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Act.7 世界樹の精霊と俺たちの真実
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『お前に関しては、もっと長く眠っている。なにせ、以前と比べればかなり魔力の量も質も高くなったと言えるだろうからな。それこそ、お前のパートナーと競える程に』
「そうですか。……、えっ?」
俺のことはどうでもいいんだ。……と思ったんだけど、今聞き捨てならないことを言われたような気がする。
「……俺の、魔力が、クリストファー様と、タメをはる程になった……、ってことですか……?」
『そう言っているぞ、私は』
話をきちんと聞いているのか? とばかりの顔をしながら、ユグドラシルはお茶を飲んだ。
い、いや、だって、まさかそこまでとは思わないだろ!? 俺の魔力は学園同学年のド平均ラインだったんだぞ!
『目覚めたあとお前はまず、増えた分の魔力の扱いに慣れる必要がある』
薄ピンクのマカロンがユグドラシルの口内に消えていく。咀嚼後、飲み込んでから、俺をじとりと見やってきた。
『肉体のリハビリも魔力の訓練もしないまま、若苗を取り戻そうとはするなよ。その力に振り回されて何も出来ぬうちに再び殺されるだけだ』
「……流石に、そんな愚は犯しませんよ」
ただ、俺の力不足を、圧倒的に、明確に突きつけられたことを、ふがいないと思ってだけだ。
俺はブドウを一粒摘まむ。今まで食べたどのブドウよりも甘味が濃く、それでいて爽やかだった。
……クリストファー様とリアンに、食べさせてやりたいな。
『で、だ。もう一つ、話しておきたいことがある』
「? はい」
俺は淹れ直してもらった紅茶を含んだ。ユグドラシルの話に耳を傾ける。
聞いていくうちに、俺は驚愕せざるを得なかった。
だって、余りにも荒唐無稽な話に聞こえたんだ。そんなことってあるか!?
終わったあと、俺は重いため息とともに、思わずこう訊いていた。
「……それは、本当に本当のことなんですか?」
ユグドラシルは一つ頷く。マジかよ……。
『初代のユグドラシルから続く記憶が改ざんされていなければ、真実だ。何ならオヴェロンに訊いてきても構わんが』
「……そう……、です、か……」
事実かぁ……、そっかぁ……。
『事実、私も、私の先代のユグドラシルから、預ける人間の選定はそうしたと聞かされた。だから、私もお前たちに私の若苗を預けたのだ』
「……にわかには、信じられませんよ、そんな……」
『そうだろうな。私を育ててくれた人間もそう言っていた』
……はは、そっすか……。
項垂れてると、ぴょんと何かがユグドラシルのテーブル側に乗ってきた。
緑色の……リス!?
『ユグドラシル様! この人の子の肉体の準備が完了したみたいです!』
『そうか。ご苦労様』
肉体の準備。ということは、俺の体が今の魔力に耐えられるぐらいに回復した、あるいは馴染んだ、ってことだよな……。
ユグドラシルは、ポポポン、と軽い音を出しながら、いろんなナッツをリスに出してやっていた。
それを嬉しそうに頬袋に詰め込んでいるのを見ていると、ユグドラシルが言う。
『……人の子よ、そろそろのようだ。帰るといい』
「……はい。ごちそうさまでした」
まあ、世話になったしな、と俺は頭を下げる。
頭をあげると、リスが軽やかに地面に降りたところだった。
『道案内は彼がしてくれる。ついて行きなさい』
「はい」
帰るか、と思って立ち上がりかけたとき、俺の頭の中に一つ浮かんできた。
「……あの、最後に一つ、訊いていいですか?」
『何かな?』
「……俺はあの時、一瞬、ほんの一瞬だけ、クリストファー様を庇うことしか頭になく、リアンの存在を二の次にしてしまいました。そんな俺に、あなたはまだリアンを任せるというんですか?」
……そう。リアンが精霊から託された子だというなら、俺は私情をなるべく抑えるべきだったのだ。
だが俺はあの時、確かにクリストファー様のことしか考えていない瞬間があった。
そんな俺が、果たして精霊の子を預かっていいのかどうか、分からなかった。
きっと、またクリストファー様を優先するときがあるかもしれないから。
そう思って訊いたんだが、ユグドラシルは何故か呆れたような顔をしていた。
でも俺へ返ってきた答えは、確かに慈悲の籠もった声だった。
『私の若苗を、どうか頼むよ』
……俺は、許されたんだろうか。
都合がいいとは思うが、俺は、なんとなくそう感じた。
だからまあ、こう返事するしかないだろう。
「……はい……!」
俺の返事に、ユグドラシルは笑みを深くした。
どうやら、先方の望む反応だったらしい。
『ああ、そうだ。私からも一ついいか?』
「はい」
『お前と、お前のパートナーの名を教えてくれないか?』
俺たちのことを、〝数多くいる人間〟から、〝個体認識するべき存在〟と見なしたんだろうか。
どちらにしろ、名前を知られて困る相手ではない。教えても構わないだろう。クリストファー様も嫌とは言うまい。
俺は立ち上がる。幼い頃から大人の執事や使用人達に囲まれて習得した〝美しい立ち姿〟を取る。
かかとを揃え、つま先は拳一つ分ほどの隙間。背筋から頭までまっすぐに、引っ張られたように。胸に右手を当て、左手を腰に。
一番深く頭を下げる。最敬礼だ。
「世界樹の精霊ユグドラシルに申し上げます。我が名はディラン・サヘンドラ。私が仕える主にして、ともに御子を預かっている者の名は、クリストファー・グルシエス・ハイマーと申します」
俺はクリストファー様の執事だ。それはきっと、これからも揺るぎないだろう。
だからこそ、今この場ではこの対応が一番相応しい気がする。
頭を上げると、ユグドラシルは初めて見たとばかりの笑顔で、ぱちぱち手を叩いていた。
『綺麗な礼だったな。見事だぞ、ディラン』
「お褒めに預かり光栄です」
『ディランにクリストファー。うん、覚えた。良き名だな』
「ありがとうございます。主と両親に伝えておきます」
『うん。……さ、そろそろ行くといい。お前の縁者達が待ちわびている頃だ』
促され、俺は頷いた。
今度は会釈をして、少し離れたところで待っていたリスに近寄る。
するとすぐに小走りになったので、俺は足を速めた。
『……お前達に、歴代のとと様かか様達の加護がありますように』
「そうですか。……、えっ?」
俺のことはどうでもいいんだ。……と思ったんだけど、今聞き捨てならないことを言われたような気がする。
「……俺の、魔力が、クリストファー様と、タメをはる程になった……、ってことですか……?」
『そう言っているぞ、私は』
話をきちんと聞いているのか? とばかりの顔をしながら、ユグドラシルはお茶を飲んだ。
い、いや、だって、まさかそこまでとは思わないだろ!? 俺の魔力は学園同学年のド平均ラインだったんだぞ!
『目覚めたあとお前はまず、増えた分の魔力の扱いに慣れる必要がある』
薄ピンクのマカロンがユグドラシルの口内に消えていく。咀嚼後、飲み込んでから、俺をじとりと見やってきた。
『肉体のリハビリも魔力の訓練もしないまま、若苗を取り戻そうとはするなよ。その力に振り回されて何も出来ぬうちに再び殺されるだけだ』
「……流石に、そんな愚は犯しませんよ」
ただ、俺の力不足を、圧倒的に、明確に突きつけられたことを、ふがいないと思ってだけだ。
俺はブドウを一粒摘まむ。今まで食べたどのブドウよりも甘味が濃く、それでいて爽やかだった。
……クリストファー様とリアンに、食べさせてやりたいな。
『で、だ。もう一つ、話しておきたいことがある』
「? はい」
俺は淹れ直してもらった紅茶を含んだ。ユグドラシルの話に耳を傾ける。
聞いていくうちに、俺は驚愕せざるを得なかった。
だって、余りにも荒唐無稽な話に聞こえたんだ。そんなことってあるか!?
終わったあと、俺は重いため息とともに、思わずこう訊いていた。
「……それは、本当に本当のことなんですか?」
ユグドラシルは一つ頷く。マジかよ……。
『初代のユグドラシルから続く記憶が改ざんされていなければ、真実だ。何ならオヴェロンに訊いてきても構わんが』
「……そう……、です、か……」
事実かぁ……、そっかぁ……。
『事実、私も、私の先代のユグドラシルから、預ける人間の選定はそうしたと聞かされた。だから、私もお前たちに私の若苗を預けたのだ』
「……にわかには、信じられませんよ、そんな……」
『そうだろうな。私を育ててくれた人間もそう言っていた』
……はは、そっすか……。
項垂れてると、ぴょんと何かがユグドラシルのテーブル側に乗ってきた。
緑色の……リス!?
『ユグドラシル様! この人の子の肉体の準備が完了したみたいです!』
『そうか。ご苦労様』
肉体の準備。ということは、俺の体が今の魔力に耐えられるぐらいに回復した、あるいは馴染んだ、ってことだよな……。
ユグドラシルは、ポポポン、と軽い音を出しながら、いろんなナッツをリスに出してやっていた。
それを嬉しそうに頬袋に詰め込んでいるのを見ていると、ユグドラシルが言う。
『……人の子よ、そろそろのようだ。帰るといい』
「……はい。ごちそうさまでした」
まあ、世話になったしな、と俺は頭を下げる。
頭をあげると、リスが軽やかに地面に降りたところだった。
『道案内は彼がしてくれる。ついて行きなさい』
「はい」
帰るか、と思って立ち上がりかけたとき、俺の頭の中に一つ浮かんできた。
「……あの、最後に一つ、訊いていいですか?」
『何かな?』
「……俺はあの時、一瞬、ほんの一瞬だけ、クリストファー様を庇うことしか頭になく、リアンの存在を二の次にしてしまいました。そんな俺に、あなたはまだリアンを任せるというんですか?」
……そう。リアンが精霊から託された子だというなら、俺は私情をなるべく抑えるべきだったのだ。
だが俺はあの時、確かにクリストファー様のことしか考えていない瞬間があった。
そんな俺が、果たして精霊の子を預かっていいのかどうか、分からなかった。
きっと、またクリストファー様を優先するときがあるかもしれないから。
そう思って訊いたんだが、ユグドラシルは何故か呆れたような顔をしていた。
でも俺へ返ってきた答えは、確かに慈悲の籠もった声だった。
『私の若苗を、どうか頼むよ』
……俺は、許されたんだろうか。
都合がいいとは思うが、俺は、なんとなくそう感じた。
だからまあ、こう返事するしかないだろう。
「……はい……!」
俺の返事に、ユグドラシルは笑みを深くした。
どうやら、先方の望む反応だったらしい。
『ああ、そうだ。私からも一ついいか?』
「はい」
『お前と、お前のパートナーの名を教えてくれないか?』
俺たちのことを、〝数多くいる人間〟から、〝個体認識するべき存在〟と見なしたんだろうか。
どちらにしろ、名前を知られて困る相手ではない。教えても構わないだろう。クリストファー様も嫌とは言うまい。
俺は立ち上がる。幼い頃から大人の執事や使用人達に囲まれて習得した〝美しい立ち姿〟を取る。
かかとを揃え、つま先は拳一つ分ほどの隙間。背筋から頭までまっすぐに、引っ張られたように。胸に右手を当て、左手を腰に。
一番深く頭を下げる。最敬礼だ。
「世界樹の精霊ユグドラシルに申し上げます。我が名はディラン・サヘンドラ。私が仕える主にして、ともに御子を預かっている者の名は、クリストファー・グルシエス・ハイマーと申します」
俺はクリストファー様の執事だ。それはきっと、これからも揺るぎないだろう。
だからこそ、今この場ではこの対応が一番相応しい気がする。
頭を上げると、ユグドラシルは初めて見たとばかりの笑顔で、ぱちぱち手を叩いていた。
『綺麗な礼だったな。見事だぞ、ディラン』
「お褒めに預かり光栄です」
『ディランにクリストファー。うん、覚えた。良き名だな』
「ありがとうございます。主と両親に伝えておきます」
『うん。……さ、そろそろ行くといい。お前の縁者達が待ちわびている頃だ』
促され、俺は頷いた。
今度は会釈をして、少し離れたところで待っていたリスに近寄る。
するとすぐに小走りになったので、俺は足を速めた。
『……お前達に、歴代のとと様かか様達の加護がありますように』
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