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Act.10 いざ、敵の本拠地へ
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食べる場所を探して彷徨っているうちに、美味そうな果物が山盛りにされた屋台で売られているジュースも買ってみた。
教会の許可を得て、ノルニアの森に自生している果物を採取して作っているミックスジュースだという。
ベリーがベースになっているのか、少し赤紫が強い色だ。
「シグルド、あそこのベンチが空いてるよ」
木製のカップを二杯持ったクリストファー様が、小走りに駆け出した。
そこは屋台エリアの端で、周囲に木々が植えられている広場のようだった。
広場の中心にはパラソル付きのテーブルセットがあり、木の根元にはベンチが複数置かれている。
既に何カ所かのテーブルセットやベンチには先客がいたが、運良く一脚空いているベンチがあった。二人で座り、互いに持っている物の受け渡しをする。
「ほら」
「ありがとう。こっちも」
「ん」
サンドを渡し、ジュースを受け取る。一口飲んでみると、爽やかな風味と甘酸っぱさ、そして冷たさが心地よかった。
「冷却して売っていたのかな」
「……それね、こっそり僕が冷やしといたの」
思わず出た俺の呟きへ、クリストファー様がそう返してきた。
「冷たい方が美味しいじゃん?」
いたずらが成功した子供のような顔でそういい、サンドにかぶりついている。
……まったく、仕方のない人だ。
「まあ、確かにな」
俺もサンドにかぶりつく。バゲットとは違う、ふわふわのパンだ。
オーレンダル王国でなら、市販のものは王都の高級ベーカリーぐらいでしかお目にかかれないタイプだ。
食への興味が旺盛でお抱えの料理人がいるような貴族や富豪なら、研究させてふわふわのパンが焼けるようになっているのかもしれないが。
ちなみにグルシエス家中の場合、パン担当のシェフたちが自主的に研究しまくっているので、いろんなタイプのパンを食べることが出来る。有り難い。
さて、サンドの中の肉はまだ熱さが残っていて、肉の旨味と甘辛めのソースがいい案配にマッチしている。シャキシャキの野菜が肉をより引き立てる効果を発揮していた。
端的に言って、かなり美味い。
なんだかんだ言っても、俺たちはまだ成人したての若い男だ。腹も減っていたし、無言で食べ進めてしまった。
最後の一口を飲み込み、ジュースで口の中をさっぱりさせる。
それでようやく、一心地つけたような気になった。
「美味しかったねえ」
「ああ。もう一つ食えるよ、あれなら」
「宿への帰りに寄ってみよっか。半分こしよ」
「いいな。ソースがついてない部分のパンをパッセルのおやつにしてもいいし」
「そうだね」
妖精は、契約者からの定期的な供物があると喜ぶ。
パッセルの場合は、普通の小鳥が食べても害がなさそうな、穀物や果物、余計な味の付いていないパンの欠片などを好むらしい。
この旅の間も機会があればそういうものを与えてやれと、カルムに言われているのだ。
「ノルニアベリー自体も売っている店があったら、いくつか買ってみるか」
「うん、そうしよう」
……ふと、遠くの方から近づいてきた足音が、こちらの方向に向かってきた。
なんだと思って見ると、フードと外套で姿を隠した人物が、小走りに走ってくる。
少し軽い足音だ。足下は、ワイン色の編み上げブーツにロングスカート。
女装趣味の少年というわけでなければ、足音の主は女性だな。
二人揃って視線を向けていると、足音の主は俺たちの隣のベンチにさっと腰掛けた。
ぜいぜいと息をしばらく整えていたかと思うと、んぐ~、と伸び。そして、深く被っていたフードを少しずらす。
やや癖のある長い赤毛と、ラピスラズリのような青い目が印象的だ。
「あー、やっと撒いた! ったく、しつこいったらないんだから」
そうぼやきながら、パタパタと手で顔を扇ぐ少女。年の頃は俺たちと同年代か少し下くらいか?
顔立ちは可愛らしい部類のほうだろう。ぱっちりした目鼻立ちに、健康的な色の肌だ。
ベンチに浅く腰掛けていた彼女は、背もたれにでろん、と身を預けた。まあ、たまにはそういう時もあるよな。
……あ、目が合った。
少女が慌てて姿勢を正す。少しばかりその頬が染まっているのは、だらしのない所を見られた、という羞恥心が起こったからかもしれない。
「ご、ごめんなさい。つい油断して、見苦しいところを見せちゃったわ」
「い、いいえ。大丈夫ですよ」
少女の言葉にクリストファー様が答える。
うん、俺たちは本当に気にしてないから大丈夫だ。
なんせ、俺の隣にいる方は、貴族でありながら屋台のジャンクフードの方がかしこまった食事より好き、という人だし。
それはそうと、なんでベリージュースのカップをガン見してるんだ、この子は。
「……もしかしてそのジュース、ノルニアベリーの?」
「ええと……、確かそんな名前のベリーだったような……。ね、シグルド」
「ああ」
ここで嘘をつく必要性はまったく感じないので、同調して頷いておく。
すると、少女がため息をついた。
「てことはあそこの屋台よね。あぁ~、久しぶりに屋台行脚したいけど、仕事じゃないと街に出してもらえないからなぁ……」
「……仕事?」
「あ、ええ……」
思わず口に出してしまった、といったようだった。
というより、後半はただの独り言のつもりだったに違いない。
残念なことに、俺の聴覚は魔力を封印している状態でもそこそこいいんだ。
ふう、と一つため息をつくと、彼女は観念したように話し始めた。俺たちにしか聞こえないように、声を潜めて。
教会の許可を得て、ノルニアの森に自生している果物を採取して作っているミックスジュースだという。
ベリーがベースになっているのか、少し赤紫が強い色だ。
「シグルド、あそこのベンチが空いてるよ」
木製のカップを二杯持ったクリストファー様が、小走りに駆け出した。
そこは屋台エリアの端で、周囲に木々が植えられている広場のようだった。
広場の中心にはパラソル付きのテーブルセットがあり、木の根元にはベンチが複数置かれている。
既に何カ所かのテーブルセットやベンチには先客がいたが、運良く一脚空いているベンチがあった。二人で座り、互いに持っている物の受け渡しをする。
「ほら」
「ありがとう。こっちも」
「ん」
サンドを渡し、ジュースを受け取る。一口飲んでみると、爽やかな風味と甘酸っぱさ、そして冷たさが心地よかった。
「冷却して売っていたのかな」
「……それね、こっそり僕が冷やしといたの」
思わず出た俺の呟きへ、クリストファー様がそう返してきた。
「冷たい方が美味しいじゃん?」
いたずらが成功した子供のような顔でそういい、サンドにかぶりついている。
……まったく、仕方のない人だ。
「まあ、確かにな」
俺もサンドにかぶりつく。バゲットとは違う、ふわふわのパンだ。
オーレンダル王国でなら、市販のものは王都の高級ベーカリーぐらいでしかお目にかかれないタイプだ。
食への興味が旺盛でお抱えの料理人がいるような貴族や富豪なら、研究させてふわふわのパンが焼けるようになっているのかもしれないが。
ちなみにグルシエス家中の場合、パン担当のシェフたちが自主的に研究しまくっているので、いろんなタイプのパンを食べることが出来る。有り難い。
さて、サンドの中の肉はまだ熱さが残っていて、肉の旨味と甘辛めのソースがいい案配にマッチしている。シャキシャキの野菜が肉をより引き立てる効果を発揮していた。
端的に言って、かなり美味い。
なんだかんだ言っても、俺たちはまだ成人したての若い男だ。腹も減っていたし、無言で食べ進めてしまった。
最後の一口を飲み込み、ジュースで口の中をさっぱりさせる。
それでようやく、一心地つけたような気になった。
「美味しかったねえ」
「ああ。もう一つ食えるよ、あれなら」
「宿への帰りに寄ってみよっか。半分こしよ」
「いいな。ソースがついてない部分のパンをパッセルのおやつにしてもいいし」
「そうだね」
妖精は、契約者からの定期的な供物があると喜ぶ。
パッセルの場合は、普通の小鳥が食べても害がなさそうな、穀物や果物、余計な味の付いていないパンの欠片などを好むらしい。
この旅の間も機会があればそういうものを与えてやれと、カルムに言われているのだ。
「ノルニアベリー自体も売っている店があったら、いくつか買ってみるか」
「うん、そうしよう」
……ふと、遠くの方から近づいてきた足音が、こちらの方向に向かってきた。
なんだと思って見ると、フードと外套で姿を隠した人物が、小走りに走ってくる。
少し軽い足音だ。足下は、ワイン色の編み上げブーツにロングスカート。
女装趣味の少年というわけでなければ、足音の主は女性だな。
二人揃って視線を向けていると、足音の主は俺たちの隣のベンチにさっと腰掛けた。
ぜいぜいと息をしばらく整えていたかと思うと、んぐ~、と伸び。そして、深く被っていたフードを少しずらす。
やや癖のある長い赤毛と、ラピスラズリのような青い目が印象的だ。
「あー、やっと撒いた! ったく、しつこいったらないんだから」
そうぼやきながら、パタパタと手で顔を扇ぐ少女。年の頃は俺たちと同年代か少し下くらいか?
顔立ちは可愛らしい部類のほうだろう。ぱっちりした目鼻立ちに、健康的な色の肌だ。
ベンチに浅く腰掛けていた彼女は、背もたれにでろん、と身を預けた。まあ、たまにはそういう時もあるよな。
……あ、目が合った。
少女が慌てて姿勢を正す。少しばかりその頬が染まっているのは、だらしのない所を見られた、という羞恥心が起こったからかもしれない。
「ご、ごめんなさい。つい油断して、見苦しいところを見せちゃったわ」
「い、いいえ。大丈夫ですよ」
少女の言葉にクリストファー様が答える。
うん、俺たちは本当に気にしてないから大丈夫だ。
なんせ、俺の隣にいる方は、貴族でありながら屋台のジャンクフードの方がかしこまった食事より好き、という人だし。
それはそうと、なんでベリージュースのカップをガン見してるんだ、この子は。
「……もしかしてそのジュース、ノルニアベリーの?」
「ええと……、確かそんな名前のベリーだったような……。ね、シグルド」
「ああ」
ここで嘘をつく必要性はまったく感じないので、同調して頷いておく。
すると、少女がため息をついた。
「てことはあそこの屋台よね。あぁ~、久しぶりに屋台行脚したいけど、仕事じゃないと街に出してもらえないからなぁ……」
「……仕事?」
「あ、ええ……」
思わず口に出してしまった、といったようだった。
というより、後半はただの独り言のつもりだったに違いない。
残念なことに、俺の聴覚は魔力を封印している状態でもそこそこいいんだ。
ふう、と一つため息をつくと、彼女は観念したように話し始めた。俺たちにしか聞こえないように、声を潜めて。
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