孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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二章 友愛の魔女スピカ

33.孤独の魔女とそして始まる大いなる旅

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まだ霧が掛かるような未明刻、アジメク中央皇都 白亜の城の中央は密かな騒ぎを醸し出していた

「悪いな、何から何まで」

口を開くのは黒い影、…いや 黒いコートと黒い三角帽という旅装に身を包んだ孤独の魔女、レグルスである その肩には麻袋がぶら下げてあり、一目でああ 遠出するのだ ということが理解できる

「いえ、頼みごとをしたのは私の方です、折角の弟子の武者修行に いらぬ責務を押し付けた…そのお詫びに少しでもなればと思いまして」

優雅に返すのは 朝焼けの中にありながらなお輝くドレスを身に纏った友愛の魔女スピカだ、この国の絶対支配者たる彼女が白亜の城を出て 何かを見送る 、とはそれだけで異常事態なのだ

そう見送りだ 旅装だ、この状況を見れば何も知らぬ者も理解出来る…レグルスはこれから旅に出るのだ、それも果てしない旅に

目的地はない 強いて言うなれば世界一周、エリスという弟子により多くの経験を積ませより強く鍛える為 、世界各地を見て回る そう果てしない旅…

「…ん、この格好いいですね、師匠とお揃いです」

レグルスは勿論、そのすぐ足元で レグルスと揃いの旅装に身を包むエリスにも 微塵の躊躇いもない、この旅で強くなる という覚悟と未知の世界に踏み込むワクワク…二つが混在した表情をしている

「エリスちゃん…」

そんなエリスを見送るのは魔術導皇デティフローア、魔女スピカと肩を並べると言われるこれまた絶対的な権力者だ…この二人が並んで レグルスとエリスの見送りに来てくれたのだ、これ以上ない見送りと言える

ただデティの方はエリスと違い若干不安そうだ、デティがこの話を貰ったのは 一応三週間前、世界一周の話が出た瞬間直ぐに報告したのだが その時からずっとこんな表情だ

…エリスは友達だ、てっきりこれからずっと 一緒に生きていくものと思っていただけに、その時の衝撃は計り知れないものだったが、咄嗟に出かけた『行かないで』という言葉を飲み込むくらいには 彼女は冷静だった

デティにも分かるのだ、デティだっていくら友達がこの国にいるからと言って それを理由に留まることはしないからだ、先生が旅に出るぞ と言ったら二つ返事でついていく、エリスちゃんと別れるのは辛いけど 師匠という存在はそれほどまでに大きい

だからこそ、だからこそ見送るのだ エリスという親友の門出を…出来れば目の前で守っていたかったけど、仕方ないのだ 

「デティ…そんな心配そうな顔しなくてもいいじゃないですか、エリスは大丈夫ですよ」

「う…うん、本当は エリスちゃんのことを近くで守りたかったけど、でもそうだよね エリスちゃんも修行してるんだからいつまでもここには居られないよね、うん…だから応援する!親友として!エリスちゃんのこと応援するよ!」

頑張ってね とエリスの手を取り微笑む、迷いを振り払うように微笑むのだ

今デティに出来るのは、友人として足枷になる事ではない 親友として背中を押す事、そして 走り出した親友に置いていかれないよう自分もまた走り出す事なのだから

「ありがとうございますデティ、エリスはきっとまた戻ってきます、その時もまた エリスのことを親友と呼んでくれますか?」

「勿論だよ!私達は一生親友だよ!」

それでもやっぱり寂しいから 抱き合い別れを惜しむ、涙が溢れ 鼻が詰まる…応援はするけど、寂しいものは寂しいのだ

「あ、そうだ デティ…これ貴方に、これをエリスだと思って大切にしてください」

そう言って取り出すのは栞だ、中には黄色い花が挟まれている…そうだ、廻癒祭の前にエリスがデティに贈る為に買った花だ

あれからいろいろ立て込んで終ぞ渡すことができなかった物、このままでは枯れてしまうということで ヴィオラさんの手伝いを受け 押し花にしてもらい栞に加工したのだ、安物かもしれないが世界に一つだけの代物になったとは思う


「エリスちゃん…これ、これ私にくれるの!」

「はい、デティのものです 」

「わぁ……」

魔術導皇であるデティは 謂わばそんじょそこらの金持ちとは比べ物にならないくらいの財力を持っている、身につける服から部屋に置いてある調度品 どれも超一級品だ

栞だって一流の職人が手掛けた高価な物をいくつも持っている、のに…今エリスから手渡されたこれは 他の何にも勝るほど 価値のある物に見えていた

頬を紅潮させ、涙を浮かべ エリスの花の栞を抱きしめる

アジメクにおいて 花を贈る とは至上の親愛の証として扱われる、…つまり この花の栞は エリスとデティの永遠の友情の証なのだ、そりゃあ涙の一つちょちょぎれると言うもの

まぁ、エリスの方はアジメクの習慣など知らぬのだが、これこそ言わぬが花だ

「ありがとうエリスちゃん、大切にするね…家宝にして子々孫々に受け継ぐよ」

「魔術導皇の一族のですか?、出来れば勘弁して欲しいです、デティが個人的使ってください」


「仲がいいですね、我が弟子達は…そうは思いませんか?レグルスさん」

「ああそうだな、…本当に アジメクに来て良かったと思ってるよ」

別れを惜しみながらもお互いを鼓舞し、笑い合う弟子を見て レグルスとスピカもまた笑う

スピカは例の事件以降、デティに厳しい声をかけるのを控えるようになった、それに少しづつだがデティを自分の弟子として誇るようにもなってきた…彼女がレグルスのような甘々師匠になる日も近いのかもしれない

「ところでレグルスさん、私への別れの品はないんですか?、エリスちゃんみたいなやつ、こう これを見て私を思い出して 的なやつ」

「あるわけないだろお前、私がそんなことするやつに見えるか」

「見えませんね微塵も、ただし私は用意してますよ レグルスさんの為…レグルスさんとエリスちゃんの旅の為に至上の品をこの三週間で揃えましたよ」

その言葉と共にスピカが指を鳴らす、アジメクに来て半年近く レグルスとて見慣れた光景だ、スピカは何か 重要な物を見せる時指を鳴らして劇的に物を見せようとする

これから見せるものも、さぞ大それた物なのだろうと思っていると レグルスの背後でガラガラと音を立てて車輪が地を引く音が聞こえる

「言ったでしょう?、馬車はこちらで用意すると…アルクカースまでの道のり、そして世界を一周する大旅に耐え得る 最高の馬車を用意しておきました」

「ん?…これは…」

予想通りというかなんと言うか、レグルスの背後には一台の馬車が停められていた…馬車だ 、この広い皇都に来てから何度も乗り回した馬車だ見覚えはあるのだが

これは今まで我々が乗ってきた馬車とは些か違う、アジメクの伝統的なデザインでもないし 何より…

「なんか、こう 用意してもらって言うのもなんだが…少し 地味な馬車だな」

よく言えば無骨 悪く言えば貧乏くさい、アジメクで普段から乗り回しているような 絢爛な雰囲気も豪華な装飾もない、剥き出しの木材にがっしりした骨組み 商人やキャラバンが使うような実用性に特化した見た目をしている

まぁ、確かに丈夫そうではあるが アジメクという大国が 魔女が鼻高々と私達に預けるような そんなすごい馬車には到底見えない

「ふふふ、そう 見えます?ならレグルスさんもまだまだですね、中を見てみてください?」

「はぁ?中?」

スピカの不遜な物言いにカチンと来ながらも馬車を触り中を改める、魔女が移動に使っていた扉付きの馬車と違い、これは真正面にひとつ大穴が開いており そこを布で仕切っているような安物タイプだ

暖簾のように垂れている布を掻き分けいざ中を見てみると…

「ん?、あれ? おいまさかこれ…」

目を疑う、中に何があったか?いや特に何もなかった いや確かに荷物は積まれていた、食料が入っているであろう木箱や布の敷かれた寝床 そしてぶら下がったカンテラやらなんやら…

入りきるわけがない、それほど大きくもないこの馬車にこれだけの物を入れておきながら まだスペースが大きく余っているのだ、見かけ以上に広いというよりこれは

「内部の空間が拡張されている、まさか空間魔術か?いやだが どうして…どうやって」

「これはアガスティヤ帝国で作られた最新技術…、付与魔術とは別のアプローチで無機物に魔術を宿らせた特別製です、魔術を無機物に刻み込む 刻印魔術と言うそうですよ、この馬車には常に空間を拡張する魔術と内部の環境を一定に保つ魔術が発動し続けているのです」

相変わらず鼻高々と語るスピカが言うには

この馬車はアガスティヤで作られた最新技術を集めて作られた最上級の逸品で、内部は常に通常の二倍の広さを保ち 暑さも寒さも通さず常に適温、おまけに魔力を纏っている為 レグルスが本気で殴りつけても傷ひとつつかない優れものだそうだ

「すごい技術だな、詠唱もなしに常に魔術が発動し続けていると言うことだろう?我々の時代じゃ考えられない…どう言う原理で動いているんだ?」

「分かりません、内部の構造や詳しい技術を暴かないことを前提にアガスティヤ帝国から貰った物なので、凄いでしょう?」

お前が作った物じゃないのになんでそんなに偉そうなんだとは言わない、実際凄い この馬車はレグルスが想定していた物より数百倍は優れている、これがあれば旅は格段に快適なものになるだろう

「と言うかそんなもの、私に渡してもいいのか?」

「大丈夫です、私 使えないので」

「ああ、そうだった」

スピカが乗ってはせっかくの頂き物を嘔吐物で汚してしまうからな、かと言って騎士や商人にくれてやるには高価すぎる、なら同じ魔女の私にくれてやる と言うことか、一応他国の魔女への使者という大任も預かっているしな

「うん、ありがとうスピカ…世話になった」

「違いますよ 世話になるんです、これからも…これは別れじゃありませんから」

「フッ、そうだった」


「魔女レグルス様!」

「ん?、クレア?何故ここに」

スピカとの会話を切り上げ馬車に乗り込もうとした時、私の背に声が響き 振り返る

顔など確認するまでもない、ムルク村からずっと 私達を支えエリスを守り続けてくれた騎士 クレアだ、息急き切って駆けてくる…いつもならこんな早朝は自主トレに励んでいる頃のはずだが

「…こんな早朝から出るとは聞いてませんでしたが…というか 今日だったんですね、このアジメクを発つ日は」

「言ってなかったからな、見送りはいらん」

一応私がアジメクを発つ事はみんなに言ってあるが、正確な日や時間を知るのはここにいる二人だけだ。理由は単純 見送りをしてもらう必要はないからだ…やはり 我々は国賓でもなんでもない、盛大に見送ってもらう必要はない

デイビッドは我々が発つ事を聞いて、少し寂しくなるけど また帰ってるんでしょ?と朗らかに笑った

ナタリアは帰ってくる頃には騎士やめてるかもねぇなんて適当に言いつつ正確な日取りを言わない我々の意図を察し、エリスを抱きしめてくれた

メイナードはスピカに治癒魔術をかけてもらってから調子を取り戻したのか、では最後に一緒に晩餐でも と私を夕食に誘ってきた

ヴィオラはそんなメイナードに回し蹴りを食らわせ、帰ってきた時 また一緒に修行しましょうね とエリスと固い握手を交わしていた

メロウリースは武者修行頑張ってください と淡白ながらも励ましの言葉をくれた

クレアは…凄く複雑そうな、悩んだような顔を見せて それが魔女レグルス様のご意思ならばと言ってくれたが、やはり納得はしてなかったか


「…魔女レグルス様、護衛の騎士は要りますか?」

「いらん、降りかかる艱難は自らの手で振り払うのも 修行の一環だ」

「ですよね、そう言うと思ってました…それに、いつかこんな日が来ることも…、どうあって行ってしまわれるのですね」

私の前へ、ゆっくり歩みながら 少し肩を震わせながら、そして、まっすぐ私を見据えながら歩いてきた、この感じ この距離感…最初出会った時を思い出すな

「私は、魔女レグルス様にお会いすることだけを目的に騎士になりました、魔女レグルス様をお助けする事だけを考えて 騎士として研鑽を積んできました」

「そうだな、お前の直向きな努力は この私でさえ、感嘆する程の物だった…一つの信念に沿って行動し続ける、中々出来ることではない」

「へへへ、頑張りましたから」

クレアという少女は、行く先々で天才だと 時代を担う秀才だと讃えられているが、その実 その強さは才能によるものではなく、確固たる意志と信念の元積み上げられた山のような努力の結晶である事を私は知っている、私も彼女の凄さを認めている

その努力が私の為であることも、また私は知っている

「魔女レグルス様の為だけに剣を振るいたい…、近衛士になったのも 魔女レグルス様をお守りする為だから、魔女レグルス様がいなくなって守れなくなるなら もう騎士の座にも興味がありません」

「い いや待て、そんなん簡単に」

クレアの努力は知っている、だからこそ そんな簡単に投げ捨てていいものとも思えない、だが彼女はこれでいてドライだ 私がこの国からいなくなるならもう騎士をやめると言ってもおかしくはない

なら、なんとしてでも 止めなくては…クレアに騎士として大成して欲しいと思うわけではないが、様々なものを犠牲にして歩んだ道を簡単に捨ててはきっとクレアは後悔することになる

「…と!思ってました 、魔女レグルス様だけが私の全てだと思ってましたから」

「ん?、今は 違うのか?」

「んー魔女レグルス様が一番であることに変わりはないんですけどね…、私を信じてくれる仲間がいて 私を目標に挑んでくる奴がいて 私に誇りを託してくれた人がいる、それを知ったんです…だから 私は私なりの騎士道をこの国で歩み続けようと思います」

…なんだ、クレアも 私と初めて会ったその時から 成長を続けていたんだな、他人を慮り 仲間を想い 挑んでくるライバルを尊重し、胸に誇りを抱く 立派な騎士へと成長を遂げていたんだ

クレア、今のお前は 今決意を新たにしたお前は誰よりも輝いているぞ、きっとエドヴィンも誇らしいだろう

「そうか、分かった…騎士クレアよ、お前の道行きに孤独の魔女の加護があらんことを、…お前の芯の強さ 意志の強さはこの孤独の魔女が保証する、頑張れよ クレア」

「ッ…はいっ!、ありがとうございました!魔女レグルス様!!」

手を差し出し クレアと固く握手を交わす、最初出会った時同様 固く固く握り締め合う

その手から伝わる感触は最初出会ったその時よりもさらに固く、より多くの剣を振るっていた事が伝わってくる、それは私と出会ってから今まで積み重ねた全てが宿っているようで、とても 頼もしく感じた

これならこの子は大丈夫だろう、きっとやっていける

「ではな、また会おう…次会う時まで達者で居ろよ、行くぞエリス」

「はい師匠!、それじゃあ…デティ 次会う時は お互いもっと成長して会いましょうね」

「うん、エリスちゃん!次会う時は私ももう立派な魔術導皇のはずだから!今度こそ エリスちゃんをちゃんと守るから!」

最後に強く握手と誓いの言葉を交わすと 、軽く手を振り エリスは馬車へ デティは少し前へ出て我々を見送る


「馬は私が引く…というか魔術で馬を出すからいらん」

「そう言えば、動物を模した存在を出す魔術も持っていましたね…一応名馬を用意したつもりでしたが 要らぬ気遣いでしたか」

「そうだ、…すぅ 形を為さぬ虚空に形を与え 命無き力に命を与え、我が意志のまま駆ける偽りの生よ、今ここに芽生え出でよ『霊帝獣王招来』

既に馬車には立派な馬が繋げられているが、生物である以上コイツの世話をしなくてはならない、それは手間だ…私なら魔術で馬を出す事ができる、私が健在である限り疲れ知らぬ魔術馬は馬術の心得なくとも我が意志一つで自在に動かす事ができる
この魔術馬がいる限り1日で百里だろうが千里だろうがかける事ができる、御者もいらないしな

詠唱を終わらせれば魔力が編み込まれ 淡く輝く馬が作られ、馬車を引く…うん、馬車を引くのは初めてだったが、消費魔力はさして多くないな これならぶっ通しで全力移動させても150年は魔力が持つ

「エリス、準備はいいか?」

「はい師匠!」

私が御者の座に腰を落ち着けると、エリスも続くように隣に座る…中に入って休めば良いものを、いや いいか…この子もこの子で新たな旅に心を躍らせているのかもしれない

軽く、頭の中で念じれば魔力で編み込まれた馬はゆっくりと歩み出し、無骨な馬車を軽々と引いて進んでいく

「では、レグルスさん どうかアルクトゥルスをよろしくお願いします」

「ああ、任された…何 軽く寄って 軽く終わらせてくるさ、お前は変わらず国を治めていろ」

「デティちゃーん!またねーーっ!」

「はい!また会いましょう!」


「レグルス様ぁーっ!エリスちゃーん!、私!二人に恥じない騎士になります!強くなって立派になって!、次!アジメクに戻ってきた時は 二人がひっくり返るくらい凄くて強い騎士になってますから!、楽しみにしててくださーい!」

「ああ!、楽しみにしてるよ!クレア!」

「はい!エリスも負けませんからーっっ!!」

動き出す馬車へ三人の声が降り注ぐ、…はぁ やはり見送りはいらなかったな、ここに他のみんなの別れの言葉も混ざっていたら、流石の私も耐えられなかっただろうから

着々と進み 離れていく遠ざかっていく白亜の城を、エリスは馬車から身を乗り出して ずっとずっと手を振っていた

馬車は 思いの外早く、手を振るみんなの姿は あっという間に見えなくなっていく


「……うん、エリス 立派になりますから」

見えなくなった その景色の向こうを目に、強かに胸に手を当て、己に誓うように呟くエリスは 友との別れを経験しまた一つ強くなっていた、この先の旅で またエリスは友と呼べるような存在を作り その都度別れるだろう、出会い別れを繰り返し エリスは何度も強くなる

この旅でエリスは一体どんな風に育ち どんな友達を作っていくのか、私も今から楽しみだよ


「さて、行くか エリス」

「…はい!師匠!どこまでも!」

ギシギシと木材が音を鳴らし ガタガタと車輪が小石を跳ねる、話している間に 時が経ったのか 私達が走り出した頃には、太陽が地平の彼方にから顔を出していた まるで我らの旅立ちを祝福するかのように


次なる行き先はアルクカース、道行きは果てしなく されどレグルスは エリスは、一抹の迷いすらなく 前を、ただ前を見続け…新たな大地を見据えていた



………そう、この時はこの旅の果てにあるものなど誰も想像だにし得なかった


まさか、旅の果て…慚愧と後悔にまみれエリス一人…ここに帰ってくることになろうとは、この時は全く…思いもしなかったのだ……


………………………………………………………………

レグルスとエリスが旅立った同日、魔術導国アジメクの魔女 友愛の魔女スピカにより、秘密裏に 7つの魔女大国それぞれに、孤独の魔女レグルス発見の報が送られていた

秘密裏に 民衆には漏れぬよう静かに伝えられたその報告は、世界を分割する大国をそれぞれ激震と波乱の種を生み出していた



………………………………………………………………


剥き出しの岩肌に突き刺すように建てられた無骨極まる城…いや これは要塞と呼ぶべきか、堅牢な石の壁と重厚な門は 景観など一切考えず、ただ戦闘に用いられた際の防衛のことしか考えられていない

戦争理論 それが形を伴ったかのような巨大な城…軍事国家アルクカースの首都の最奥に存在する 魔女大要塞フリードリス、この城を打ち立てた男の名がそのまま用いられたこの要塞は 建造されてより五千年間一度として敵の侵入を許したことのない鉄壁の要塞と知られる

そんな要塞フリードリスに一つの報が届けられる、友愛の魔女スピカより届いた書状を握った筋骨隆々の一人の戦士が大慌てで内部を駆ける、孤独の魔女レグルス発見の報は間違いなく一大ニュースだ これを真っ先に耳に入れなければならない

この国 …軍事国家アルクカース、ただ強さだけが全てとして扱われ 腕力の強さが権力に直結するこの国で唯一無二 絶対最強の存在、争乱の魔女 アルクトゥルス様の元へ戦士は駆ける

名をモージス、隆々に鍛え上げられた筋肉は彼が一廉の戦士であることを証明している、そんな彼が顔を真っ赤にして駆けつけるののはどこか?

向かうのは軍議場 、もうすぐ大戦争が控えている事もあり アルクトゥルス様は直属の部下を率いて 朝から晩まで軍議場に籠っているからだ

「ま…魔女様!魔女様!、大変です!先程アジメクより書状が届き…ぃ」

勢いよく、軍議場の扉を開け放った戦士モージスはその瞬間 死んだ


かのような錯覚を得た、それ程までに 部屋の中に充満する絶大な気配に押しつぶされそうになったからだ、体を刺すような冷酷な殺意 体を焼くような濃厚な闘気、勇猛で知られる戦士モージスでさえ 足が震え言葉を続けることが出来なかったのだ

「ふむ……」

中には ドカンと置かれた長机 その両脇を固めるように座る四十人の男女…、いや 戦士達だ、皆鎧に身を包み会議中であるというのに武器を腰に下げ、剣呑な目つきでこちらを睨んでいる

会議場の入り口で震えるモージスを どうか責めないであげてほしい、彼はこれでも戦士としてはそこそこの実力なのだ 戦に出れば兵を蹴散らし魔獣を切り裂き、他国であればエリートと呼ばれるような実力ある戦士

だが、同時に彼は知っている ここにいる魔女直属部隊 争乱の討滅戦士団の前では、自分など赤子も同然であることを、もし彼らのうち一人でも怒りこちらに向かってくれば、モージスは悲鳴をあげ尻餅をつくくらいしか出来ないはずだ

戦士の中の戦士、国内最強の四十人 それが討滅戦士団なのだ

「騒がしいですね、今は重要な軍議中…その最中に割り込みなど 敵が攻め行って来ていたとしても許されることではありませんよ」

輝かしい銀の鎧に身を包んだメガネの戦士、名をリオン・フォルミダビーレ…別名銀閃のリオン、周辺諸国との小競り合いを勝利に導くこと五度 諸侯が野心を燃やし反旗を翻した内紛を鎮めること八度

時に知略で 時に武勇で名を轟かせ討滅戦士団の恐ろしさの権化、文武両道の勇将と知られる男が、取り乱すモージスを諌めるようにメガネを指であげる

「あら、いいじゃないリオン君、どの道 軍議も停滞していたのだし 、いい刺激だわ」

「ルイザ先輩、しかし 規則は規則…特にここは魔女殿の御前 失礼など許されません」

対するリオンに含み笑いを見せながら声をかけるのは、ルイザ・フォーミダブル…別名城門砕きのルイザ、そのグラマラス極まる体型に言い寄ってくる男達を指一本で捩伏せ 誰が強いかを思い知らされた男は数知れず

アルクカース有数の怪力を持ち、戦鎚の一撃で城門を叩き壊し吹き飛ばした姿を見た者は彼女を怪物とさえ呼ぶ

「リオン君は硬いし ルイザちゃんは柔軟過ぎでしょうよ、もっとお気楽に捉えないと、ほらおじさんみたいにさ」

「ブラッドさんは老け過ぎですし、何より貴方は軽過ぎです」

リオンとルイザの二人を見ながらヘラヘラ笑う不真面目そうな男 ブラッドフォード・エイジャックス、本人が名乗る通りおじさんと呼ぶにふさわしき年齢をした彼を、態度の通り軽薄な男と思ってはいけない

剣を使わせば並ぶ者はなく 弓を使わせれば誰よりもマトを射抜く、槍を使わせれば馬に乗れば策を張り巡らせれば…何をやっても誰よりも上手くやる、別名七変化のブラッドフォード、かつて英雄バルトフリートに斧の扱いを教えた事もある程の熟達者にして、未だ衰えを見せぬ恐ろしき戦士でもある



「んーまぁよお、何にしてもその報告ってのを聞いてみないことにはさぁ、始まらんだろうよ」

「ッ……」

「あらあら、ごめんなさい」

「ひゅ~、おっかねぇ声」

ただ、ルイザもリオンもブラッドフォードも その男の前には黙らざるを得ない、部屋の最奥 魔女の隣で頬杖をつく老人、白いひげを生やし顔には数々のシワと古傷が刻まれた六尺近い巨躯を持つ老将

名をデニーロ・ドレッドノート…アルクカース最強の戦士にして最古の戦士、アルクトゥルスの右腕と呼ばれる男を前にしては 最強の討滅戦士団とは言え口答えなど許されない

「んでよ、なんだい報告ってのは …一人前の男が大慌てするってこたぁ それなりの用事なんだろう?」

「は はひっ!」

その嗄れた声に籠る覇気と闘気を前に姿勢を正すモージス、失礼などあってはならぬと慌てて書状を前に突き出し声を張り上げる

「先程!魔術導国アジメクより書状が届きまして、友愛の魔女様から 孤独の魔女レグルスを発見した との報告がありました!」


「孤独の魔女が?まさか…」

「ふぅん、面白そうな報告ね 聞いて良かったわ」

「へぇ…魔女が増えたのかい」

孤独の魔女発見の報に、面白そうに身を滾らせる戦士達 …ただ一人デニーロは顔を曇らせる

「レグルスねぇ、…ギデオン お前どう思うよ」

「んんぅ、そうじゃのう…」

デニーロは自分の向かいに座るヨボヨボの老人に目を向ける…吹けば飛ぶような老人、名をギデオン・アキリーズ…老いぼれと侮るなかれ 彼もまたデニーロに並び魔女の左腕と称される実力者だ

特に、その知略はカストリア大陸最高とも言われており、二つ名は百戦無敗…比喩ではなく彼が軍師として戦った戦争は事の大小問わず全て完勝している、アルクカースの知恵袋だ

「態々友愛の魔女スピカが こうやって報告して来ているからのう、偽物ってことはないじゃろうから 多分本物が見つかったってことじゃのう、善哉善哉」

「ガハハハめでたいことに変わりはないが、何か意図があるか って聞いてるんだ」

「ホッホッホ、無いのう あったらもっと別のタイミングで出て来とるじゃろうて」

「ちげぇねぇや」

静かな軍議場に老人二人の藹藹とした笑い声が木霊する、何がおかしいのか 分からないがともかく楽しそうに笑っている、しかしモージスは笑う気になれなかった 何故か?…部屋の最奥で輝く眼光に気がつき 震えていたからだ

「んで、魔女殿よ…アンタからはなんか一言ないのかい、昔の友達なんだろ?友達は大切にしたほうがいいぜ」

「……フゥ、おい テメェ名前はなんだ」

最奥の眼光は むくりと立ち上がりその位置を高くする、それと同時に 闘気が爆発する …魔力でもなんでもない威圧に 戦士モージスは吹き飛ばされそうになる

「も…モージスです!、第一戦士隊所属 戦士モージスです!」

「そうか、ならモージス…問うぜ?」

ズシンと地鳴りが響く、最奥のソレが アジメク一の怪物が モージスの名を呼び 机を割り こちらに歩いてくるのだ…、アルクカースの戦士であるモージスは 強者を前にすればいつもワクワクして来た というのに今感じるこの感情は何か?

絶望だ、アレが近づいてくるだけで 言い知れぬ絶望感が胸に溢れてくるのだ

「モージス…オレ様が求める物は なんだ?」

一度目の問いに モージスは答えられなかった、その気配に 威圧に圧倒され、開いた口が塞がってくれなかったからだ、その態度に 彼女はあからさまに機嫌を悪くし 再度口を開く

「聞いてんのかッ!、オレ様が求める物はなんだって聞いてんだよッッ!!」

「は はいぃっっ!戦争です!それもとびきり巨大な!魔女様を滾らせる事の出来る大戦争!」

「分かってるじゃねぇか、…なら今テメェがした報告は一体 なんの戦争に関係があんだ?ああ?」

怪物は牙をむき出しにしてる怒りを露わにする、今 その握られた拳がモージスに炸裂すればきっと その余波でこの堅牢なる砦は諸共吹き飛んでしまうだろう

「い…いえ、しかし孤独の魔女は争乱の魔女アルクトゥルスの様の知己であると 聞き及んでおりましたので…あの…」

「今更レグルス一人がなんだってんだよ、国を持たねぇレグルスとじゃあ戦争出来ねぇだろ、オレ様は戦争がしたいんだよ!八千年前みたいな!血湧き肉躍る戦争が!、こんなぬるま湯見たいな戦じゃあ体が腐っちまう!」

しかしその拳はモージスに振るわれることはなく、その手で自らの体を抱え ギリギリと音を立てて掻き毟る、血が出るほどの勢いで搔きむしり咆哮する

「熱いんだよ!体の中が燃えてるみたいに熱いんだ!、戦わせろ戦わせろって声が頭ん中で響いて止まんねぇんだよ!!、くだらねぇ報告持ってくる前に早くオレ様に戦争させろ!でなきゃこの国で暴れてテメェら皆殺しにするぞ!」

「そ それはどうか!おやめください!」

モージスは慌てて頭を下げる、目の前のそれの逸話を全て余さず知っているから

曰く 拳一つで城を吹き飛ばし 背後にあった山まで粉々に砕いたと

曰く、蹴りの一つで海を割り 一瞬で海戦を終結させたと

曰く、その近接戦闘能力は 八人の魔女最強であると

強さとは即ち彼女を表す言葉だ 武とは即ち彼女を示す言葉だ、戦いとは彼女の為にあり勝利とは彼女の元以外には訪れない

名を アルクトゥルス、その肉体で厄災を打ち払った 争乱の魔女 アルクトゥルス、血潮の如く真っ赤な髪と猛禽のごとき黄金の目をした 怪物の名だ

それが、大の大人である筈のモージスを見下ろすほどの巨体で威圧しながら 睨みつけていた、数瞬の熟考の後 アルクトゥルスは興味を失ったように踵を返すと

「なら…、とっととどっか行きやがれ 軍議の邪魔だ」

「は はいっ!、申し訳ありませんでした!」


「相変わらず荒れていますね、魔女殿」

「仕方ないんじゃない、最近じゃあ周辺諸国も腑抜けて来たし 内紛も燻り始めてる…どこにも戦争がないんだもの、いい加減私だって溜まって来ちゃうわ」

「戦闘欲求持て余したアルクカース人ほど 恐ろしいものはないからねぇ」

逃げる様に軍議場を立ち去るモージスを尻目に、討滅戦士団はため息をつく…何も荒れているのはアルクトゥルスだけではない、ここにいる全員 消化不良で今にも爆発しそうなのだから

だがその我慢ももうすぐ終わる

「軍議を続けるぜ、デルセクト同盟国家群侵略の為の軍議…フォーマルハウトのヤツと戦争する為の軍議をよぉ」

ズカズカと叩き割った机の上を歩き 玉座に座るアルクトゥルス、その言葉に答える様に 戦士団は姿勢を正し 再び軍議に戻る

如何にして戦争をするか 如何にして戦争を起こすか 如何にしても戦争を楽しむか、狂気とも取れる闘争本能のままに アルクトゥルスと共に口角を吊り上げる


世界を揺るがし本能を昂らせるような大戦の時は近いと 獣達は笑う



………………………………………………………………

所変わって 今度は天空、雲が掛かる様な塔の上に 陽光を弾き返すきらめく黄金によって形作られた宮殿が存在する

誰しもその名を知っている、富豪 富裕の代名詞として知られるあの宮殿の様な豪奢さを誰しも願う、が 届かない
薄暗い大地と輝かしい天空 物理的距離のみならずそれは立場の差 財力の差を可視化するかのようである

その名も『栄光の黄金宮殿』、世界屈指の経済力を誇るデルセクト同盟国家群に於いて最も莫大な財力を持つと言われる栄光の魔女 フォーマルハウトの居宅である


中には世界中の金銀財宝珠玉の数々が収められているいるという…否、些かの間違いがある

財宝が収められているではなく 、中には財宝しか入っていない と言った方が正しいだろう、事実この黄金宮殿は魔女以外の人間の立ち入りを固く禁じている、破る者には黒曜の刃が振るわれる事だろう


「………………」

しかしどういうことか、『人間』の立ち入りが禁じられるこの黄金宮殿の中を 闊歩する一人の女がいるではないか、その身にはこれまた黄金の鎧 夜空のような黒い髪をたなびかせ、カツカツと迷い無く 奥を目指す

「我が君、栄光の魔女フォーマルハウト様」

「グロリアーナ…?」

グロリアーナと呼ばれた黄金の騎士は 宮殿の中心部、宝石と金銀で作られた世界で最も高価な天蓋付きの寝床を前に 平伏し、その名を呼ぶ

天幕に取り付けられた幕の向こうからは 、美しき声とあらゆる芸術すら霞むほどの肢体の影が映り込む、形からして恐らく裸体であろう

「グロリアーナ、このような時間に訪れるとは珍しいこともありますのね、わたくしに何か御用でも?」

「いえ我が君、少々面白い話を耳に挟みまして…なんでも孤独の魔女レグルスが発見された…と」

グロリアーナは平伏の姿勢を崩さず、影を前に常に忠義を示し続けている、今回の報告も無意味に取り乱さず ただ魔女の耳として代わりに聞き及んだ物を伝えに来ただけなのだ

「あら、やっとレグルスが見つかりましたの?それは良かった 急いでこの宮殿に招きなさい、金はいくら払っても構いませんので」

「そう思い既に人数を動かしたのですが、どうも 既にアジメクには居ない様子で…」

「そう、残念ですわ…折角レグルスを我がコレクションに加えられると思いましたのに」

そのかつての友人に対するあまりにも冷たい そして欲望溢れる物言いにグロリアーナは恐怖…はしなかった、代わりに抱いたのは深い嫉妬 我が君がこれほどまでに求めるとはなんと羨ましいと

しかしそこまで思考して、彼女はそれが自分の美しさを衰えさせるものと悟り すぐさま振り払う、私は常に美しくあらねばならぬ…魔女様の手の中にあるコレクションとして、そしてその御身を守る宝剣として

「旅に出たようなので いずれこの国にも訪れるやもしれません、その時は 手を打ちましょう」

「ふふふ、任せますわ グロリアーナ…」

「それで、アルクカースの件は如何致しますか?、どうやら彼ら 本気で我らデルセクトを落とすつもり、いえ 落とせるつもりでいるようですが」

「興味もありません、わたくしはコレクションを集めるので忙しいのです、もし奴らが攻めてきたのなら 前時代的な野蛮人をこの世から抹消する良い機会です、最先端の戦争 というものを分からせてやりなさい」

「御意、では兵器の生産数をあげるよう指示を出しておきましょう」

いつも通り、冷たく 万事に興味を持たぬ我が君の言葉にグロリアーナは少しホッとする、魔女様がこれ以上別の物に心砕かれては今度こそ嫉妬とその嫉妬に犯される自分を嫌悪しこの場で自刃してしまっていただろうから

「それで?、他に話は?」

「ございません」

「なら丁度良い、今 わたくしは自分のコレクションを愛でたい気分なのです、…わたくしの持つ 最高の美よ、そのような無体な鎧は捨てて…ほら、こちらにいらっしゃい」

「はい……」

内心 来た! と軽く拳を握ると共に二つ返事で立ち上がり、鎧を一つ一つ取り外し歩みを進め、最後のソレを取り外すと共に魔女との間を隔てる布一枚を潜り抜ける…

「この身 全て余さず魔女フォーマルハウト様の物故…」


栄光の魔女フォーマルハウト、世界で最も高貴であり世界最高の富豪、そして八人の魔女の中で最も深き叡智を持つと言われる、魔女は今日も 暗い宮殿の中 揺蕩い続ける……


………………………………………………

「レグルスさんが動き出した」

ここは…どこか、分からない 誰知らぬ深く暗き謎の空間、その只中でランタンが照らす仄明るい光だけがこの空間を識別できる唯一の手段だ

周囲には夥しい量の本 本 本の壁、その中央に 腰ほどにまで積み上げられた本の上に座る 小さな体が揺れる、どこを見ているのかと問われれば、何もない空間と言えるし万物を見据えているとも言える

「なんでこのタイミングなのかなんで今の時期なのかは概ね予想通りですねそろそろ動き始める頃だと思ってましたけどなんで動き出したかまでは不明確…相変わらず読み辛い人ですね」

少女とも言える彼女は、目を閉じて ため息をつく…遂に動き出した最後の友人 彼女が想定していた最悪の道を、世界は辿りつつある

「遂に星が揃い始めた…ここまでの流れは全てヤツの思惑通りであることを考えるとどこかで何かを流れから外さなきゃいけないけれどそもそもヤツの考え自体読めない上どこにいるのかも分からない あぁヤダヤダ 読めないってのは本当に…ッッ!!??」

気怠げに小声でブツブツ呟いていたかと思えば突如、響くような 突き刺すような頭痛が彼女を襲い 思わず身を捩り本の上からバランスを崩し地面へと転がり落ちる

「…ッ、レグルスさん どの道ここにも来るんでしょう…なら早くしてくださいね …貴方が呑気にやってる内に 世界はもう…時間があまり残されていないんですからねアぁークソッ 痛い…」

彼女は小さな体を起こし 再び本の山を登っていく

彼女はそこでひた待ち続ける、流れを変える因子の存在を そして…全て担う最後の友人、魔女レグルスを…

暗闇の中彼女は…探求の魔女アンタレスは再び目を閉じる、煮え繰り返りそうな腑を抑えながら ただただひたすら待ち続ける、再び真の秩序を得るその時まで


……………………………………………………

そして、アジメクの存在するカストリア大陸から海を隔てたもう一つ大陸 ポルデューク大陸の北端 雪の降り積もる寒き国にして美しき国エトワール、その全てが 見目麗しき芸術の都に舞台は移る

当然、その街が綺麗であるならば 王城はなお壮観、壁に刻まれた彫刻は 小指の爪先程のブレもなく整えられており この巨大な城が一つの芸術作品でもあるのだ、城の壁面を見るためだけに態々国を渡る者がいるなど その美しさは全世界に響き渡っている

「フンフフンフ~ン」

そんな芸術極まる王城『ディオニシアス』の雪降り積もる中庭に、一人の老夫がご機嫌に鼻歌を歌っている、肩には雪が積もり あまりの寒さに鼻の頭は赤く染まっているというのに 奇特な事に彼はこの寒さの中外でキャンバスを取り 絵を描いているのだ

「おお、手が震えて上手く描けぬが この震えもまた芸術的、冬の寒さがワシの手を取り描かせたまさしく自然の芸術、素晴らしい」

ガタガタに震え ブレまくったキャンバスを眺めて感嘆の息を零す老夫、こんな寒空の中筆を取る事自体奇特なことだが、なお妙なのは彼の頭の上に王冠が乗っている という事に尽きるだろう

「ギルバード陛下少しお耳に入れたきことが…」

「おお!、マリアニール 我が悲劇の騎士よ!如何したか そのように昏き面持ちをして、お主は悲劇の名を冠しはすれどその身さえ悲劇に落とす必要はないのだぞ?」

そんな奇人と見紛う男…いや 大国エトワールの国王ギルバードに声をかけるのは紫の髪をした女騎士、悲劇の騎士 マリアニールと呼ばれた彼女の事をこの国では知らぬ者はいない 

下手をすれば大陸外にさえその名を轟かせる騎士兼劇作家兼役者兼劇団の座長を務める生粋の芸術家たる彼女…マリアニール・トラゴーディア・モデリィアーニは 国王ギルバードに一礼し言葉を続ける

「して、何かな?まさか君の新作が観れるのか?、であるならばすぐに劇場を手配しよう!私は君の大ファンなのだよ!本当は騎士などしなくとも良いから執筆に集中してもらいたいところであるが」

「いえ、新作は…まだ出来ていません」

「そうか…いや、私は君の作品が好きなことに変わりはないのだよ 特に八年前の公演 あの旅役者と共に繰り広げられた 『ヴァルゴの踊り子』あれは良い舞台であった、まさにエトワール史上に残る会心の出来であったがな」

その言葉を受けて マリアニールは顔を伏せる、新作が出来ていないことへの罪悪感ではない、むしろ新作を作れなくなった あの一件を思い出して沈痛な顔をしているのだ、…ともすればあの一件をそのまま筆に乗せて書き上げれば一つの悲劇として世に出せるだろうが

ソレだけはしたくなかった、無二の朋友に降りかかった悲劇を 茶化すような真似だけは

「…今日別の報告に参りました、カストリア大陸の 魔術導国アジメクにて孤独の魔女レグルスが見つかったそうです」

「孤独の魔女が…か、ううむそれは目出度い 出来れば祝いの一報を入れたいところではあるが」

ふむ とギルバードは筆を止めてずびりと鼻をすする、喜ばしいことは事実ではあるが…魔女 と聞くと思い出してしまう、どうしても 彼女の事を

「かつての友人が見つかったというのに、我らが閃光の魔女プロキオン様は一体何処へ消えてしまわれたのか…」

この国を国王ギルバードと共に統べる総騎士団長にしてこのエトワール…いや世界一の芸術家でもある閃光の魔女プロキオンを想起する、彼女が消えてより早五十年…この国が未だ魔女の加護を失っていないことから察するにプロキオンはまだ存命でありこの国の何処かにいることは分かるのだが

未だ見つからぬのが現状だ、現在は隣国のアガスティヤ帝国の援助を受けてなんとか国を成り立たせているが、やはり国を統べる魔女の不在は大きい

美しきエトワールの王城に空しき寒風が吹き荒ぶ、魔女レグルスの帰還に呼応してプロキオンもまた戻ってくるのではと一抹の期待を抱いた者もいたが …終ぞプロキオンはエトワールに帰還する事なく、再び永い時が経過するのであった



………………………………………

絢爛とは何か、この場所のことだ

豪奢とは何か、この場所を訪れれば意味が分かる

最強とは何か、この国の事だ

無双とは何か、彼女に会えば分かる

世界を支配する絶大な力を持つ八人の魔女、その中で最強と名高い魔女、つまり世界最強の存在が治めるこれまた世界最強最大の大帝国 …

ポルデューク大陸の殆どを支配する 最大の魔女国家 アガスティヤ帝国、眼下に広がる街はまさに完璧と言えるほどの秩序を得ており 携える軍は全て魔女により鍛えられており 精強極まる、他の魔女達でさえ この国の怒りを買う事だけは避けると言われる 大国

ここにもまた、例外なくレグルス発見の報が伝えられていた

皇帝謁見の間にて、三人の軍人と 玉座に座る一人の支配者が虚空を睨みつけていた

「魔女レグルスが見つかった…か、慎重なお前が態々私に報告するということは確かな情報なのだな、ゴッドローブ」

「はい、この目で見たわけではありませんが 得た情報はどれも信憑性の高いものばかり、やはり 魔女レグルスが動き出したと見て間違い無いでしょう」

三人の軍人の中で最も大きな体を持つ、帝国三将軍が一人 万断剛剣の将ゴッドローブ・ガルグイユは実直に皇帝の問いに答える、彼は乱暴そうに見える風態やその人相から勘違いされがちだが 誰よりも慎重であり、誰よりも皇帝に対する忠誠心が高い事をここにいる皆知っている

だからこそ、その嘘のような報告もすんなり真実と受け入れることが出来た、が…喜ぶ者はいない その顔はまるで戦さ場に向かう戦士の顔だ


「皇帝陛下、…これは以前仰られていた 始まり…なのでしょうか」

次いで口を開くのはゴッドローブと同じく皇帝の前で跪く女軍人 、帝国三将軍の一人 万事穿通神速の将 アーデルトラウト・クエレブレは静かに皇帝に問う、我らの出番かと
彼女は皇帝のためならば故郷でさえ火を放つ覚悟を持っている事を誰もが知っている

だからこそ、空気が凍る もしここで皇帝が頷けば…その瞬間、我らの使命を果たす時が訪れる という事なのだから

「落ち着けアーデルトラウト、逸って機を逃す事は我々には許されない」

「…ごめん」

ただその凍る空気の中 いつのまにか武器に手をかけていたアーデルトラウトを手で制する眼帯の男、帝国三将軍筆頭 …魔女を除けば 全人類最強の男と呼ばれる万能全知の将 ルードヴィヒ・リンドヴルムはただ 皇帝の返答を待つ、彼らの全てを決めるのは今目の前で目を閉じて物思いに耽る皇帝を於いて他にないのだ

「そうか、…レグルスが…か」

皇帝は一人 玉座から目の前の三人 三将軍を見下ろす

三将軍…ただ一人でさえ 魔女大国の騎士団長や戦士団長を上回ると言われる存在が三人、ここにいる三人だけで 周辺諸国など容易く滅ぼせるであろう絶大な魔力が周囲に迸らせながら 皇帝の返答を待つ

全員が第三段階に至っており ルードヴィヒに関しては既に魔女と同じ第四段階の目の前まで来ている、彼らに同時に襲われれば魔女とて一溜まりもない そのように皇帝自ら育てたのだから、疑問はない

「レグルスは 我の親友だ、無二の理解者と言っても良い…だが 奴がこの秩序を壊そうとしているならば、我は親友でさえ殺してみせよう」

覚悟は既に八千年前に終わらせていると 皇帝は立ち上がる、ただただ友と勝ち取った秩序を守り抜くために 八千年間も力を蓄え続けていたのだ、多くの我が子が死んだ 志半ばで命尽きた、だからこそ その全てを皇帝たる彼女が背負う必要があるのだ

「ゴッドローブ!武器を集め練磨せよ!、アーデルトラウト!兵を揃え鍛え抜け!、ルードヴィヒ…決戦の日は近い!、世界の命運はお前達に託されているのだ 八千年分の同志達の無念を我らで晴らし、今こそ真なる秩序をこの地上にもたらす!」

「御意ッ!」

皇帝の号令に従い 三将軍は各々の仕事へ 使命へと向かう、彼らの背にはこの世界の行く末がかかっているのだ…長い準備期間はもう直ぐ終わり、戦いの火蓋が切って落とされる日は目の前だ

「…さぁ来いレグルス、我が御前へ…その時が 貴様が死ぬ時だ…」


最強と名高き無双の魔女にしてアガスティヤ帝国の支配者…大皇帝カノープスは一人、玉座にて待つ…親友の到来と決戦のその時を


………………………………………………………………

「ごぶぁっ!?」

「や 山猩々!」

どうしてこうなった、なんでこうなった 計画は完璧だったし事実つい先程までなんの問題もなく移動することが出来ていたじゃないかと 山猿は震えてその場に尻餅をつくように座りこむ

帝国に近づけば 帝国兵に襲われ俺たちは殺される、だがここ教国オライオンを通ればなんの危険もない 容易くポルデュークを移動して目的地にたどり着ける、そのはずだった

なのに、なんで なんでよりにもよって…

「クソがっ!、俺はまだ負けてねえぞーっ!!」

先程吹き飛ばされた山猩々が咆哮とともに立ち上がる、が全身は殴打による打撲で痛々しく 体力は底を尽きている、あれだけ強かった いや強いはずの山猩々が手も足も出ずにボコボコにされる様は、山猿達に絶望を与えるには十分過ぎた

いやそもそも、目の前にいるアレの正体が分かった時点で 山猿は思考を放棄してしまうほどの恐怖していたのだが

「うるさいですね、その身を悪に染めた者はかくも野蛮に成り果ててしまうとは、もはや懺悔も告解も意味を成しません…」

今 俺たちの目の前で、俺たちの逃亡を阻む 最悪の存在…シスター服に身を包んだ銀髪の女…この国の絶対者 夢見の魔女リゲル、テシュタル教の教皇たる彼女の到来など、いくら山猿とはいえ予見できる筈もなかった

「まさか他国の山賊風情が、我が神聖なる庭に入り込んでいるとは…嘆かわしい」

彼女 夢見の魔女リゲルは普段 オライオンの大教会深部から出てくる事はないと言われていた筈だと言うのに、何故それが今 我々の目の前にいるのか?そもそもアレは本物か?

いや、そんな事関係ない 何せ彼女は先程から我々に指一本手出ししていないのだ、なら…何が山猩々を打ちのめしたのか

「ネレイド?、彼らは罪人です いつものように手加減などする必要はないのですよ?」

「…そうだった」

それはリゲルの前に立つ 一人の少女だった、いや 少女と呼ぶにはあまりに大きい…顔つきはまだ齢を十も重ねていないであろう幼い見た目だというのに、その身長は既に山猿よりも大きく 握られた拳は歴戦のそれであった

ネレイドと呼ばれた高身長の少女、彼女がただ一人でしかも素手で俺たち十人近い山賊を一人で叩きのめしているのだ

「手加減だと…ふざけやがって、そう何度もガキに負けてたまるかよぉぉぉっっ!」

響くのは咆哮、山猩々という大男は獣の如き咆哮と共に拳を握り ネレイドに突っ込んでいく、彼の一撃が鎧を着込んだ友愛の騎士を叩き潰すのを見たことがある 威力は折り紙付きだ…だというのに

「…でも手加減する、…殺しちゃうから」

「ぐぉっ…か 片手で俺の拳を…!?」

受け止めたのだ、軽々と 易々と山猩々の拳はネレイドに受け止められ、剰えネレイドの指が山猩々の拳にめり込み彼の方が苦悶の声を上げているではないか

「クソがあっ!バカにするんじゃねぇっ!」

しかし彼とて山賊、そして拳一つで成り上がってきた意地と矜持がある ネレイドに受け止められ血が吹き出す片手をそのままに、もう片方の手を横に薙ぐ 狙いはネレイドの側頭部だ、彼の拳を掴んでいる と言うことは逆に言えばネレイド自身もその場に縫い付けられているも同然、アレは避けられない

事実、咄嗟の攻撃にネレイドは回避が間に合わず山猩々の拳が彼女の側頭部を打ち据え、盛大に吹き飛ばす…



「…む?な なんだ!?」

…あ あれ?、いや待て 確かに今ネレイドが吹き飛ばされたように見えたんだが、瞬きを一つしてみると、結果が変わっていた 吹き飛ばされたネレイドの姿は嘘のように消え、いつのまにか山猩々の一撃を上体を逸らして避けているではないか

攻撃が当たったと思ったら外れてる、そういえば他の山賊達も似たようなパターンで負けていた なんだ、どういう魔術だ どんなタネがあるんだ、アレは一体…

「シィッ!!」

それは一瞬だった、山猩々の刹那の驚愕を突き、ネレイドの拳が二発 三発 四、五 いや数えられないほどの連撃を作り出し、山猩々の胴や頭 その急所を的確に撃ち抜いていく、山猩々の鍛え上げられた筋肉の鎧など意味をなさず その衝撃は全て背中まで貫通し、そして

「が…ぼあ…ぐぞ……」

砂埃を伴い 山猩々が倒される、タイマンなら負けなしの男が ステゴロなら最強の男が、今 一人の少女にタイマンでステゴロで完膚なきまでに叩き伏せられ 無様に泡を吹かされたのだ

か 勝てるわけがない、なんなんだアイツ あんな化け物みたいな子供がいるなんて聞いてないぞ!

「…さて、次で最後」

「ま 待て!、待ってくれ俺たちは別に…」

無駄だった、いつもの口八丁手八丁で乗り切ろうとした瞬間 山猿のよく回る口は、ネレイドの鉄拳を受け 血を吐かされていたのだから

ただの一撃で大の大人が宙を舞い、その一撃で山猿の意識は刈り取られる…最後に耳にしたのは

「流石ネレイド、夢見の魔女リゲルの弟子に相応しき強さです…いいこいいこ」

そんな、夢見の魔女リゲルの 嬉しそうな言葉だった





………………………………………………………

「おーい、なぁー…トリンキュローやぁーい」

「何ですか」

何もない平原を、二人の男女が貧相な馬車で移動する…アジメクから逃走を図ってより一ヶ月以上、殆ど休みなしで最短距離を移動し続けたお陰で そろそろアジメクを越えられそうだ という時、男…立派な剣を携えた剣士 ヴェルトは暇そうに馬車の中で寝転がりながら 女…トリンキュローに声をかける

「もう直ぐアジメクを抜ける…そろそろ、余裕も出来ただろう?いい加減聞かせちゃくれないか?何で俺を助けてくれたんだ?」

ヴェルトはこの逃走劇の最中、常に疑問に思っていた事柄をついに口に出す

一ヶ月前 スピカとの問答の際…ヴェルトはスピカを拒絶した、あの後スピカが何と続けるかは分からなかったが 下手をすれば俺はスピカに殺されていたかもしれない、そこを助けてくれたのがトリンキュローだった

意外だった、何に対しても心を動かさないトリンキュローが 慌てふためきながら俺を抱えて全力で逃げたのに、正直俺は呆気を取られた…貴方は死んではいけません だとよ

その必死さに免じて 今日の今日まで何も言わず俺はトリンキュローについてきた…実際あの時スピカの前から逃げられたのはこいつのお陰であることには変わりねぇしな

だがそろそろ聞いてもいいだろ、いい加減も訳も聞かずについてこれるほど俺は無垢じゃねぇよ

「…逃げる時に言ったはずです 、貴方はあそこで死んでいい人間ではないと思ったからです」

「それ、殺し屋のお前が言うか?」

「殺し屋だって万人の死を願っているわけではありません、ただ あの場で貴方を放置して…スパイダーリリーのように殺されるかと思うと、惜しい…と思ったのです」

リリーか…まぁアイツは死んで当然の奴だったし俺としてはなんとも思わなかったがな、ああ あと聞いた話じゃオルクスは死んだらしい、殺したのはスピカかもしれない
そう思えば 確かにあの場で逃げたのは正解だったかもしれないな

もしかしたら、俺もオルクス同様殺されていた可能性の方が大きそうだしな

「でも惜しいってなんだよ、俺はお前にとって利用価値でもあるのか?」

「あります、貴方はきっと 魔女を殺せる人間になれます」

勘弁してくれ、もう二度と戦いたくねぇよ…レグルスとの戦いで分かった、アレは真っ向勝負で倒せる相手じゃねぇ、俺が今からどれだけ鍛えてもあの壁は超えられない

「オルクスは死にましたが、彼から受けた依頼はまだ終わってません、依頼を達成するまで 私は家に帰れませんので」

「どんな家だそりゃ、…結局んところ お前はとっとと依頼終わらせてお家に帰りたいってわけか?」

「はい、彼処には妹を残してきているので」

「そうかい、んで 依頼達成には俺がいるから…生かしたって事ね、了解分かりやすくて結構だ、もっと訳わかんない理由だったらどうしようかと思ったよホント」

寝転がりながら考える、無機質だと思ったこのトリンキュローと言う女にも 家族がいてそれを思う愛があるのかと、…しかしもう一度妹に会うには魔女を打倒しなくてはいけない …果てしない道のりだな

そこで現れたのが俺、確かに俺は一時的にレグルスと互角にやりあえたが…多分レグルスの方は殆ど本気じゃなかった…もう一回レグルスとやれって言われたら、悪いが俺はごめんなさいして逃げるつもりだぜ?

「だけどさ、折角助けていただいたところ悪いけどよ、俺 魔女を殺せるほど強くなれなさそうだぜ」

「でしょうね」

でしょうねですって 、分かってるけど傷つくわ

「じゃあどうするんだよ」

「今のままでは無理だ って話ですよ、…一つ 良い場所を知ってるのです 、其処はこの世でありながら魔女の庇護下になく、魔女に抗う唯一の国、其処へ向かえば 魔女への対抗手段として牙を研ぐ事も叶いましょう」

「其処へ言って修行でもしろと?」

「仲間を集め 武器を得て 機を伺えば、魔女の首も狙える…という話です、…ですが やはりそれも私だけでは叶いません、貴方の力が必要なのです 手伝ってはくださいませんか?」

「手伝って ねぇ…」

寝転がり考える、どうすべきか 魔女に抗う国 なんて言われてもな、仲間を集めて武器を集めて魔女と再戦?無理だろ…、だがここで突っぱねるのも頂けねぇ 

思い出すのはレグルスとの問答、俺は一時の怒りで道を間違えた 同じ過ちは繰り返したくない、もしもう一度仲間を集めてオルクスと同じような真似をすりゃ…スピカ襲撃の時の二の舞じゃないのか?

だけど

「…仲間を集めたり 武器を揃えたり、そういうことはもうしたくない、だがまぁ 助けてくれた礼もある、その分の借りは返すつもりだ…一応その国にまではついて行ってやるよ」

「偉そうですね、ですがいいです 貴方の協力が得られるならばそれで…、私は 必ず魔女を殺して妹の元へ帰りますから…」

「ああ、その手伝いはするよ…んで?、今俺たちはその魔女に抗う国ってのに向かってるのか?どこだよ一体」

「目的地はアルクカースを越え デルセクトをさらに越えたところにある、世界最大の非魔女国家 名を『マレウス』、別名魔女狩りの国です」

「物騒な別名だな…」

こうして、俺とトリンキュローの旅は始まったのだが、トリンキュローの魔女殺しを手伝う という名目を一応ながら掲げながらも 俺はどこか迷っていた

魔女を殺すのか 殺さぬのか、俺は結局何をしたいのか どうしたいのか どうするべきなのか、フワフワと考えがまとまらぬまま 空を仰ぐ

何にしても取り敢えず…いつかはスピカと決着はつけなければならない、でも 今の俺は心身ともに弱過ぎる、魔女の前に立つに足る男になる為 この旅に同行するのも悪くないな と思い始めているのだった



……………………第二章 終




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