孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

文字の大きさ
上 下
24 / 308
二章 友愛の魔女スピカ

22.孤独の魔女と友愛を捨てた者

しおりを挟む
ヴェルトさん、本名 ヴェルト・エンキアンサスさん  腰には立派な剣を差した自称しがない旅人さん
 
エリスはクレアさんと一緒に商業区画に赴いた際、エリスのちょっとした不覚から迷子になり 襲われそうになっていたところを、この方に助けていただきました
 
「ジーっ」  

「なんだよ、エリス …俺の顔になんかついてる?」

「はい、目元に剣のタトゥーがついてます」

「ああ、これね これはあれだ 、若気の至りで入れたやつさ、もしエリスが今後タトゥーを入れようと思うなら、顔にはやめとけよ?歳食ってから後悔する、 先人からのアドバイスだ」

ヴェルトさんはエリスの手を引きながら商業区画の人混みの中を歩いてくれます、時々ちゃんとついてきてるか?と声をかけてくれたり、変に怖がったりしないように声をかけてくれたり

まだ出会って10分そこそこですが、エリスはこの人が悪人とはどうにも思えなくなっています、そりゃこのまま手を引かれた先が人気のない倉庫で 呆気を取られている間に縄で縛られ売り払われでもしたら考えを改めるかもしれませんが

そんなこと いちいち気にしてたら、人に身を委ねる なんてこと一生できませんしね、今はこの人を信じてみようと思っています

「しかし、エリスは変わった子だよなぁ…」

「エリスは変ですか?」

「ああ、メチャクチャ変だ…そのくらいの歳の子は普通街で迷子になったら泣きじゃくるもんだし、あんなきったねぇクソオヤジに言い寄られりゃそれだけでオシッコちびってもおかしくない、のに お前はどちらもしない」

何者だよお前は そう隠すわけでもないヴェルトさんの視線がエリスに突き刺さる

確かに、そう言われると寂しさが込み上げてくる…エリスも昔 ししょーと引き離された時はびえびえと泣いていた、が もう一年も前の話 エリスは成長しましたからね

それに、寂しさや焦燥感以上に、自分への情けなさが勝っていたので 泣いている暇がなかったというか…、エリスはこの国に来て浅いから知り合いも少ないし 泣いたって解決するわけじゃないから

「でも、泣いても誰も助けてくれませんし」

「それは…いやそんなことねぇよ、この国にはいい奴も沢山いる、泣いてる子供を見て見ぬフリをする奴はいないはずだ、もっと大人を頼れ」

何か 勘違いさせてしまった、確かに今のセリフではエリスが酷く荒んでいるようにも見える、けどまぁ…本当に助けて欲しい時に 助けてくれる人間というのは、本当に少ないのをエリスは知っている

だからこそ、エリスはししょーを尊敬しているのだ、あの人はどんな時でもエリスを助けてくれるから

「すみません、…変なことを言って」

「いや、俺こそごめんな 変に感情的になってよ…、ちょうどお前くらいなんだよ 俺の親友の娘がさ、だからどうにも放って置けなくてよ」

「エリスと同じ歳なんですか?」

「ああ、もう一年近くあってないが 今頃エリスくらいの背丈になってるだろ、久しぶりに会いたいが そうも言ってられねぇからな」

今のエリスやデティと同じくらいの子供、とは言え この位の歳の子は よほど突出してなければみんな同じくらいの背丈だと思う、それこそ エリスくらいの子は山程いるだろう

「会わないんですか?その子に」

「ああ、会わない」

「なんでですか、それだけ大事に思ってるのに会えない理由って…」

「俺が馬鹿だから」

「…どういう理由ですかそれ」

「子供にゃ分からん理由が世の中にはあるのよ!、そのうち分かるさ」

……親友と喧嘩でもしたのだろうか?、少なくともヴェルトさんの顔は とても悲しく、後悔に塗れているように見えました

「…それにしても、なんだか騒がしいですね」

ヴェルトさんの手を掴みながら周囲を見回す、この人混みにいる凡そ半数が 腰に何かしらの武器をぶら下げている事が多い、ただの街人が武装する理由が分からないし 

「ん?、ああ コイツら冒険者だよ あと半分くらいは傭兵か?、まぁ荒くれモンってことに変わりはないか、安心しな コイツらもあと一週間もすりゃまとめていなくなるからよ」

「なんでですか?」

「え?…いや」

しまった 口を滑らせた と言いたげに目を逸らし頬をかくヴェルトさんの、額を伝うその汗はきっと冷や汗だろう

あと一週間後…ん?、少し前にそんなワードを聞いたな、ああそうだ 一週間後には

「一週間後には廻癒祭がありますからね、冒険者の皆さんもそれを見たいんですかね」

「あ ああ、そうだ そうだよ、廻癒祭は他国から態々見物に来る奴もいるくらいの大きな祭りだ、何せ 普段は城の中に閉じこもって出てこない友愛の魔女が民衆の前に姿を現わす唯一の機会だからな」

そういえば廻癒祭の内容は聞いたことがなかった、

「どういうお祭りなんですか?」

「ん?なんだエリス知らないのか?、廻癒祭はその名の通り友愛の魔女が皇都を巡ってあちこちで癒しを齎し、この厳しい冬を越え また訪れる春の豊穣を約束するって祭りさ、運が良ければ皇都を廻る友愛の魔女を観れるのさ、まぁ かなりの数の護衛に守られちゃいるがな」

ぶっちゃければ 屋台や露店の方が楽しみってやつの方が多かったりするがな と笑いながら話すヴェルトさんだが、なにやらその目は笑っておらず 不穏な気配を感じた、嫌な気配ではないんだけど…ううん分からない、ししょーならヴェルトさんの心情を察してあげることが出来るんでしょうか


「…んっ?」

「どうしました?ヴェルトさん」

ふと、人混みの中立ち止まり、片手を耳に当て 何かに聞き耳を立てている

なんだろうかとエリスも真似してみるが、なにも聞こえない …いや聞こえないわけじゃないんだ、ただ目の前にあるワイワイガヤガヤとした喧騒に阻まれ意味のある言葉を聞き分けられない

「今、エリスちゃんって呼ぶ声が聞こえた…女の声だ 連れか?」

「え…?」

そう言われて耳を澄ませば…あ やっと分かった、この『エリスちゃーん!エリスちゃーん!』と叫ぶ声はまさしくクレアさんのものだ、どうやら人の海掻き分けながらエリスのことを探してくれているみたいだ。よかった 合流出来た

「はい!、クレアさんです!私を商業区画まで連れてきてくれた!」

「なるほど、そりゃよかった んじゃあそのクレアってのにお前を引き渡して俺はお役御免……ん?、え?あれ?お前 、そのクレアって奴 騎士なのか?」

「ええ、はい 友愛の騎士さんです…ヴェルトさん?」

クレアさんの姿を遠目に確認したヴェルトさんの顔がみるみる青くなっていく、というか冷や汗も一層多くなり 手も手汗でベトベトし始める、なんだろう クレアさんのこと苦手なのかな?、昔クレアさんに殴られたことがあるとか?

「なぁっ!?なんじゃそりゃ!?なんで騎士にお前連れられてんだよ!?本当に何者だよお前は!、ってこんな場合じゃねぇ!悪いエリス 俺ここまでだわ!それじゃ!」

「ちょっ!?ヴェルトさん!ちょっと待ってください!せめてお礼を!」

「いい!いいから!じゃあな!達者でな!もう会うことはないだろうけどもおっ!」

エリスの制止も聞かず人混みに紛れてそそくさと退散してしまう

一瞬 追いかけようかとも思ったが、ここからエリスが動けばまた迷子だ、今度迷子になってまた親切な人が助けてくれる保証はない、もしかしたら今度は本当に乱暴な人間にさらわれてしまうかもしれない

ここにいる冒険者、エリスが前相手にした山賊とは違い 皆戦闘のプロだ、本気で抵抗しても勝てるかどうか分からない奴が沢山いるこの空間で勝手に動くのは危険で……

「エリスちゃーーん!よかった!見つけたぁぁーっ!、これで攫われてたら私打ち首でしたよ!というか自分でくくりますよぉーっ!エリスちゃーーん!」

「あ クレアさ…わぶっ!?」

エリスが一瞬躊躇った瞬間に、もう既にヴェルトさんの姿は完全に消えており 代わりにクレアさんが人混みを蹴散らしエリスに飛びかかるように抱きついてくる

「クレアさん く 苦しいです」

「もう!、勝手にフラフラ居なくならないでください!、エリスちゃんは確かに他の子よりは出来た子ですけど土地勘のない場所で!しかもこの人混みで!単独行動しないでください!」

お 怒られてしまった、いや当然か 寧ろこのくらいで済むのがビックリなくらい、エリスはやらかしているのだから

しかし、見ればクレアさんの目は赤く腫れており 顔は汗でグシャグシャだ 、きっとエリスを見失ってから、大慌てで区画中を探し回ってくれたのだろう…本当に、申し訳ないことをした

「すみません、クレアさん…」

「まぁ 言いたいことは山ほどありますが、反省してるならいいです…というか無事でよかったです、最近この区画 凄く治安が悪くなっているので、騎士団も毎日てんてこ舞いですよ …」

「はい、エリスも迷子になって途方に暮れていたのですが 助けてもらったんです、親切な人に」

「親切な人?」

ふと、ヴェルトさんの青い顔を思い出す …なんだか騎士団が苦手だったみたいだが、でも エリスからしてみれば恩人も恩人だ クレアさんに紹介しない理由はない 気がする、それに内緒にしてくれなんて言われてないし

「はい、目元に 剣のタトゥーを入れた方です」

「え!?め 目元に剣のタトゥー!?そ…それって…」

はたと何かに気づいたのか、自分の目元に指を当て驚愕するクレアさん…やはり 

いや当然といえば当然か、相手もクレアさんの姿を確認した時点で顔色を変えた、ならばその逆もまた然りと言える、加えて特徴的なタトゥー 知っていなければこの反応は返ってこない

エリスは今少々緊張している、エリスを助けてくれた彼が何者なのか 警戒していたからだ、だが それでも 何者でも エリスは彼への感謝を忘れないようにする

目元…そうだ クレアさんが触っている位置と丁度同じ所にヴェルトさんはタトゥーを入れていた、やはり 知っているのだ

「それって……いやダッッセッ!目元ってのはダサいわ、いやそもそも顔にタトゥーとかやんちゃし過ぎでしょ しかも剣て、いや超ダサいわぁ…エリスちゃんを助けてくれた恩人だけどそれはダサいわぁ」

…知らないみたいだ、いや 言い過ぎだと思うし エリスはあれかっこいいと思うが

いやもういい、確かに考えてみればヴェルトさんは『クレア』という名前ではなく『騎士』という所に反応していた、ならクレアさん個人とは関係がないのだ

何者かは気になるが、探し出して引き摺り出してお礼を言わなければならない程ではない、また偶然会えたらその時は という程度にしておこう、エリスは一度受けた恩は決して忘れないので

「ともかく帰りましょう、私 人の海搔き分けるので疲れちゃいましたし、その花も 早く花瓶に入れてあげないと萎れちゃいますよ」

「あ そうでした、この花 デティ喜んでくれますかね…」

「さぁ?、でも気持ち込めて真正面から渡せば きっと喜んでくれますよ」

クレアさんの手を取り、花を眺める…デティはとても豪華な花束を贈ってくれた、それに対してエリスは花一輪だけ…はっきり言えば物凄く見劣りする

でも、決してデティの気持ちを蔑ろにしているわけではないのだ、ただ エリスが持たされているお金では限度があった、ししょーに頼めば金貨でもなんでもいくらでもくれるだろうが…それはなんか違う気がしたから 一輪だけ

ただこの一輪に気持ちを込めて、花屋の花を1本1本見定めて 店員さんやクレアさんのアドバイスを元に考え抜いて選んだ、エリスなりの至高の一輪…これでデティが喜んでくれたら 正直とても嬉しい

「しかし、エリスちゃんとデティ様が花を送り合う関係とはねぇ…。大人びてるというかこれはマセ過ぎな気がしますけどねぇ」

「マセてる…そうでしょうか?」

「そうでしょうとも、ほら とっとと帰りますよ」

………………………………………………



「如何でしょうかな、タクス クスピディータ家御用達の茶葉の味は」

「…ああ、悪くない」

カーテンの閉じられた薄暗い部屋の中、ソファに腰をかけカップを仰ぐ…ただこれだけで自分が偉くなったと錯覚できるのは、この部屋の威容のお陰か はたまた目の前に座る老人の見るからに高そうな服を見ているからか

「魔女レグルスのお眼鏡に叶うとは 光栄なことだ」

「世辞を言うな…」

私の目の前で くつくつと笑いながらテーブルを挟んだ向かいに座るのは 、死神のような髑髏貴族ジジイ オルクスだ

私の知りたいことを知っている、そんな甘言にまんまと乗せられた私は ナタリアと共にこのオルクス邸へと足を運んでいたのだ…、かなり 歓迎ムードではなかったが、一応茶は出してくれるようなので こうして遠慮なく飲んでいるのだが、 …居づらい

「おや、城内では騎士や執事から世辞を言われていい気になっていると聞いていたのですが、間違いでしたかな?」

「騎士も執事も世辞が上手いからな、お前の世辞は下手くそだ…」

このアジメクに来てから 皆私を尊重してくれている、尊重し過ぎなくらいだか…だからこそ、オルクスの反応は新鮮極まりない

何せ、今この段階に置いても 奴からは友好的な気配を感じない、敵意…とまではいかないが 私に間違いなく悪意を向けているのは確かだろう

「ところで、ナタリアは何処へ行った?私と一緒に来たんじゃなかったのか?」

一応、ナタリアもオルクスに用があるらしく 一緒に案内されたのだが 気がつけば分断されてしまっていた、いやもしくは ナタリアはオルクス自身に用があるのではなく、この場所に用があったのか?分からん

「ナタリアはもう帰りましたよ」

「…帰ったのか?もう?」

早いな、まだ私がここに来てから10分も経ってないぞ

「ナタリアの方は一言二言話せば済む用件でしたからな、まぁ その一言二言さえ 誰にも聞かれたくなかったから、態々ここまで足を運んだのでしょうが?」

「何を話したんだ?」

との私の問いかけに、答えが返ってくることはなかった、代わりにオルクスの『なんでそんなことまでいちいちお前に教えなきゃならんのだ』と言う顰めっ面が返事をくれた、まぁそうだな 別にコイツは私に親切にする理由とかないし

「さて?では次の用件を済ませましょうか…、貴方が私に聞きたいこととは なんですかな?」

「なんですかなって、知ってるんじゃないのか?」

コイツは私をここに誘う時『魔女様の知りたい事を私を知っている』と言っていたが、もしかしてアレか?、私をここに誘い込むための罠とかか?

「私が知っているのは、貴方が街でタスククスピディータの事を嗅ぎまわっていたと言うことだけ、クスピディータ家の事について調べたいのでしたら、足元を鼠のように嗅ぎ回らずとも私に直接どうぞ と言う意味です」

なるほどな、まぁ 理屈は通るか…御用達のパン屋で聞き込みをし その直後近衛のメイナードが必死こいてハルジオン邸への訪問を許可してほしい と迫れば、誰だって察しが行くか

「察しがいいな、聞きたいことはいくつかあるが…そうだな、貴様の息子 ハルジオン・タスク クスピディータの手元に 小さな子供の奴隷はいたのは知っているか?」

「……ハルジオンが子供の奴隷を?、いや確かに彼奴は奴隷を買い集めるのが趣味ではあったが 管理も難しい子供の奴隷など 買っていなかった筈だが」

口ひげを弄りながら呟くオルクスの目は、珍しく嘘を孕んでいない


いや、え? ハルジオンが子供の奴隷を買ってない?、オルクスが把握してないだけじゃなくて? 、いや どうやらハルジオンという男は奴隷をコレクションするのが趣味らしい

確かに子供というのは大人と違い 弱く 病への抵抗力もなく ちょっとしたことで死ぬ、…コレクションしたいなら 見目麗しい大人の奴隷の方が 向いているといえば向いているが


「子供…奴隷、いやまさか …となるとハルジオンが出て行ったのは…なるほど、バカな奴め…いや愚か者と呼ぼうか」

なんて、考えていると オルクスはオルクスで勝手に合点がいったようで、一人ぶつくさ納得している、いや いや一人で答えに行き着くなよ、共有しろ共有

「その子供の奴隷というのは、今魔女様の弟子をしている 金髪の少女ではありませんかな?」

「あ?ああ…そうだが」

「なるほど、…恐らくは ハルジオンが最も大切にしていた女奴隷、ハーメア・ディスパテルの子でしょうな」

ゆっくりと 口を開き、どういう心境の変化かは知らないが オルクスは一つ一つ、語るように説明してくれた

恐らくエリスは 『子供の奴隷』として買われた存在ではなく、元々買っていた奴隷が産んでしまった子供という事らしい、そういやいつぞやそうじゃないかと考えたこともあったな

エリスの母の名前は『ハーメア・ディスパテル』、元 旅役者の劇団における看板女優だったらしい、麗しい金髪とどんな台本でも一目で記憶する秀才ぶりから引く手数多の大女優として 一昔前に名を轟かせていた、年代的にバルトフリート辺りなら知っていそうな感じだ

ハーメアは世界のあちこちを回り演劇を披露する旅役者だったが、旅の途中 山賊に襲われる劇団は全滅、唯一生き残ったハーメアも奴隷として売られ 巡り巡ってハルジオンに買われたらしい

酷い話だが、良くある話でもある 山賊に襲われ敗北するということはそういう事だ、身ぐるみ剥がされ命さえも金に変えられる、待っているのは生き地獄 だから賊は怖いのだ

「しかし、それなら エリスの父は誰なのだ?」

「さぁ?、元々劇団の誰かとの子だったか、あるいは山賊か 或いは同じ奴隷か…そこまでは分かりかねます

そうか としか返せない、同じ劇団の人間なら この世にはいない、だが山賊や奴隷との子なら …と考えるが、きっと相手はエリスの事など覚えていないどころか 知らない可能性もある、確か エリスに父親のことを聞いた時も母からは『いないものと思え』と言われていたらしいしな

その後いくつか私からも質問してみた、オルクスがどこまで知っているのか 分からないが、少なくとも私以上である事に変わりはないからな


例えばハーメアやエリスがどのように館で扱われていたか とか、ハーメアは何故死んだとか エリスの本名は とか、色々とな

だが、返ってくるのは そこまで知らんの一言だけ、そもそもオルクスは息子達を監視はすれども関わり合い馴れ合いはしていなかったようで、そこまで込み入った話は知らないのだという

「…そうか、…いや 随分丁寧に教えてくれたな、意外だったが …ありがとう助かった」

オルクスは私の第一印象に反して、やけに親切に そして答えられる範囲では答えてくれた、なんか話しとか聞き入れなさそうな雰囲気だっただけに 、意外だ

いや、…そうだなぁ なんだかエリスの話を出したあたりから、少々オルクスの態度が軟化した印象を受ける、エリスも元は息子の奴隷だった人間 思うところがあるのかもしれない

「いえ、しかし ハルジオンの奴隷の子が まさか魔女の下で修行しているとは、意外でしたな」

「偶然だ、エリスを拾って その拾った責任を果たすために、修行をつけているだけさ」

ちなみに、オルクスはハルジオンが既にこの世にいないことは知っていた、知っていたというよりも まぁ十中八九死んでるだろうという予想が 当たっただけのようだが

ハルジオンは 館の使用人にも父にも兄弟にも 何も言わずに一人で館を去ったらしい、いわば失踪だ

失踪の直前のハルジオンは少々おかしいところが目立ち、館の内外でも突然狂った奴として当時は名が知られていたらしい、…エリスに暴行を働いていたのは恐らくその頃だろう、まぁ 何か理由があって彼が狂気に苛まれていたとしてもエリスにしたことは許されることではないがな

「さて、…今度は私からの話に答えて頂いてもいいですかな」

そういう時ソファを立ち、杖をつきながらカーテンの閉じられた窓へと歩み寄る、 本題が来たな

まぁ、この男がなんの見返りもなしに親切心で私を呼んだわけではないのだろう、 私に見返りを先に与える事で 、自分の意見を無碍に出来なくする…頼み事の基本だな

「なんだ、なんでも とは言わんが、お前には借りがある…言ってみろ」

「魔女様は この国を見て…何か違和感を感じませんでしたかな?」

違和感、とこの男は語る…違和感などない カケラも、と話を一蹴するのは簡単だが こいつが聞きたいのはそんな頭の悪い返答ではないだろう

少し頭を巡らせる、数ヶ月 私はこの街に滞在したが 街そのものに違和感などは感じなかった、本当にただ一つの違和感さえ あるとするならば

「最近、商業区画で冒険者等 余所者が跋扈していることくらいか?」

「はぁ、やはり 貴方も見る目がないと見える、いや 魔女だからこそ 分からないのか」

めっちゃ落胆された、違うのか 

「ならなんだ、何が言いたい」

「…貴方がこの街に違和感を抱かない事が 違和感なのですよ」

……はぁ?、何言ってんだこいつ そんなもんどこからどう見たって普通の街だから当たり前だろうが

建物も、店も 様式も 服も何もかも 栄えてはいるが本質はいたって普通の街だ、どれも私の見慣れた…見慣れた?いやそれはおかしくないか?




「……建物も、何もかも作り方が 八千年前と殆ど同じだ」

私は八千年間森に閉じこもっていたのだ、ムルク村には顔を出していたが 、エリスが来るまであまり関わってこなかった、だが そうだ そのせいで気がつかなかったが、ムルク村 いやこの世界の生活レベルが 、八千年前から一向に変わっていないことに

この街の作り方や建築法 、何もかも八千年前から変わっていない…何千年と時間があれば普通は発展し 進化する筈、なのにこれはどういうことか 何一つとして進んでいない、昔のままだ

「確かに、見てみれば 私達が生きた時代から、文明が 人間が 進んでいないように見える、いや進んでいたとしても 千年単位の時が経ったとは思えぬほど微々たるものだ」

「ようやく気がつかれましたか、そう 我々人間文明は 何千年も前から停滞しているのです、新たな建築法 画期的な技術革新 そのどれもが全て消し去られているのです」

オルクスが睨むのは外の景色、その街並みを憎々しげ睨みつけ ただでさえ怖い顔を険しく歪める
彼に指摘されなければきっと私は何一つ違和感など抱くことはなかっただろう、何せこの景色は私にとっての日常だ、だからこそ オルクスにはとても気持ちの悪いものに見えるのだろう 彼は何千年と変わらぬその歴史を客観的に見て、違和感を感じ取ることができた 数少ない人間なのだ


「…何一つとして進まなかったわけではないのです、技術を進化させようとした者もいました 便利な道具を作り出した者もいました、なのに何故それが世界を変えなかったか、分かりますかな?魔女様」

「…ああ、言いたいことは なんとなくな」

「ならその通りと先にお答えしましょう、その技術も発明も全てこの世を統べる七人の魔女により押し潰され 消し去られ、文明が常に一定の水準になるように管理し続けられているから 世界は変わらないのです」

魔女のせいだ 世界が変わらないのは魔女のせい、彼はそう言うし私もそう思う

魔女は 神のように扱われているだけで 神そのものではない、ただ魔術によって長く生き続けるだけの人間だ

そう…我々は古の人間なのだ、その価値観もまた古い…故に 新しいものを目の前に出されても、感じるのは嫌悪と不理解 、どんなに革新的な技術でも我々魔女からしてみれば異物として映る、だから排除し消し去るのだ、悪意故ではなく善意故に

「人の本分は進化することです、進化し積み重ねる事により 爪も牙も持たぬ人間は世界の覇者となれたのです、その我々が進化も成長も手放したら それは獣畜生以下の存在に成り下がるとは思いませんか?」

なるほどと内心手を打つ、こいつが私に都合のいい話を餌に ここに連れ込み、聞かせたかった話とはこれだと 私に魔女スピカの統治する世の中に疑問を抱かせることが目的なのだと、ようやく理解する

「今の世は、魔女により 選択を放棄している 何とも愚劣極まる世だ、魔女様も目にしたでしょう、この国の臣民達は 何よりも魔女を優先している、自分達が首輪をつけられ 檻に飼われる哀れ極まる家畜も同然の扱いを受けているとも知らずに」


言い方はきついが 言わんとする事は分かった 、コイツはやはりスピカを排し この国のトップに立ち、人による人の為の国を作りたいのだ、立派だな 立派だが…

「…………」

腕を組み 空を見上げる、いや天井か…


そのまま目を伏せ思い返すのは、ムルク村での出来事だ …彼らは皆口を揃えて『魔女様に任せておけば全て大丈夫』と選択することを放棄していた。結果的に信じた相手は偽物ではあったが そんなことは関係ない、彼ら いやこの世の人間にとって魔女は絶対の存在になっている

それこそ自由意志を奪う程に…


あの時私は 確かに怒りを覚えた、自分で選択しない生き物程愚かな生き物はいないとな、確かに 全てを支配して丸め込む今の魔女達のやり方は 正しいと胸を張っては言えない、オルクスの言う通り 魔女は人間全てを管理するエゴの塊なのだろう 

「…それで?、何がしたいんだお前は」

「今の世を変えたいのです、魔女から人を解放し 人を人足らしめる、選択に満ちた世を作りたいのです、それは今の世界より険しいでしょうが 今よりも人は人であれる世になるかと…」

「だから、…態々私をここに呼び寄せ 何が言いたいんだと言っている」

「…私に力を貸してはいただけませんか」

私の方を向き直り 力強く、視線を曲げず 睨みつけるようにしながら…こちらをジッと見据える

「はっ…何をいうかと思えば、お前はスピカと争うつもりなんだろう? だから私の力を貸せと?、阿呆らしい …魔女を排するのに魔女の力を使っては本末転倒だろう」

「別に 争うのに力を貸せ という訳ではありません、ただ貴方のお言葉なら 魔女スピカ様も一考していただけるかと思いましてな」

なるほど…、私を協力者にし スピカにこの国の支配者の座を降りるよう説得してほしい、要点をまとめるとこうだな

オルクスのやりたいことは何となく分かった、恐らく彼の語る理想は嘘偽りない本物だ、彼は本心から この国の未来を憂いているのだ、だが 

「この話は聞かなかった事にする…、私は何があってもスピカを裏切らん」

席を立ち、話はこれまでだと 言外に語るようにカップを乱雑に起き立ち上がる

コイツの作りたい世の中とやら立派なのかもしれないが、私からしてみれば 歪だ…アジメクが魔女の庇護下から外れれば、この国はまた元の砂漠に元通りだ、その環境に適応出来ず 一体何人死ぬか コイツは考えているのか?

みんながみんな自らの選択に責任を持ったり理想に殉じて死を選べる程、偉大じゃないのだ

たしかに魔女の作る選択なき世の中は完全ではないが 少なくとも闇雲に人を死なせる世の中よりはマシだ

「いいのですかな、後悔することになりますぞ」

ふと、踵を返し 立ち去ろうとする私の背中にそんな言葉が投げかけられる、後悔することになる?まさかそれは脅しか?これとも負け惜しみか?

「…お前は、私の知りたいことを丁寧に教えてくれた、その恩を忘れた訳じゃない…だからこそ この話は聞かなかったことにしてやる と言っているんだ」

オルクスにはもう恩がある、だからコイツが裏でスピカを陥れる策を張り巡らせていようと、今は黙認することにする だからこれ以上、何かしてくるようなら…

「…失礼する、茶 美味かったぞ」

それ以上、オルクスが何かを語ることはなかった

私の方から目を外し、窓の方を見ながら 優雅に紅茶を飲むばかりで 

彼は 周りから言われるような、権力を求める悪鬼のような男ではないのだろう、だが それでもスピカの敵であることに変わりはない、なら私がこれ以上彼とする話はないのだ

踵を返し、薄ら暗い館を抜ける 

……さて、エリスには何で説明しようか 母のこと 家のこと…、いろいろ分かったけど いざ知ってみると何と説明したらいいか分からんな、母親の名前だけでも教えてやるべきなのだろうか

そんなことを悶々悩んでいる間に、私の頭からオルクスの事などすっぽりと抜けていくのであった











…………………………………………………………

オルクスは一人、窓の方を向きながら  一人茶を啜る

「……帰ったか」

薄暗い室内、窓から外を伺えは 先程まで部屋で茶を飲んでいた魔女レグルスが 歩いていくのが見える、存外に頑固な女だった 口で口説き落とせるなら落としておきたかったが、まぁいい

別に説得することが 今回の目的ではない、奴がここに来た時点で ある程度の目的は達せられた、あの演説じみた説得は 飽くまでオマケと 希望的観測からくる楽観で 仲間に引き入れられないかと 思っただけだ

「トリンキュロー」

「ここに」

オルクスが一声呼べば、ヌルリと部屋の影から人型の漆黒が現れ 剰え返事をする

いや、それは闇ではない よく見れば、女だ…長い髪は顔にかかっており、目元の隠れたメイド服の女だ、従者の格好をしているが その立ち振る舞いは とても誰かに仕える者とは思えないほど隙がない

「奴は来ているか?」

「既に控えております」

「そうか…入れろ」

軽く、トリンキュローがスカートの端を摘み会釈するが、てんでなってない 見様見真似なのがバレる

「邪魔するぞ、悪いな 遅れてよ」

オルクスの言葉を受けて、扉を乱雑に開けて入ってくるのは 一人の男だ、暗闇に揺れる黒髪と 腰に携えた立派な剣、そして目元に刻まれた剣を模した刺青…白亜の城に関わる者で、彼の顔を知らぬ者はいないだろう 彼の名前を知らない者もいないだろう

彼の強さを知らぬ者はいないだろう、オルクスでさえ こうして前にしても身が震えるほどだ、まさか彼を こうして呼び寄せることができるとは、なんたる行幸か

「構わんよ、ヴェルト・エンキアンサス…君も今はこの国を追われる者、嫌われ者同士 仲良くやろうじゃないか」

我が前に立ち、腕を組みこちらを睨むのは ヴェルト…友愛騎士団 元団長にして、アジメク史上最強の剣士と名高い男を見て、思わず口角が上がるのを感じる

漸くだ、漸く始まる …父も母も妻も子も 全て捧げて 目論む事50年、遂に あの神を気取る愚か者に弓を引くことが出来る


「君が 私のところに来てくれたおかげで、ようやく始められるよ…この国を魔女から取り戻す為の戦いを、今こそ私と共に 魔女スピカを殺そうじゃないか」


………………………………………………………………



ヴェルト、俺の名をヴェルト・エンキアンサス 腰に差した剣だけは立派な、しがない旅人と名乗る ただのチンピラだ、今はな

昔は これでもアジメクのエリート集団 友愛騎士団のトップ 騎士団長にまで上り詰めた男なんだぜ?、そこそこいい給料貰ってたし 、女にもモテたし部下からも慕われてた 多分な?

じゃあ何で今は違うかってぇと、まぁ簡単に纏めるなら 捨てたんだ、自分でな
理由は単純に、この手で魔女を守るのが馬鹿馬鹿しくなったのと、守りたかった親友が死んじまったからだ


その友達ってのは 今はもう先代だが、魔術導皇のウェヌス・クリサンセマムさ 凄いだろう?、ウェヌスとは小さい頃からの知り合いで それこそ幼馴染と言ってもいい

そんなすごい奴と幼馴染の俺は 昔から凄かったかというと、そうでもねぇ
むしろ酷いもんだった、スラムに住んでたしさ 親もいなかった、皇都の端のゴミ捨て場 そこが俺の故郷だった

いやぁスラムに住んでるときはそりゃあ酷い生活をしてた、言葉を覚えるよりも先に殴れば他人を黙らせられる事を先に覚えたようなクソガキだったし、食い物がないからって平然と虫やら腐った残飯を蛆と一緒に食うような生活してたんだよ、酷いもんだろう?

ただな、そんな俺が 変われたのは、廻癒祭で外に出てたウェヌスと偶然出会えたからさ

カビた路地裏に偶然迷い込んだウェヌスは、クソみたいな匂いのする俺を 溝鼠みたいな俺を見つけて、嫌悪するでもなく話しかけてきたんだ 同じくらいの歳で友達になれるかもしれないからって、バカな奴だろ?今思っても信じられないぜ

ただ、ウェヌスは俺を見下さなかった…俺を城に招き 体を洗ってくれたし飯も一緒に食べてくれた、友達だからってな…文字も教えてくれたし魔術も教えてくれた、生まれは関係ない 僕たちは対等だよって

代わりに俺は城からあんまり出れないウェヌスの為にスリル満点の話を聞かせてやったよ、チンピラ相手にパン一つ取り合って殴り合った話、チンピラ相手に寝床取り合って殴り合った話、チンピラ相手に命取り合って殴り合った話…

あんまりレパートリーは多くなかったけどよ、それでもウェヌスは楽しそうに笑ってくれたし、ヴェルトは凄いと笑ってくれた… 、ウェヌスからすれば俺は過酷な外の世界で生きていく戦士に見えていたらしい

俺が今みたいに捻くれてたら『ペットみたいに見下しやがって』と白い目で見ただろうが、当時の俺は単純だったからな、無償の友愛を与えてくれるウェヌスに心酔したし、毎日のようにコソコソと会いに行ったもんさ…楽しかったなぁ


いつしか体がデカくなって、ウェヌスの役に立ちたいからと金集めて勉強しまくってさ 士官学園に入学して クソ必死こいて修行して、瞬く間に騎士になってよ そこからもまた頑張って出世しまくって

んで騎士団長になって…よしこれでウェヌスの役に立てる、胸張って親友だって言えると思ったら、一~二年くらいでアイツは病に倒れた いや病自体はガキの頃から患ってたんだ、それが最近になって悪化して……

俺の目の前で血反吐ブチまけて倒れるウェヌスを見て…俺ぁ、無我夢中で国中回ってよ 

山の奥に万病に効く薬草があると聞けばすっ飛んで取りに行った

国境付近にいる魔獣の肝が効くかもしれないと聞けば巣まで突っ込んで皆殺しにしたし

あらゆる病を消し去れる術師が居ると聞けば全財産叩いて連れてきた


でも全部ダメだった、治せなかった せっかくウェヌスの子供も生まれたってのに…奥さんも事故で死んじまって、心身共に参ってるアイツを見てたらもう手段とか選べなくてよ

だから、魔女スピカ様に頭下げに行った、いくらなんでも魔女様に願い立てするなんて不敬だと思ったが、背に腹は変えられねぇ ウェヌスが助かるなら、俺は不敬罪で処刑されたっていい

と 覚悟して挑んだが返ってきたのは

『ここで助けても、長年の闘病を続けてきた彼の体はもう限界です…この病を跳ね除け弱った体で彼は何年責務と闘えると?、どれだけ生きても 後1年2年でしょう…そのような瞬きのような時間 壮絶な苦しみと共に生きたとて、それは結果の先延ばしにすぎません』

だとさ、スピカ様は世界最強の治癒術師だ、もしかしたら治せるかもしれねぇってのに…スピカ様からしてみれば、魔術導皇なんて 後継がいれば誰でもいいのかもしれない

そう思ってるうちに、一ヶ月くらいして ウェヌスは死んだよ…死んだんだ、真っ青なんて 口から血ぃ垂らして…何であんな優しい奴が、こんな死に方しなけりゃならねぇんだ

なんで見捨てたスピカが、平気な面してんだよ…なんて思ってたら、全部馬鹿馬鹿しくなって 俺は騎士団長をやめた というか黙って出て来た

恨んだよ 恨み尽くしたよ、スピカをな…ウェヌスが死ぬならお前も死ねよ、そう 恨みを募らせること一年と少し

スピカを恨むが何も出来ず、呑んだくれてる俺にオルクスが声をかけてきた 一緒に魔女を殺そうぜ ってな、答えは二つ返事だった気がする

そして 今に至る


「君が 私のところに来てくれたおかげで、ようやく始められるよ…この国を魔女から取り戻す為の戦いを、今こそ私と共に 魔女スピカを殺そうじゃないか」

そう笑う髑髏みたいな痩せこけたジジイ、オルクスを前にして 本当に良かったのかもう一度思案する

オルクスの狙いは分かっている、国をひっくり返して 国民を魔女から解放する事だ、それが正しい事なのかは分からんしあんまり考えないようにしている、俺は魔女がもう嫌いだ …だがアジメクは好きだ、じゃあ魔女が死んだら魔女の加護で成り立ってるアジメクはどうなるか……、ほらな?考えないほうがいい

「意気込むのはいいけど、出来るのか? 生半可な兵隊じゃ白亜の城の戦力は抜けないぜ」

「問題ない、今商業区画に屯してる冒険者と傭兵 あれは全て私が金を払って引き止めている連中だ、いざとなればあれ全てが戦力になる」

「……あれが」

オルクスの言葉を受けて、ここに来る道中のことを思い出す…コイツが雇った冒険者のせいで 一人の少女が傷つけられるところだったんだ、いやもしかしたら俺の見てないところで割りを食ってる奴がいるかもしれねぇ…相変わらずオルクスは掲げる信条ばっか立派なだけで、やってることはクズのそれだな

「何かな?、冒険者を雇うのは嫌かな?」

「いや別に、使えるもんは全部使えばいいとおもうぜ」

ふと、道中助けた少女の事が頭によぎる…名前は、エリスだったな

昔の俺によく似ていたが、『泣いても誰も助けてくれない』か…あんな小さな子にあんな事まで言わせちまうなんて、やっぱり今の世の中は間違っているんだろうか そう思わせるにはたる悲しい目をした子だった…

まぁいい、もしあの子が今回の騒ぎに巻き込まれて傷つきそうになったら、また助けてやろう

「私の雇った私兵と冒険者や傭兵、合わせれば1万前後になる」

「少ないな、アジメクの導国軍は全部で百万に届くかどうかってくらいいるんだぜ?、オマケに生半可な戦力じゃ 騎士団だけに蹴散らされる」

「分かっている、だから 今から一週間後の 廻癒祭を襲う…」

ほーん、なるほど、合点がいった…つまりコイツは廻癒祭の騒ぎに乗じて内乱起こそうって魂胆なんだ

廻癒祭は一年で最もスピカが無防備になる時期だ、必要最低限の護衛を連れて皇都中を回る…その間アジメク国軍と騎士団は皇都中に配置されバラける、上手くやりゃ軍も騎士も全部出し抜けるかもしれない

が…それでも不安は残る

「一万ちょっとで、スピカを殺せるか?」

我々が殺すのは護衛に守られた太った非力な大臣じゃない 山さえ砕く天災であり魔女だ、伝説ではスピカは八人の中で最も戦闘能力が低いと言われているが、それは飽くまで魔女の中で だ…

俺たちからすりゃ怪物もいいところ、あいつが八千年も己の天下を守り抜けたのは 結局のところ強いからなのだから

「…トリンキュロー」

「あ?」

オルクスの言葉と共に首筋に冷たい感覚が這う、鋭利で かつ 残酷な感触…確認するまでもない、これは刃物だ 誰ぞこの俺の首に刃物を突きつけてやがる、というところまでは分かったものの、誰がやっているのかまでは分からなかった 何せ気配がないのだから

「こちらに、二十一番…トリンキュロー、お見知り置きを」

「なんだテメェ?」

チラリと目を動かせば目元を髪で隠した若いメイドが、慣れた手つきでナイフを俺の首に押し当てていた、ただ 手に持ったのは果物ナイフなんて可愛いもんじゃねぇ 、人を殺す為に作られた…そうだな ダガーと称したほうがいいかもしれない

少なくとも、素人の使うもんじゃないな

「彼女はこんな格好しているがメイドじゃない、殺し屋だよ それもハーシェル家のね」

「ハーシェル?、なんじゃそりゃ」

「お客様、無闇にハーシェルの名を口にしないほうがよろしいかと…お父様の目は全てを見据えております、貴方方がもし我らの存在を我らの了承無しに明かした場合 姉妹達がご挨拶に向かうやもしれません」

「分かった分かった いわねぇよ」

怒りを込めて押し付けられるダガーを手で押し退ける、なるほどオルクスの言ったハーシェル家ってのは聞き覚えがないが、このトリンキュローってのは相当なやり手だ…少なくとも 俺の首に手をかける瞬間まで気配がなかった…なるほど、これが手駒ってか?

「スパイダーリリー」

「はいはい、こちらにこちらに…あれ?ヴェルトじゃーんお久しぶり」

「なっ!?リリー!?お前なんでここに」

トリンキュローに続いて現れたのは真っ赤な服にに真っ赤な外套を羽織った真っ赤高みと真っ赤な目をした不健康そうな男、いやコイツは知っている 何せコイツを捕まえて牢屋にぶち込んだのは俺だ

「紹介が必要かね?、アジメク史上最悪の薬学士…別名赤毒のスパイダーリリーと知られる男さ」

「知ってるよ、今だに解毒法が確立しな上に治癒魔術も効かねぇ毒物作りまくったクソ野郎だ、剰えそれを市場に流して殺しまくったな!、お前は俺が牢屋にぶち込んだはずだが!?」

スパイダーリリー、…コイツは元々王宮に仕える薬学士だったが、どこかでトチ狂って人を治す薬じゃなくて人を殺す毒ばかり作るようになったんだ

血を吐いて死ぬ毒だけじゃねぇ、使い続けないと気が狂う薬や幻覚が見えて暴れる薬、それを市場に流し 当時とんでもねぇ被害を出したクソ野郎、いやでもコイツは確か処刑されたはずだ!

「いやぁね、処刑当日 オルクスさんが僕のこと助けてくれてさ 身代わりに別の奴に処刑されてもらったんだよ、それからオルクスさんの手先になってね?、毎日 魔女を殺すための毒を作らされ続ける毎日でさぁ…まぁ楽しかったけど ひひひ」

こんな奴の力まで借りるのか…オルクス、だが確かに リリーの毒を作る技術は天才的だ、魔女に毒が効くとは思えんが もし効くならこれ以上ない戦力だ

「あともう一人、魔女殺しの為に呼んだのが…レギベリ」

「うす」

すると、その声に反応し 今までどこに隠れてたのか 扉の向こうからヌッと全身を鎧で纏った巨漢が姿を現した…

「なんか、ここに来て急にストレートに強そうな奴が来たな…てっきり殺し屋とか暗殺方面で固めてるのかと思ったが」

「ああ、彼は何かに特化しているということはないが 強いぞ、名をジョー・レギベリ…アルクカースの元軍人さ、とある人物からの紹介で今回の一件に使えと送られてきた人材さ、詳しいことは私も知らん」

大丈夫か、強いことしか知らないって…ってかしろよ自己紹介自分で

「うす」

うすじゃねぇよ、俺の持論だが この手の自分の事をあんまり語らねぇタイプには二種類いる、一つは口がきけない奴 もう一つは後ろめたいことがある奴、コイツは多分後者だ、理由は単純 こんなところにいるからだ

「以上、この三名が私の揃えた切り札 魔女殺しの為の三本の剣だ」

トリンキュロー スパイダーリリー ジョー・レギベリの、三人が俺の前に並ぶ…殺し屋と毒使いと正体不明のどデカイ戦士、最後のやつはよく分からんが、確かに殺す という一点に絞れば いけるのか?

「この三人に加え 君の力も加われば万全だ…成功率は8割を超える、と思っていたが少し状況が変わってね、想定外のことが起こった」

「想定外?…なんだよ」

「魔女レグルスが現れ、スピカの側についた」

神妙な面持ちで語るオルクスを見て、咄嗟に出そうになった『レグルス?偽物だろう』という言葉を飲み込む、そんなもんオルクスだって調べるだろう そして調べた結果無情にも本物だった…と言うわけだ

しかし、魔女レグルスと言えば 八千年間行方不明だった謎に満ちた魔女だ、それがこのタイミングで本物が現れるって ありえないだろ

「マジか…」

「ええ、まだ民間には伏せられていますが、近々大々的に発表されるでしょう もしかしたら廻癒祭の時にでも発表するつもりなのかも知れない、だがどちらにせよ 向こうの戦力が増えたと見ていい」

騎士や国軍だけなら なんとかなっただろう、そういう算段でオルクスも戦力を集めてきた、しかし いきなり現れドンとスピカの前に鎮座したもう一人の魔女と言う名のデカい壁

魔女レグルス…伝説通りなら、八人の中でもトップクラスの戦闘能力を持つと言われる、何せ八人の中で最強とも言われる無双の魔女と互角に殴り合ったとも言われてるんだ

スピカとレグルスなら 事戦闘においてはレグルスの方が恐ろしいだろう、いやどうするんだこれ どうすりゃ抜けるんだ?、もしレグルスが本気でスピカの防衛に入ったら今ここにある戦力全部ぶつけても抜けないんじゃないか?

「何か策はあるのか?、もしありません 真っ正面からぶつかってなんとかします、ってんなら俺 この話降りるぞ」

「安心しろ一応手は打ってある…、魔女レグルスをその場から引き離す為の一手をな、急なことだったが 面白い人物が訪ねてきてな、悪いがソイツを利用させてもらう事にした」

一手?…面白い人物か、勿体ぶった話し方は面白くはないがな、ともあれ手があるならいい 、一番最悪なのは魔女レグルスと魔女スピカ双方を同時に相手取る事、片方だけでも勝てるか怪しいからな

「私の雇った私兵で周囲の護衛を引き剥がし、魔女レグルスを策略で引き離し、魔女を殺す為の三本の剣を用いて スピカを穿ち、この国を変える 魔女の為の国ではなく人の為の国へ!」

オルクスの言葉に 呼応し、いくつか疎らな拍手が巻き起こる

視線を走らせ左右を見やれば 例の三人以外にも何人か武器を携えた兵士が手を打っている、なるほど 金で雇われただけのやつ以外にもこうやってオルクスの考えに賛同して協力してるやつもいるのか…

「…ん?」

ふと、オルクスに拍手を送る一団の奥、陽光の届かぬ 一層くらい壁際にもたれ掛かり面白くなさそうにこちらを見る影と目が合う

なんだありゃ、女なのは分かる だが身に纏った鎧と顔をすっぽりと覆う兜のせいでそれ以外の情報が見て取れない

「……」

あ、手ぇ振ってきた …しかし鎧を着てるがアイツも戦力なのか?、俺の見立てじゃかなりの使い手に見えるが、オルクスはアイツの方を見ようともしない、戦力にカウントされてないのか、分からん

分からんが、声をかけない方が良さそうだな …理由はないけど、臭いというか勘というか雰囲気というか、なにか得体の知れない何かを背負っている気がして…

「ヴェルト、君には今回の一件の主戦力として働いてもらう、覚悟はいいね」

「え?あ…ああ、まぁそのつもりだよ」

ふとかけられたオルクスの言葉に肩を跳ねさせ慌てて頷く、演説するなら演説してろよ 急にこっちに話振るな

「では、内乱実行は一週間後…廻癒祭当日、その日が 魔女が初めて 死ぬ日だ」

再度打たれる拍手の嵐に辟易し、俺も壁際へと逃げていく、別に新しい世の中になんざハナから興味ねぇ…俺はただスピカに真意を問その上であの女を、叩き斬りたいだけなんだから
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

彼女を悪役だと宣うのなら、彼女に何をされたか言ってみろ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,112pt お気に入り:106

【完結】私に触れない貴方は、もう要らない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:7,695

街角のパン屋さん

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

捨てられ令嬢は屋台を使って町おこしをする。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,720pt お気に入り:624

婚約者から愛妾になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:198pt お気に入り:930

私達は結婚したのでもう手遅れです!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:1,344

憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,851

偽りの恋人達

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:38

処理中です...