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Act.9 もう負けない、折れない、屈しない、その為に

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 翌日、俺はいつも通り訓練の為に屯所に行った。
 はずだったのに、背後に怒気を忍ばせた笑顔のルーイ殿に、魔道士隊執務室に引きずられた。
 執務室に入るなり、「その場に立って」「微動だにしない」「動くなっつってんだろ」と散々に言われながら、ルーイ殿の【能力診断魔法】の魔法陣の上に立たされた。
 何を調べているんだろう、と思っていると、エウラリア様に連れられてクリストファー様も入ってきた。精霊たちも一緒だ。
 しばらく、フォンフォンという魔力が魔法陣を走る音を黙って聞く。

「……よし。ディラン氏、もう動いていいですぞ」

 その声と共に、魔法陣が消える。
 ルーイ殿は執務机に座ると、なにかを一心不乱に書き始めた。
 少し待つとそれが書き上がる。ぺらりと見せられた紙には、【能力診断魔法】の結果が走り書きで書かれていた。
 すっ、とその紙に重なり合うように、もう一枚紙が差し出された。

「これは医療部隊で保管している、春の一斉身体・魔力検査のディランの結果の写しよ」

 エウラリア様に差し出されたそれと、ルーイ殿の走り書きを見比べる。

「おお……」

 覗き込んだクリストファー様が感嘆の声を上げた。俺の魔力は、春先に比べて約120倍に跳ね上がっていた。数値上は、確かに春先のクリストファー様と遜色ない。
 その他、筋力、聴力、視力も軒並み爆増している。春先と比べて20~30倍程だ。
 でもそんな自覚は俺にはない。昨日プッツンとキたとき以外は、身体能力で誰かや何かを圧倒したことがないのだ。

「……魔力はまだしも、筋力とかは自覚症状がないんですが」

 そう言うと、ルーイ殿は珍しくフードを脱いで露わになった素顔で、流し目を寄越してくる。

「……日が経つごとにディラン氏の戦闘能力が爆上がりしていってんのを、各隊長・副隊長は毎日情報交換しとるんで、僕も把握済みなんすわ。ディラン氏に腕っ節で勝てる人材なんぞ、ここにはもう御館様や義兄殿クラスしかおらんっつーの」
「……えっ?」

 俺はぽかんとしてしまった。いや、本当に。そんな自覚、一切なかった。
 御館様、ゲオルギオス様、デイヴィッド様のお三方は、我らが騎士団の物理攻撃部門最高戦力だ。
 このお三方から一本取ることを目標に鍛錬を積んでいるが、未だにそれは適っていない。それなのに、強くなったと言われても……。
 ……いや、そういや最近の集団戦闘訓練バトルロイヤル、一番最後に残るのはだいたいが俺と部隊長副部隊長クラスだった……、よう、な……?

「……で、イフリート様がある推論を立てなさった」

 ぴっ、とルーイ殿は人差し指を指示棒のように振る。

「蘇生時に増えた分の魔力は全部、身体能力育成に回っちまってるんじゃないか、ってね」

 くるくると指を動かし、魔力でイメージを中に描く。
 三頭身に簡略化されたぬいぐるみのような俺のイメージ。その胸の前で、炎の赤と雷の黄色の小さなオーラがぐるぐる回っている。かと思うと、どんどん大きくなっていった。
 オーラの肥大化にあわせるように、顔だけぬいぐるみなのに体格はムキムキの筋肉質に変わっていく。
 いや、せめて体をムキムキにするなら顔もそれに見合ったものにしてくれ……、と思っていると、ルーイ殿がイメージから目を反らさないまま、俺に言う。

「ディラン氏の場合、クリストファー様の身を守りたいって気持ちが異常過ぎるくらいに強い」
「えっいや俺はふつ」
「じゃあ言い方変えますわ。ディラン氏レベルの忠誠心と執着心、それに基づいた実行力と粘着気質は、当代のグルシエス家付きの人らの中でもなかなか見かけんレベルにまで到達しとるっちゅう話になってるんよ」
「ちなみに、」

 それまでエウラリア様の背後で静かに控えていたリリアさんが、急に声を上げた。

「今の旦那ルーイ様のお話の情報元は、頭領様ジーク・シエレご夫妻ご本人方です」

 え……。それ、親父と母さんが、俺のクリストファー様への忠誠心は化け物レベルって言ってたってこと……?
 ……親父はともかく、リリアンヌ奥様が御館様に嫁がれる際に自分も教団騎士団を抜けてついてきた母さんには言われたくないぞ。

「で、そこにリアンたそまで加わって、最低単位の群れ……つまり家族状態になった」

 ふい、と指が動くと、俺のイメージの隣に三頭身のクリストファー様、二人の間にちっこい三頭身のリアンが、ポンポンと音を立てて現れた。かわいい。

「ところが、きゃわゆいきゃわゆい自分の〝子供〟は、『この子の実家は自分とこなので引き取りまーすプップクプー』とばかりの連中に誘拐され、自分たちはそいつらにぶん殴られて意識不明の重体ときたもんだ」

 ばこんばこん、と俺とクリストファー様のイメージが殴られ昏倒し、その隙にリアンが白塗りの三頭身に引きずられるように消えていった。……泣いてた、気がする。
 ……ああ、今、腹の中で何かがとぐろを巻いた気がした。

「復活後、二人は怒り狂った。よくも自分の大事な大事な片割れを傷つけ、〝子供〟を誘拐してくれたなヴォケどもがぁ……!! とばかりに怒り心頭ムカ着火ボルケイノ。それが今。現在。なう」

 むくり、と起き上がった俺のイメージを見て、俺はぎょっとした。
 逆鱗を5枚くらい無遠慮に毟られたドラゴン種……? みたいな顔をしていた。いや、割と冗談抜きで……。
 クリストファー様のイメージまで、何か世間を手酷く騙して世界を破滅させそうな笑みを浮かべてるし……。
 すると、妙に恐ろしい俺とクリストファー様のイメージは、胸の前に再びオーラを出した。二人揃ってぎゅるんぎゅるんと荒れ狂っている。

「今、僕が出してるイメージは、一般騎士団員への無差別アンケートで挙がった今の君らの印象を総括したもの。まずディラン氏はもう単純に怖い。戦場にいて尚且つブチギレてるときの先代様と御館様と先代家令殿を足して三で割ったのを、更に10倍濃縮したみたいで怖い」

 俺のイメージが、口からフシャァァァ……と謎のオーラを吐いた。何だこの地獄絵図の覇王みたいなのは……。

「そんでクリストファー様は、魔力がデカすぎて近寄りたくない、近寄ったらその魔力でぷちって潰されそう。イリーナ女史をも上回るド畜生ガンギマりフェイスで屯所内歩かれると、こっちを実験動物にする気なんじゃないかって、身の危険を感じる」

 ケケケケケケケケケ!!! と、クリストファー様のイメージが急に嗤いだした。うわ……、とクリストファー様自身は引いていたが、俺はこれも可愛いと思う。

 ぶん、とルーイ殿が手を払って俺たちのイメージを消した。
 呆然としている俺と、納得していないようにむっつりしているクリストファー様。
 ……そうか、訓練のときはまだしも、それ以外で俺が遠巻きにされていたのはこれか……。

「結論、増えた魔力はもうどうしようもないから、早く二人とも元の雰囲気に戻って欲しい。だってさ」

 そう締めくくられた言葉に、俺は頭をかく。

「……自覚はありませんでした」
「でしょうなぁ」

 はっ、とため息にしては短い息を吐いて、ルーイ殿は横に逸れた話を修正した。
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