TS聖女の悩みの種

ねこいかいち

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29 偶然?

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 翌朝の早朝から、治療を開始しだす。軽度の患者が多かったこともあり、医師が手伝いに入れなくても順調に終えることが出来た。先日の患者の容体が気になり、診療所に向かう。グレイヴさんには診療所の前で待っててもらい、中に入った。

「こんにちは、容体どうですか?」

 ドアを閉め声を掛けると、中から慌ただしく医師が出迎えてくる。

「昨日の【治癒】、本当に素晴らしいです! 流石は聖女様ですよ」
「どういうことですか?」
「腫瘍が小さくなるどころか、なくなっています」

 そんなことはない。癒し手の【治癒】は、腫瘍を小さくすることは出来ても、切除しなければ治せないレベルのものは完治させることは不可能だ。だからこそ、癒し手と医師が共に必要となるのだから。

 急ぎ患者の元へ行き、【探知】を行う。本当に、完治していた。

「何故……?」

 この世で万能と謳われたのは、初代の聖女のみ。彼女はあらゆる病も傷も癒せたと聞くが……何故、同様のことが起きたのだ?

「聖女様?」

 考えを巡らせる私に、医師が心配そうに声を掛けてきてハッと我に返る。

「一応、念のためもう一度【治癒】を施しておきますね」

 未だぐっすり眠っている患者に、【治癒】を行う。

 偶然なのだろうか? 兎に角、このことは定期連絡でも話さないでおこう。医師にも内密にと言い、診療所を出た。

「お待たせしました」
「おう。じゃあ行くか」

 外で待機して貰っていたグレイヴさんと合流し、村長に挨拶をしてトレスタを発った。次に目指すのはナイアの町だ。


 その道中、私はずっと、考えごとをしていた。

 前にも言ったが、本来、癒し手の【治癒】は自己治癒能力・免疫力の活性化を促し治療する。故に、末期の肥大化した腫瘍は小さくすることは出来ても、切除せねば治せないものは完治させられない。体の至る所に転移した癌細胞に関しても、それは同様だ。だからこそ、手術の出来る医師が必要不可欠なのだ。

 なのに、私は腫瘍を小さくする所が完治させてしまった。これは初代の聖女以来、前例がない。私の身に、何が起きたのだろうか……。


 終始無言のまま、ナイアへの道を歩く。残る巡回の村は、ニーシュとヌアノスの二つだけだ。その前に、ナイアで休息を取ろうという話になったのだ。

「ロラン、無事か?」
「え。はい、大丈夫ですよ」

 急に訊ねられ、咄嗟に返事をする。すると、何故か渋い顔をされた。変なことでも言っただろうか?

 森から山沿いの渓谷を進み、ナイアへと到着する。色とりどりの植物が植えられた花壇はとても綺麗で、自然豊かな町に私は思わず見惚れた。

「宿を探そうぜ」
「はい」

 先を行くグレイヴさんの後を追い、宿の予約と服のクリーニングをお願いする。

「グレイヴさん、少し出かけてきます」
「おう、気を付けてな」

 宿で別れ、私は薬局を探しに町を歩いた。その際、書店を見かけた。後で寄ろうと思いつつ、看板を探す。薬局を見つけ、トレスタで使い切ってしまったエリクサーの補充をした。少し多めに購入した所為か、少し鞄が重くなった。

 帰り道、行きで見つけた書店に入る。初代聖女に関しての本を何冊か読み、その内の一冊を手に取り会計に向かった。


 書店のすぐ目の前のベンチに腰掛け、本のページを捲りだす。

 やはり、初代の聖女は万能だったようだ。

 本には、どんな病も傷も癒し、民を救ったとある。また、今の医療技術の革新にも尽力したと書かれてある。恐らくだが、彼女は自分同様、同じ世界の転生者だったのではないかと思う。そうでなければ、前世の世界と同じ医療器具・病名が使われているはずないから……。

 そんな彼女は、若くして亡くなったそうだ。理由は今も解明されていないが、魔力の酷使や神に近付きすぎた呪いではないかと諸説あるようだ。

 本を閉じ、鞄の奥底に仕舞う。早く宿に戻ろう。彼の元に、一秒でも早く帰りたい。そう思った。



 食事もお風呂も済ませ、後は寝るだけとなったそんな時、グレイヴさんが部屋へと訪れた。

「隣、いいか?」
「? はい、どうぞ」

 ドキドキしながら、ベッドに腰掛ける彼を見つめる。

「どうかしましたか?」

 声を掛けると、急に肩を抱かれ彼の腕に包まれる形で後ろに倒された。

「きゃっ! もう、何ですかっ」

 驚きのあまり声を上げると、彼は顔を寄せてくる。

「お前さん、何か隠し事してるだろ」

 言い当てられ、肩が小さく跳ねた。誤魔化そうと、わざとらしく首を傾げる。

「何も有りませんが?」
「嘘つけ。あからさまに顔に出てるんだよ」

 一蹴され、言葉に詰まった。彼に隠し事なんて、二つしかない。でも、どちらも今は話すのは難しい。告白はまだ、心の準備が出来てないから。【治癒】に関しては、未だわからないことが多すぎるからだ。

 ただ、悩んでいるのは事実だ。

 本来の癒し手の範疇を越えた【治癒】を施した私は、どうなるのだろうか。私も初代聖女と同様に、若くして命を落とすのだろうか。考えれば考える程、怖くなる。

 恐怖に震えながら俯き、そっと、グレイヴさんの袖を軽く摘まんだ。

「……ごめんなさい。今はまだ、話せないです。でも話せる時がきたら、聞いてくれますか?」

 ゆっくりと顔を上げると、彼は微笑んでくれる。

「いつでも待っててやるよ」
「ありがとうございます」

 今だけは、彼の優しさに甘えることにした。そのまま、彼の腕の中に納まる形で丸くなり身を寄せた。

「今日だけ、一緒に寝てくれますか?」
「魘されそうなのか?」
「はい……」

 側に居てほしくて、嘘をついてしまう。それでも、グレイヴさんは優しく布団を掛けてくれた。

「お休み。ゆっくり休めよ」
「……ありがとう、ございます」

 彼の腕の中で、ゆっくり目を閉じる。微かに聞こえる彼の心音を子守歌に、私は眠りについた。

 悩み事は未だに頭の隅にある。それでも、今だけは忘れようと思う。
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