それはね。」

娘と少し距離をあけたまま、私達は後を追う。
目の前にはロープウェイの駅。

本当は私もあの人と手を繋ぎたいけど、ほら、玉ちゃんがあんな素敵な顔をして笑ってる。
邪魔できないよ。
私も、あの人の隣で、あんな顔出来ているかな?

「私はね。母親失格なんです。そもそも何故あんな事になったのか、婿殿ならそのうち解き明かしてくれるんでしょうけど。…私は玉の心が壊れてるまで、玉を1人にしてしまったから。」 
「その先言ったら私でも怒りますよ。」
「?」
「玉ちゃんは、誰も恨んでませんよ。お母さんと離れ離れになった事も、自分がひとりぼっちになった事も、全て意味がある事だと思っています。だから玉ちゃんは絶対に謝らせないでしょ。玉ちゃんはみんな大好きなんです。お母さんも殿も私も、ご近所さんも動物達も。あとあの人の妹さんもね。そしてみんな玉ちゃんが大好きなんです。あの兄妹の望みは玉ちゃんの願いを叶えてあげる事で、玉ちゃんの望みは自分の喜びをお母さんと分け合う事なんです。」
「まったくもう。あの子ったら、まったくもう。」

呆れ半分に娘を見つめるお母さんの顔も、それもまた素敵な笑顔でした。

………

ロープウェイに乗ってゴトゴトと。
「ごとごと。」 
「わぁ。」
玉はいつものオノマトペ。
初めて見る上空からの風景に感激の声を溢すしずさんを見て、とっても嬉しそう。

雪の白と木々の黒が入り混じる風景。
右を見ると、太った「く」の字の榛名湖。
冬という事もあり、独特の雰囲気を醸し出している。


榛名山の山頂は特にこれと言った店舗はない。
僕らはそのまま、雪の残る展望台に向かった。
「わくわく。」
展望大好き玉さんが、しずさんの手を握って駆け足。
「転ぶなよ。」
「気をつけるです!」
「あらあら。」

いや、でも。
冬はいいね。
晴れてるし、空気が澄んでいるから、南を見れば噴煙上がる浅間山が、ガスる事なく綺麗に見えている。その奥に覗く白い頭は富士山だ。

「お母さん、あれ。」
「不尽山ですね。竹取物語に出てくる山です。」
「玉んちからも見えてたね。」
「ここからも見えるのね。」

ちょいちょいと、袖口を青木さんに突かれた。

「お母さん、さすがね。かぐや姫に関係あったか考えちゃった。」
「かぐや姫に振られた帝が、不死の薬を焼いた場所が富士山、だったかな。」
「そ。私達は昔話で知ってるけど、お母さんは原作を読んでいるんだね。」

普段はお間抜けで呑気なあらあら母さんですが、元々は知識階層にして祝詞を唱えられる神職。
玉も急速に知識を身につけているから、たまに本気になると、もの凄いアカデミック親娘になる。

「なんか私、あそこに入れる自信ないなぁ。」
「僕にだってないよ。あの2人には、親娘の絆を超えた繋がりがある様に見えるもん。」
「貴方が言うなら、そうなのかな。」
「んだよ。ほれ。」
青木さんの背中をポンと叩いて、玉達より少し離れた場所に僕らは2人で立った。

「あれ。あれれ?あれって筑波山?」
「ふむ。」
スマホの資料で確認してみる。
位置的には間違いない。
あの双耳峰は、裏から見てるから見慣れないけど、頭の中で再構築してみれば間違いない。
筑波山だ。
「へぇ。榛名山から見えるんだ。」
「そういえば、サンシャインだか都庁だか忘れたけど、都心から日光の男体山が見えたな。」
「そっちもあの2人に見せなきゃね。」

その、あの2人さんは、富士山や眼下の榛名湖を指を指しながら、なんかクスクス笑っている。
良かった。
玉が溢した、「お母さんにも見せてあげたいな」を叶えてあげられたかな。


さて。
榛名湖畔に戻った僕は、お土産にお饅頭と鮎の甘露煮を購入。
誰へのお土産かって?
妹にじゃないよ。
うちには食いしん坊がいるから。
たぬきちとか、たぬきちとか、たぬきちとか。
あと、荼吉尼天とか御狐様とか。
フクロウくんとテンの親子は、そこまで食い意地は張ってないんだよなぁ。
ぽん子やちびは、普通の狸と犬だから食欲も普通だし。

今日は、荼吉尼天も一言主も祝詞をあげてないし(一応、報告はしておいた。祭壇に向かって話しただけだけど。)、後で玉としずさんの日課をこなしてもらうついでに、みんなにも食べさせてあげようっと。

そんなこんなで、青木さんの軽自動車は山を一つ戻って、伊香保温泉の谷間に帰る。

本日のお宿、伊香保温泉のホテル◯坊という、それなりに高級で有名な温泉宿に入るのでした。
ここまで、結構充実した旅行ですな。
うん。
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