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Act.12 ハイマー辺境領への帰還

幕間 ~今はまだディランたちが知らないこと・2~

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『聖女がどうにも気になる』
『……ああ、あの場にいた娘っ子ですかい』
『そう』

 幼い世界樹の精霊は、目を細めた。
 このままの体勢が続けば、そう遠くはない未来で、彼女は自分に仕えることになるのだ。
 だが今後、そうなるとは限らない。
 自らと親木、〝父母〟とその縁者たちに累が及ぶようであれば、間違いなくリアンは〝世界樹の若木〟として力を行使すると決めている。
 そのために、あらゆる物事や人物を疑い、警戒すべきと感じた時はそうする。
 それがリアンなりに決めた自らのあり方だった。

『……親木様の記憶だと、マナ・ユリエ教の聖女ってのは、神託を受けたら強制的に親元から引き離されて教会で暮らさないといけなくなるみたい』
『へェ』
『リリアンヌおばあさま含めて、先代の聖女たちはみんなそのことを誇りに思ってたみたい。……でも、あの子は違う雰囲気があったって。もし、自分が聖女だって連れて行かれたのが本当に嫌だったとしたら、今回のことで何かあの子に精神的な変化があったかもしれない』

 それが一体どのような変化なのか、本人と相対するまでは分からない。
 こちら側に利益があるならいいが、もし不利益をもたらすような変化なら――……。
 そこまで考えて、リアンはふっと笑った。

『……まあ、僕の取り越し苦労ならいいんだけどね』
『……そうだといいですな』

 呟くように返答するイフリート。
 このまだまだ幼い世界樹の精霊の心が健やかであることは、この精霊の願いでもある。

『……あとでママにも言っておくけど』

 不意に話しかけられ、イフリートは閉じていた目を開けた。

『お前たちに僕から命令……というか、頼みがある』
『へい』
『……ママ一代だけでいい。でも、ママの命が世界樹に還ってくるまで、お前たち誰かひとりだけでも、ママと契約を続行していてほしい』
『……なんと』

 イフリートは僅かばかりに目を見開いた。
 四大精霊同士で相談し、リアンが人間たちの元から巣立つまでは〝母〟との契約を続行しようと話はついていたのだ。
 だが、その〝延長〟が一生涯になるとは、それもリアンにそう頼まれるとは、思ってもみなかった。

『ママとパパは、これから世界の大きなうねりに巻き込まれる可能性が高い。……歴代の親木様のパパとママのように、望まない戦いや戦争に駆り出される可能性だって、ないなんて言えない』

 それは、ユグドラシルの代替わりの度に繰り返されてきた歴史だった。
 人間界での戦争、或いは複数国でのクーデターや革命。その影には世界樹を巡った争いがある。
 それも人間同士で帰結するようなものではない。
 必ず、世界樹の精霊ユグドラシル、精霊の始祖オヴェロン、<物質マテリアル>と<属性エレメント>の【構成要素】を司る精霊、時と空間を司る双子の精霊、五柱がかりで封印しているモノたちの影が忍び寄ってくるのだ。
 ユグドラシルの代替わりで封印にほころびが出る。明らかに欠陥がある封印だが、ユグドラシルも封印に参加させねばならなかった。
 世界樹が、この世界の楔なのだから。

『パパとママを守ってくれる戦力は少しでも多い方がいい。出来るなら、お前たち四大が全員いてくれたら僕も心強いんだけど』

 幼い次代のユグドラシルにそう乞われ、イフリートは恭しく頭を垂れる。

『今晩までには、連中と話し合って決めまさァ』
『お願いね』

 話はついた。リアンは子供らしい、大きなあくびをする。

『……パパもママもまだまだぐっすり寝てるし、僕ももう少し寝るね』
『へい。お休みなせぇ、リアン様』
『うん』

 もそもそと上掛けの中に潜り込み、ディランにぴったりとくっつく。
 体温と心臓の鼓動、二人分の寝息。
 この屋敷に来てから、いつも眠るときに感じていた気配がすぐ側にあることに、リアンは満足げに笑いながら瞼を下ろした。
 その様子をイフリートは、微笑ましく思い見守る。
 幼いユグドラシルが立派な大木として起つまで、この穏やかなときが続いてほしいという願いを抱きながら。
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