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2 お宿は何処でも大丈夫

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 馬車に揺られながら、物思いに耽るユナ。

 何故、買ってまで娶ろうというのだろうか?
 遠い地であるニールベルグ領にも、悪女の噂は広まっている筈……。それなのに、当主はどうして、私を選んだのだろうか?

 そんなことばかり考えてしまう。
 だが、グラヴィス公爵前当主とは社交界の場で会ったことがある。
 
 噂を嘘だと思ってくれていれば嬉しい。
 そう、ユナは期待した。


 
 舗装された道を馬車で揺られること三日。行く先々の町で宿に泊まりながら、ユナとアイラ、御者の三人はニールベルグ領を目指した。
 一日目、二日目と宿は一般市民の泊まるような安い宿しか空いておらず、そこに泊まった。幸にもユナの荷物は特大の鞄が三つ。宿に泊まるのにも苦労はしなかった。寧ろ、こうした宿に宿泊したことのなかった為、新鮮で貴重な体験をさせて貰った。

 おまけに、傾きかけた家の財政を戻そうとする程の大金が支払われている筈。これくらいのこと、我慢出来ずどうする。





 馬車に揺られて三日目。漸くニールベルグ領に入ることが出来た。グラヴィス家のある街に着く前に、一つ前の街で最後の宿泊をすることになる。

「え? ホテルが満室?」
 御者の言葉に、ユナは言葉を繰り返す。
「は、はい……。申し訳ありませんが、前日同様、民宿でもよろしいでしょうか?」
 再び一般市民の利用する宿に泊めてしまうことを陳謝する御者に、ユナは微笑んだ。
「私は大丈夫です。あなたこそ、長旅でお疲れでしょう? 大丈夫?」
 心配そうに尋ねると、彼は「仕事で慣れていますので」と答えた。

 一般市民向けの宿と言っても、部屋はきちんとしている。狭いがシャワーも完備され、体を清めることも出来る。食事も提供される。それだけで十分だ。




 四日目にして漸く、グラヴィス公爵家へと着いた。出迎えは三人。自己紹介をして貰うと、侍従長とメイド長、私設騎士の隊長だった。

 案内をして貰い、屋敷の重厚な玄関扉を開けて貰う。
 不安に圧し潰されそうだ。

 扉が開き、中に一歩踏み入れる。大勢の侍従とメイドが頭を垂れる中、漆黒の髪の美丈夫が通路の中央に立っていた。暗闇に溶けこむような漆黒の髪に、対照的な白磁のような白い肌。端整のとれた顔立ちを強調するような、まっすぐな鼻筋、透き通るような薄い唇。こちらを見つめる空を連想させる水色の瞳は冷たい感じがした。

 ユナは頭を下げ、スカートの端を持ち上げた。
「ユナ・リリーベルです。この度のこと、嬉しく思います」
 
 暫しの沈黙が流れる。すると、目の前の美丈夫が口を開いた。
「ロイド・グラヴィスだ。……浪費癖が激しく傲慢、言うことを聞かない人間にはすぐに手を上げる悪女、か……。そんな君でも、この家のしきたりには従って貰う。今までのような悪事が出来ると思うな」

 そう言い、彼は屋敷の奥へと去って行ってしまった。軽蔑の含まれた眼差しに、ユナは胸が痛む。


 その後、メイド長やメイド達に部屋に案内されるが、歓迎されている様子ではなかった。仕事としては接してくれるが、余所余所しい態度に、自身の考えは甘かったのだと思い知らされる。

 アイラ含め、他のメイド達が荷物を片してくれている間、どうやったら親しくなれるか考える。
 だが、中々に思いつくことは出来なかった。




 食事の時間になり、食堂に案内される。ロイドと二人、食事をしていくが、終始無言だった。

(これでは家の時と変らないわね……)

 そう思ってしまい、小さく溜息が零れた。それに気付いたロイドが「どうした」と声を掛けてくる。
「な、何でもありませんわっ」
「食事もシェフが丹精込めて作ったものだ。文句は聞きたくない」
 その言葉を聞き、食事に不満を持ったのだろうと勘違いされてしまったのだと気付く。だが、うまく言葉に出来ず、ユナは「申し訳ありません……」と謝罪するしか出来なかった。



 夫人室に戻り、湯あみの準備をしていたメイド達に頭を下げ、湯あみだけはアイラと二人きりにしてほしいと頼む。渋々だったが了承を得られたユナは、ホッと一息吐いた。


 大きなバスタブに張られた湯に浸かり、長旅の疲れを癒す。髪を洗って貰う最中、ユナはアイラに言葉をかけた。
「どうやったら、噂を払拭できるかしら……」
 その言葉に、アイラは髪を梳きつつ言葉を返す。
「……私は何故か同情されました」
「噂だと、相当な悪女のようだしね、私……」
 落ち込むユナに、アイラは言葉を詰まらせた。そんな彼女に振り返り、ユナは笑顔を向ける。
「でも、此処でくよくよしてても始まらないわよね。頑張るわ!」

 前向きに考えるユナに、アイラは静かに微笑むのだった。
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